リビングで本を読んでいると、テレビを見ていた姉さんの「いいな、いいなぁ! こんなおっきなお城に住んでみたいな」という弾んだ声が聞こえた。顔を上げてテレビ画面を見れば、ヨーロッパの立派なお城。
(ああ、姉さんが好きなヨーロッパ城めぐりって今日だっけ)
すかさず兄貴が掃除が大変だぞとか、絶対迷うぞとか、城に住む姫って柄じゃないだろとか言って茶化すけど……何言ってるんだ?
「? 姉さんは我が家のお姫様じゃないか。姉さんが居ればそこは城だよ」
「真顔でおま…………。いや、いつも通りか。よかったな、さくら。梅がお姫様認定くれたぞ」
「あ、ありがとね梅くん。あはは……」
え、何この空気。なんで二人とも微妙な顔するの!? 俺何か変なこと言った? …………あ! そうか。当たり前すぎて口に出すのがまず変だったか!
そうだよな、姉さんが木之本家の紅一点、お姫様って事は誰も言わなくても分かってるよ。俺ったらそそっかしいなぁ。
「そうなると、梅倖。お前は王子様ってことになるわけか?」
「はあぁ? 俺は姉さんを守る
「そうか。なら騎士様はちゃんとピーマン食べられるようにならなきゃな? さっき残してたの見たぞ」
「うっ」
言い返せないでしおしおしぼんでいると、俺とピーマン、こんにゃくの闇取引をした姉さんも一緒にしぼんでいた。……トレード、ばれてたのか。ミッション達成したと思ってたのに。
……とまあ、そんな日常の一コマだったわけだけど。
後日、姉さんはある意味大きなお城に住むという望みを叶えることになる。ついでに俺も。
まっっっったく、心地が良いとは言えなかったけどな! 俺たちにはこの家のサイズが一番だよ!
ある日、大道寺がうちに遊びに来た。遊びにといっても、俺と姉さんに何か用があるらしいんだけど。
手土産に持ってきてくれた苺タルトが美味しそうで、それを目にしたケロ吉のテンションが一気に上がる。
……う〜ん。たまにクッキーとかも作ってきてくれるけど、大道寺はお菓子作りも上手だな。以前
そして大道寺の用事というのは、コスチュームのために採寸をさせてもらいたい、というものだった。俺も姉さんも今まで作ってもらった衣装はみんなぴったりだったから不思議に思ったけど、成長期だからわずかな変化にも対応して調整したい……という大先生のこだわりである。職人だ。流石だぜ、師匠……!
日に日に募る大道寺への尊敬を胸に震えていると、姉さんの採寸を終えた大道寺が俺に向き直る。今度は俺の番らしい。
前にもサイズ測ってもらったけど……結構時間経ってるし、ちょっとは俺の体も大きくなっていないだろうか。……た、楽しみかもしれない。
そう思いながら採寸のために腕を上げると、大道寺が手際よく測っていく。ちょっぴりくすぐったかった。
しかしその途中。
ピタリと動きを止めると、大道寺はとても不思議そうな顔で俺と姉さんを交互に見た。
「不思議ですわねぇ」
「? どうしたの、知世ちゃん」
「なに、もしかして成長してた!? 俺の体大きくなってた!?」
思わず願望が零れる。だけど大道寺は俺の期待とは違ったところで驚いていたようで、横に振られる頭を見て肩が落ちた。……ま、まぁ多少丈夫になったからといって、そんな簡単に成長するとは思ってないさ。うん。
「以前測らせていただいた時も思ったのですが……。梅倖くんのサイズ……さくらちゃんと、ほとんど一緒なんです」
「? まあ見た目もそっくりだし……」
「ですがさくらちゃんは女の子、梅倖くんは男の子ですわ。わたくしたちくらいの年齢ですと、まだあまり体格に差はないですが……。それでも、驚いてしまうくらい一緒なんです。失礼ですが、健康診断の時の体重や身長は覚えていますか?」
俺と姉さんは頷いて促されるままに身体測定の結果を思い出しながら口にして……顔を見合せた。
「「おなじ!?」」
そう、俺と姉さんの身長体重は全く同じ数値だったのだ。
わざわざ身体測定の数値を言い合うことは無かったというか、姉さん女の子だし聞くのも悪いよなって今まで聞いた事なかったんだけど……。まさか、ここまでぴったり一緒だとは。
「いくら双子ゆうても、まったく同じっちゅーのも変なもんやな。男女差だけやのうて、さくらはチア部でよく運動しとるけど梅はもともと体弱いさかい、さくらほどは動けてない。なのに一緒っちゅーんやから」
「そこまで変なことかなぁ……?」
言われてみれば、って感じだけど……そこまで気にすることでもないような?
