キャプターサポーターうめゆき   作:丸焼きどらごん

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十九話 うめゆき、肝試しと水底の夢の巻

 暗くて暖かい水面(みなも)の底へ、沈む、沈む、沈む。

 

 視界は暗く何も見えないし、聞こえない。しかし、どことなくほの明るい。

 そんな空間を恐ろしいと感じることはなく、むしろとても心が安らいだ。そのまま全ての力を抜いて、包まれるような安心感に身をゆだねる。

 

 しかしその安心感は、一瞬にして剥ぎ取られた。

 

 冷水にでも突き落とされたかのように、急激に奪われる体温は恐怖でしかなく。上も下も分からなくなる不安定さは、まるで真っ暗な宇宙空間にでも放り出されたかのようで。その心細さに身がすくんだ。

 自分の体をかきいだこうにも周囲と自身の境界線すら危うく、自分というものが分からなくなる。

 

 

―――――― そもそも、自分は誰だったのだろうか?

 

 

 そんな自問も次の瞬間には「自分は"何"だったのだろうか」と塗り替えられて塗りつぶされて、全てが分からなくなる。

 ほろほろと消失していく自我。それを怖いと感じる心もやがて消え失せ、完全に混ざり合って溶けて消える。……何とも知れないものに混ざり合って、消えてしまう。

 

 そんな時だ。

 先ほどまでのまどろみとは違う、柔らかな光に包まれる。

 太陽のように鮮烈ではなく、月明かりほど輝かしくはない。しかしどこまでもどこまでも優しくて、失いそうになっていた何かを導いてくれるような光だった。

 

 それはまるで、旅人を導く星明り。

 

 その光に包まれてからようやく恐怖を自覚できるようになった"誰か"は、大きな声で泣きじゃくった。

 泣いて泣いて泣いて……。

 

 

 "だけれども"。

 何処とも知れない暗闇も……もう怖くはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 勢いよく布団をはねのけて飛び起きると、そこはいつもの自室。外では早起きな蝉がやかましく鳴き始めていて、遠くのその鳴き声すらわんわんと脳に響く。

 俺は寝汗でぐっしょり濡れたパジャマの冷たさだけでなく、夏なのに底冷えするような寒さに一瞬だけ体をぶるりと震わせた。するとその後からじわじわと、夏の暑さが戻ってくる。

 ……体に悪いから、寝るときはクーラーを切っているんだけどな。なんだ今の悪寒。夏風邪か? やめてくれよ、せっかく今回の夏はダウンしてないのに。

 

「なんだったんだ……今の」

 

 曖昧な内容の割には、はっきり覚えている奇妙な感覚。悪い夢だと忘れたらいいんだけど、小骨が喉に引っかかったような気持ち悪さは無視できない。というかこれは、忘れちゃいけないもののような気がした。

 ……俺がそれをただの夢と割り切る事が出来ないのは、たまに姉さんが見たという夢の話を聞くからである。ケロ吉いわくそれは予知夢。魔力ある者が稀に見る、未来を予見した夢だという。

 俺とて魔法少年、キャプターサポーターうめゆきなのだ! 予知夢を見る可能性だって零じゃない。だからこの夢は心に止めておこうと思ったんだけど、ふとベッドの横に用意してある荷物と壁に飾ってあるカレンダーの赤丸がされた日付に気付き交互に見る。

 

「…………あ!?」

 

 今日が何の日か思い出して、俺は頭をかかえた。

 

 ……よりにもよって、このタイミングであんな溺れる予兆みたいな夢、見なくても良くないかぁ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、梅倖くんは泳ぎませんの? たしかさくらちゃん、梅倖くんは泳ぎが得意だからきっと臨海学校も楽しみにしてるとおっしゃってましたが……もしかして、体調がよろしくないのですか?」

 

 海水パンツに着替えたものの、寄せては返す波を前にうろうろしている俺をみかねたのか、大道寺が心配そうに声をかけてきてくれた。

 ちなみに海に入るまで一緒にいた男友達どもは、薄情にも俺をおいてさっさと海に入ってしまっている。……そりゃあ、早く入りたいだろうし、俺だって昨日まですぐ海に飛び込もうって楽しみにしてたけどさぁぁぁ!!

