指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第四十二話

 夜叉神天衣と鹿路庭珠代。関西の女流三級と関東の女流二段。小学生と女子大生。年齢も棋風も異なる2人は九頭竜八一を介して互いの名を知っていた。片や竜王の弟子。片や師匠との雑談で出てきた名前である。

 

「あなたも妹弟子さんも大人気ね」

「どうでもいいわよそんなこと」 

「へー」  

 

 天衣は多くのファンに囲まれる現状を心底どうでもいいといった風に淡々としていた。傲慢ととるか据わっているととるかは人それぞれだろうが鹿路庭は後者である。しかし天衣は口が悪かった。

 

「喋ってないでさっさと駒並べなさいよ」 

「…」

 

 少し上がった鹿路庭の好感度は急落。ピリピリした空気の中行われた振り駒の結果鹿路庭が先手となる。そのまま始まった対局で初手に鹿路庭が放った手は2六歩。その一手に天衣はピクリと反応した。

 

「飛車を振ると思った?」

「なるほどね」

 

 事前の研究を外された天衣は内心舌打ちして飛車先の歩を進める。そして更に前進してきた敵の歩を見て鼻を鳴らした。今日の彼女には挑発による手の乱れも許されない事情があったからだ。

 天衣が静かに歩を前に進め対局が加速した。

 

「…っく!」

 

 自陣の玉をそのままに次々と突撃してくる駒を天衣の配下が優雅に狩る。柔らかな布を思わせる柔軟な天衣の受けは攻め手に攻撃の手応えをほとんど感じさせず鹿路庭の感覚を狂わせた。しかし受けに回れば敗北に一直線なことも分かっている鹿路庭は手を止めることができない。

 必死に活路を見出さんとする鹿路庭を赤味がかった瞳が捉えていた。

 

 

 

 

「あっ…」

 

 清滝桂香と香酔千。女流二級を目指すかつての修行仲間。賭けられた夢に反して2人の対局は終始一方的な展開で終わる。消極的な手に終始した千を桂香が押し切った形の圧勝。対局中どちらからともなく泣きだした2人の心情を察してか周りは静まり返る。

 片や静かに一筋。もう一方は堰を切ったが如く涙は流れる。そして感想戦。千は初手7八金を繰り返し指し直した。高く響く駒音が千の心の叫びを代弁する。

 

「私今日ダメだったね」

「千ちゃん…」

「桂ちゃんは真っ直ぐ前だけを見てた」

 

 千は目元を拭い先へ進む戦友に言葉を送った。 

 

「あと一勝。だけどそこで止まっちゃ嫌だよ?」

「うん」

「ほら。女流棋士は将棋の花なんだから笑わなきゃだめだよ。桂ちゃん」

「うん!」

 

 結局泣き笑いのまま2人は袂を分けた。数年後に再び道を交えることを約束して女流棋士と指導棋士。2人はそれぞれの将棋道を進む。

 

 

 

 

 幼き白雪姫に伸びた鼻を圧し折られてから数年。年下の綺羅星達にもほとんど勝てず時にタイトル挑戦権を逃し時には初戦落ち。相性で言い訳できるレベルの負け様ではない。女流タイトル保持者達と私の間には明確な実力差があると認めざるを得なかった。納得はしないが。

 そんな私が彼女達と同じ土俵に上がる為に男性のプロ棋士との研究会を望むのはごく自然なことである。しかしその行動は他の女流棋士から”婚活”と揶揄された。今や空想の私はとんでもない悪女らしい。

 研究会を転々とする中女流タイトル保持者の大半が知己の人物を知る。藁にも縋る思いで接触を試みたその人物はデビュー1年で竜王挑戦を決めると中々にぶっ飛んでいた。

 

「ふん」

 

 そして目の前の少女は彼の棋士の知り合いどころか弟子。彼は女流棋界を間接支配しようとしているのだろうか。現に私は彼女の鋭い咎めに攻勢を止められて最後の抵抗をしているのだし。

 ここで素直に諦めるほど私の性根は良くない。

 

「これで、どう!?」

 

 停滞した戦線の裏で練りに練った渾身の一手は少女の動きを止めて見せた。手応えは十分。しかし盤の向かいの少女は左目を手で隠して深く息を吐くとかつての白雪姫の様に相手を押しつぶす一手を返してきた。

 もう裸の玉を動かすしか退路がない。その先は一目で分かる。それでも盤面を整える気にならず数手の後私は駒台に手を置いて頭を下げた。

 感想戦。そこには謙遜、気遣いの一切を抜いた追撃が待っていた。ただ私が示した変化を容赦なく切る少女は真剣で真摯でもあった。

 負けたというのに悔しさや無力感に混じって清々しさがあった。駒を片しながら私は一方的な宣言をする。

 

「何年かかってもいつかあなたに勝つわ。わたしはしつこいの」

「何度でも返り討ちにしてあげる」

 

 鹿路庭の倒すべき敵リストにまた1人名が刻まれた。それは彼女が生涯をかけて成す目標にして一方的なライバル宣言である。

 

 

 

 

 全ての対局が終わり本戦で戦う相手を決める抽選が行われた。桂香が釈迦堂里奈との組み合わせを引く一幕もあったが滞りなくイベントは進み12人の本戦出場者がひな壇に並ぶ。

 八一と銀子は来賓席から上ずった声で抱負を述べる桂香を見ていた。一仕事終えた2人は妹にして姉の百面相を温かく見守る。

 

「まずは3人揃って本戦入りしたことを喜ぶとしましょう」

「小童共なんてどうでもいいし」

「その割には気にかけていたようですが」

「今日は特別よ」

 

 銀子に促されてひな壇を見た八一は目の前でマイクを手にじっと此方を見つめる弟子達と目が合う。拍手とフラッシュに包まれていた会場もこれから始まる何かを予期して静まっていた。

 

「師匠。17歳のお誕生日おめでとうございます」

 

 小さな紙を見て普段よりしっかりした口調で話すあいに八一は固まる。そして追撃とばかりに天衣が口を開いた。

 

「私達は貴方に今日の対局を贈る。貴方が大事な対局に集中して臨めるように」 

「まだまだ心配だらけでしょうけどもっともっと強くなるので…ずっと、ずっと私達の師匠でいてください」  

 

 横から椅子を蹴られた八一は少し迷ったものの席を立ち自身の胸元にある2人の頭を撫でて肩を抱き寄せる。弟子達は会場に響く万雷の拍手の中で八一の言葉を聞いた。

 短く素っ気なくも聞こえるが心のこもった感謝の言葉を確かに聞いた。

  




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