今日は友枝小の運動会! よく晴れ渡った空の下、運動が大好きな姉さんが生き生きと動く姿を見ながら……俺は大量の汗と共に蒼い顔で息を整えていた。
というのも、ついさっき行われた種目でたまには運動でいいところ見せようと、張り切り過ぎたからである。
「ごほっ、げほっ、げーほげほげほっ!」
「梅倖くん、大丈夫ですか? 保健室に行かれた方がいいのでは……」
隣で姉さんが活躍するチアリーディング部の様子を撮影していた大道寺が、水筒から水を飲んでむせた俺の背中をさすりながら気遣うように言ってくれる。でも俺はそれにジェスチャーで「大丈夫」と返した。傍から見れば大丈夫じゃないだろうけど、大丈夫ったら大丈夫。姉さんの活躍をつぶさに見るまで俺は倒れられない。ああ、やっぱり運動してる時の姉さん健康的で可愛い! これを見逃すなんてもったいないこと出来ないね! 仕事で遅れてる親父にも姉さんの活躍をあとでいっぱい聞かせてあげるんだ! うわあああ、もう! 跳躍する時の姉さんの背中に妖精の羽がついてないのが不思議なくらいだよ! なんであんなに可憐なの!? やっぱり顔が似てるとは言われても、俺とは内からにじみ出るものが違うぜ!
しかし俺がうっとり姉さんに見惚れていると、急に頭の上にずしっと何かがのってきた。その重さに思わずよろける俺。なんだなんだとズレた紅白帽をあげて見てみれば、俺の頭に腕を乗せてジト目で見てくる兄貴の姿。今日は仕事で遅れている親父より一足先に、月城さんと一緒にお弁当を持って見に来てくれていたのだ。
「おい、梅。張り切り過ぎだ。自分の体力考えて動けって、いつも言ってるだろ」
「だ、だって! 俺だってちょっとくらい姉さんにいいところを……」
「その気持ちは分かるが、かえって心配かけてるだろうが」
「うっ……!」
そ、そりゃあさっき、姉さんにも思いっきり心配されたけど……!
「でも、梅倖くん頑張ったね! 一生懸命やってる姿、かっこよかったよ」
「本当ですか!? ど、どうもっす!」
少し落ち込んでいたら、兄さんの隣でカメラを構えていた月城さんが嬉しい事を言ってくれた。ううん、このフォロー力見習いたいぜ……!
こうして調子こいたせいで苦しくなりながらも、何だかんだで運動会を満喫している俺なのだが、その理由として最近すこぶる調子がいい事があげられる。傍からはそう見られていないかもしれないが、少なくとも去年までみたいに、あまり体力の消耗が激しくない競技にだけ出場するようなことはなくなった。これ、俺としては何気に快挙である。なんたっていくら参加したいと思っても、練習途中ですら貧血で倒れることが多かったからな。
というのも、李小狼に俺の体質? の推測を聞いてからケロ吉に相談したところ、こんなことを言われたからだ。
『もし小僧の言うてることがホンマなら、無意識やのうて意図的に魔力をモノに込めるようにしたら、体調ようなるかもしれんなぁ』
ケロ吉は言うには俺が自分から魔力がこぼれていることを自覚して、それを意図的になにかに込める事が出来れば魔法を使わなくても効率的に魔力を消費することが出来るとのこと。そして俺はそれが出来れば、少なくとも自分の魔力由来の不調はなくなるらしいのだ。これはやらない手はないと、俺はすぐにその方法をケロ吉と一緒に模索した。
結果、いい方法を見つけて今に至っているのである。そしてそれは思わぬ副産物をも俺にもたらしたのだが……。
「梅くん、お弁当の時間だよ! 体調はもう大丈夫?」
「! うん、もちろんだよ姉さん!」
考え事をしていると、障害物競走を終えた姉さんに声をかけられ俺の意識は一瞬で思考の海から水揚げされた。
「あのね、知世ちゃんのお母さんお仕事でちょっと遅くなるんだって。だから知世ちゃんも一緒にお弁当さそったんだ」
「ご家族の団らんをお邪魔してしまって、すみません」
「いや、いいっていいって! 友達と一緒に食べられるのは俺も姉さんも嬉しいし。……そうだ」
ふと思い至って、最近なんだかんだで俺が一方的に絡んでいる奴。……李小狼に声をかけた。
「おい、お前も良かったら一緒に飯どうだ?」
俺が声をかけたことに姉さんも大道寺も少し驚いたような顔をしたが、特に反対する事も無く少し控えめに「そうだね、よかったら李くんも一緒にお弁当、どうかな?」と一緒になって誘ってくれた。すると声をかけられた李は少し目を見開いた後「なんで俺がお前たちと……」などと言いかけたが、月城さんも一緒にお弁当を食べると知るや否や顔を真っ赤にして「一緒に、食べる」と言ってきた。なんつーか、素直なんだか、素直じゃないんだか……。
俺としては、コンプレックスを刺激して姉さんの邪魔になるこいつに最初は結構嫌な感情を向けていた。嫌いだったし。
しかし魔法について相談できる相手がケロ吉以外では結局こいつしか居なくて(毎回答えてくれるわけではない)、ちょくちょく声をかけるうちにだんだんこの態度そのものには慣れてしまったのだ。姉さんにしたことは忘れてないけどな!