 

 

 今日は友枝小学校の臨海学校! 長い夏休みの中で学友たちと一同に会せるなかなかのビッグイベントだ。

 俺が唯一得意と言えるスポーツは水泳。健康のためにけっこう長くスイミングスクール通ってるしな……体力面はともかく、フォームには結構自信ある。

 だから俺だって楽しみにしてた……してたのに、今朝の夢だよ。なにも海に来る前に溺れるような夢見なくたっていいじゃんか!

 そのせいで準備運動も万全だってのに、未だ海水に足をつけられないでいる。

 

「いや、その~……体調は別に悪くないんだけど……」

 

 歯切れ悪く言葉を濁して視線をうろうろさせる俺は、はっきり言って自分でも何でもないようには見えない。

 くっ! 姉さんを心配させまいと、姉さんが海に入って美しいマーメイドのごとく泳ぎ始めるまでは我慢してたけど、気が緩んだか! これじゃ大道寺優しいから心配させちゃうだろ、俺の馬鹿! というかもうすでに心配してもらってるなこれ!? 鈴木たちと一緒にいたみたいなのに、わざわざ離れてこっちに来てくれたんだから。

 

「ほ、ほら。俺はいいから大道寺も海入って来いよ! 気持ちいいぞ!」

 

 無理やり話題を変えようと試みるが、どうも気がそぞろでお粗末な言葉しか出てこない。そんな俺に、大道寺はくすりと笑った。

 

「いえ、わたくしは泳ぎがあまり得意ではないのでもう少し後で。……良ければそれまで、砂浜でお話しながら一緒にさくらちゃんを見ていませんか? ああっ……海に喜ぶさくちゃん、今日も超絶可愛いですわぁ~!」

 

 気を遣わせては悪いと断ろうとした言葉は、大道寺の姉さんの愛らしさに溶けきった声に尻すぼみとなって消えた。

 代わりに。

 

「だよな! 姉さん楽しみで楽しみでしょうがなかったらしくてさ! ベッドの上でクロールしたりとかしてて家でもすっごくすっごく可愛くて! でもっていざ海に入れば誰にも負けない渚のマーメイド! 見てくれよあのクロール! 練習が活かされてて最高に美しいフォームだろう!? 夏の太陽も姉さんに釘付けだぜ!」

「ですわね! ただ残念なのは、学校の行事ですのでさくらちゃんにわたくしの作った水着を着てもらえないことですわ……!」

「大道寺大先生水着も作れるの!?」

「ふふふっ、(ウォーティ)の時の耐水素材のお洋服はほぼ水着みたいなものですからね! お任せください!」

 

 (ウォーティ)のところだけ声を潜めてこそっとしつつ、楽しそうに話す大道寺に気付けば俺の肩から力がぬけていた。どうも夢を気にしすぎて体がこわばっていたらしい。

 その後楽しそうに泳ぐ姉さんやはしゃぐ同級生、怒涛の勢いでひたすら泳ぐ李など見つつ大道寺と話していたが……ふと、大道寺の肌を伝う汗に気付く。しまった、この炎天下で影の無いところで話し込んでしまった! やばい、俺もちょっとくらくらするな。話に夢中になりすぎた。

 気づいた俺は慌てて大道寺の手をとって立ち上がる。

 

「……サンキュー大道寺、もう大丈夫! せっかくの海だし、入ろうぜ! 暑いだろ? 泳がなくても砂浜近くで水に入るだけでも気持ちいいしさ!」

「まあ、ふふっ。お礼を言われるようなことは何もしていませんが、梅倖くんが元気になったのならよかったですわ。……ではせっかくのお誘いですし、入りましょうか。もう少ししたらみんなビーチバレーをやるみたいですし、その前に」

「あとしおりに地引き網漁の体験もあるって書いてあったよな! へへっ、楽しみだ!」

「ええ!」

 

 ようやく臨海学校のワクワクが蘇ってくる。そうそう、俺だって楽しみにしてたのに、楽しまなきゃ損だ!

