キャプターサポーターうめゆき   作:丸焼きどらごん

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十八話 うめゆき、おじいさんと空の橋の巻

 ちくちくちくちく。

 

 ここ最近クロウカード達のぬいぐるみ作りや、大道寺に服作りを習っているおかげで間違いなく上達している俺の裁縫の腕。それを活かして現在製作しているのはミニマムサイズの掛布団だ。ちなみに敷布団の方はすでに完成している。

 大道寺んちで見せてもらった裁縫の本に載ってたパッチワーク。それを見よう見まねで試してみてるけど、けっこういい出来なんじゃないか? ふふん、やっぱり師匠がいいからだな! 今度大道寺に何かお礼しないと。

 

 そんな風に裁縫を進める俺の手元を、ひょっこりと顔を出した姉さんが覗き込む。「ほえ~」と感心したような声を出してくれたので、俺は少し得意な気分になった。

 これこれ! この声を聞きたいがために、ちょっと気合入れて作ってしまったぜ!

 

 で、その姉さんの方なのだが……四苦八苦しながらも小さなベッドを作るために、図工の教科書を参考にしながらパーツを組み立てている。

 そっちも俺がやろうか? と聞いたけど、これは自分が作ると姉さんは譲らなかった。

 

「ごめんね梅くん。手伝ってもらっちゃって」

「いいって、任せてくれよ! でも姉さんも布団用意してただろ? いいの? そっちは使わなくて」

「うん。ちょっと急ぎで用意したから、お布団っていってもただの布だったし。どうせちゃんと作り直すなら、梅くんが作ってくれた方が絶対良いもん! 私もそれに恥ずかしくないように、ちゃんとしたの作るんだ! ……次は壊されないように」

 

 そう言って姉さんがジト目で睨むのは、先日姉さんと大喧嘩して家出騒動をやらかしたケロ吉だ。

 こいつプライベートスペースが欲しいとか言って、姉さんの勉強机の引き出し一角を無断で自分の部屋に改造しやがったのだ。しかも中身を全部ぐっちゃぐちゃに放り出して、姉さんの大事なものを端っこに寄せた上で!

 そもそもの喧嘩の原因は別にあるのだが、そのことで姉さんの堪忍袋の緒もは切れた。俺だって怒った。

 ……でもそこは優しい姉さん。ケロ吉が帰ってきた後、ちゃ~んと引き出しにケロ吉部屋を作り直してあげたのだ。姉さん本当に人に生まれたのが間違いじゃないかってくらい天使のような清浄な気を発してるよ! ああもう姉さんほんっと優しい! 

 

 ……まあ、最初に姉さんが作ったそのお手製の寝床は、喜んで飛び跳ねたケロ吉に壊されたけどな!

 

「ケロ吉、もう壊すなよ。せっかくの姉さんの手作りだったのに! もっとありがた~くだいじ~に扱えよ! なんたって姉さんの手作りだし喜ぶのは分かるけど! 分かるけど!」

「せ、せやからすまんて! でもなぁ~、ちょ~っと飛び跳ねただけやんなぁ~。次はもうちょい丈夫なん頼むで~」

「直してもらっておいてなによ、その態度はー! もう、調子いいんだから!」

 

 ぷんすこと頬を膨らませている姉さんも可愛いが、ケロ吉お前はもっと反省をだな。

 そう思っていっちょ俺からも説教を! ……そう思った時だ。

 

「さくらさ~ん、梅倖く~ん。そろそろ出ますが、準備は出来てますかー?」

「あ、もうそんな時間!?」

「やっばい、俺まだ荷物詰め終わってなかった!」

 

 階下から聞こえてきた親父の声に、俺と姉さんはバタバタと慌てて動き出す。

 

 現在は夏休み。今日これから俺たち家族は、親父の知り合いが貸してくれた別荘へ行くことになっている。雪城さんも一緒だ。残念ながら姉さんが誘った大道寺は合唱部の全国コンクールで不参加だが、それは仕方がない。コンクール頑張ってほしいし、遠くから応援していよう。

 いや、でも本人さらっと言ってたけど全国ってすごいよな。もし録画とか録音あるなら今度大道寺の歌聞かせてほしい。……後でお願いしてみるか。

 

 っと、それはそれとして準備準備! いっそげー!

