指し貫け誰よりも速く   作:samusara

5 / 61
第四話

 12月末竜王戦6組ランキング戦第一戦、玉座予選第三戦と白星を上げデビュー四連勝を上げた九頭竜八一。彼は予期せぬ襲撃者により混沌とした一日を送っていた。対局が一段落しゆっくりと年末を迎えようと思っていた八一は苦い表情をしている。

 原因は新居のアパートに押しかけたアラフォーとプレティーンだ。

 

「うふ。キミに興味を持ったら居ても立ってもいられなくて。キミの対局が落ち着いたら一緒に研究をと思ってたんだ」

「……」

「そして今日会館に顔を出したら丁度創多君がキミの家に行くと言うじゃないか!これは運命だよ!」

「尽さんも八一さんに会いたいって言ったので案内しました」

「事前の連絡をしような」

「ごめんなさいー」

 

 創多の隣でしなしなしている男は山刀伐尽七段。プロ入り初戦の対局相手だった男である。爽やかな挨拶と共に現れた彼に八一は警戒心を抱いた。己の悪手から負けた一回り年下のC級棋士に即研究を申し込む。負けず嫌いが多い棋士の中でも特に危険な類。手段を選ばない向上精神は八一の相手認識を改めさせた。唯の格上から注意を払うべき危険な格上へと。

 

「キミみたいなスペシャリストと親交を持ちたい。僕はオールラウンダーとして経験だけは豊富だ。新人の君が欲する物をあげられるよ」

 

 相変わらず男色の様な口調だったが軽薄な言葉ではない。八一に対する嫉妬と悔しさを強靭な心で抑え込み相手の強さを吸収せんとする姿勢が見られた。そして落ちてくるA級棋士を喰らい目の前の男は鬼のB級1組に残り続けているのだ。恐らく次に当たる時は此方の癖まで見抜かれているはず。

 

「願ってもない話です。こちらこそお願いします」

「いやー、八一クンなら受けてくれると思っていたよ。キミの初めて(初白星)は僕なのだからサ」

「研究中は気持ち悪い言い方は止めてもらえますか。虫唾が走ります」

「ふううぅ。毒舌もイイね」

「…はぁ」

 

 ここで断り自身を隠しても公式戦を重ねるプロである以上闘い方は暴かれる。それよりも相手の深い知見に触れ取り入れる良い機会だと思うことにした。

 したのだが大丈夫だろうかとそこはかとなく不安となる八一である。新しい世界とかそっちの方で。

 マイペースに将棋盤をセットしていた創多から声をかけられる。創多も負けることなく色が強い。果たしてこの三人で大丈夫だろうか。

 

「八一さん。早く指しましょう」

「む、創多君。ここは普段八一君と指せない僕に譲ってはどうかな」 

「早い物勝ちですー」

 

 山刀伐と創多が一瞬睨み合いをして山刀伐が折れた。にこにこと笑みを絶やさない創多が早く早くと急かしてくる。

 

「ごもっとも。君はいろんな意味で強敵となりそうだね…」

「何のことかわかりませんよ」

 

 この後三人という人数に不満を抱いた八一、創多、山刀伐が奨励会、プロ問わず若手に声を掛けた結果大きな研究網が出来た。これは若手の中でも飛びぬけて若く遠巻きに見られていた八一に広い交友関係を与えることとなる。

 このことに不機嫌となる姉弟子が若干一名。研究会に銀子も参加する。八一は月のVS時間を減らさない。八一の自室は同門以外誰も入れない。の三項をもって和睦を勝ち取った。後二項は後々姉弟子の治外法権と呼ばれるとか呼ばれないとか。

 

 

 

 

 新年を迎えるにあたって清滝家へ帰ってきた八一。大阪城やUSJでは派手にカウントダウンが行われ漫才ライブで盛り上がる大阪の中で清滝家の騒ぎは引けを取らない。除夜の鐘が響く厳かな夜に50代男性の悲痛な叫びが響く。

 

「け、桂香」

「なあにお父さん?」

「パスワード教えてくれへんか」

「駄目よ。課金はプリペイドで私が渡します」

「いやあああ!わしの振袖新田ちゃんがあああ」 

「唯の絵でしょ。しょうもない」

「新田ちゃんは生きとるんやああ。動くし喋るもおおん」

「クリスマスに引いたでしょ。もう駄目よ」

 

 新ガチャが出る度に起こる事象は騒ぎに数えないものとする。姉弟子と八一は我関せずとTVから流れる歌手番組をBGMに早指し。一応将棋盤で指していたものの互いの手が速すぎて途中から目隠し将棋となっていた。手を止め口火を切ったのは勿論銀子である。

 

「銀子ちゃん八一君。そば出来たわよ」

「ありがとう桂香さん」

「銀子ちゃんお盆持ってきて」 

「八一」

「はいはい」

 

 のそのそと炬燵に寄ってきた弟子二人と合わせてずるずると麺をすする一門。既に大掃除は12月半ばに済ませ明日のお節料理は注文済み。今年にすることはもう何もない。

 

「「明けましておめでとう(ございます)」」

「なあ桂香。実質無料なんや。今しか買えへんのや…」

 

 新年早々とても情けない師匠の声は三人に無視された。

 

 翌朝新年を迎えた清滝一門であるが御節料理を食べる以外普段と変わらない。5日の初仕事までのんびりと過ごすことが毎年のルーチンである。

 しかし今年は様子が違った。白味噌丸餅の雑煮をちょこちょこ食べた姉弟子は立ち上がり自分と初詣に行くと言う。将棋の神一筋で寒暖人混みが大嫌いな姉弟子がである。

 

「今年は八一君がプロ入りしたでしょ?」

「桂香さん!」

 

 基本頭が上がらない桂香さんの言葉を遮る姉弟子。新年早々珍しい物を見た八一は目を瞬かせる。姉弟子は引っ込みがつかないのか玄関へ向かうも此方を向かない。靴を履き扉を開けて声をかけてくる。 

 

「行くわよ」

「ふふ、行ってらっしゃい。お父さんは見張っておくから」

「はい。行ってきます。それとありがとうございます姉弟子」

「うるさい勘違いするな。唯そういう気分だから」

「それでもです」

「ふん」

 

 姉弟子が向かったのは近所のマンションや駐車場に囲まれた祠。正月でも地元の僅かな人しか来ない小規模な殿舎である。小さな鳥居を潜りわずか数歩で神前に着く。一礼し鐘を鳴らして二礼二拍手一礼、鳥居を出て一礼しとっとと清滝宅へ帰る。

 道中合わせて僅か30分足らずの初詣は終了した。その間二人に一切の会話は無く無言の息苦しさもない。家に着くや将棋盤を引っ張り出し二人で指し初め。

 互いに何を願ったかは聞かない。自分の事は自分で決める似た者同士の二人、姉弟が神に願うことがあるとすればお互いの事に他ならない。

 




 好きな子は千尋の谷に突き落とせ。


 次は多分間が空きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。