 あの夢の事は完全に忘れるわけにはいかないけど……警告程度に考えておいて、今は楽しんでいいよな……?

 

 けどふと思い至って、大道寺に問いかけた。

 

 

「……なあ、その。大道寺さ。後でいいんだけど、ちょっと話聞いてもらえるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 大道寺のおかげで気がまぎれた俺は、あの後は存分に臨海学校初日を楽しむことが出来た。

 そして夜。……今日すぐにじゃなくてよかったかなと少し後悔しながらも、みんなが寝静まった後に布団を抜け出す。向かう先は昼間見つけておいた、宿泊場所近くの小さな神社だ。おそらく海の神様を祭ってあるんだろう。

 

「梅倖くん」

「待たせたか?」

「いいえ、今来たところですわ。先生も早めの巡回をしてくださいましたから、そのあとにこっそりと」

「ごめんなー、こんな夜中に」

「ふふっ、クロウカード集めの時はだいたい夜じゃないですか。それにこういった学校行事で夜に出歩くのは、また違ったドキドキがあって楽しいですわ」

「大道寺って、意外とそういうところあるよな。話すようになる前はいかにも上品なお嬢様だなって思ってたのに。いや、実際そうなんだけどなんかこう、ノリいいよなって」

 

 いつもの柔らかい笑みの中にほんの少しの悪戯っぽさをにじませた大道寺に、思わず俺も笑ってしまう。本心もあるんだろうけど、きっとこれは俺に気を遣わせないためでもあるなと気づきながら。

 ……大道寺は姉さんの親友だけど、俺にとっても大切でとっても頼りになる友人だ。

 

「本当はもっと早い時間がよかったんだろうけどなぁ。なんだかんだであの後は二人で話せそうなタイミング無かったし、でも姉さんには聞かせられないし……集団行動中に抜け出すって意外と難しいぜ」

「そうですわねぇ……。でも早く誰かに聞いてもらいたい相談事だったのでしょう? 今回はケロちゃんもお留守番ですし、わたくしで良ければお力になりますわ」

「助かる」

 

 俺たちは「場所をお借りします」と神社に一応のお参りをすませてから、神社前の階段に腰を下ろした。そして今日見た夢の話を、夜の静けさになんとなく遠慮した小さな声でぽつぽつと語る。でもそんな小さな声も、夜の空気の中良く響いた。

 

 俺の話を聞き終えた大道寺は、気の毒そうに眉尻を下げた。

 

「……海に来る日の朝に溺れる夢なんて、それは気になっても仕方ありませんわね」

「だろー!? 本当なら友枝小のマーマンと名乗ってもいい俺の泳ぎを、大道寺にだって見せたかったのにさ! 結局海に入るだけで泳ぐのは出来なかったし、本当に……はぁ……」

「ふふふっ。そのご雄姿はまたいずれプールか何かで見せてくださいな。臨海学校だって、まだ明日と明後日がありますし。……ですが何はともあれ、今日一日ご無事でなによりですわ」

 

 大道寺が本当に心配そうに言ってくれるもんだから、マーマンは言い過ぎだったかなと直前の自分のセリフがちょっと恥ずかしくなってくる。

 それを誤魔化すように視線を彷徨わせた俺は、しばらく「あー」とか「うー」とうめいた後、石段から腰をあげる。

 

「ま、まあそういうわけでさ。今日一日気持ち悪かったんだけど……大道寺に聞いてもらえて、すっきりした! ありがとな。それとやっぱごめん。こんなちょっとの会話のために呼び出して」

 

 どうもよく一緒に夜行動することが多いせいか麻痺してるが、大道寺は女の子だ。こんな夜中に自分のために女の子出歩かせるなんて、紳士じゃないぜ。せめて女子の宿泊所まではちゃんと送って行かないとな!