 

 ケロ吉の部屋は帰ってきてからだな!

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 家を出発して、車に揺られること数時間。

 

 自然豊かで綺麗な森や川に囲まれた別荘地帯に到着した俺たちは、立派な別荘にテンションを上げつつ荷物を広げた。

 姉さんのカバンに入っていたケロ吉が危うくベッドにダイブした姉さんにプレスサンドにされそうになっていたが、まあ些細なことだ。むしろ姉さんに潰されるなら本望だろう。……と思っていたらケロ吉にほっぺたを抓られた。「声に出とるで、梅倖!」と恨みがましそうに言われてしまったけど、つねることないだろ! 痛いな!

 けど旅行の解放感なのか怒りは長続きしない。今はとにかく姉さんと遊びたかった。

 

「姉さん姉さん、さっそく外行ってみないか!?」

「うん! 綺麗な場所だし、いっぱいお散歩してみよう!」

 

 今日は姉さんとゆっくり過ごしたかったから、依り代には穏やかな気質の(ウッド)を入れている。他に持ってきたクロウカードぬいぐるみも比較的穏やかな面々だ。

 肩の上で俺と姉さんを微笑ましそうに見ている(ウッド)に少々恥ずかしくなるも、彼女なら好奇心にかられてウロチョロ動いたりしないだろう。安心、安心。

 

 さ~て、今日は姉さんと冒険するぜ! ……いや、自然豊かな場所と言っても道はちゃんと整備されてるし冒険ってほどじゃないかもしれないが。でも知らない場所を歩き回るのってわくわくするよな!

 

「そういえばさっき、車の窓から立派な建物が見えたんだ! そっち行ってみ……っ」

 

 言いかけて、急な眩暈に足元がふらついた。

 

「梅くん!?」

 

 慌てた姉さんが支えてくれたが、どうも力が入らない。長年の経験で俺は自分の体調を自覚し、「やってしまった」と気づいて愕然とした。

 ここ最近魔力の使い方を覚えてきたおかげもあって、ずいぶんと健康になった自覚があったのだ。けど久しぶりの遠出という事もあってはしゃぎすぎたのか、昨日つい夜更かししてケロ吉のベッドカバーを縫っていたからか……。

 

 うん。これは……。

 

 

 

 

 

「あらら、梅倖くんは熱が出てしまいましたね。遊びたいでしょうけど、今日は寝ているんですよ」

「……ふぁ~い……」

 

 体温計を見た親父にそう言われてしまい、俺の口からは情けない返事が出た。しょぼくれた俺をみかねたのか、姉さんに呼ばれて俺をベッドまで運んでくれた兄貴が、ぽんぽんっと俺の頭を叩く。

 

「ま、はしゃぎすぎたんだろ。今日一日で治せば、明日からは遊べるんじゃねぇか?」

「そうだよ梅倖くん! 栄養あるもの作るから、食べてしっかり治してね。まだ日は残ってるから安心して」

「兄貴……月城さん……ありがとう……」

 

 せっかくの楽しい夏休み、しかも別荘で楽しく過ごす数日間! 俺は自分で思っていた以上に楽しみだったらしく、出た声はひどく弱弱しかった。ぐっ、男らしくない……!