俺が最近ジョギングや軽度の筋トレ頑張ってるから、姉さんに体が追いついていてもおかしくないし! うん、俺頑張ってたもんな!
「ま、成長期はこれからだしさ! 今はこんなでも、そのうち姉さんの身長もすぐ追い抜いちゃうよ!」
「それもちょっと寂しいなぁ……。でも、大きくなった梅くんはきっとかっこよくなるね!」
「そ、そうかな? そう思う? へへへ……。もっと筋トレ頑張ろうかな。目指せ、マッチョな俺!」
「「それはちょっと待とう?(待ちましょう?)」」
以前
俺まだ言ったことないけど、姉さんを肩に乗せるのが夢なんだ! 肩といっても肩車じゃないぞ? 片方の肩の上に横座りで乗ってもらうんだ! それを可能にする肩幅と筋肉を、俺は求めている!
……そうだ、そしたらもう片方の肩には大道寺を乗せよう! 二人に新しい景色を見せるための筋肉、そして身長……うん。やる気出てきた!
「梅くん今変なこと考えてない? お姉ちゃんに聞かせてくれるかな!」
「ええ、変なことは考えてないよ! 俺の夢と目標! ふふふ、でも今は秘密な! 叶えたときを楽しみにしててくれよ!」
「待って今聞かせて!? 変な方向に向かってそうだから今聞かせて!?」
「だ〜め。お楽しみは後に取っておいた方がいいだろ? へへへ、姉さん達を驚かせるのが楽しみだな〜」
うきうきと今後の筋トレに思いを馳せる俺は、今度から
(…………そういえば)
クロウカード達と仲良くなって力を貸してもらっても、その練習をする機会……というか、場所がないのが結構悩みどころなんだよな。
姉さんはカードの正式な持ち主だから、練習なしでも十分力を発揮できる。でも俺はそうじゃない。……カード達に力を貸して貰えるよう仲良くなった上で、その力を使うってなると練習が必要なのだ。
でもその練習、物によっては部屋でこっそり出来るものばかりじゃない。外でやろうにも人に見られたら大変だし、絶対に人目につかない場所となれば危ないからって止められてしまう。
姉さんじゃないけど、お城みたいな大きな家があれば練習も捗るのになぁ……。
ぱんっと、大道寺が手を合わせる。
「……! そうそう、今日はお洋服も持ってきたのですわ! 採寸も終わりましたし、今調整しますので終わったら着てくださいませんか?」
「え、持ってきたの!?」
「ええ! やはり実際に着た感想をお聞きしたくて。もちろん梅倖くんの分もありますのよ」
「それで荷物が多いと……」
大道寺はケーキの入った箱の他、ぷっくり膨れた大きな肩掛けカバンを持ってきていたのだ。二人分の衣装ともなればその大きさに納得である。
で、俺と姉さんはそのまま服を着た訳だが……。
数分後、用意された衣装に大興奮する俺と姉さんの姿があった。
「ああ! 今日も可愛いよ姉さん! なあなあ大道寺、これってアリスモチーフだろ!? 姉さんにピッタリだよ!」
「と、知世ちゃん! じゃあこっちの梅くんのは白うさぎ!? か、かわいい! うさぎさんの耳がついてる……!」
「さくらも一緒に興奮するのは珍しいなぁ……気に入ったんか、梅のコスチューム」
「うふふふふふ! 嬉しいですわ! ええ、そうですわ。不思議の国のアリスをイメージしましたの!」
誇らしげに胸を張る大道寺大先生にサムズアップする。
パニエの入ったふわりと広がる青いワンピースに、白いエプロンドレス。頭には大きなリボン! シンプルながら、いや。シンプルにして王道! そんな装いの姉さんはアリスの絵本の中に出てきてもまったく違和感のない愛らしさを発揮している。というかこれもう主人公だろ! かっわいい!
対して俺は時計のモチーフがついたシックな燕尾服っぽい衣装。内側は臙脂色のベストだ。
ただ1番の特徴は……ぴょこんと頭に生えているように見える、シルクハットから飛び出たうさ耳だろう。どうもこれが姉さんのツボにはまったらしい。
……いや、俺も前に姉さんの衣装にうさ耳ついてた時はテンションあがったけど。というか、あの時大道寺が用意してくれた俺の服にもうさ耳ついてなかったっけ……? ……ああ! そういえばあの時はパーカーだったし、耳のついたフードはかぶらなかったんだっけ!
じゃあ姉さんにとって俺の初うさ耳なんだ。初うさ耳ってなんだよって感じだけど、姉さんが気に入ってくれたならいいか! 無問題!