今でも苦手な事には変わりないしムカつくことも多いが、月城さんに向ける好意があまりにも純粋で素直すぎるので、最近俺は奴に段々と生暖かい視線を向けるようになってきた。これが相手の弱点を知ったゆえの余裕かと思うと少々情けないが、少なくとも前ほど刺々しい態度は向けずにすんでいる。一応、魔力について教えてもらった恩もあるしな。
少なくとも、特に意識せずに声をかける程度には抵抗がなくなってしまった。…………多分、話しかけるうちにこいつのプライベートを少しだけ知ってしまったのが理由でもあるけど。
お付きの人が一人だけ一緒に来てくれて、あいつの他の家族は香港だってんだもんなー…………。いくら特殊な家系の人間だからって、俺と同い年の奴が家族と離れて外国で暮らすとか、なんか、スゲーって思っちまった。
俺だったら無理だ。姉さんと距離的にも時間的にもそんな長く離れて暮らすなんて無理だ。もしそうなったら、俺は陸に上がった深海魚みたいになる自信がある。定期的に姉さんのエンジェリックフェアリーオーラを吸収しないと俺死んじゃう。絶対寂しい。
だからこいつどうせ一人で飯食うんだろうなとか思ったら、気づいたら声かけてた。見たところ、話に聞くお付きの人はこういう行事には来てなかったっぽいし。
とりあえず、月城さんと一緒のシートで飯が食えてほやほやと嬉しそうなオーラを出している李を見て誘ってよかったとは思った。月城さんの弁当食う量にはビックリしてたけどな。会話も「食べ物がおいしいのは、健康の証拠なんだ……!」しか言えてなかったけど。ふっふん! もともと月城さんの未来の恋人は圧倒的に可憐で可愛らしい姉さんがアドバンテージを握っているのだ! この程度、敵に塩を送るくらいどうってことないさ。だからもっと俺に感謝しろよな、李小狼!
けど、いくら嬉しさ度より恥ずかしさ度が越えたからって、まだほとんど食ってないのに立ち去るのはいただけないぜ! それに、実はちょっと狙っているものがあったのだ。
「おい、待てって」
「! あ、コラ返せ!」
「や~だねー」
李が「ごちそうさま」と言って立ち去る前に、俺は奴自前のお弁当らしき包みを取り上げる。先にうちの兄貴、月城さん特製のお弁当を広げて取り皿によそって渡してたからな。うちの弁当も結構食う量多かったし、広げるタイミングが無かったんだろう。
けど、こういう時の醍醐味としては突撃他人のお弁当! なのだ! 遠足の時とかも、他の奴のお弁当もらうの好きなんだよな、俺!
「お前のもちょっとわけろよなー」
そう言っていそいそと包みを開けようをしたが、横から伸びてきた手にぱちんと叩かれた。あうっ。
「コラ、人のお弁当勝手にあけちゃ駄目でしょ!? ごめんね、李くん。梅くんが勝手に……」
「い、いや……別に。分けてもらったばかりだし、その、食べたいなら、食べていい」
「え、いいの?」
「あ、ああ」
少ししどろもどろに言う李の視線は、姉さんに答えているものの視線はちょいちょい月城さんにむけられている。ほう、どうやら自分の弁当を月城さんに食べてもらえる可能性に気づいたか……。じゃあ遠慮なくあけさせてもらうぜ!