 

「……というわけで、姉さんごめん。俺は今日一緒に行けないけど、気にしないでお散歩してきて」

「で、でも!」

「明日までに治すからさ。今日行った場所に、案内してくれると嬉しいな」

「う……っ!」

 

 俺を気遣って自分も残ると言い出しそうな姉さんに先回りして言えば、姉さんは少し肩を落としたものの元気に頷いてくれた。

 

「まかせて! 梅くんがびっくりするような、素敵な場所見つけてくるから!」

「期待してる!」

 

 俺と姉さんのやり取りが終わったのを見ると、親父たちが口を開く。

 

「じゃあ僕と桃矢くんはお夕飯の買い出しに行ってきましょうか。月城くん、申し訳ないですが梅倖くんを見ていてもらっていいですか?」

「いや、俺が残っとく。残りついでにバーベキューセット出しとくよ。雪は父さんと買い出し行ってきてくれ」

「了解。梅倖くんも桃矢が近くに居てくれた方が安心するもんね!」

「そうかい? じゃあ桃矢くん、頼みましたよ。でも準備は帰ってきてから一緒にやるから、庭に物だけ出しておいてくれたらいいですからね」

「ん、わかった」

 

 スムーズに進む会話はあっという間に終わってしまって、その後でようやく俺は慌てながら口をはさんだ。

 

「え、ええ? いいよ! 俺一人で留守番できるし、買い出しはみんなで行ってきて」

 

 俺のせいで誰かの行動が制限される。それは昔から嫌だった。

 今日なんて特に楽しい夏休み、別荘初日! 特に重症ってわけでもないし、親父たちは知らないだろうけど(ウッド)だっていてくれるから心細くとか別に……。

 とか思っていたら、兄貴に無言で頭をぐしゃぐしゃに撫でまわされた。あんまりな勢いだったもんだから目が回る。

 

「いいから、そんな事気にするよりとっとと寝とけ。欲しいもんあったら声かけろよ。……つっても、まだ何もないか。雪、なんかスポーツドリンクとか適当に買ってきてくれ」

「うん、わかった! じゃあ桃缶も買ってこようか!」

「任せる」

 

 ポンポンと交わされる会話に俺がもう何か口をはさむ余地は無くて、仕方がないので渋々ふとんに顔をうずめた。

 うう……! こうなったらしっかり寝て、早く治すしかない!

 

 

 

 ……とまあ、そんなわけで俺は別荘初日は留守番と相成ったわけだが、一回寝入ってしまえば気づけばもう夕方だった。枕元のサイドテーブルにはコップとスポーツドリンクが置いてあって、その横にはお皿と未開封の桃缶。

 ふと視線を彷徨わせれば、桃缶の陰に隠れていたぬいぐるみ姿の(ウッド)と目が合った。ほっとしたような雰囲気を感じて、どうやらずっと見守っていてくれたようだと気づく。

 ……あれ? 朝込めた魔力だけでこの時間までもってくれたんだ。……もしかして、俺ぬいぐるみに込められる魔力の量増えた? ちょっとは成長したのかな……へへっ。

 

 そう、少し気分が上向いた時だ。

 

「お、梅。目ぇ覚めたか~」

「うわっ!?」

「うわとはなんや! このハンサムな顔を見て失礼な!」

 

 汗ばんだ体を起こそうと腕に力を入れた瞬間、視界の隅からにゅっと顔を出したケロ吉に驚いて思わずのけぞった。すると逆に文句を言われる始末。

 いや、いきなりぬいぐるみのどアップは驚くだろ!! (ウッド)を見習えよ! あんな奥ゆかしい距離にいるんだぞ!

 

(でもぬいぐるみ言うとまた煩いからなー……)

 

 少々不満はあるもののこれ以上は言わず、ため息だけ深々吐いてから部屋をきょろきょろと見回した。

 夏の太陽はまだ沈んでおらず電気をつけなくても視界はきくが、それでも少し暗くなってきた頃だ。……ずいぶん寝てたらしい。

 そのおかげなのか、寝すぎてこわばった体はちょっと痛いけど熱は下がってる感じだ。とりあえずからっからになった喉にスポーツドリンクを流し込むと、ケロ吉に姉さんはどこにいるのか尋ねてみる。

 

「お父はん達と夕飯の準備しとるで~。梅、良くなったんだったら行ってみぃ。さくら、はよう梅に話したゆうてそわそわしとったわ」

「何か面白いもの見つけたの?」

「それはさくらに聞きぃ。あ、さくらにも言っといたけど食後のデザートたのむで!」

「あー、はいはい。わかったよ」

 

 姉さんにも言ってあると言いつつ俺にも言うあたり、ほんっとこいつ食い意地張ってるな!