 しかしすっきりした俺とは裏腹に、大道寺は神妙な顔で口元に手を寄せて考え込んでいる。

 

「大道寺……?」

「でも……梅倖くんが感じた通り、それはただの夢ではないかもしれません。なんといっても梅倖くんは魔法少年ですから」

「お、おう」

 

 じ、自分で言う分にはいいけど大道寺に言われるとなんか照れるな……! ちゃかすような感じはいっさいなくて、それが事実だって言い切る感じだからこう、余計に。いや事実なんだけども。

 

「ともかく、臨海学校はまだ終わっていませんわ。大事をとって、少しでも水深が深いところにはいかない方がよさそうですわね」

「ん、そうする」

 

 とまあ、歩きながら話していた俺たちだったのだが……。

 ピタリと、同時に足を止める。俺も大道寺も見ている先は一緒、海と砂浜。

 

 しかし風景がきれいだからと見ているわけではない! なん、なんで砂浜に居るのが……!

 

「まあ、さくらちゃんと李くん? めずらしい組み合わせですわね。何を話してらっしゃるのかしら」

「な、ななななななななななななななな! なんで、姉さっ、あいつと!?」

 

 一緒にいるまではギリギリ許容しよう。だけどなんでっ! こんな綺麗な星が瞬くロマンチックな夜の海辺に二人っきり!?!?!?

 俺は自分と大道寺の事なんて棚に上げて(俺たちは相談というちゃんとした目的があったからいいのだ!)姉さんと李を遠くから見る。さすがにこれ以上近づいてはバレるから、声は聞こえない。本当に何話してるんだ……! 出ていこうにも、そうなると何で俺と大道寺が居るかって説明しなきゃいけないし、そしたら心配かけるしで出来な……うがあぁぁぁぁぁ!!

 

 

 結局その後、俺たちは姉さんと李が部屋に帰るまで遠くからじ~っと見ていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほええぇー!? ふ、二人とも居たの!? 声かけてくれればいいのに!」

「いや、まあそうなんだけど……あはは……」

 

 翌日。姉さんと李が何を話していたのか気になって、結局ほとんど寝られず目の下に隈を作った俺。それに気づいた姉さんに聞かれるがままに、ついつい昨日の夜砂浜に居た二人を見ていたと白状してしまった。これには大道寺大先生も苦笑ものである。

 そして大道寺は姉さんが部屋から出た理由を聞くと、気遣うように声をかけた。

 

「さくらちゃんも、眠れないのでしたら起こしてくだされば……ああでも、わたくしの方が先に抜け出していたのでしたわね」

 

 どうも姉さん、寝る前に聞いた柳沢の怖い話のせいで眠れなかったらしい。あいつまたそんな話を……そういうの好きらしいから駄目とは言わないけど、姉さんは幽霊苦手なんだからもうちょっと手加減してやってほしい。怖がる姉さんが超絶可愛いのもわかるけど、ほどほどにしといてくれ。

 お、おおおおおおおおおおおお俺なら別に? 幽霊の話くらい、平気だけど? うん。姉さんは幽霊とかお化けっぽいの、本当に駄目だから。俺は大丈夫だけど。

 そんなわけで怖くなった姉さんは寝静まった級友の中から抜け出して、大人の側に居させてもらおうと先生たちの居る部屋に向かったらしいのだが……。そこで姉さんが歩いているのを見つけた李が声をかけて、そのまま話す流れとなったようだ。

 

「起こすのも悪いかなって……。でもまさか知世ちゃんが居ないなんて思わなかったよ。暗くて気づかなかった」

「ふふっ。わたくしたち、三人……いえ、四人そろってちょっぴり悪い子ですわね。学校行事の夜に部屋を抜け出すなんて」

「まあ姉さんは最初、先生のところに行こうとしたみたいだけどなー」

 

 それこそ俺のところに来てくれれば……とも思ったけど、男子部屋に来させるわけにもいかないか。

 

