指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 2か月空いてしまった…
 描写に困って一部掲示板もどきにしたので注意をば


第四十四話

 夏の気が早い太陽が覗く前に棋士室の扉を開けた八一だがそれを1人継ぎ盤の準備をする少女が迎える。弟分を一瞥して作業に戻った彼女はぶっきらぼうに口を開いた。

 

「おはよう。座ったら?」

「失礼します」

 

 モニタ前の特等席の1つを示されそこに座った八一は銀子を手伝いだした。窓超しに微かなセミの鳴き声が響く中慣れた手つきで駒を磨く2人。立場年齢が大きくなっても変わらない光景がそこにある。

 

「現地に行くと思ってた」

「1人で見てると悪い方向に考えが行きそうでして」

「ふうん。前科あるものね」

「御尤もです」

 

 人心地が付いた八一がモニタの電源を入れると同時にドアが開け放たれた。珍しい人が三番手だと八一と銀子は顔を見合わせる。

 

「「お早うございます」」

「おう。外であいつ等が屯ってると思えばやっぱりか」

 

 呆れた表情の壮年の男は八一の向かいに座ると煙草に火をつけないまま咥えた。生石の示すドアを見れば地元高校生の奨励会員と若手棋士が今来たとばかりに入って来る。彼等は八一達に挨拶するといそいそと空いている席に着いた。モニタと八一達の盤が見える席に着くあたりしっかりしている。

 

「本当に早いですね」

「今日は下手すると一日突っ立ってるはめになりそうだしな」

 

 注目の対局は東京で行われるもののここも将棋関係者で混むのは目に見えている。今日の一局はそれほど注目されるものなのだ。 

 

「神鍋六段か。1度対局したが勢いが凄かったな」

「歩夢はのった時本当に強いですから」

「あれは厄介だった」

 

 渋い表情で煙草を玩ぶ生石は年度連勝賞を懸けて毎朝オープン決勝で対局を挑んできたルーキーを思い出しぼやいた。結局生石が神鍋の快進撃を食い止めたのだが八一も当時の盛り上がりはよく覚えている。

 

「ま、じっくり見させてもおうか」 

「はい」

 

 準備運動とばかりに生石と八一が駒をぶつけ合っている間に棋士室は関西圏の将棋関係者で埋まり騒々しくなる。白い雲の隙間から強烈な日差しがそそぐ中注目の一局を前に周囲の熱は高まる一方だった。

 

 

 

 

 第30期竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局。去年の九頭竜竜王を追うように竜王戦6組で優勝、決勝トーナメントで前竜王を含む強者達を相手に連勝してこの舞台に上がったのは神鍋歩夢6段。

 対するは名人。タイトル登場回数131、獲得合計99、優勝回数44。将棋の象徴。

   第30期竜王戦スレ65

 

  対局前:名無し名人

     神鍋が強いのはわかるが名人相手はまだ無理だろ

 

     :名無し名人

     戦績で高を括って手を返した去年を忘れたか?

 

     :名無し名人

     いやでも名人だし

 

     :名無し名人

     まあわかる

 

     :名無し名人

     あゆむきゅんは一つ前に名人に勝った1組1位に

     勝ってるだろ!

     

     :名無し名人

     あの人は見るからに調子崩してたじゃん。名人に

     勝ったあとから

 

  振り駒:名無し名人

     なにそれこわい

 

     :名無し名人

     将棋界ではままあることです

 

     :名無し名人

     記録は振ってるんだか震えてんだか。あ…

 

     :名無し名人

     立った—―――

 

     :名無し名人

     しかも3枚立てた

 

     :名無し名人

     はい振り直し

 

     :名無し名人

     神鍋が先手か。三番勝負だからこれは大きい  

 

 対局開始:名無し名人

     初手7六歩

 

 △3二飛:名無し名人

     名人は…飛車を振った!?

 

     :名無し名人

     名人はオールラウンダーでしょ。何がおかしいの

 

     :名無し名人

     名人は相手の勝負を避けないスタンス

 

     :名無し名人

     でなくとも基本居飛車の人だ。神鍋の名人研究も

     外されたでしょ

     :名無し名人

     解説王太子固まる

 

     :名無し名人

     彼の時は全て居飛車だったから

 

     :名無し名人

     神鍋押されてる?

 

     :名無し名人

     まだ前例通り。それで前準備してきた名人に通用

     するかは別だけど

 

     :名無し名人

     お?

 

     :名無し名人

     左美濃?孝美濃囲い!?

 

     :名無し名人

     もうわからんわからん

 

△6四金打:名無し名人

     素人目に金3枚の壁はきれい

 

     :名無し名人

     78手目▲7二飛。まあた格言こわれる

 

     :名無し名人

     格言意味ないですよ。場合によるじゃないです

     か

 

     :名無し名人

     玉頭戦じゃあああ

 

     :名無し名人

     まだはやい。おちつけ

 

 ▲7二馬:名無し名人

     神鍋角飛車切って更に馬も切る

 

     :名無し名人

     でも名人リード

 

△8八桂成:名無し名人

     名人の手震える

 

     :名無し名人

     終わりか

 

     :名無し名人

     なんか神鍋が攻めてない?