 ケロ吉、食事は本来必要ないらしいけど嗜好品だ~とか言って甘いものはしっかり要求してくるんだよな。まあ美味しいもの食べたいって気持ちはわかるし、いいけどさ。

 

 その後夕飯の支度を手伝っていた姉さんのところに行って話を聞けば、なんでも俺が見かけた立派な別荘に住んでいたおじいさんにお茶をご馳走になったらしい。

 とても優しいおじいさんで、お屋敷もすごく綺麗でお菓子もお茶も美味しかったと楽しそうに話す姉さんを見て俺も嬉しくなる。

 ……ま、まあちょっと心配でもあるんだけど。優しそうなおじいさんとはいえ、可愛い姉さんが見知らぬ人の家に入ったってなると、ちょっとな。でも親父は何も言わないし、きっとこの辺りに住んでる人なら身元の心配とかはないんだろう、きっと。多分。

 

「梅くん、もう体は大丈夫?」

「この通り!」

 

 心配そうな視線を向けてきた姉さんに夕飯……バーベキューセットで焼いた肉を頬張りながら答えれば、姉さんは満面の笑みを浮かべた。

 

「じゃあね、じゃあね、明日は梅くんも一緒におじいさんの所に行こうよ! おじいさんも「弟さんも一緒に遊びにおいで」って言ってくれたの!」

「もっちろん!」

「おい梅、今平気だからってあんまりはしゃいで無茶するなよ?」

「わ、わかってるって」

 

 しっかり兄貴に釘を刺されてしまったが、その分親父と雪城さんが「旅先でお友達が増えるのはいいことだよ」「今日寝込んじゃった分、いっぱい遊んでおいでよ」と言ってくれた。へへっ、楽しみだな。

 

 

 ……元気になったからと思って、肉を食べすぎてちょっぴり胃が重いのは内緒だ。素直に勧められたおかゆ食べておけばよかった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 しっかり体温を計ったうえで、体調も整ったと判断してもらった俺には無事お出かけ許可が出た。そして姉さんにくっついて別荘地の道を進めば……なるほど。そのおじいさんとやらが住んでいる屋敷は、遠目で見た時よりずっと立派で大きかった。庭も綺麗だし、ちょっと大道寺の家を思い出す。

 

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。……おや、そちらが弟くんかな?」

 

 キョロキョロと周囲を見回していると、柔らかい声が頭上からふってきた。姉さんと二人して見上げれば、二階のベランダに一人のおじいさんがいる。

 おじいさんといっても背筋はしゃんと伸びていて、スラっとした脚や上品なベストを着こなす姿はかっこいい。……なんかこう、紳士って感じだ。

 たっぷりたくわえられた髭と優しいまなざしに、ほんの少し抱いていた警戒心がするりとほどけていく。

 

 ……? 初めて会ったはずなんだけど、ちょっと懐かしい感じがする。なんでだろう。

 いや、それより挨拶、あいさつ!

