「大道寺の歌声って綺麗だよな」
ちくちくと刺繍をする手元を見ながら言えば、ミシンに向かっていた大道寺が振り向く。
今日も今日とて、お手伝い兼、裁縫の手ほどきをしてもらうために大道寺の家に来ているのだ。最初は緊張したけど、もう慣れたものでお手伝いさんたちとも顔見知りである。
「まあ、わたくし歌っていましたか?」
「うん、ちょっとだけ」
「ふふっ、コンクールが近いからでしょうか。無意識に口ずさんでしまったようです。それに、昨日の余韻もあるのでしょうね」
「
「ありがとうございます。わたくしもカードさんと一緒に歌えて、光栄でしたわ」
昨日の夜、俺たちは夜の学校を訪れていた。当然、クロウカードを捕まえるためだ。
事の始まりは友枝小と、お隣の星城高校でここ最近流れていた噂……音楽室の幽霊の話だ。
忘れ物を取りに来た友枝小の子や遅くまで残っていた高校生が、夜の学校で美しい歌声を聞いたという、いかにも学校の怪談でありそうな話。けどその話を聞いた後の音楽の授業で、姉さんが音楽室にクロウカードの気配を感じたのだ。もちろん、俺や李も気づいた。
そうとなれば噂話の真相はクロウカードと考えるのが俺たちにとって普通なわけで、そのまま捕獲する流れになると思いきや……。
「絶対いや」
昨日、ケロ吉に姉さんが言い放った一言である。かっこー……じゃない。かっこたる。確固たる意志を感じた。
たとえクロウカードだとしても、夜の学校なんて怪談話の宝庫。以前俺がまだ姉さんがカードキャプターになった事を知らない時、
だよな……。他の場所と違って夜の学校という空間は、何か特別な感じがして不気味だ。幽霊嫌いの姉さんとしては、出来れば足を踏み入れたくない場所だろう。
噂を聞く限り歌声が聞こえるだけだし、そもそも夜の学校なんて人も居ない。他のカードのように誰か被害をうけそうでもなかったから、ちょっとくらい先延ばしにしてもいいようには思えた。……李に先を越される恐れはあるけど、怖がって行きたくないという姉さんを、無理やり行かせるなど俺には出来ない。姉さんの気持ちが一番だ。
でもまあ……クロウカードの気配に気づいた当日、月城さんが泊りにくる日だったことが最大の行きたくない理由だろうな。そのあところっと手のひらを返して夜の学校に行くことを決めたのもまた、月城さんが理由。
月城さんの姉さんに対する影響力が相変わらず強ぇ……! 本人にその気はないんだろうけど。
とても綺麗な歌声らしいから聞いてみたいね~という、雑談の最中の何気ない言葉に姉さんの行動は早かった。すぐさま部屋に戻り録音機器をひっつかむと、大道寺に連絡してからそのまま学校に向かったのだ。
……で、噂の正体はやはりクロウカード。
まんまというか、
しかも
だけど大道寺はコンクールの全国大会に向けて、歌の完成度を上げようと練習を頑張っていた。つまり歌は未完成……だからカードもまた、大道寺が練習する音楽室で同じく練習していた。これが噂の真相。
勤勉なカードだな……。
それが分かった後、大道寺が自信をもって歌った事でカードは姿を現した。その際に重なった声……大道寺と
前回と違って今回のクロウカード集めは、とっても得した気分で終わった。
あ、ちなみにカードはばっちり姉さんのものになったぞ! よし!
「大道寺の歌声は心が落ち着く……。帰ったら姉さんに録音テープ借りようかな」
昨日の歌声を思い出しながら言うと、微笑む大道寺が首を傾げた。
「よろしければ、今歌いましょうか?」
「それも嬉しいけど、夜眠る前にききたいなって。昨日、歌を聞いた後だったからかよく眠れてさ」
「……その言い方ですと、最近よく眠れていないのですか?」
「あ」
うっかり口を滑らせたが、察しのよい大道寺にはもう分かってしまったようだ。ごまかせない。
「……もしかして以前話してくださったような夢を見ているのが理由、とか?」
「大道寺は鋭いな……」
以前臨海学校で変な夢を見た時、大道寺に相談したことがあったんだけど……。実はあれ以降も時々同じような夢を見るのだ。
内容は前と同じようで、ちょっと違うような……とても曖昧なもの。夢ってそんなものかもしれないけど、それが前と同質の夢ってことだけはわかるのだ。
共通しているのはその夢の中に"安心"と"恐怖"が同時に存在している事。最後は星明りのような優しさがもたらしてくれる安堵に身を任せられるのだけど、起きた後は結局寝た気になれなくて、その夢を見た日はいつも寝不足だ。ここ最近は頻度も増えている気がする。
だけど昨日、大道寺と
それを話すと大道寺が俺の顔を下から覗き込むように見てきて、柔らかい手が頬にふれる。
「だ、大道寺!?」
近い距離につい慌ててしまったが、そんな俺を見る大道寺は心配そうだ。
「最近顔色が優れない日があると思っていましたが……そういった理由でしたか。確かに今日は血行がいいように思えます。顔色が明るいですわ」
