指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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 積んでたゲームとアニメの消化をしてました…


第四十七話

 ふと顔をあげれば神が硝子越しになにかを睨んでいた。

 

 

「封じ手は7六銀」

 

 記録係が読み上げる棋譜に従い八一と名人が一日目の指し手を並べ立会人が封じ手を読み上げると2日目の対局が始まった。想定通りの一手に対し八一は自玉に迫る銀剣を持ち駒の金で受けたが当然とばかりに名人の攻勢は続く。そして接戦の中で名人が間隙を突いて進めた歩に八一の手が止まった。

 

「…」

 

 盤に覆いかぶさるかのような前傾姿勢で長考に入った八一に控室の面々はざわめく。そして次の手がこの後の竜王の指針を示す一手になることを予感した。こういう時にソフトが出す予想は一見不用意でいて見方を変えれば理にかなった手のことがある。今回も例に漏れずそうなった。

 

「角だ。あの竜王なら玉の守りが薄いくらい気にしない」

「いや金だろう。駒得が大きい今なら多少の損は許容できる」

「別の一手があるのか?」

 

 控室では検討が飛び交っていたがじっと静止していた八一が動いたことで静寂が訪れた。

 

 

 

 

 対局は151手目が指されることがなく終了する。名人の攻勢を前に粘り続けた八一だったが終ぞ押し切られた形。その強心臓と剛柔どちらも苦にしない守りが一目置かれる竜王の受けも最後まで続いた抵抗の結果その跡は見る影もない。控室は結果を噛みしめる者と名人の勝利に沸く者で明暗が分かれた。

 詰めかけた報道陣が見えないかの様に名人が八一へ鋭い変化を飛ばす。八一は身体に鞭打って手を提示するも勝利したはずの名人の問いは終わらない。そして先手は攻めをかわしつつ入玉を目指せば互角ということで落ち着いた。

 ようやく緩んだ空気の中記録係や立会人が混じり記者達が質問を開始する。

 

「記録は意識していない。なんとかするだけ」

「際どい勝負だった」

「次もいい将棋を指したい」

 

 名人に飛んだ大量の質問の答えをまとめるとだいたいこのような感じに収束する。八一にも無難な質問が数個あったがそれだけだった。記者の大半は名人をカメラのフレームに収めようと八一の後ろから横にかけて立ち並んでいるので名人の背後は鵠や知り合いの記者しかいない。

 

「ありがとうございました」

 

 感想戦を終えた八一は賑やかな対局室を1人去る。静かに部屋の扉を閉めて部屋に向かった八一は廊下の隅に隠れようとする小さな黒の少女を見た。

 

「…ぁ」

「すまん。負けた」

 

 いつもの棘がない弟子に八一は頭に手をやり再起動を促す。しかし即座に弾かれるはずの手は予想に反して収まってしまった。そして綺麗な髪の流れに誘われて手を滑らせても無反応ときて困惑する。

 

「あなたの師匠。貴方寄りの解説して怒られてたわ」

「師匠らしい」

「あの子は言わずもがな空銀子まで公平なふりして止めないし。何で私があいつ等のフォローしなきゃいけないわけ」

「それは、迷惑をかけた」

 

 名人目当てに来たファンも多い中天衣が清滝一門の評判を守ったと言える。守る名声があったの?と姉弟子の声が聞こえた気がするが気のせいだ。タイトル保持者を2人も出せばイーブンのはず。

 本当よと天衣は顔を背け八一は程良い位置にあった手の置き場を無くす。加えてジトっとした視線を向けられ顔を逸らした。

 

「詫びとして明日はハワイ観光に付き合おう」

「はあ!?」

「なんだ、俺だって休む時は休む」

 

 名人が熱の冷めやらぬ内に感想戦をしてくれたのもあって燃える様な悔しさがある割に引きずる様な敗北感は小さい。折角日程が開けられているのだから切り替えに使うとは八一の考えである。だが弟子の疑いの視線は打ち上げに呼ばれるまで終ぞ止むことはなかった。

 

 

 

 

 対局の翌日。窓から遠ざかるハワイ諸島を見送って八一は瞼を閉じる。午前中にダイヤモンドヘッドやイオラニ宮殿、アラ・モアナセンターで観光とショッピングを楽しんだ八一達は時差を含んで翌日の夜に日本へ着く算段で午後の帰国便に乗っていた。

 向かい風のせいで飛行時間は10時間の大台に乗っているが元がインドアな将棋指しにとって大きな問題ではない。行きに比べて時差ボケ対策も起きていればいいだけなので一門で座席を替わりながら盤を挟む。

 

「名人は帰ってすぐ玉将戦。本当に40代なのかしら」

「自分もリーグ入りできていれば良かったのですが」

「そういう意味で言ってないからね。シード権あるのに年50局以上指す名人の強さと体力のことだからね」

 

 枷が外れた名人が暴れた跡は歴代ベスト記録、ランキングに記されている。7つのタイトルは名人を次元幽閉するための物だった!?

 

「沢山対局して勝ち続ければ桂香さんもわk…」

「なあに?八一君?」

「若々しさが続くかもしれません」 

「うーん?一理あるようなないような。いや皆ただ単に若いだけじゃ」

 

 何も悪いことはしていないつもりなのに背から汗が止まらない八一は冷静を装って話題の転換を試みた。

 

「自分もですが桂香さんは釈迦堂さんと対局でしょう?」 

「あ”ー。そうなのよね。そうなのよねー。あとあの人年齢不詳ってどういうこと。それありなの」

 

 頭を抱える桂香越しにこちらを見つめる青い瞳と目が合う。何しているんだと非難の色を見た八一は慌てて言葉を続けた。

 

「幸い持ち時間が大幅に増えたことは桂香さんに合ってます。あと1つで女流ですよ」

「そうよね!あと少しなのよね!」

 

 姉弟子はこちらを向いて頷いていた。その隣では無視された形のあいが膨れっ面。晶と通路を挟んで天衣は師匠とVS。接する機会の少ない孫弟子と将棋をを指せて満面の笑みの師匠と対照的に天衣は噛みつく一歩前といったところ。

 

「なんかやっぱ私も清滝一門なのかなあ」

「怒りますよ」

「そ、そういう意味じゃないから!デビューの為には名跡が壁なんて中々ないじゃない。不安も大きいけどコンディションはそう悪くないの。予選はあんなだったのに不思議ね」

「確かに相手が強いほど燃えますよね」

「やっぱやめやめ」

 

 流石に桂香はここで勝ちを信じ切れる人生を送ってはいない。座席に身を任せ天井を仰ぐ桂香に然しもの八一も何か間違えたかと背に汗をかき始めた頃桂香が話を続けた。

 

「あーもー。八一君が名人にやり返したら私も元気でるかな。なーんて」

「任してください」

「…八一君は保険とか嫌いなの?」

「入ってますよ?」

「分かった。両手に億かけてるでしょ。アイドルとか芸能人みたいに」

「なんですかそれ」

 

 名人に負けると調子を崩すという何ともタイトル戦キラーな話もある。そんな中で普段通りの八一に一行は一応の安堵と共に密かに向けていた注目を元に戻すのであった。

 

 

 

 

 ご観戦ありがとうございました。第30期竜王戦七番勝負第1局は接戦の末名人の勝利となりました。

 竜王が押し返すか名人が連勝するかの熱戦は10日後大阪にて行われます。次局もどうぞお楽しみに。

 執筆者 鵠

 

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