 

「! は、はい。えっと、こんにちは!」

「おじいさん、お招き頂いてありがとうございます!」

「いやいや、こちらこそ来てもらえて嬉しいよ。さ、あがっておいで」

 

 おじいさんにそう促されて、俺と姉さんは二階のおじいさんのもとに行くためにお屋敷に足を踏み入れた。そしておじいさんの声に誘われてたどり着いた場所は、可愛い人形やぬいぐるみが並ぶ子供部屋。

 

「わぁ、可愛い!」

 

 もともとぬいぐるみが好きな姉さんだ。目を輝かせて部屋を見回し、おじいさんにこの部屋の主は居ないのかと尋ねる。部屋を見る限り姉さんと趣味があいそうだし、確かにいるなら一緒に遊びたい。

 だけどおじいさんは寂しそうに視線を伏せると、もうその子……おじいさんの孫は天国に行ってしまったのだと話してくれた。悪いことを聞いてしまったと姉さんが落ち込むが、そんな姉さんに「女の子は笑顔が一番だ。さあ、顔を上げて」と声をかけてくれるおじいさん。それを見てこの人は大丈夫だな、優しい人だなと確信する。

 ちょびっとだけとはいえ警戒してたのが申し訳ない。

 

「そうだ、お嬢ちゃん。君と弟くんの名前はなんというのかね?」

「さくら……木之本桜です」

「俺は木之本梅倖です!」

 

 そういえば名乗ってなかったと問いかけに答えれば、おじいさんは少し驚いたように目を見開いた気がした。……どうしたんだろう?

 

「……二人とも、良い名前だね。ふふっ、それにそっくりだ」

「俺と姉さん、双子なんです」

「ほう、男の子と女の子の双子でここまで似ているのは珍しい。……さくらちゃんと梅倖くん、と呼んでもいいかな?」

「はい!」

 

 元気に答える姉さんに続いて俺も返事をすると、おじいさんは嬉しそうに笑って「今日はここで遊んでいってもらえるかな?」と提案してくれた。もちろん、俺と姉さんの答えはイエスだ。

 

 …………だったんだけど!

 

「お、おじいさんすごい……でふね……!」

「だ、大丈夫かね!?」

 

 おじいさん意外とアクティブだった! まさか提案してくれたのがテニスとか! しかも運動神経がいい姉さんの相手できるとかすごいな!? 俺は早々にギブアップだよ!

 ほんの少し参加させてもらっただけでヘロヘロになってしまった俺に、おじいさんが心配そうな表情で駆け寄ってくる。病み上がりなのに「へーきへーき!」と言って参加した手前、姉さん相手にもばつが悪い。

 

「もう、だから動いて平気? って聞いたのに!」

「ご、ごめんごめん! あ、でも姉さんは続けてよ! 俺は絵でも描いてるから」

 

 そう言って取り出したのは、綺麗な場所とか見つけたら絵に描こうかなと持ってきていた小さめのスケッチブック。

 それを見たおじいさんが目を細めた。

 

「……梅倖くんは、絵が好きなのかな?」

「はい! 俺、美術部なんです。おじいさんと姉さんの勇姿、ばっちり描いちゃいますよ!」

 

 動いてるものを描くのはそこまで得意じゃないけど、そこは俺の姉さん愛でなんとかなるだろ! おじいさんは……頑張る!

 

「ははっ、それではあまり情けないところは見せられないね」

「情けないどころかすっごい上手いじゃないですか。かっこいいです!」

 

 本心だ。おじいさんが何歳なのか分からないけど、今日でちょっと俺の中でおじいさんという言葉のイメージが変わってしまうくらいには動きがきびきびしている。かっこいい。

 

 そのあと姉さんとおじいさんはもう少しテニスをして、俺はそれを絵に描いて過ごした。お茶をする時に描きあがった絵を見せたらすごく褒めてもらえて、すごく嬉しかった。

 ……おじいちゃんか……いいなぁ。うちは親父の方の親戚も母さんの方の親戚もよく分からないけど、どこかにおじいちゃんとおばあちゃんは居るのだろうか。

 

「こうしていると、まるであの子が帰ってきたみたいだ。……孫はさくらちゃんみたいにテニスはうまくなかったけど、梅倖くんと同じで絵が上手だったんだよ」

「そうだったんですか……」

 

