指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 コミック版をチラ見して書いた茶番回です


第四十三話

 女王戦一斉予選の翌日。八一は晶に連れられて神戸は灘区の高級住宅地を訪れていた。八一と天衣が定期的に行うVSの場として珍しく天衣の自宅を指定されたためである。

 相変わらずの黒服サングラス達にお辞儀されながら門を潜った八一を天衣の祖父がにこやかに出迎えた。

 

「昨夜の孫娘はそれはもう嬉しそうにしておりました。孫娘の昇級対局はいかがでしたでしょうか」

「見事なものでした。師匠冥利につきます」

「それは良かった」

 

 八一を連れた弘天は以前入った部屋の前で止まらず屋敷の奥へ奥へと入って行く。後ろの晶を振り返った八一だが進むよう促されて老紳士の後を追う。

 

「どうぞこちらへ」

 

 かつての天衣との対面時を思わせる口調で弘天が襖を開けた。怪訝に思いながらも何故か薄暗い部屋に足を踏み入れた八一をパンッパンッと連続して乾いた音と眩しい光が襲う。場所が場所だけに普通の人なら腰を抜かすこと間違いない奇襲に流石の八一もたたらを踏んだ。

 昨日一門で祝ってもらったこともあり誕生日は終わりと思っていたことも八一の不意を突いてきている。

 

「「お誕生日おめでとう(ございます)!!」」

 

 明るさに慣れた視界に一番に飛び込んで来たのはあい、澪、綾乃、シャルの小学生組。駆け寄ってきた彼女達はそのまま八一に群がる。

 その後ろで鼻を鳴らす天衣と舌打ちする銀子。飾り付けられた座敷机に頬杖をつく供御飯と月夜見坂。散ったテープを回収する飛鳥、桂香の姿も見える。

 

「くずりゅー先生!これわたし達からプレゼント!!」

「…ありがとう」

 

 小学生達が駆け寄った勢いのまま八一に渡した小箱の中身は湯呑。そこに本当に初期の拙い己の揮毫を見た八一は苦笑いを鉄面皮に隠した。

更に上座の席を叩く銀子に従い座った八一の前にはどさどさと贈り物の山が置かれる。 

 

「相変わらずモテモテどすなー竜王サン。はいプレゼント」

「供御飯さんと月夜見坂さん、飛鳥さんまで」

「こなたは綾乃に誘われて」

「オレは万智に連れてこられた」

「わ…私はあいちゃんに」

 

 見事に女性しかいないのは連絡網の発端があい達だからで八一の交友が女性に偏っているからでは…ないとも言い切れない。世の男性達が知れば血涙を流す宴がそこにはあった。

 

「あぅおでしゃうとしょーぎしゃちて?」

「あーみおも!みおもー」

「先生。うちもいいですか?」

「順番にな」

「ほらお姉ちゃんも!…伯母さんもどうせこっちでしょ」

「し、仕方ないわね」 

「ちっ!」

 

 部屋では八一に群がる小学生達(例外あり)と大人勢に別れ各々会談が始まる。そのうち誰かが持ち込んだ携帯盤を中心に将棋談話に移るのはお約束だ。

 

「竜王サンはあれやしここは大人同士で話しまひょ」

「桂香さん今回は良かったぜ」

「ありがとうございます」 

「あ、あれ?私も?」

「その戦闘力で子供は無理どすな」

「え?え!?」

 

 部屋の酒と軽食が半ば消費された頃突如部屋に設置された大型テレビの電源が入り何故かジャージ姿の晶が映し出された。手間のかかった登場に一同の反応は様々である。 

 

「今日は皆さんにちょっと…ゲームをしてもらう。部屋の外に届けたヘッドギアを被れ」

「なになに?最新のゲーム?」

「あのネタはここの面子じゃ分かんねえだろ」

「晶は開発なんて出来ないし…勤め先に無茶言ってなければいいけど」

 

 好き勝手言いながら余興に胸を躍らせ指示通りVR機器を着けた面々の場面は転換する。

 

 

 

 