 

     :名無し名人

     王太子が神鍋優勢って言ってる

 

     :名無し名人

     飛車2枚持って詰めろ。これは

 

     :名無し名人

     いや、いざこうなると名人がんばれ

 

     :名無し名人

     名人長考

 

     :名無し名人

     本当に勝つのか?

 

     :名無し名人

     おいおい。秒読み入ったぞ…

 

△6六銀打:名無し名人

     動いた

 

     :名無し名人

     銀のタダ捨て?

 

     :名無し名人

     タダなんて大抵罠

     

     :名無し名人

     でもこれ取らないと詰めろじゃ

   

     :名無し名人

     どうすんだよこんなの

 

     :名無し名人

     取った

 

     :名無し名人

     評価値が…

 

     :名無し名人

     なんかこの盤面見覚えが?

 

     :名無し名人

     あっ

 

     :名無し名人

     30分後だから12時から指し直し。持ち時間は

     両者1時間

  

     :名無し名人

     俺ネルソン

 

     :名無し名人

     駄目だ!

 

     :名無し名人

     駄目だ!!

 

     :名無し名人

     とりまコンビニダッシュ

 

 

 

     

 

「八一!」

「はい」

 

 衝撃の一手から続く千日手にどよめく棋士室をいち早く飛び出した八一と銀子は続く道路を挟んだ位置に立つコンビニへ走った。空きが目立つストッカーに残った食品と飲料を手あたり次第にカゴに詰め会計を済ます。そして追いついてきた奨励会員に食糧を満載した袋を渡した。

 ちゃっかりと自分達の食べる分は小分けしており夜風で火照った体を冷やしながら後を追う。

 

「神鍋先生。崩れないといいけど」

「大丈夫ですよ。歩夢は強い」

「…そうね」

 

 一体どれだけの棋士がこのあと名人相手に早指しで戦えるだろうか。勘違いしようのない嫉妬を銀子は噛み殺す。

 棋士室に戻ると特等席の玉将を筆頭に年配の棋士達から少し煙草の匂いが香った。長机の上に並べられた将棋盤では何度も先の対局の122手目が再現され棋士達が顔を突き合わせている。

 今考えてもまともな考察は出来ないだろう。だが駒を並べられずにはいられないのだ。

 

『時間になりました。対局を開始してください』 

 

 持ち時間が少ないこともあってすぐにその戦形は盤上に現れた。モニタに映る篠窪と鹿路庭は困惑を隠せていない。

 

『矢倉!?』

『神鍋6段の得意戦法です。これはまた長くなりますよ』

 

 名人の打診に神鍋が動く。駒達が階段の様に並ぶその囲いは雁木。すかさず名人が前からの圧に強い菊水矢倉を出し神鍋もそれに対応する。いわゆる中盤の捩り合い。経験がものを言うじゃんけんは名人が元の矢倉に戻ったことでリードを奪った。

 

「ここで穴熊?」

「歩夢の守りが固いからです。ここからですよ」

 

 61手目に少し思案した名人が手にしたのは金。その金を名人は下げたのを皮切りに香、玉と穴熊に駒を収め始めた。ここぞと神鍋は名人につけられたリードを縮めんと駒を動かす。

 

「おい?あの構えは?」

「…歩夢の切り札ですかね」

『エクスッ!カリバァァァァァッッ!!』

 

 神鍋が左目に手をかざしながら指した70手目1一飛。駒が上がり空いた道を飛車がスライドして1筋に香車、飛車のロケットを建造される。そして開戦。ロケットに火を付けんと歩が名人の香車に突っ込んだ。

 

『いっけえええ!』

『名人を倒せえええ!』

 

 4、3、5筋と燃え移った火は消えない。綺麗に並んだ前線はあっという間に消え去った。神鍋の玉が小駒達が開いた道を上る。既に両者の持ち時間は無くなり記録の秒読みが聞こえだして久しい。

 

「…」

「入った」

 

 生石が呟いた言葉が静まり返った棋士室に響いた。しかし直後の名人の一手が周囲の余韻を打ち崩す。穴熊から離れたその将は銀色に輝く剣を敵玉に向ける。神鍋の玉が取る手は後退しかなかった。すかさず名人が持ち駒を展開していく。神鍋の入玉はなくなった。

 

「神様…」

 

 名人が神鍋の玉を詰ましにかかる。必死に粘る神鍋だがついに持ち駒が大駒だけになった。それでもと指し続けること10手。名人の王手を見た神鍋は手を止め固く目を閉じる。秒読みが響く中リップクリームを取り出すとそれを唇に塗って最後の言葉を口にした。

 

『参りました』

 

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