「あ、その確認ね……」
ドキドキしてしまった自分が恥ずかしくて、それをおさめるように心臓の所に手を置く。
「……何回も同じ夢を見る。多分、嫌な夢ではないんだ。感覚なんだけど、取り返しのつかないことになる前に……助けてもらったような、そんな夢」
再び刺繍……魔力がこもるように、姉さんを少しでも助けてくれるようにと願いを込めた模様に視線を落としながらぽつぽつと語る。大道寺は相槌をはさみながら、耳を傾けてくれていた。
「姉さんも、ちょっと俺の顔色の事気になってたらしくてさ。気にかけてくれたけど、クロウカードの依り代やコスチュームの小物づくりに夢中になっちゃって……って言ってある。実際、それが楽しくて夜更かしすることもあるし。あ、そうそう! さっそく
少し茶化すように言ってから、口元に人差し指をあてた。
……多分、俺の眉毛は八の字に垂れ下がっているのだろう。なっさけねぇ。
「えっと……だから、その。このこと、姉さんには内緒な?」
親友である姉さんに隠し事をさせるようで大道寺には悪いけど、やっぱり……あまり心配させたくないんだ。
夢を見るようになったのは魔力を使い始めてからだし、そうなると俺がキャプターサポーターを続けることに姉さんが難色を示すかもしれない。俺の事を心配して。
それはとても嬉しい事だけど、やっと姉さんの役に立てる。助けになれるって思っている俺にとっては夢見が悪いくらいなんともないのだ。
それに、魔力の操作を覚えた恩恵の方が大きいわけだし。主に体調。
なら無駄に心配させる必要はないだろうなって。
俺のお願いに大道寺はしばし考え込んでいたが、やがてこくりと頷いた。
「わかりましたわ。でも、もし今以上に夢に意味を感じるようになったら……さくらちゃんや、ケロちゃんに相談してくださいね?」
「それは……」
「わたくしはこうしてお話を聞くことは出来ますわ。でも、魔法についての知識はないんです。ですから、何か異変を感じたら専門の方にすぐご相談を。もちろん李くんでもかまいません」
いつもの柔らかい表情と少し違った、凛とした顔を向けてくる大道寺。思いのほか真剣に受け止められて、俺は少し言葉に詰まった。
ふと、大当寺が机に手を伸ばした。その先にはいつも持っているビデオカメラと、そのケース。
……大道寺はケースについたキーホルダーを手に取ると、にっこりと微笑む。
「梅倖くんも、大切なお友達なんです。わたくしだって心配しているんですよ?」
「あ……と。ごめん。それと、ありがとう……」
直球に言われてしまい、照れくさくなって頬が赤くなる。誤魔化すように指でぽりぽりかくと顔を上げた。
「わかった。異変があったら、姉さんやケロ吉にもすぐ相談する」
「それを聞いて安心しましたわ。……さて、では梅倖くんの刺繍もいい感じに仕上がってきたようですし、少し衣装に合わせてみましょうか! ふふふふふ。今回もこだわりましたわ! 梅倖くんの刺繍を活かせるデザインしましたの! メインは刺繍ですわ~!」
「そうなのか!? わっ、それは嬉しい……! え、大丈夫かな? 刺繍、綺麗に出来てるかな?」
「ええ、丁寧に仕上がっていると思います! こうして梅倖くんが手伝ってくれるので、コスチューム案のバリエーションもさらに増えましたの!」
楽しい雰囲気にもっていってくれる大道寺に感謝しつつ、せっかくの気遣いだ。俺もそのままコスチュームの話に花を咲かせる。
……そういえば、俺は大道寺を大道寺って呼ぶけど、大道寺は梅倖って呼んでくれるよな。当然ながら苗字が姉さんと一緒だし、区別をつけるためにクラスメイトの奴らもだいたいそうだけど。
「とも……」
言いかけて、すぐに口を噤んだ。
…………あれ、変だな。俺も大道寺の事は大事な友達で尊敬すべき師匠だと思っているから、いい機会だし"知世"って呼んでみようと……そう、思ったんだけど。
(あ、あれ!? なんだこれ、すっごく恥ずかしいな!? 名前呼ぶだけだぞ!)
さっき以上に顔に集まる熱にうろたえる。
……あれだな。俺、他のクラスメイトの女子も苗字で呼んでるし、急に大道寺だけ名前で呼ぶってのも、照れるというか。……うん。きっと、そういうことなんだろう。
「? どうかなさいましたか?」
「なんでもない!」
俺は自分の中で納得のいく答えをだすと、浮かびかけたなにやら余計な考えを振り払うように顔をふる。大道寺は不思議そうに首を傾げていた。
「じゃ、じゃあさっそく新作衣装見せてくれよ大道寺!」
「ええ、もちろんです!」
あたふたする俺だったが、そこは勢いでのりきった。いざコスチュームもとい姉さんトークをし始めれば、いつもの調子が戻ってきたので安心する。
『…………』
そんな俺を今日のお供である
俺は今後も相談に乗ってくれる大道寺に感謝をしながら、姉さんのコスチューム作りを今日も大道寺から学ぶのであった。