「…すごい作り込みね」

「いやいや触覚あるのはおかしーだろ!」

「下の滑り台すごい角度…」

 

 八一を除く9人の女子は背後が壁になっている9本の飛び込み台に立っていた。何故か八一だけ全員を一望できる対面の高台に位置している。皆が困惑する中どこからともなく天の声が響いた。

 

「第1戦は九頭竜先生に関する指名制クイズだ。間違えたら足場が傾く」

「おうぼうですー」

「あ、あれ?これ取れなくないですか?」

「全2戦の勝者には九頭竜先生に何でもお願いを聞いてもらう権利が与えられる」

 

 面白くなってきたと笑う者。興味を隠しきれずにそわそわする者。周りを蹴落とす算段をつけ始める者。口々に文句を言っていた女性陣が静まり返った。

 

「では雛鶴あいさんに問題だ。九頭竜先生が小学生名人戦で優勝したのは何歳の時か?」

「えっとろ…な、7歳!」

「不正解。8歳10ヵ月だ。ではダイビング!」

「え!?えええぇぇぇ!」

 

 乗っていた足場が一気に傾き瞬く間に姿を消すあい。残る8人、特に元ネタから勝手に数問の猶予があると思っていた面子の動揺は大きかった。天の声はすかさず次の標的に質問を繰り出す。

 

「供御飯万智さんに問題だ。九頭竜先生の地元は福井県何市?」

「大野市。そこを流れてる川も九頭竜どす」

「…ちっ。正解」

「まあクズの話題って限っちまったらなあ」

 

 流石はおっかけ。下手したら市町村まで言いかねない。落とせなかった腹いせか天の声は小学生3人にも容赦なく牙をむいた。

 

「澪さん、綾乃さん、シャルさんは3人で答えること。九頭竜先生の好物は?」 

「この間シュークリームを差し入れてくれたです」

「それを言ったら串カツもだよ?」

「けぅき?」

「不正解。正解はおかかおにぎりだ。ダイビング!」

「「「きゃああぁぁ!」」」

「天衣おじょ…夜叉神さんに問題です。九頭竜先生が竜王となったタイトル戦は第何期ですか?」

「…29期」

「正解です!」

 

 贔屓に見えないギリギリを攻めた質問である。だが贔屓だ。晶は天衣がどれだけ竜王戦に注目していたか知っているが故に贔屓だ。 

 

「生石飛鳥さんに問題だ。九頭竜先生がよく観戦するスポーツは何?」

「えと…サッカー」

「正解。空銀子さんに問題だ。九頭竜先生のデビュー戦となった公式戦の名は?」

「玉座」

「正解。清滝桂香さんに問題だ。九頭竜先生と神鍋歩夢六段。2人のプロ棋戦における勝敗は?」

「うーん。わからないわね」

「ぇ…先生の0勝1敗だ。ダイビング」

 

 落ち際に銀子へウインクするのを忘れない桂香。折角の引っかけ問題をふいにされた天の声は落ち込んでいる。

 

「月夜見坂さんに問題だ。九頭竜先生は何歳?」

「ここにきて投げやりになるなよ!17!!」

「正解。残った5人が第2戦へ進出する。あ、場面転換の為に皆さんには落ちてもらう。では後ほど」

 

 結局落とすのかよと高速で滑り台を降りる5人は天の声へ恨み節をあげて暗闇へ消える。この時少女は後で付き人へ折檻することを心に誓ったそうだ。

 

「何でもお願いなんて聞けませんよ?」

「聞いて叶えるかは先生次第だ」

「はあ」

 

 残された八一は隣へ現れた晶に非難の視線を向けるも仮想空間なのを良い事に下へ蹴り落とされた。

 

 

 

 

「ここは…?」

 

 暗闇を落ちた5人は気づけば通天閣の孔雀絵を下から仰いでいた。そこから見渡す限り恵美須の街並みが広がっている。最早とんでも技術に突っ込みが追いつかない。そこに天の声が第2戦の開幕を告げた。

 

