指し貫け誰よりも速く   作:samusara

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第七話

 中央区に大阪の象徴としてそびえ立つ城の縄張り。桜が咲きだした西の丸庭園に荷物を持ちこむ八一と銀子。彼等は大手門から入り中の仕切門で入園料を支払い外堀沿いに奥へ進む。桜の下に着くとシートを広げ大事そうに布で包んだ携帯将棋盤を取り出した。

 時刻は朝9時、清滝一門の花見開始時刻は12時。場所取りを兼ねて二人で将棋を指して待とうという考えだ。平日の早い時間、入園料の必要なエリアとあって周囲に人は少ない。

 

「邪魔」

「折角の風情が…」

「何?」

「何も言ってませんよ」

 

 81マスにのめり込む二人の間を何度も遮る薄桃色。頭上に咲き誇るソメイヨシノの主張も銀子からすると対局を邪魔する物に過ぎなかった。花より将棋と上を見ない二人。真下に陣取っておきながら酷いものである。

 

「負けました。…次お願いします」

「負けず嫌い」

「姉弟子が言いますか?」

「うるさいうるさい」

 

 集中して5、6局も指すと昼が近くなり庭園には人が増えてきた。中央では大手ピザチェーンから唐揚げまで屋台が出張って観光客を引き寄せている。銀子の容姿と将棋盤、八一を遠目に見る者も現れ始めた頃師匠と桂香さんが来てくれた。

 

「場所取りありがとう銀子ちゃん、八一君」

「二人きりで花見を楽しんでたちゃうん?目出度い弟子にも乾杯や」

「もう酔っているのですか師匠」

「気づいたら何本か開けてて外国の方とも一杯…。もう、真っ直ぐ歩いて!」

 

 桂香さんは虚空に杯を掲げる酔っ払いをシートに座らすと弁当箱を開け始めた。鮭から梅干しまで揃い踏みのお握り各種が顔を出す。

 

「ぷはっ。この和風ツナうまいやんけ。八一おかかと交換せんか」

「いいですよ」

「桂香さんソースは?」

「はいこれ、特製品よ」

「ありがとう」

 

 肉巻きおにぎりにドバドバとソースをかけ食す姉弟子。黙しておかかを食べる八一。新しく瓶を開ける師匠と皆の世話をする桂香。

 清滝一門毎年恒例の花見光景である。 

 

 

 

 

 朝6時、おろしたてのスーツに着られた少年が自宅アパートのドアを出る。まだ人通りの少ない道を通り将棋連盟の三階棋士室へ。着くやロッカーから盤駒と時計を取り出し椅子の内一つを選んで座った。練習将棋相手が来るまで眠っていた脳細胞に血を通わせる。早出は一人暮らしを始めて道草を止めてくれる姉弟子や友がいなくなった八一の遅刻対策である。

 

「期待の新人サン。こなたの相手をしてくれやす」

「はい。お願いします」

 

 ドアを開けて部屋に入って来たのは供御飯万智山城桜花。去年は女流玉座の挑戦者となり銀子と対局もしていた。彼女の暴力的なまでの固さを誇る穴熊は一戦の価値がある。しかし彼女は来月山城桜花の防衛戦を控える難しい時期のはず。更に言えば京都からここまで一時間半なのでこの場にいる為には泊まりか4時起きが必要となる。

 

「大事な時期に俺と指していいのですか?」

「八一サンがええんどす!いけずなお人やなぁ」

「…光栄です」

 

 対局を始めて少しすると徐々に棋士室が埋まってきた。周囲は二人の対局に興味を持つが供御飯の様子を見てそっと離れる。彼女が完全に熱くなっていたからだ。当てられた周りも静かになり時計と駒の音だけが響く朝が過ぎる。長期戦の末八一が彼女の守りを撃ち崩し最後の攻勢を防ぎきると対局は終わった。

 

「四間飛車を指すとは予想外どす。しかもこの戦法は…」

「すみません」

「こなたもええ経験になったしかまいまへん。寧ろ見せてええんどすか?」 

「この手で穴熊のエキスパート以上に良い研究相手はないですよ」

「おおきに。この一局は誰にも話さへんよ」

 

 九頭竜サンとの秘密やーとにこやかに笑う京美人に八一も苦笑い。小さい頃からの長い付き合いなのだが何かと揶揄われ続けてきた八一は供御飯の弄りに上手く返せないのだ。天敵と言ってもいい。 

 

「ほな、こなたは大学に行くのでごめんやす」

「はい。対局ありがとうございました」

「誰か、未来のタイトルホルダーが暇しとりますえー」

「はぁ」

 

 感想戦も終わり気づけば1時間以上経っているがまだ足りない。集中の具合を確かめたい八一は手の空いている棋士を見つけると手当たり次第に対面へ誘う。相手の若手棋士、奨励会員も白星が先行する八一を負かしてやろうと自分の研究内容をぶつけてくる為有意義な時間となった。

 

「負けました」

「ありがとうございました」

「また強くなってないかい?」

「今日は一段調子が良いんです。むらが無いというか…これを公式戦で出せれば」

「うん。自分の管理も大事だ」

 

 昼休憩を挟んで指し続けもう夕方、一日の最後と対局した相手は鏡洲飛馬三段。奨励会員にして若手プロを退け新人戦で優勝、名人と対局をした経験も持つ実力者。八一が奨励会入りした時から何かと世話になった人である。頭を下げる鏡洲に八一は返礼して感想戦に移る。

 変化手に対応していると鏡洲に質問された。

 

「時に八一君は不調に陥った時の対処法とか決めているかい?」

「…より最悪の事態を想定して比較する…ですかね」

「それに比べれば大したことじゃない、か」

 

 八一の対処法は根性論。冷静な様で元は熱血漢なのだから仕方ない。習慣や気分転換などの方法を予想していた鏡洲は苦笑する。

 

「姉弟子に比べれば自分は面倒ですよ。彼女は不調でもひたすら将棋を指して元に戻しますから。まあ止め際に苦労しますが」

「それ八一君と何処が違うのかな。まあ初めてこの部屋に来た時の彼女は凄かったけどね」

 

 姉弟子も自分と同様鏡洲に一から世話になっていた。彼女が棋士室に初めて来た時の事件は今でも笑いの種である。

 

「その節はすみませんとしか」

「ちゃんと付いててあげなよ。八一君の傍なら大人しいのだから」

「姉弟子を止めるなんてとてもとても」

 

 駒を動かす指を止めずに二人でくっくと笑う。鏡洲の手が止まり感想戦も終わりかという時八一は口に出せずにいた質問をした。

 

「それで鏡洲さんはどうなのですか?」

 

 そも鏡洲が振ってきた話題で聞き返されて然るべきもの。恐らく鏡洲はこの質問を待っていたはずだと。八一の質問に将棋盤を見つめる鏡洲の笑顔は威嚇闘争の物に変わる。

 

「俺か、俺は大きな波をまた起こしたいのさ。プロで勝ち上がる八一君を見てそう思えた」

「鏡洲さん…」

「あと5回で勝ち越しも終わり。ここらで全賭けくらいの心意気でないと」

 

 盤面から顔を上げた鏡洲の目は強い闘争心で満たされている。八一も決して他人事ではない。彼の師匠は前期順位戦B級1組から降級し2組で再起を狙い自身もC級2組で一局に人生を賭けて戦うのだ。

 春、束の間の休息は直ぐに過ぎ去り熾烈な争いがまた始まる。

 




 誤字報告ありがとうございます。今回は無いと思ってました。

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