指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第四十五話

 衝撃の対局に続いて行われた挑決第2局。神鍋は前局に引けを取らない激闘の末竜王戦の舞台から去った。それからの八一は周りに鬼気迫るものが漏れていると言わしめたひと月を送って今日を迎える。迫ってくる者は鬼より恐ろしいとは弟子と銀子から心配された八一の言だ。

 

「着替えと洗面用具とドライヤーに水着とプールセットとクッションに宿題にタブレットとポケットWi-Fi、充電器…」

「ほどほどにな」

 

 努めて明るく振る舞う弟子に八一は苦笑する。はち切れんばかりに膨らんだリュックを背負い準備万端といった弟子はふんすと胸を張り己が師の装いを見て首を傾げた。

 

「ししょーは軽装ですね?ハワイはかいがいですよ?かいがい!」

「着物は送ったし向こうでシャツも買うからな」 

 

 アロハシャツは現地の正装でVIPの参加する夕食会にも着込める。むしろ絵になると推奨されていて初日はショップにも寄るらしいので最低限で上には困らないはずだ。必要な物が出てきてもハワイは日本人がわんさか向かう観光地。割高になるだろうが大抵の物は揃うだろう。

 

「行くぞ」

「はい!」

 

 

 

 

 常夏の島―ハワイ州はオアフ島。ホノルル国際空港に降り立った八一と将棋連盟一行は待たせてあるバスへ向かう。スーツ姿の男達がぞろぞろと荷物を押す様は周囲の注目を集めていた。

 

「黒一色で暑くないか?」

「お嬢様!ムームーの準備はできてます!更に水着!場所も確保済です」

「貴方達はスーツだしあっちは制服じゃない。放っておいて」

「おじょうさまー」

 

 空港を出た八一は降り注ぐ陽光に目を顰めるとサングラスをかけた。スーツにそれなので日本だと…ハワイでも危ない人である。ちなみに物は誕生日に夜叉神一同から贈られた本物?だ。

 

「おばさん。日本は台風来てますよ。今からでも帰ったらどうですか?」

「小童。私のタイトル戦は1週間後よ。時差ボケ大丈夫?」

「むっううぅぅー」

「ふん」

 

 側には日傘がかなり浮いている銀子と桂香、出国時からビニールサンダル装備の師匠の清滝一門、弟子達とそのお付き。この面子はいつの間にか現地大盤解説の仕事をとってきた銀子に始まり対抗して同行を主張したあい、どうせならば一門でと師匠、桂香が付きそこに天衣、晶が加わったことで八一陣営は構成されている。

 名門ホテルに着くと会場の下見、スケジュールの打ち合わせ、現地ラジオへの出演とてんてこ舞いだ。海外対局とあって現地ファン向けのイベントがぎっしり入っている。メディアに頼まれにこにこ笑う名人とポーズとはいえ盤を挟むことになった八一の心情は複雑であった。

 

「なかなか遊ぶ時間ないわね…」

「すまん桂香。月光さんに頼まれてなあ」

 

 普及を続ける中で将棋を指す女性を推したいと女王である銀子から天衣、あいと続き桂香に取材の申込が成されたのだ。特に桂香の人気が凄まじかった。恐らく翌日の朝には八一と名人の隣に記事が載るだろう。

 

「気にしないで。明日たくさん遊ぶから」

「け、桂香。それお父さんのクレジットカードやないかい…?」

「新田ちゃんの限定SSRなら無料石で出しておいたから後顧の憂いなく家族に課金なさい」

「うおおおお!?ええよ!今の儂は最高潮やあぁ」

 

 スマホを手にスキップでハワイの街を駆けるビニサン中年の姿は日本人観光客の手によりしっかりと動画付きで日本へ向け呟かれたことをここに記す。

 

 

 

 

 ハワイに到着して2日。八一の竜王戦前夜祭はハワイ州知事と総領事に挟まれフラッシュの光を浴びて始まった。両脇のVIPは直前に授与された月光、八一、名人署名の豪華初段免状を手に満面の笑み。将棋連盟のリップサービスも光る。

 そのまま隣の名人と共に対局者の挨拶だ。心底真面目な顔をした少年が静かに発した第一声は会場に響き渡る。

 

「皆さん、ALOHA!」

 

 大爆笑が起こった。晶が喉に天ぷらを詰まらしてむせる声が聞こえる。しかし八一本人は愛想笑いもせず至って真面目だった。その後に続けた言葉を要約すると「異国の神様が前にいると思って清心で戦う」「名人との最高の舞台での対局が待ちきれない」と闘志を隠しきれない内容である。

 

「面白味も何も無いスピーチのはずなんですけど」

「竜王はそのままでいいと思いますよ」

「はあ」

 

 隣でカメラを構える鵠にはぐらかされた八一は疑問を頭の端に追いやった。花束の代わりにレイを持った弟子2人が段上脇から現れたためだ。相変わらず黒と白のコントラストが際立つ2人だが今日はその装いがハワイの民族衣装となっている。黒の落ち着いたムームーなど探すのは大変だったのではなかろうか。

 

「ふんっ今回だけだから!」

「ししょー。これお姉ちゃんと作りました!」

「ありがとう」 

 

 会場の端から姉弟子が睨んでいるが八一にはどうしようもない。

 

「ところで本日は竜王戦の開幕以外にも喜ばしいことがあります。竜王の弟子である雛鶴あいさんの十回目のお誕生日なのです!」

「ふぇっ!えぇええ」

 

 あい以外の参加者はこの催しを知らされていたので滞りなくハッピーバースデーの合唱が始まる。ハワイらしく演奏はホテル従業員のウクレレだ。

 

「こんな時にすまないな。後日改めて一門で祝おう」

「そんな!とても嬉しいです!!」

「贈り物はこれだけではありませんよ?」

 

 月光がそう言うとコックが台車に載せたケーキを運んできた。ケーキは脚付きの将棋盤を模したものでその盤上には詰将棋の盤面が作られている。

 

「この作品は見ての通りハートの形をしていますが解くと」

「すごーい!二十七手目の詰上がりも小さなハートになるんですね!」

「…」

 

 自信作を即座に解かれて月光が呆気にとられる珍しい一幕が見られた。一方あいは一気に会場の人気をさらっている。集まった記者達の質問にも明るく答えていた。

 

「やれ、流石は竜王の弟子といったところですか。私はこれで」

「妹に負けてられないな天衣?」

「うるさい」

 

 八一はあいに詰将棋を先に解かれてむくれている一番弟子の頭を撫でて振り払われた。全力で体を振る天衣にそこまで嫌だったかと少し反省する。

 

「何遊んでいる」

「いえ。何も」

 

 追撃とばかりにいつの間にか背後に移動していた姉弟子から冷たい視線を向けられた八一は背筋を伸ばしたまま前を見続けた。

 竜王戦第1局まで一夜と迫った日の出来事である。

 




 11巻は明日で一気読みします。楽しみだあ
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