クロウカードに彩られ、いつも以上に賑やかなイベント目白押しだった夏休みもついに開けた。今日から新学期である。
身支度を整えると、朝の習慣としてクロウカードの依り代にしているぬいぐるみに魔力をこめる。今日は朝食当番でないからゆっくりだ。最近はこの作業も随分とスムーズになってきた気がする。
うんうん、ちゃんと俺も成長してるな!
いつもならばこの時間まだすやすやと夢の中な姉さん。その寝顔を堪能して布団を肩までかけなおしてから下へ降りていくのだが、今日は珍しくベッドの中身が空だ。昨日池に落ちてびしょ濡れになってしまったから心配だったけど、どうやら風邪はひかなかったみたいだな。よかった。
ケロ吉は未だ寝こけたままのようだったので、そのたこ焼きみたいにまん丸いほっぺの弾力を楽しんでから階段を下りていく。後ろから「わいの至福の二度寝タイムを~!」と、怒ったような声が聞こえた気がするけど……まあいっか。というかあいつ、二度寝だったのか。
「おはよう、姉さん! 今日は早いね!」
「あ、梅くんおはよう! ふふっ。だって今日から新学期だもん。学校のみんなに会えるの楽しみなんだ~。……雪兎さんにも会えるし。えへへ……」
椅子に座りブラシで髪を整えていた姉さんに声をかければ、嬉しそうに弾んだ声が返ってくる。
振り返った瞬間にふわっと広がる丁寧に梳かれたさらさらな髪が光を反射する。その姿はまさに天使。エンジェル。同じ意味だけど知るかこの世のあらゆる言語で姉さんの愛らしさを表したいんだ俺は!!
その髪に淡く輝く光の反射を天使のわっかと称するにこの世で最もふさわしいのは、姉さんの髪に出来るそれだと思う。母さん譲りの黒髪の俺と違って、親父譲りの色素の薄い髪色にうかぶ光はとても柔らかい。ここだけ花が咲き誇る天界のようだ。というかあれだ、ギリシャ神話に出てくるエリュシオン(このあいだ星座の本で読んだんだよな。響きが綺麗!)とか今この瞬間のこの場所、木之本家リビングの事なんじゃないか?
そう、姉さんの愛らしさは本来手の届かない神話の楽園をも再現してしまうのだ!
月城さんの名前を出した時はほんのり顔を赤らめていて、それにはちょっとぐぬぬとなるけど姉さんが可愛いので問題ない。姉さんの可愛さで今日も世界平和が約束された。あああ、姉さん今日も本っっっ当に可愛いな! 新学期だからか姉さんの新しい可愛さがまた更新されたようで、俺のテンションも高め。うんうん、いい感じ! 新学期も楽しくなりそうだ。
そして俺は出来る弟だから、ちゃんと思ってるだけじゃなくて口にも出すぜ!
姉さんを褒めるのは俺のライフワーク!!
「姉さん今日も可愛いよ! 学校のみんなも夏休みを経てより可愛く元気になった姉さんの姿を見られるのを心待ちにしていはず!」
「そ、それはどうかな……あはは」
「月城さんだってこんな可愛い姉さんに会えたら嬉しくなっちゃうね!」
「そ、そうかな!」
「うんうん! 間違いないって!」
学校のみんな、に対しては遠慮気味に苦笑するのに月城さんを例に出したら期待するようにはにかみ笑顔な姉さんの可愛さが留まるところをしらないんだが??? 姉さん可愛いよ姉さん。
「梅……お前も朝から元気だな」
「お、兄貴おはよう。なんか手伝うー?」
朝食の準備を手伝っていた兄貴が呆れたように見てくるが、いつもの事なので気にしない。兄貴が素直に姉さんに可愛いって言わない分、俺が代弁してやってるもんだと思ってほしいぜ。
「いや、大丈夫だ。それより早く食っちまわないと、この怪獣がズンズン地鳴りさせながら先に飛び出してくぞ」
「!! さくら、怪獣じゃないもん! それに梅くんをおいてったりしないもん!」
「へーへー、そりゃ悪かったな。にしても新学期とはいえ梅より早く起きてくるなんて……明日は雨か?」
「お兄ちゃん!」
姉さんがからかってくる兄貴につっかかる。それを「みなさん、今日も仲がいいですね」とにこにこ笑顔の親父が見守り、写真の中の母さんも心なしか柔らかい表情を浮かべている気がして。
うん、我が家のいつもの光景。平和だ。
俺は頬を緩ませながら、しかしふと昨日のことを思い出しては軽くため息をついた。
(李のとこに来てた女の子……普通に考えたら、李の知り合いっていったら香港からだよな。ってことは、李家の関係者……魔術師か? 李だけでも姉さんのカード集めに厄介な相手だってのに、さらに増えるのか。これはもっと気合入れて魔法少年として修行しなきゃだな~)
今のところキャプターサポーターの名にふさわしい活躍が出来ていない俺。姉さんがクロウカードを集め始めてから結構な時間が経つのに、これは由々しき事態だ。
先ほどは小さな成長に浮かれてしまったが、これだけではまだ足りない。新学期になった事だし、俺も姉さんを見習ってますます気合を入れないとだな! 頑張るぞ!