 まだ比較的余裕の臨海学校二日目の朝、まだ時間はある。なのでその会話の流れのままに、昨日はお互い何を話していたのか、という内容になったわけだが……。

 

「梅くんがそんな怖い思いしている間にわたし一人ばっかりはしゃいじゃって……」

「ね、姉さん。だからそんな、気にしないでってば。夢の話だしさ。それに俺は姉さんが楽しそうにしているところを見られたら、それだけで元気になれるんだよ!」

「でも結局気になって我慢できなかったから、知世ちゃんにお話聞いてもらったんでしょ? そんな梅くんに気づけないなんて、お姉ちゃん失格だよ……」

「さ、さくらちゃん。梅倖くんはさくらちゃんに心配をかけたくなかったのですわ。もしさくらちゃんが気付かなかったのなら、梅倖くんの隠し方が上手かったのかと。それだけ梅倖くんがさくらちゃんを大事に想う気持ちは強いという事です」

「そ、そうだよ姉さん! むしろ俺的には成功だね! 俺のせいで姉さんが臨海学校楽しめなかったら、そっちの方が嫌だもん。だから、ね? 落ち込まないで、今日も臨海学校楽しもうぜ!」

 

 俺が夢の事で悩んでいたと知った姉さんは、その優しさゆえにず~んと影を背負って落ち込んでしまった。ああ! 姉さんの太陽の輝きのごとき笑顔が!! くっ、それを曇らせてしまったのが自分かと思うと腹が立つ!

 なんとか落ち込む姉さんを大道寺と一緒に元気づけようと、話題そらしに俺はそのまま今度は姉さんと李が何を話していたのか聞いてみる。最終的に話していたのは世間話だったようだが、その前は……。

 

「洞窟の気配、ですか」

 

 この海水浴場近くの岩場にある洞窟。そこから妙な気配を感じて李が昼間洞窟を見ていたらしく、気になった姉さんがそのことについて尋ねたらしい。

 しかもその洞窟というのが、昨日姉さんが怖い思いをした柳沢の怪談話の舞台だというからなんとまあ……。……いや柳沢も柳沢で、よく普段来ない場所の怪談仕入れてくるよな……。

 

「クロウカード……なのかな?」

「まだよくわからないって、李くんは言ってた」

「ですが梅倖くんの夢といい、意味深なことが重なる時は用心に越したことはありませんわ」

「だな」

 

 ……とか言いつつ、今回は海だし濡れちゃまずいと思ったからクロウカード達の依り代、持ってきてないんだよな……。ううっ、俺の馬鹿。姉さんのクロウカード遭遇率すごいんだから、遠出の時でも持ってくるんだった。

 そんな風に俺が用意の浅さに落ち込んでいると、姉さんがあわあわとしつつ「むんっ」と気合を入れるように体の前で握りこぶしを作る。

 

「と、ともかく梅くん! 昨日泳げなかった分、今日は一緒に泳ごう。もしなにかあっても、わたしが助けてあげるからね! ……って、用心しようって言ったばかりなのに駄目かな……」

「そんなこと無いと思いますわ。さくらちゃんの気遣い、梅倖くんは嬉しいと思います」

「うん! 姉さん、ありがとう」

 

 水泳が俺の唯一得意なスポーツだと知っている姉さんは昨日俺が万全に楽しめなかったと知って、元気づけてくれようと気合を入れたようだ。ああ、俺の姉さん優しい……! こんな姉さんがいてくれるなら、不安ごときねじ伏せてやるぜ……!

 

 よし、今日は泳ぐぞー! 用心しながらな! 用心!