本人からOKが出たので、俺は今度は躊躇なく弁当を開けた。そして李が再びシートに座り直してソワソワしだしたのを横目に、弁当をのぞき込む。するとそこには、思った以上にうまそうなおかずが詰まっていた。
「わあ! すっごく美味しそうだね! やっぱり中華なんだ。彩りも綺麗!」
「まあ、本当ですわね!」
姉さんと大道寺が歓声を上げる。二人が褒めるように、うまそうなだけじゃなくて色のバランスも綺麗だった。え~と、俺がわかる範囲だと、エビチリっぽいものに、シュウマイとはちょっと違うけどそれっぽい……でももっと凝った形のやつに、緑が綺麗なままの野菜の和え物に、巾着型のなにかに、肉で巻かれた野菜のやつに……駄目だ。美味そうだけど中華っぽいって感想以外は名前がわからん。今度図書館で中華料理の本でも借りてみるかな。とりあえず、なにかと凝ったおかずだ。美味そう。
「これはお手伝いさんだっけ? 執事さんだっけ? が、作ってくれたのか?」
「いや、他に用事を頼んでいたから今日は自分で……」
何気なく聞いた一言に帰ってきた言葉にぎょっとなる。
「ええ!? こ、これ李くんが作ったの!?」
「マジかお前! スゲーな!」
「ふ~ん。まあまあだな」
「! 何だと!」
驚く俺と姉さんだったけど、兄貴の採点は厳しい。李も反射的にくってかかるが、月城さんが「本当だ! すごくおいしそう。よかったら、僕も一口いいかな?」と聞いてきたことで一瞬でゆだって眉間の皺が消えた。おお……。この月城さん効果よ。
ちなみに弁当は見た目通りすげーうまかった。なんだよこいつスーパーマンかよ。俺も家の手伝いとかで料理作るから同世代に比べたら料理うまいと思ってたから、なんかこう、改めてライバル心がわいた。よしっ、今度弁当作る場面があったら今度は俺が作る。こいつには負けねー。
とまあ、なんだかんだでみんなでわいわい弁当を食べていた時だ。ようやく親父がやってきた。
ずいぶんと急いできてくれたみたいで、走ってきた親父は珍しく息切れしている。だから親父って大好きだぜ!
「ごめんね、遅れちゃって。……おや? 君は初めて見る子だね。こんにちは、さくらさんと梅倖くんの父親の、木之本藤隆です」
「こ、こんにちは。李……小狼です」
「前に話した、同じクラスに香港から転校してきた子だよ」
「ああ、君が。そうだ、ゼリー作って来たんだけど、よかったら君もどうかな。口にあえばいいんだけど」
「ど、どうも。ありがとうございます……」
丁寧で好意的な親父の笑顔と言葉遣いに、若干戸惑いながらも李は素直にゼリーを受け取った。ふふんっ、親父と月城さんという柔和の二大双璧を前にしては李のやつも眉間の皺を発動できないようだな! どうだ、毒気を全て抜かれるだろう!
しかしどうも李としてはライバルである俺、姉さん、見守る体制の大道寺大先生、気にくわない兄貴、大好きな月城さん、穏やかオーラ全開の親父がそろうこの場は座り心地が悪かったらしく、食べ終わると「保険係の当番があるから……。ごちそうさまでした」と言ってそそくさ立ち去っていった。忙しない奴である。それにしてもゼリーうめぇ。ちょっと食いすぎたけど幸せ。
しかしふとシートを見ると、空になった李の弁当が置きっぱなしになっているのに気づく。
「あ、李の奴弁当箱忘れてってる。しょうがねぇなー。俺届けてくるわ」
「本当だ。……そうだ! 梅くん、さっき転んでたよね? 水で洗って絆創膏貼っただけだったでしょ。ついでだし、保健室でちゃんと消毒してもらってきなよ」
「ええ~? それはいいよ。軽く打っただけで、たいした傷じゃないし。でも心配してくれてありがと姉さん!」
「梅倖くん、それは本当かい? だったら、ちゃんと消毒しないと駄目だよ」
「父さんの言う通りだぞ。素直に聞いとけ」
「……は~い」
家族全員に言われてしまい、このままだと月城さんと大道寺にも言われそうだったので結局は頷いた俺。消毒、しみるから嫌いなんだけどなー……。
そう思って若干テンションが下がったまま、俺は保険室を目指すのだった。
その少し後。
「♪」
「も、無理、無理っす! お、お姉さん、ちょっと、おね、お姉、さん! か、勘弁してください!」
何故か俺は髪の毛クルクルな可愛らしい女性に、踊り殺されそうになっていた。
誰か助けて。
時は少々遡り、李の弁当箱を持った俺は渡り廊下を歩いていた。
しかしふいに何かの気配を感じて、視線を校舎の屋根に向けたのだ。すると俺が見た場所が急に光りだし、桃色の光がぱっと弾けたと思ったら桃色の花びらがそこから舞い出した。目をしばたたかせてそれを見ていた俺だったのだが、花びらの中に人影を見つけて更に屋根の上を凝視した。思えば、これが間違いだったのだろう。
屋根の上に居た人物と、目が合ったのだ。遠くてよく見えなかったのに、確かにあの時俺とあの人の目はあった。そして何故かニッコリと微笑まれたのまで分かったんだけど……気づいたらその人がすぐそばに居て、ふわっと白くてすべらかな手に手を取られて、ふわっと浮いたような感覚がしたと思ったら……そこは気づけば屋根の上。目の前にはくるくる髪を巻いた特徴的なツインテール、大きな桃色の耳飾りをして同じ色のドレスを着こなした、とても美しい女性が俺に微笑みかけていた。
俺はその美しさに、数秒間見惚れていた。思わず「可愛い」とも言ってしまった。
が、俺はすぐにそこから始まったクルクルダンスに悲鳴を上げる事となる。
とっても。と~っても楽しそうに俺の手を取ったまま可憐な踊りを披露してくれる彼女は、間違いなくクロウカードだろう。花びらをまき散らしているのや、額に花のような模様があることから花のクロウカードってとこかな? 多分。それか踊りのカードとか。……いや、やっぱり花だろうな。チラッと下を見たら、いつの間にか校庭が花びらで埋め尽くされてるし。
本人(本カード?)からはまったく邪気や敵意を感じないあたり、きっと彼女としては好意として行っていることなのかもしれない。でも何事も過ぎれば良くないことになる。今の俺みたいにな!!