ふんっ! と気合を入れるように鼻息を荒くすると「ほれ、梅が怪獣さくらの真似をし始めたぞ」「だから、さくら怪獣じゃないもん!」と兄姉が更に戯れるので、入れたばかりの気合はすぐにひゅるひゅる抜けていった。更には親父が今日はみんな早く帰るということもあって、夜はご馳走にしてくれるなんて言うものだから容易く心が弾んでしまう。
……う~ん。やはり我が家は平和だ。何度でも言う。
嵐の前の静けさかもしれないという考えが一瞬過ったけれど、まあ気のせい気のせい。……多分!
そんな一幕を経て学校に向かい、途中で月城さんとも合流した。姉さんの嬉しそうな表情に俺の顔筋はどこまでもゆるむ。兄貴に「梅、餅みたいになってるぞ」と言われた。も、餅!?
その兄貴がチャリを漕ぎながら、なにか思い出したように口を開く。
「そういえばさくら、梅。昨日のニュース見たか?」
「ほえ? どんなニュース?」
「昨日は早く寝たから見てないな……」
「空手の有段者が、夜道を歩いてたらコテンパンにされたってやつ」
「ああ、僕見たよ。相手は女の子だって話だね」
「お、女の子?」
その内容に俺も姉さんも驚く。物騒な事件だが犯人が女の子となると、ちょっと不思議な感覚を覚える。
兄貴は驚く俺たちを見つつ、にやっと笑った。
「てっきり犯人はさくらだと思った。怪獣だし」
「なんですってー!? お兄ちゃん、今日はいつも以上にしつこい! 朝から人のことを怪獣怪獣って……あ」
思わず荒ぶりかけた姉さんだが、月城さんがそばに居ることを思い出してかすぐに笑顔で取り繕った。……月城さん効果すごい。姉さん、今日も恋する乙女だな。
そして四人で雑談していれば、学校への道のりはあっという間。
隣り合う小学校と高校の前で別れると、俺たちは久しぶりに学校構内に足を踏み入れた。
「さくらちゃん、梅倖くん。おはようございます」
「おはよう、知世ちゃん!」
「大道寺おはよう。昨日ぶり~」
昨日会っている上に夏休みもちょくちょく会っていたので、久しぶりという気がまったくしない大道寺と気さくにあいさつを交わす。その大道寺は姉さんを気遣うように顔を覗き込んだ。
「さくらちゃん、風邪はひかれませんでしたか?」
「うん、平気だよ!」
元気に頷いた姉さんに大道寺がほっと笑みを浮かべた。李のおかげですぐに着替えられたけど、全身ずぶぬれだったもんなぁ……。本当に姉さんが風邪をひかないで良かった。
そして話題はやはり昨日の女の子のことになるわけで。
昨日は李と女の子の関係やら、話を聞く前に俺たちそろって「つまみ出す」という表現がぴったりな感じに追い出されてしまったのだ。襟をつままれ猫みたいに軽々と、ぽんっと玄関の外へ。…………改めて思い出すと、なんだあの馬鹿力……。
ちなみに俺はその子に女に間違われたことで最初腹を立てたが、まあ可憐でパーフェクト可愛い姉さんの隣に、一応顔だけならそっくりな俺が居ればそれもしかたがないか……と家に帰った後で納得した。
最近あまりそういった機会はなかったが、姉さんと並んでいると初対面の人に女の子に間違われるのはよくあったしな。
だからその件に関しては特に怒っていない。それよりも疑問と困惑の方が、今は強いのだ。
……あ、そうだ!