「第2戦は人探しだ。街のどこかにいるターゲットたる九頭竜先生を見つけてもらう。拾った武器を使った妨害も徒党を組むのもありだぞ」

 

 我関せずと立ち去る銀子の後ろで供御飯と月夜見坂が目を合わせ飛鳥がおろおろと残った天衣に目をやる。天衣は無視しようとしたが人が一切いない不気味な街を前に今にも泣きそうな飛鳥を見て溜息をついた。

 

「銀子ちゃん達何か当てでもあるのかな」

「あるんじゃない?」

「お、追いかけないの?」

「晶はあれで動物好きなのよ」

「ふぇ?」

 

 街から聞こえる銃声に構わず進路を東にとった天衣は道路を渡り係員のいないそのゲートを潜った。そして檻の中でリアルに動くチンパンジーを目にしてその足を速める。天衣と飛鳥はアシカ、ホッキョクグマ、コアラと檻を回りふれあい広場に足を踏み入れた。

 

「八一君」

「何呑気に動物と遊んでるのよ」

「晶さんに動物園で遊んでいろと言われてな。動きが自然ですごいぞ」

 

 呑気にテンジクネズミ別名モルモットと戯れる竜王の姿がそこにあった。

 

「ほら」

「ちょ…ちょっと」

 

 両手で抱えたふにゃふにゃの彼等を差し出す八一だが天衣は受け損なって腕に登られてしまった。大人しいはずのネズミは予想外の俊敏さを見せて天衣の服にしがみつく。バーチャルとはいえ振り払うことも出来ず天衣は硬直した。

 

「…はい」

「覚えてなさいよこの鬼畜」

 

 見かねた飛鳥が天衣の腕にぶら下がる強者を捕まえた。離れたら離れたでチラチラと飛鳥が抱えるそれから目を放さない天邪鬼。八一が自身に群がるもふもふの一匹を掴んで弟子の膝の上に乗せると文句を言っていた天衣もすぐに目を輝かせて撫で始めた。

 

「それでお願いとやらがあるのか?飛鳥さんも現実的な範囲で聞きますよ?」

「ないわよ」

「わ、私もいいかな」

 

 モルモットから目を放さずに即答する天衣にどもりながらもしっかりと答える飛鳥。しかしゲームは終わる気配を見せない。

 

「晶さんがゲームを終わらせるまで散策といこう」

「仕方ないわね」

「う、うん」

 

 八一達は想像以上のリアルさに驚きながらもサファリゾーンの動物達を見て回ることにする。あまり手の掛からない一番弟子が楽しめていることだしこれでいいのだろう。その後3人は晶の声が降ってくるまで猛獣との逢瀬を楽しむ。

 今年の誕生日は豪華なことだと八一は幸福を噛みしめた。

 

 

 

 

 時を同じくして狭い飲食店街では睨み合いが続いていた。中心の将棋サロンへの到達を互いに妨害し合っていた1人と2人はいつしか相手を倒すことに意識が傾注して目的も残る2人の事も忘れていた。

 

「クソ!あのすまし女王。運動が苦手って話じゃ」

「予想外やな」

「こうなったらオレが先に飛び出すから万智がトドメ刺せ」

「でもお燎」

「いいから行くぞ」

 

 もう何かのドラマさながらのやり取りである。供御飯と月夜見坂の前には現在盾にしている露店にあったライオットシールドと日本刀。相手はこちらに飛び道具が無いのをいいことに狭い道の先に陣取って狙撃銃を構えていた。

 

「オラアァ!」

「…くっ!」

 

 威勢良く狭い道を駆けた月夜見坂は銀子の銃撃を数回耐えて光の粒と消える。供御飯は親友の残滓すら目晦ましに刀の間合いに銀子を捕えた。

 

「取った」

「甘いのよ」

 

 両者が刀と銃を突きつけ合った瞬間両者の視界は光に包まれ現実に戻された。結果2人は先に戻っていた全員に奇妙なポーズを晒すこととなる。

 争いは空しい。戦いの中に生きる棋士達の総評であった。

 


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