大道寺のコスチュームに盛り上がる俺たち。が、そのあとすぐに俺と姉さんはある気配を察して周りに目を向けた。この気配はお馴染みの……。
「またか?」
「おうちの中にあるカード、けっこう多いのかもね……。もともと書斎にケロちゃんの本があったから」
「まあ、クロウカードの気配ですか?」
俺と姉さんの会話で察した大道寺に頷く。
これまでも何枚か家の中でクロウカードを見つけたけれど、今回のもまた発見されないまま家のどこかにあったものなのかな。それとも一回外に出て、また中に入ってきたものなのか。
……片付け、大変だったんだよ。
「お父さんの部屋から気配を感じる……。わたし、見てくるよ。梅くんはここで知世ちゃんと待ってて」
「いや、俺も行くよ」
父さんの大学での時のように、もし姉さんだけ行かせてまた何かが壊れたら。そう考えると、姉さんが落ち込むのを見るのはもう嫌だという強い気持ちが湧く。カードを捕まえるにしても、周りに被害が出ないように俺が上手くサポートしないと。
でも姉さんは首を横にふった。
「もし知世ちゃんになにかあったらいけないし、梅くんには知世ちゃんを守っててほしいの」
「さくらちゃん、わたくしなら大丈夫ですわ。ほら、ケロちゃんもいますし」
にこやかに笑う大道寺がそっと目くばせしてくれる。……あ、俺に気を遣ってくれたんだな……。
大道寺は察しが良くて、いつも優しい。……本当にいい友達だ。
そんなこんなで姉さんに頷いてもらい、俺も姉さんの後に続くことになったのだが……そこは妥協案。一緒に行くのでなくて、中間を位置どることになった。
今日の相棒である
(す、すっごく我慢してる。部屋に居る時も、姉さんの側にぴったりくっついて動かなかったもんな……)
大人しいのでなく緊張して動けないといった様子が、ちょっと切ない。封印した時の様子を聞く分には結構荒っぽい性格なのかと思ってたけど……実はかなり繊細?
姉さんが移動手段としてよく使うから、いざという時俺が借りてたらいけないなってなかなか連れ歩く機会がなかった
更に今の状況、室内でのサポートに向かないカードでもある。出来れば他の奴と交代させた方がいいんだろうけど……。依代を変えるために、一度部屋に戻っている暇はない。
どうも今回のクロウカードの気配、小刻みに移動してる上にちょっと気をそらすと見失いそうになるのだ。なんかこう……小さい? ひょっとすると、
他の依代を取りに行っている間に、カードの気配を見失うことになったら不味いからな。姉さんを完全に一人では行かせたくないし。
俺は姉さんの部屋と父さんの部屋の中間のあたりに陣取って、部屋の中で何かあってもすぐ入れるように、カードが外に逃げてきても捕まえられるようにと構えた。
カードの力を借りれなくても、最近刺繍におまじないを込める要領で魔力の使い方に慣れてきた。だから手に魔力を集中させて、逃げてきたカードに対しとうせんぼするくらいは出来ると思う。うん。
……とか、考えてたんだけど。はは……。
「ほわああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?」
ずんっと周囲にそびえ立つ面と面と面に、それが何かを認識すら出来なくて俺は情けない悲鳴をあげた。
よくよく観察してみれば、それが見慣れた家具だと分かる。
俺が今どんな状態にあるかといえば……その。
「ち、小さくなってる……」
呆然。
さっき親父の部屋から姉さんの悲鳴が聞こえて、慌てて中に駆け込もうとしたんだけど……。その時部屋の入口でぴょんぴょん跳ねる、小さくて黄色に粒にぶつかったんだ。どう考えてもあれが原因だよ。
そしておそらく姉さんも俺と同じように小さくなってる……と思う。一瞬見た部屋の中に姉さんは見当たらなかったから。
「でもでもでも、どうすんだよこれぇぇ〜~! 自分ちなのにぜんっぜん方向わかんねぇ! ものがデカすぎて何が何だか分からないぞ!?」
姉さんを探そうにも、ケロ吉や大道寺に助けを求めようにも、このサイズでは部屋にたどり着くまでが一苦労だ。いやその前に自分がどこにいるのかもよくわかんない!
よ、ヨーロッパのお城どころじゃないぞこれ。見上げた先の天井すら霞んで見える。現実にこんな高い天井目にすることってあるか?
今のサイズ感だとうちの中に東京タワーまるまる一本収まっちまうんじゃないかとすら思う。遠近感狂ってるから正確には分からないけど、ともかくそのくらいデカい……!
「そ、そうだ! なあ
『…………』
「あ、あの。
『…………』
こ、こいつ。
確かにぬいぐるみとカードの意思が繋がってるのは分かるのに、無に徹してやがる。
ぬいぐるみ入ってくれるくらいには慣れたんだ? と嬉しく思ってたのに、この様子だともしかして主である姉さんの手前義理でしぶしぶ入ってくれてたのか!? そんなに心を無にして耐えるくらいなら、無理しなくても! めちゃくちゃ悲しいよ俺!