「っと、そうそう。なあ、大道寺! これ見てこれ!」
李と女の子が気になりつつも、俺は大事なことを思い出して大道寺に一冊のノートを差し出す。
「! 梅倖くん、これはまさか!」
「新作!」
「素晴らしいですわ!」
「ほ、ほえ?」
がしっと握手をかわす俺たちに姉さんが困惑気味の声を出す。
ふっふっふ。これは大道寺大先生作の姉さんの衣装に合わせて、俺が考えた小物のデザイン集なのだ! 今までも試行錯誤しながら考えてたけど、夏休み中もコツコツ描きためていたってわけだぜ! 自由工作より熱が入ったくらいだ!
大道寺は本当にすごい。毎回その場に応じた素材と動きやすさを追求したコスチュームを作り出し、それのどれもがみんなみんなぜーんぶ、可愛いのだ! その衣装に身を包む姉さんが超絶愛らしく可愛い事を差し引いても世界に通用するものだと弟子の俺は胸を張って言える!
大道寺は凄い!
大道寺は俺が渡したノートを大事そうに抱きしめると、その代わりとばかりに一冊のスケッチブックを取り出して渡してくれる。
こ、これはまさか!?
「新作です」
「師匠!!」
打合せしていたわけでもないのに、大道寺もまた新作衣装案をもってきてくれたというのか! なんという以心伝心! これが師弟愛か! これからもついていくぜ、大道寺大先生!!
……と、そんな風に俺たちが盛り上がっていると、ガラッと教室のドアが開く音がする。それにつられて顔を向ければ、いつもより遅い登校の李が入ってくるところだった。
ううん? だけど今日の李には、目に見えて覇気がない。その様子に李の方が風邪をひいたのでは、と俺たちはそろって顔を見合わせた。
「李くん。昨日はこれ、ありがとう」
「あ、ああ……」
姉さんが昨日借りた服を返しながら話しかける。だけど李は返事をして一応視線こそ合わせたものの、顔はうつむき加減のまま。
「大丈夫? なんだか顔色悪いよ?」
「あ、うん……」
変だ。
明らかに変だ。
いつも無駄にきりっとした眉は八の字に垂れ下がっているし、しゃんと伸びている背筋はぐにゃりと曲がって前方に深く肩を落としている。しかも最近丸くなってきたとはいえ、姉さん相手にここまで素直に返事を返す李……だと?
「うん」って言ったぞ今! なんだその素直な返事!!
「なんというか、心ここにあらずといった感じですわね」
「……熱はないよな?」
念のため李の額に手を当てるが、特に熱くない。……というか、俺の手もどけることもなくされるがまま!? おいおい、本当に大丈夫かよ。熱は無くても、これは保健室に連れていくべきか? ……そうなると俺っていつもつれていかれる側だから新鮮だな。
そんな心配をしてしまったのだが……。ホームルームの時間になり先生が入ってくると、李の不調の謎は氷塊した。正確には先生が紹介した、新たなクラスの仲間を見ることで謎が解けた。
「一緒に行こうって言ったのに……。小狼のいじわるぅぅぅぅぅぅ!!」
「あれって昨日の……」
教室に入ってくるなり人目もはばからず李に抱き着いて泣き始めたのは、昨日俺たちを李の家からつまみだした女の子だった。黒髪のお団子ツインテール……ふわふわな大道寺の黒髪と違って、するっとしたストレートな髪質。お団子にしてあの長さなら相当な長さだな。…………な~んて、その勢いに呆然としながら考えていた俺である。
その子はしばらくクラスの注目を集めたあと、ようやく李から離れて黒板の前に立った。
黒板に白チョークで刻まれた名前は【
「へぇ、従妹だったんだ! ね、李くん」
先生の紹介で香港からの転校生の名前と正体が知れると、好奇心に輝いた瞳で姉さんが後ろの席の李を振り返った。俺も「やっぱ予想通り李家……従妹か。なるほどな~」なんて納得していたんだけど……。
その俺の横を、風が通り抜けた。否、ものすごい早さだったが風でなく人間である。
そしてその風は最初のインパクトを超える台風となって、更なる爆弾発言を投下した。
「小狼は私の婚約者よ! 手を出さないで!」
『ええ~!?』
李の前に立ちふさがり姉さんにそう宣言した李苺鈴に、教室中が声をあげたのだった。
ちょっと長くなったのでアニメ一話分の内容を分けました。