 おじいさんが本当に嬉しそうに言ってくれるものだから、俺と姉さんは顔を見合わせる。多分考えてることは一緒だ。

 

 

 

 

 

 帰る前に、このおじいさんになにかお礼をしたい。

 

 

 

 

 

 

「ほへぇ~。親切なじいさんやなぁ。服や画材までくれはったんか」

 

 別荘に帰って留守番をしていたケロ吉に今日の出来事を話せば、ベッドに広げられた洋服をしげしげと眺めつつケロ吉が言う。その服はおじいさんのお孫さんのものらしく、もらってくれたらあの子が喜ぶと言っておじいさんが姉さんにくれたものだ。同じ理由で、俺は「孫にあげるつもりだったが、機会を逃してね。使ってくれたら嬉しい」と新品の画材が入った木のかばんを貰ってしまった。子供の俺たちから見ても、両方ともいい品だ。

 ……そうでなくても屋敷に上げてもらって、遊んでもらって、お茶をご馳走になってとお世話になったのに。その上こんな素敵なものまでもらってしまっては、ますますお礼がしたい。

 

 そんなわけで、俺と姉さんはうんうんと頭を悩ませていた。

 

「! あの虹の絵……いや、でもな。あれはお孫さんが描いたから、おじいさんの宝物なんだ。俺が描いてもお礼にはならないよな~」

「なんや? 虹の絵って」

「お孫さんの部屋に飾ってあったんだよ。なんでもおじいさん、虹を見るのが好きらしくてさ。お孫さんがおじいさんのために、部屋の窓から見えた虹を絵に描いてくれたんだって」

「はぁ、なるほどな~」

 

 気の抜けたような返事に「ケロ吉も何か考えてくれよ」と口をとがらせる。しかしそこで、姉さんがぽんっと手を打った。

 

「そっか、虹!」

「え?」

「虹だよ梅くん! お礼に、おじいさんに虹を見せてあげるの!」

「お、さくらええこと思いつくやないか!」

「え、でもどうや……」

 

 言いかけて、ピンとくる。

 そして俺と姉さん、ケロ吉の声が重なった。

 

 

 

「「「クロウカード!」」」

 

 

 

 

 

 

 楽しい別荘生活が終わる日、俺と姉さんは再びおじいさんの屋敷を訪ねた。ちょうど外に出て薔薇の手入れをしていたおじいさんはこちらに気付くと、嬉しそうに微笑んでくれる。

 ……なんか、お別れするのが寂しいな。せっかく友達になれたのに。それは俺だけでなくおじいさんも思ってくれたのか、姉さんが今日帰ることを告げた時の顔は少し寂しそうだった。

 

「あの! それで……お願いがあるんです。わたしが帰ったら、お孫さんの部屋からベランダに出ていてくれませんか?」

「孫の部屋から? それは、かまわんが」

「お願いします!」

「分かった。必ず見よう」

 

 おじいさんにしてみれば突拍子もないお願いだろうに、必ずとまで言って誠実に答えれくれる。俺、この人好きだな。

 お別れする前にその気持ちを伝えようと、俺も姉さんに続いて口を開いた。

 

「短い間だったけど、俺も姉さんもすっごく楽しかったです!」

「ふふっ、それは私もだよ。楽しかった」

「おじいさんと友達になれてよかった!」

 

 続けて言うと、おじいさんは少し驚いたようだった。

 

「あ、あの……? 俺、なにか失礼なことを……」

「いや。友達と……そう呼んでもらえるは思わなくてね。不快に思ったわけではないんだ。とても嬉しいよ」

「お父さんが旅先で友達を作るのはいいことだって、言ってくれたんです。一緒に遊んで嬉しく思ってくれたなら、もうわたし達とおじいさんはお友達ですよね! ……ね? 梅くん、そう思ったんだよね?」

「う、うん!」

 