仕方が無いので
よくよく観察してなんとか大きすぎる家具が何かを把握し、方向を決めて部屋を目指す。けど……わかってはいたけど道のりが遠い。遠すぎる!
いつもなら十歩の距離も、今だと学校のグラウンドより広くて遠い。姉さんを探すためにも早くケロ吉に知らせに行かなきゃ! と焦って走ったから、すでにばてばてだ。く、苦しい。
……と。その途中で気づいた。
「よりにもよってなんで今
使えない俺が力を借りてても意味ないじゃん! 依り代解除解除! 姉さんが使えるようにしておかないと!
でも俺がクロウカードの力を借りるために纏わせていた魔力を解こうとした時……何故か
……え、気迫? なに、
俺が不思議に思っていると、
「ほわあああああああああああああ!?
なんの心構えも無くいきなり急上昇したことで目が回る。けど振り落とされてはまずいという生存本能だけで、なんとか
お、覚えがあるぞこの感じ!
そのあと散々上下にシェイクされ、ふらふらになったところで俺は大道寺に回収された。た、助かった……。気絶していたらしく、大道寺の手のひらの上で目を覚ました時は驚いたけど。
そしてカード……今回の騒動の元である
「でも、どうして
「えっとね……。梅くんが気絶したあと、
「梅のさくらを心配する気持ちが、そのまま
「そんなことしなくても俺が魔力を解除すればすぐに戻れたのに……。というか、力を貸してもらってるだけだから自分の意志で戻れたんじゃ?」
「梅のぬいぐるみと繋がっとるときはさくらが杖でカード使うまでも無く、カードが自分の意志である程度動けるからなぁ。その辺の理由やろ」
「そういうもん?」
ケロ吉の言葉にとりあえずの納得をする。が、それを言ったケロ吉の表情は浮かない。理由は今の話とは関係なくて……一口だけお情けのように皿に乗った、大道寺謹製苺タルト。
さっき兄貴と月城さんも一緒にタルトを食べていたのだが、兄貴たちの手前親父の分以外残すのも不自然で……ケロ吉の分をまるまる一ピースは確保できなかったのだ。
「わいの苺タルト……」
落ち込むケロ吉を見てもう少し取っておいてやればよかったかな……と思ったものの、大道寺の苺タルトが美味しすぎて俺も姉さんも途中まであっという間に食べてしまったのだ。
最後の一口になってやっとケロ吉のことを思い出したんだけど……最後の一口は最後の一口。眺めても増える訳ではない。すまんケロ吉。
「また作ってまいりますわ、ケロちゃん」
「うう……ありがとなぁ、知世。でもわいは今食べたいんや……」
姉さんと俺が小さくなっている間に帰ってきた兄貴と月城さんを、上手い具合に誤魔化してくれた大道寺。そんな大道寺にこれ以上気を使わせるわけにいかないと、かわりにプリンを作るからとケロ吉に声をかけようとした時。
ケロ吉が閃いた! とばかりに声高に叫んだ。
「そや、
ケロ吉が何を思いついたか俺と姉さんは直ぐに察した。さっきまで小さくなってたからな……。
ケロ吉の要望に応え姉さんが
高身長に憧れる俺だけど、これを見るに体全体大きくなるパターンだろうから……もし見つかるなら家の外であることを願う。でなきゃ家壊れるって。
「うま〜! 幸せや〜!」
「よ、よかったな」
「ほえ〜……こんな使い方も、あるのね」
小さくなって甘酸っぱい苺にかじり付くケロ吉は幸せそうだ。でもよくあんなに入るな……全体的に小さくなってるんだから、胃だって小さくなっ……いやそもそもケロ吉って胃とかあるのか!? 今思ったけど!
クロウカードの番人っていう不思議生物だけど、見た目がど〜もぬいぐるみでしかないから体の構造とか全然想像つかない。
……まあ、今それはいいか。
それよりも。
「いいな、これ」
「え、梅くんも小さくなって苺タルト食べたいの!? 確かに夢があるけど、梅くんだとすぐおなかいっぱいになっちゃうよ……?」
「そうじゃなくて、小さくなると出来ることが沢山あるなって」
「出来ること?」
「うん。例えば……」
俺はにっと笑うと、
「クロウカードの訓練!」
「うわああああーー!?
後日、姉さんの部屋に俺の悲鳴が響き渡っていた。……といっても、すごく小さいから響くってほどではないかもな? 蚊の羽音程度だと思う。
現在俺は先日のケロ吉のように
前に
ぬいぐるみじゃなくて姉さんの杖みたいな形にすればよかったかな? 依代。でも
いやでもこれ、しがみつくから腕力つかう! 落ちる落ちる落ちるー!
ついには目を回してしまい
……まだまだ、全部のクロウカード達と上手く付き合っていくための道のりは遠そうだ。