白星の均衡を破った竜王はその勢いのまま次も勝利。とは名人が問屋を卸さず去年同様竜王戦は第七局までもつれこんだ。
「ふん。締まらないわね」
「そうだな」
「いやいやいや。十分イケてますから。もう話題沸騰なんですよ?」
「そうです!ししょー格好いいんだから!!」
その最終局は接戦の末千日手が発生し指し直しの結果竜王が防衛を果たしている。そして八一は将棋会館近くのカフェで弟子2人と鵠のインタビューを受けていた。
「本当なら年末年始のTVが竜王を放すわけがないのです」
「ご冗談を」
熱いコーヒーを一口溜息を付く八一に鵠はスプーンをくるくると回し畳み掛ける。弟子達は蛇を前に笑う狐を鵠に幻視した。
「熱血大陸とかおしごとの流儀に出たら炎上間違いなしですけど」
「7歳差なんて珍しくないのに」
天衣が妹分にジト目を向け効果が見込めないことに苛立ち八一の足を蹴った。弟子が竜王位を防衛した直後でテンションの高いK九段のこともある。密着取材など受けたら何が起こることやら。
「なのでこうしてある程度事情を知る私が取材してるわけです。いろいろ言っちゃって大丈夫ですよ」
「特に鵠さんだから言えることと言っても…」
「なら私も切り札を切らざるをえません」
少しムっとした鵠は鞄からファイルを取り出すと弟子達にだけ開いて見せた。胡乱げに目をやった天衣が固まりあいの目が輝く。
「何でも聞いてください!」
「ま、まあ協力してあげてもいいわ」
弟子達に裏切られ訝しげに鵠を見るが彼女はそっぽを向く。根負けした八一が鵠を促したことで取材はスタートした。
―まずは竜王決定戦おめでとうございます。今回の防衛で史上最年少の九段昇段です。
「ありがとうございます。勝ち星が寂しいので名前負けしないよう重ねていきたいです」
「このくらい当然よね」
「またお姉ちゃんは…」
―八一九段ですからね。
「そのネタまだあったんですか」
―そして弟子の夜叉神さんと雛鶴さんは女流棋士となり師匠としても順調だと思っても?
「まだまだこれからだと思います」
「二番弟子ができてからはそっちにかかりっきりだったしクズよクズ」
「えー?お姉ちゃんだって月に数日はししょーと「ここ消しておきなさい」」これでよし!
―では早速。ずばりシリーズを勝てた理由は?
「一言ではなんとも。例えば歩夢と名人の対局が無かったら第五局は勝てませんでした」
「ふうん」
「むむ、やりますねゴッドコルドレン」
―神鍋歩夢六段ですね。6組で優勝して挑決まで進んだ様は去年の竜王を彷彿とさせました。やはり意識する存在なのでしょうか?
「はい。変なあだ名を広めてくれましたしいつか引導をわたします」
「異名とか恥ずかしくないのかしら」
「ドラゲキンいいのに…」
―私は格好良いと思いますよ。こう由来をねじ伏せるみたいな感じで
「はあ?」
「なに照れてるのよ」
「じっーー」
―お弟子さん達と仲良くしているようですね。
「先日は祝勝会を兼ねてクリスマス会を開いてくれました」
―ほうほう。そこら辺を詳しく
ほんの少しだけ力を入れた装いの彼女が人が行き交う梅田に降り立つ。そして目当ての人物を紅玉の瞳に捉え歩を進めた。
「で、何でいるのよ。今日は私のレッスン日でしょ」
「2人でクリスマスデートなんてさせません」
「あんたと一緒にしないで」
八一を挟み何事かを言い合う天衣とあいの3人は周囲の注目を集めた。彼等を横目に通りすぎる人達のうち何人は首をかしげる。その中から幾人か近づこうとする者が出てくるがその前には黒服達が立ちはだかった。
「行くぞ」
放っておけば姉妹の争いは将棋での決着まで続くので八一の対応も慣れたもの。先を行く八一をあいが慌てて追いかけたことで中断と相成った。そのまま近くにある道場に向かうのはお約束である。
「デビュー祝いだ。2人とも平手で。恩返ししてくれてもいい」
「!?…お願いします」
「おねがいします!」