 俺の顔を覗き込んで確認してくる姉さんに少々おぼつかないながら頷けば、おじいさんは改めて笑顔を浮かべてくれた。

 

「そうだね。私とさくらちゃん、梅倖くんは友達だ。ははっ、まさかこの年でこんな可愛らしい友人が二人も出来るとは思わなかったよ。…………素敵なことを言ってくれたお父さんに、感謝しなければいけないね」

 

 そう言われると、親父大好きな俺と姉さんは嬉しくなってしまう。

 そして別れ際。……姉さんはおじいさんに、お孫さんはきっと俺たちの母さんと同じ、空の綺麗なところに行ったんじゃないかと、そう言った。

 

「お兄ちゃんが言ってたんです。お母さん、お父さんと結婚できて幸せだったから、きっとすっごく綺麗なところにいるって。だからおじいさんのお孫さんも、すっごくすっごく綺麗なところにいると思います!」

 

 それはきっとお孫さんも俺たちの母さんと同じくらい、おじいさんと一緒に居られて幸せだったんだと。姉さんはそう言いたかったんだと思う。

 ……すごいなぁ、姉さん。俺はお孫さんの事とか、あまり言っちゃいけないかと思って口に出せなかった。でも今のおじいさんの雰囲気を見れば、おじいさんが姉さんの言葉にどこか救われたような気持になっているのだと……少なくとも俺は、そう感じた。

 

 

 

 やっぱり俺の姉さんは世界一優しくて、素敵な人だ!

 

 

 

「梅くん、準備はいい?」

「うん!」

 

 おじいさんと別れた俺たちは、屋敷から少し離れた雑木林に身を潜めていた。この場所ならベランダに出たとしても、俺たちの姿は見えないだろう。

 俺の返事を聞くと姉さんはひとつ頷いて、鍵の封印を解き一枚のクロウカードを杖で突いた。俺も頭の上にくっついていたぬいぐるみを見上げ、声をかける。

 

『雨よ! 天空に七色の橋をかけよ! (レイン)!』

『契約者さくらの弟、梅倖が願い奉る! 雨を散らし霧雨とせよ! (ウインディ)!』

 

 姉さんがクロウカードを発動させるのにあわせて、依り代にいれた(ウインディ)にお願いをする。ね、姉さんと一緒に言えばこの口上もなかなか様になるんじゃないか!? っと、そんな事思ってないで集中集中!

 ぽんっと現われた雲から顔を出した(レイン)が、ニコっと無邪気な笑みを浮かべて雨を降らせる。それに向けてぬいぐるみの小さな手を頑張って伸ばした(ウインディ)が、俺がお願いした通りに風を操ってくれた。

 

 

 

 虹をかける。

 それを人の手でするためには、小さい虹ならまあ、天気が良ければ庭の水道とホースがあれば出来るだろう。

 

 だけど俺たちがかけたかった七色の橋は、お屋敷のベランダから見えるでっかいもの!

 普通ならそれをするために大きな設備と時間とお金がかかるだろう。でも俺たちにはクロウカードという"魔法"がある!

 

 

 魔法なんてすごいもの、こういう時に使わなきゃ嘘だろう?

 

 

 今日は空が真っ青に晴れ渡ったいい天気だから、きっと(レイン)だけでも虹はかけられただろう。だけど万が一を考えて俺にも何かできないかと、サポートに選んだのが(ウインディ)だった。

 最初は名前が名前だし使い方次第では(ミスト)でもいけるんじゃ? と思ったけど、文化祭の時の記憶が苦すぎてやめた。……今度また、平和的な力の使い方が出来ないか考えてみよう。まだ(ミスト)とはそんな仲良くないけど。というか、そもそも依り代を作るのもこれからだった。

 

 

 姉さんと(レイン)が降らせた雨を、(ウインディ)が起こした緩やかな風が細かな霧にして辺りへと広げる。その影響かおじいさんの庭の薔薇の香りがここまで届いて、ふわりと鼻をくすぐった。

 青空の中キラキラと雨が舞い、霧となって光を反射する。

 

 俺と姉さん、ケロ吉がドキドキしながら見守る中……魔法の水が作り出したプリズムは、天に七色の虹となって広がった!