 

 

 

 その後の遊泳時間は念のため比較的浜辺から近い場所を選んだけど、姉さんと一緒に思いっきり泳ぐことが出来た。大道寺にも「まあ、やりますわね梅倖くん! 友枝小のマーマンの名は伊達ではありませんわ!」と褒めてもらえたし、すっごく楽しかった! ……ま、まあいざ人に自称してる呼称で呼ばれると、ちょっと恥ずかしいんだけども。マーマンは言い過ぎだったかなやっぱり……うん。

 その後は「マーマンっていうのはね……」と言いながらにゅっと出てきたヤマザキの与太話を聞いたり、昼食でまたみんなで料理を作ったり……楽しい時間というのは、あっという間に過ぎてしまうもので。

 

 気づけば夕飯も終わり、今日のメインイベント。

 …………例の李が気にしていたという岩場での、肝試しの時間となった。

 

 

(結局、俺の方は気にしすぎだったかな。姉さんが近くに居てくれたおかげかもしれないけど)

 

 夢の暗示のように溺れるようなこともなく、無事一日を楽しむことが出来た。あとはこの肝試しを乗り越えればいいわけだが……。

 俺は先生の「班の中で二人一組か三人一組になって」という声に従ってそれぞれが一緒に肝試しをする相手を選ぶ中、少々不本意ながら、ある奴の所に行く。……なにげにこいつと一緒の班になること多いんだよなぁ、俺。

 

「李、山崎。一緒にいいか?」

「もちろんだよ梅倖くん。あ、肝試しっていうのはね……」

「それはもう昼間きいたって」

 

 快諾しながらもすかさずお得意のライトな嘘話をしようとする山崎に苦笑しつつ、こそっと李に話しかける。

 

「……なあ、変な気配っての、まだするか?」

「……あいつに聞いたのか。ああ、少し。だけど実態を掴めるほどじゃない、曖昧な気配だ」

「そっか……」

 

 勘が鋭い李でそれだったら、俺には感じられなくても仕方がない……のかな? 洞窟は暗くて不気味だけど、その妙な気配というのは感じられない。

 今回何が起きても丸腰のため大したことは出来そうにないが、それでも李の近くに居たら異変にはすぐ気づけるだろう。ちょっと悔しいが、そうも言ってられないしな。

 ……それより姉さん、大丈夫かな。あああ、あんなに震えて……!

 

「……おい」

「んぁ? なんだよ」

 

 ハラハラと姉さんを見ていると不意打ち気味に声をかけられたので、変な声が出た。

 

「そんなんで、歩けるのか」

「は? 何言って……あ」

 

 自分でも無意識のうちに膝ががくがくと震えていたらしい。

 俺はパァンっと甲高い音を立てながら膝を叩いて震えをおさめると、気まずさにそっぽをむいて口をとがらせる。

 

「な、なんのことだ? 別に? 怖くとかないぜ?」

「姉弟そろって怖がりなんだな……」

 

 嫌味でも何でもなく、純粋に出た感想っぽいだけに俺はそれ以上文句を重ねることは出来なかった。……うっせいやい。だって、あれだろ。夜の洞窟をろうそく一つで歩くって普通に不気味だろ……いや怖くないけどさ!

 あ、でも祠にろうそく置いてきたら帰り道真っ暗なんじゃ……? 姉さん、転ばないといいけど。

 

 

 しかしいざ洞窟に入ってしばらく歩いて、少し。李が言う妙な気配に気づけなかった俺でも、すぐに違和感に気付いた。

 

「あれ? おかしいね。先に入った組と、誰ともすれちがわないなんて」

 

 先に口に出したのは山崎だ。……そう。この洞窟は一本道にも関わらず、ろうそくを置いて戻ってくるはずの誰とも会わないのだ。俺たちの順番は真ん中くらいだったし、思ったより洞窟が長いにしてもおかしい。

 

「ッ!」

「あ、おい!」

 

 それが分かってしまったら、暗い洞窟なんて関係ない。姉さんが心配で思わず走り出そうとした俺に、李の静止の声がかかる。

 でも俺は次の瞬間。

 

「ふぎゅ!?」

 

 こけた。…………ものの見事に、こけた。少し擦りむいたのか、膝がひりひりする。……岩場でこけた割には、ましかもしれないけど。

 ものすっっっっっごく、恥ずかしい!