じっくり弟子の手を吟味して天衣の狡猾な手を跳ね返しあいの超攻撃的な手を絡めとる。自分の将棋に影響を受けたと明言する弟子達の将棋は相手するだけで少し嬉しかったりする。
「このっ!ニマニマするな!」
「言いがかりはよしてくれ」
「この性悪。こっそり笑ってるくせにー!」
簡単に恩返しされていてはあの師匠がここぞとばかりに煽って来るだろうし合わす顔がない。感想戦をする度にもう一回とVSを強請る弟子達に竜王戦で構えなかった分と応えていると時間は矢のように過ぎていた。
「あっ。時間!?ど、どうしよう」
「時間?まだ5時にもなってないわよ」
「お、お姉ちゃん。お願い晶さん貸して!」
「?」
去年の竜王戦はたまたまクリスマスイブの最終局だったが今年は日程が少し早かった。そうなると目出度い事が続いた清滝一門が全てひっくるめてその日を祝おうとするのは自然な事である。
八一達が梅田で待ち合わせていた頃清滝邸の前庭には白い吐息をお気に入りのマフラーで止める銀子の姿があった。彼女の前には先日まで無かった巨大なクリスマスツリーが鎮座している。
「銀子ちゃんこれ付けてくれる?」
「わかった」
戸口から現れた桂香がカラフルな玉と紅白の杖を銀子に渡し自身はキラキラのモールを取り出した。彼女の父が張り切って買ってきた生木。今日明日が終わったらどうするのかとか色々言いたいことはあったが同時に嬉しかったのだろうと照れ臭くなる。一門祝賀会も近々開くそうなのでクリスマス限定新田ちゃんへの貢ぎは諦めてもらうが。
「あ、これ」
「あちゃー忘れてた」
次々と飾りの入った箱を開けていた銀子は巨大な星を発見した。明らかに天辺に着ける筒のついたそれを飾るには銀子は言わずもがな桂香の身長では微妙に足りない。
「脚立、脚立どこだっけ?」
「物置?」
ちなみに飾りにはそれぞれちゃんとした名前と意味があるらしいが桂香も銀子も知らない。気になった人は検索して知っているかもしれない。日本ではその程度の認識だろう。彼女達は今日という日を祝えればそれでいいのだ。
八一の竜王位防衛、桂香と天衣、あいの女流棋士デビューとクリスマス。特注ケーキのプレートも大変なことになっているそうだ。出前の時間も迫り休んでいる暇はない。
「そういえば銀子ちゃん。今年は何をプレゼントするの?毎年相談してくれてたのに」
「内緒」
「そっかー銀子ちゃんが私にかくしごとを…うぅ」
「なんで泣くの!?」
事あるごとに八一に関する相談を受けてきた桂香。相談役を解任され恋路でも置いていかれる日を想像して涙する。
「桂香、銀子。ええもん買うて…ぎゃあああ!」
「なんでクラッカーだけで諭吉何枚も飛んでくのよ!?」
そしてふらつきながら両手いっぱいにパーティーグッズを抱えて帰ってきた家長はとっちめられた。
そして夕刻大阪野田駅から少し離れた狭い路地。黒い高級車から降りた八一達は真っ暗なその家に近づく。そして乾いた破裂音と眩い閃光に襲われた。
「〇ねーやいちいぃ!」
「て、敵襲!てきしゅー!」
「晶さん。懐の物は出さないでください」
巨大な筒を両肩にかついだ酔っ払いが次々とその引き金を引く。その後ろには桂香と銀子がしゃがんで耳を塞いだ姿があった。いつもすかした弟子を偶には驚かせてやろうという酔っ払いの悪戯である。
―え、そこで切るんですか!?もうちょっと、もうちょっとだけ教えてくださいよ!
「平穏無事なパーティーが開かれました」
「貴方入る一門を間違えたわね」
「たのしかったですよ?」
―いやいやいや、絶対嘘でしょう!?誰が正直者か一目でわかりますよ!?
「やはり竜王戦を勝てたのは一門の助けも大きかったです」
―ははっあっ駄目だ。これ絶対口割らないやつです。ごめんなさい編集部。
インタビューの帰り。家のドアの前で八一が取り出したキーケースは真新しかったとかなんとか。車も自転車も持たない八一に彼女がどういう意図をもってそのチョイスをしたかは定かではない。
また遅くなりました。今回は恐竜の島に漂着しましてそこから現実にログインして現実から書いて…