 

 

『やったー!!』

 

 

 同時に歓声をあげると、手を取り合って姉さんと飛び跳ねた。

 あれだけ大きな虹だ! きっとおじいさんにも見えてるはずだぜ!

 

「よかったー! 成功した!」

「おおげさな。わいが大丈夫いうとったやろ」

「ケロ吉の大丈夫だから逆に心配だったんだよ!」

「なんやとー!?」

 

 俺とケロ吉の騒がしさに姉さんは少々呆れ気味だったが、ほっと胸を撫でおろすとお屋敷の方向を見た。

 

「でもほんっとーに! 成功してよかったよ。おじいさん……見てくれたかな」

「ん? なんや、じいさんの横に誰かおるで」

 

 遠目に見れば、ケロ吉の言う通りおじいさんの他にもう一人分人影が見えた。さすがにここからじゃ、どんな人か分からないけど。

 

「! きっとお茶とか用意してくれてた人だよ! ご挨拶できなかったけど……そっか、おじいさん一人じゃないんだね」

「……うん」

 

 寂しそうだったおじいさんを心配していたのは、姉さんも同じだったようで。俺たちは今日でお別れしてしまうけど、おじいさんにもお孫さん意外に側に居てくれる人がいると……そう思ったら、ちょっとだけほっとした。

 

 

 

 こうして過ごした夏休みの数日間。

 いつもと違った環境の中で過ごした俺たちは、楽しい思い出をくれた地を名残惜しみながら家へと帰っていく。

 

 

 

 もし叶うなら、来年の夏。またあの年上の友達に会いたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらちゃんと梅倖くん、これを見せたかったのね。……あら、でもどうして虹が出るって分かったのかしら?」

 

 首を傾げた"もう一人"の孫に、老人は虹から目を離さないまま言葉を紡いだ。

 

「良い子たちだった。……あの二人を育て上げた木之本藤隆は、いい男らしい」

「撫子が選んだ人ですもの」

 

 内心少々悔しく思いながらも、老人の横に立つ女性……大道寺園美、旧姓雨宮園美は実の祖父を心配させないために笑顔のままに言う。

 老人の名は雨宮真嬉(あまみやまさき)。桜と梅倖は知らなかったが、彼こそ今は亡き母・撫子の祖父……二人にとっては曽祖父にあたる実の血縁なのだ。

 

「ひ孫に友達だと、そう言ってもらったよ」

「まあ」

「さくらちゃんは撫子と違って運動が得意なんだな。梅倖くんは少々体が弱いようで心配だが……」

 

 素性を隠したまま会ったひ孫達の様子を話す祖父を見て、園美はほぼ偶然とはいえこんな機会が巡ってきてよかったと心から思った。木之元藤隆は気に食わないが、嫌いなわけではない。なにより天国の撫子が、大好きな従妹が喜ぶだろうと思えば陰でお茶を用意するくらいなんでもない。

 ……祖父のこの様子なら、"家族"として木之本一家と会うのもそう遠い未来でもないかもしれない。

 

 

 

「それにしても、本当に綺麗な虹ですね。……もしかしたら、撫子がプレゼントしてくれたのかもしれませんわ」

 

 そう言って園美は、腕の中に抱えた虹の絵を見る。額縁の入ったそれの右下には「あまみや なでしこ」。そう書かれていた。

 

 

 

「ああ、そうかもしれないね。とても……とても、綺麗だ」

 

 

 

 ――――― 誰かが笑ったように感じたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

 青空にアーチを描く七色の橋はやがて消えてしまうだろう。

 だが真嬉にとってその虹は孫が遺した絵と同じくらい、……生涯において心に残るものとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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