「♪ ♬♪」
「あの、ダンス、楽しいのですけど、も、むり。あわぁぁぁぁぁ!?」
「♪」
楽しさが最高潮に達しているのか、俺の言葉は美人に届かない。それどころか、さらにノリノリで踊ってるんだけどこの人!
め、目が回るー!
最初こそ美人とのダンスは照れるけどちょっと楽しかった。でもいくら最近調子が良かったとしても、もともと体力が無い俺に長時間のダンスは拷問である。もうかれこれ三十分くらい経ってるんじゃないか? すでに午前中で結構な疲れがたまっていたのもあって、冗談でなくかなりきつい。更に言うと、何とかなったとしても明日は確実にひどい筋肉痛に襲われることが確定しているのがまたツライ……!
最近ようやくクロウカードに対抗できそうな手段を見つけたのに、残念ながら今は丸腰だ。姉さんの鍵みたいに常に身に着けられるものだったらよかったんだけど、流石に今は持ってな……!
「う、梅くん!? なんでここに……あとなんで踊ってるの!?」
「ね、ねえひゃん……!」
ぐるぐる目を回しながら、現れた救世主の名を呼ぶ俺。どうやら校庭の異変でクロウカードの存在に気付いた姉さんが来てくれたようだ。その後ろには大道寺も居る。
しかし美人は姉さんに気づくと、ニコニコ笑顔のまま踊りながら姉さんに近づいた。
「え?」
「え?」
さっきと同じように、ふわっと優しく姉さんの手を取るクロウカード。
「♪」
「ほええぇぇ~~~~~~!?」
「はわぁぁぁーーーーーー!?」
そして、運動会ワルツ第二弾が始まったのであった。
その後無事にクロウカード……
「くろうかーど、おそるべし……!」
攻撃的でないカードでさえ、この様である。無邪気な性格だった分、悪意が無いだけある意味たち悪いというかなんというか……。
筋肉痛に悲鳴を上げる体で、俺は改めて体力を増やそうと心に誓った。
ところで、運動会では俺の知らないところで意外な出会いがあったようだ。なんでもうちの親父と、大道寺のお母さんが知り合いだったらしいのだ! 大道寺の家にはちょいちょい衣装のお手伝いでお邪魔するけど、大道寺のお母さんは忙しい人みたいで俺も会った事なかったんだよな。
結局俺はあの後ずっと保健室だったし会えなかったんだけど、すごく美人だったって姉さんが言ってた。しかも話を聞けば、母さんと従姉妹で友達だったそうじゃないか。
大道寺のお母さん……園美さんも俺に会えなかったのを残念がってくれていたようなので、今度会ってみたいな。親父以外からの、母さんの話も聞いてみたいし。
しかし、その機会は意外と早く訪れた。
「ねえ梅くん。梅くんは、知世ちゃんのおうちによく行ってるよね? 実は知世ちゃん、ちょっと困ったことがあったらしくて……。今度の日曜日、おうちに来てほしいって言われたの。知世ちゃんもいいよって言ってくれたから、よかったら梅くんも一緒に来てくれないかな?」
そんな姉さんの言葉に、俺の答えはもちろん二つ返事でイエスにきまっている。
丁度よかった! まだ大道寺に見せていない、俺の新たな力を披露しようじゃないか。ふっふっふ。きっと驚くぞ! …………ま、まあ姉さんや李に比べたら、大した事は無いんだけど……。いやホント……。で、でも何も出来なかったころに比べたら進歩だ! 少しはましになるまではと思って秘密にしてたけど、そろそろ俺の成長を大道寺大先生にも見せないとな! これが出来るようになったのは、ある意味大道寺のおかげでもあるわけだし。
それに姉さんに相談するってことは、もしかしたらクロウカード絡みの悩みかもしれないし。だったら、俺にも出来ることがあるかもしれない。もちろんそれ以外でも、大道寺のためなら全力で悩み解決を手伝うが。
そんなわけで、運動会から少し経ったある日の日曜日。
俺と姉さんは、初めて二人して大道寺の家に遊びに行く事になったのだった。