 

「梅倖くん、だいじょ」

 

 顔に熱が集まってきた俺に山崎の心配そうな声がかけられる。でもそれは不自然に途切れて、俺が疑問符を浮かべる前にろうそくを持った李が息をのんだ。

 

「山崎……?」

 

 振り返れば、李の隣にいた山崎が居ない。どこかに隠れたわけではないことぐらい、俺にもすぐにわかった。

 

「李! これって……!」

「……! 今ので分かった。やっぱりこれは、クロウカードだ!」

 

 鋭くなった李の眼光が睨みつけるのは洞窟の奥。そして俺が何か言うよりも早く、李はそちらに向けて駆けだした。

 

「あ、待てよ!?」

「お前はここに居ろ!」

「なんっ」

 

 なんだと。そう言いかけて立ち上がるも、膝の痛みに眉根を寄せる。

 ああもう、なんだって俺はこんな時に転ぶんだよ! 李の奴なんて明かりを持ってるとはいえ、ひょいひょい走っていくのに! というかあいつすごいな!? なんであの速度で走ってろうそくの火が消えないんだ!?

 

「って、感心してる場合じゃない! 俺も行かないと……! …………ッ」

 

 痛みをこらえて進もうとした、その時だ。

 何かに包まれるような気配がした後、うっすらと自分の手先が透けて見えて……次いで雷にでも撃たれたのかと(うたれたことないんだけど)錯覚するような衝撃。一気に押し寄せた理解不能なふたつの感覚の後、弾かれるようにして俺は洞窟の壁に背中を打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま気を失った俺が目を覚ましたのは、姉さんと李が(イレイズ)のカードを封印して、洞窟の奥から戻ってきた後だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ああああぁぁぁーーーー! もう! 何やってたんだよ俺ー!」

 

 翌日、膝小僧に絆創膏を張った俺は頭を抱えて嘆いていた。

 

「でもたいした怪我じゃなくてよかったよ……。戻ってきたら梅くん、気絶してるんだもん! 心配したんだからね?」

「ご、ごめんなさい」

「あ、怒ってるわけじゃなくって……!」

「でも不思議ですわねぇ……。わたくしたちは記憶ごと(イレイズ)に消されてしまいましたのに、梅倖くんだけ無事だったなんて。いえ、ご無事でなによりなのですが」

 

 結局昨日は先生含めて肝試しに参加した全員が肝試しの事を覚えていないという、世にも奇妙な物語で出てきそうな結果となった。

 その原因はもちろん今回の主犯(?)であるクロウカード。(イレイズ)の名を冠するカードは文字通り、なんでも消してしまうカードのようで……。最初はみんなの体ごと、そして終わった後は記憶を消してしまったようだ。おっそろしいカードである。……姉さんが封印してなかったらと考えると、背筋が凍った。

 

 でもどういうわけか、手の先だけ消えるのを確認した俺は無事だったようだ。無事というか、消える前に何かに弾かれたというか……いてて、打ち付けた背中がまだ痛い。膝の怪我もあるから、こりゃ最終日の今日は海に入れないな。昨日姉さんとたくさん泳いだからいいんだけど。

 

「帰ったらケロ吉にでも聞いてみるかぁ~」

 

 ここで話し合っても答えが見つかるわけでもないしなー。……でも本当に、姉さんや大道寺、みんなが無事でよかった。今回ばっかりは、カードを封印するとき姉さんを助けてくれた李に感謝だな。何もできなかった自分は情けないけど……ううう。

 自分一人ではできなかったと、姉さんは最初手に入れたカードを李に差し出したらしい。でも李はそれを受け取らなかった。

 

 ……動物園の(パワー)の時も思ったけど、最初に会った時よりあいつもちょっと変わったのかな……?

 

 

 

 

 まあそんなわけで、二日目のハプニング後は特に何があるわけでもなく俺たちの臨海学校はつつがなく終わった。

 

 

 

 

 

 それにしても、本当に俺の夢はなんだったんだろう……?

 

 忘れられない違和感を感じながらも、俺たちは残りの夏休み後の新学期、また学校で会おうと言い合って友人たちと別れたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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