指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第四十一話

 控室を出てステージに上がる八一と銀子を迎えるのは超満員の観客。2人もの小学生の決勝進出に数年前の少女の再来を予感して唾を飲む者。出場者のビジュアルの良さに頬を緩める者。期待以上の好カードに興奮を隠せない者。様々であるが総じて対局の開始を期待して待っている。

 

「では予選決勝の解説を始めさせていただきます。今は各々振り駒が行われてます」

「この対局の勝利者12人は本戦の出場権を得ます。本戦シードは前期ベスト4のみなのでもう今期の実力者が揃ったとみていいでしょう」

 

 それ故に彼女達が注目されるのだ。

 

「と金が3枚。雛鶴さんの先手です。師匠譲りの引きですね」

「譲るほどは無いと思いますが同じ面が5枚揃うと少し嬉しかったりします」 

「それ相手も同じですよね」

「まあ、はい」

 

 6%の確率を公式戦で何度も引く八一の妙な運は意外と知られていた。妙なというのはそれが先手後手の割合に寄与しないからである。

 スクリーン上であいが迷いなく飛車先の歩を突くことで対局が始まった。後手の祭神はあいの顔を覗き込んで笑いゆっくりと駒に手を伸ばす。

 

「雛鶴さんの初手は2六歩でした。祭神さんは…端歩!?」

 

 あいは周囲のどよめきを気にすることなく2筋の歩を更に進めた。さらに両者角道を開け祭神が角交換を行った後の8手目。

 

「ひひ!ごたぁーいめぇーーん!」

 

 盤と擦り合う音を出しながら移動した飛車は4筋で止まらずあいの飛車と歩を挟んで向き合った。実戦例の少ない戦型の登場を理解した観客は大喜びである。

 

「ダイレクト向かい飛車。相手の6五角打をも恐れない乱暴な将棋が出ました」

「自分は結構好きな戦型でっ!?」

 

 余計な口を出し足を踏まれた八一が沈黙する。銀子は最近の八一が一手損角換わりと似た感覚で指せると角交換系のダイレクト向かい飛車を研究していることを知っていた。それを隠そうとするが故の先程の行動なのだが周りがどう見るかといえばピンク色。意図せず二重の意味で銀子の想いのままとしたファインプレイである。

 

「二手損向かい飛車とも呼ばれる角交換四間飛車と比べ手損を一つ減らす戦法ではありますが玉が戦場に近い。後の殴り合いに絶対の自信があるのでしょう」

「あ、姉弟子。解説を取らないでくださいよ」

「うるさい」

「はあ」

 

 竜王の仕事を奪う女王という絵面に観客の間では笑みが広がった。場外の騒動を他所に対局は加速する。定跡がほとんど整備されていない盤の上をあいの駒が次々と突き進む。しかし一気呵成と金銀まで投入したその攻勢は祭神の駒に少しずつ勢いを止められていった。

 

「きみ、やいちの弟子なんだってぇ?いいなぁ遊んでもらえて。こっちはずううぅーと我慢しているってのに毎日毎日毎日毎日…」

 

 祭神はガタガタと体を揺すりながら一手一手ゆっくりとあいを追い詰めていく。あいのファンに押されていた祭神のファン達はここぞと拍手喝采だが八一は顔をしかめつつも解説を続けるしかない。

 

「詰・め・ろ。でぇっす!」

 

 盤の中央に打たれた金が歩を挟んであいの玉にプレッシャーを加える。自陣深くに食い込んだ馬と龍も相まって観客の中には溜息を漏らす者も現れた。事実天王山に陣取る金をとれば3手後にあいの玉は逃げ場が無くなる。

 

「なあぁ。代わっておくれよお。こっちが勝ったらやいちの弟子やめてくれない?」

「…」

 

 あいは俯いたまま反応しない。祭神は少女が僅かに体を揺らす様も敗北の震えと見て後に訪れる至福の生活を夢見て1人笑う。そして指された一手に呆れを隠さない。

 

「そんな王手はぁぁ恐くなぁぁぁあいッ!」

 

 予想外の反攻に会場は静かになる。そして各々後の展開を予想できずに首を振り解説に救いの目線を向けた。

 

「彼女が進むべき道は1つ」

 

 画面上であいが動き出したのと同時に八一は伸ばした指し棒でスクリーン上の金を指す。観客の多くがその愚直な敵玉の追い方に思考を停止させた。将棋をかじる観客達がただ捨てだと真っ先に切り捨てた手。しかしあいにとっては自軍の金が空けた道こそに意味がある。

 

「敵玉にプレッシャーを与え続けること」

 

 あいの駒台から飛車が飛び敵玉と件の金を狙う。堪らず祭神は玉を逃がし天王山に竜の降臨を許した。同時に強固に見えた先程の詰めろも解ける。一連の攻防を解説でおぼろげに理解した観客達は大興奮だ。

 

「それがやいちなら獲ってやるよぉ!」

 

 互いに喉元へ剣を突きつけ合う攻防の最中祭神は欲してやまない竜王の目前に金を打ちこんだ。今やあいの精神的支柱ともなっている駒の危機。しかし彼女は竜を逃がすでもなくノータイムで攻撃を続ける。

 

「わたしはお姉ちゃんに勝てないしまだまだ弱い弟子だけど」

「…ひ?」

「それでもあなたなんかに竜王の弟子は譲りません!」

「ひひぁ!?」

 

 ここまで駒捌きに迷いが無かった祭神が手番が来る度に長考をしだす。あいが即座に返してくることもあって読みが間に合わなくなってきたのだ。そして明らかに取った方が良さ気なあいの竜に手を伸ばしたまま固まる祭神。そして記録係が一分将棋の訪れを告げた。

 

「竜を取られても逃がしてもあいに勝ちはありません」

「え?」

「だから考える時間を与えずに竜を放置して相手のミスを誘うんです」

「…ふん」 

 

 祭神は時間切れ寸前に持ち駒の桂馬を手に取り受けに回る。すかさずあいが詰めろを掛けたことで祭神は自身の間違いを自覚してしまう。最早傲慢な女流帝位の姿はそこに無くあいの一手一手に痺れる少女がいるだけであった。

 

「こうっ!」 

 

 最後の抵抗とばかりに祭神の駒が王手をかけるがあいは迷いのない手つきで玉を動かす。既に勝敗は着いていた。最後に駒台から取った飛車を盤上にバラ撒いて投了の意を示した。

 

「ぎひひ…つ、強えぇ」

「まで135手にて雛鶴あいアマの勝ちとなりました。ご清聴ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 終わってみれば珍しい戦型の登場に加え目まぐるしく入れ替わる攻守、小学生の本戦進出と話題大盛りの対局に周囲は興奮の嵐。一応竜王と女王の解説は高評価と見ていいだろう。

 

「まあまあね。私がいないとだめだったんじゃない?」

「姉弟子には助けられました」

「でしょ」

 

 対局者の話題性に助けられた分を引いた姉弟子の評価はきつめであった。

 




 次でようやく4巻終わりそう?

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