キャプターサポーターうめゆき   作:丸焼きどらごん

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三十一話 うめゆき、迷探偵の巻

 ゆるりと意識が曖昧になる時間がやってきた。

 

 暗闇の中。ぬるま湯をかきわけるような抵抗を受けて前へと進む。

 こういった類の夢をたまに見るようになった。たまにといっても夢の中で夢と認識できる程度には見ている。……こういうの、明晰夢っていうんだっけ?

 

 何も見えないのに不思議と怖い気はしなくて、ただ遊泳を楽しむように進み続ける。

 

 ……そうだ。俺は今、泳いでいるんだ。

 初めてこの類の夢を見たときは沈む一方で、動く事なんてできなかったのに。

 

 そうして夢の心地よさに浸っていた俺だったが……ふと、その暗闇が途切れた。頬を冷たい風が撫でていくのを感じながら、目をぱちくりとさせる。

 暗闇を抜けた先は天地が瞬く光で満たされた空間。星がめいっぱいに広がった光景は俺の感覚を狂わせ、空に落ちてしまうように感じた。その錯覚に、一瞬身がすくむ。

 けど足が膝まで水に沈み浅い底に尻もちをついたところで、目の前の光景は星空を澄んだ水が映しているのだと知った。鏡みたいだ。

 月も雲もなく、明るすぎる光や隠すものもない中で輝く星はものすっごく綺麗で……俺はしばらく、水からお尻をあげることも忘れて、ぽかんと口を開けたまま心を奪われていた。

 

「さすが、夢」

 

 こんな星空、よっぽど寒くてよっぽど高い山の上とかじゃないと見れないんじゃなかろうか。元気になってはきたけど、今の俺じゃまだまだ行けそうにない場所だ。

 それが夢とはいえ見れるだなんて、すっごくお得じゃん!

 

 目が覚めた時に少しでもこの素晴らしい景色を姉さんに伝えようと、俺はずっと、ずっと。

 意識が遠のいていくまで、天体の輝きを見つめ続けたのだった。

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 

 

 

 なんで俺は熱出してるんだよ!? 夢の中とはいえ水にずっと浸かってたからか!? そんな馬鹿な!

 

「梅くん、今日はお休みしようね」

「……は~い……」

 

 体温計を見て念押ししてくる姉さんは、今日はちょっぴり早起きである。

 俺が先に起きていることを見越してうきうきと「梅くん、今日はちょっと早めに出て、お散歩しながら学校行かない?」と誘ってきてくれた姉さん。そこで頭痛にうめいているところを見事発見され、誤魔化すこともままならずベッドに逆戻りコースとなったのだ。

 姉さんと朝の散歩、行きたかった……!

 

 そんなわけで俺は久しぶりに学校を休んだわけだが、どういうわけかその発熱と頭痛は午前中でおさまり午後にはすっかり元気になっていた。

 看病してくれていたケロ吉もびっくりするくらいの急激な回復に首を傾げるしかない。いや、助かるんだけどさ。

 

「なあ、ケロ吉。これも魔力の影響だったりする?」

「う~ん、せやなぁ。その可能性も無くはないかもしれへん。ここ最近さくらも梅も力が増しとるさかい」

 

 俺としてはそれを成長と喜べばいいのか、ちょっと微妙なところだな。

 もともとの体の弱さは過剰な魔力を消費、コントロール出来ていなかった事が一因だ。それをなんとか使えるようになってきた所なのに、操作可能な範囲を魔力そのものの成長が追い越してしまっては、今回みたいにまた具合が悪くなってしまう。

 増えた魔力分も操れるようになれば、結果的に大きな成長になるし姉さんの役にも立てるけど……。まず俺は、大前提として姉さんに心配をかけたくない。

 これはもっと頑張って、魔力の成長を操作の成長があらかじめ上回るように努力しなければいけないかもしれない。やることはいっぱいあるぞ!

 

 と、そんなことを考えていた俺のおでこにケロ吉の裏拳がびしっと叩き込まれる。

 

「あた!? なにすんだよ!」

 

 大したことない威力だけど、不意打ちのそれに反射で声が出た。

 

「なんや難しい顔しとったからな。気ぃ散らしてやったんや。せっかく熱さごたんやから、知恵熱だしてもつまらんやろ」

「だ、だからって」

「……梅。お前さんはようやっとる。せやから、これ以上頑張るんは少し待っとき。もっと、もっとて欲張ってもうまいこと結果がついてくるとは限らへん。時には止まることも、成長には必要や」

「それは……」

 

 なにやらいつものおちゃらけた様子ではなく、見た目ぬいぐるみの癖に妙に大人っぽい様子で諭してくるケロ吉に調子が狂う。

 これは俺の事を心配してくれて、頑張りも認めてくれてるから出てくる言葉だ。

 ……それを相手に反論はしにくい。親父にやんわり注意されてる時みたいで。

 

 俺はそれ以上言い返すことはせず、深く息をはいてからぽすんとベッドに横たわった。

 

「もちょっと、寝てる」

「おう、そうしとき」

 

 ぽんぽんっと布団の上から小さな手で叩いてくるケロ吉にどこかこそばゆさを覚えつつ、俺は布団の中に潜り込んだ。

 するとゆるゆる眠気の波がやってきて……俺が次に目を覚ましたのは、学校から帰ってきた姉さんの元気な声が聞こえてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もぐもぐもぐ。

 栗のほくほくとした食感と柔らかな甘みが口の中に広がる。

 

 今日はなんと姉さんがお土産に焼き栗を持って帰ってくれたのだ。

 聞けば朝、月峰神社で観月先生に掃除を手伝ったお礼としてもらったものらしい。

 その時月城さんも一緒に居たようで、好ましい相手二人と過ごせた姉さんはとってもご満悦だった。そのあと学校で李に「あの先生には気をつけろと言っただろ!」と釘を刺されたらしいけど。

 ……どうも李は、かなりあの先生を警戒しているらしい。

 

「不思議な先生だよなぁ。少なくとも、悪い人じゃないと思うけどさ」

 

 先日の件を思い出しながら口にすれば、姉さんが頷く。

 ケロ吉はこちらに意識を向けながらも、親父特製のゼリーに舌鼓をうっていた。……姉さん、ちょっと目を離したら全部食べられちゃうんじゃないか?

 

「姉さんがカードを封印するとき見ないふりをしてくれたってことは、俺たちが何かするって知ってたんだよなぁ、きっと。でも俺たちを助けるために、自分の力は隠さず使ってくれた。……なんかこう、余裕と貫禄があるというか……。だから」

 

 俺はそこで言葉を区切ると、ぴんっと指を立てる。

 

「俺は、観月先生ゴーストバスター説を推す!」

「ゴーストバスター?」

 

 頭に浮かんだのは、先週あたりの金曜なロードショーでやっていた映画。

 あれは科学の力でどうこうする奴だから不思議パワーを使う観月先生とは違うかもしれないけど、かっこよかったからついその単語を使ってしまった。

 

「先生って神社の一人娘なんだろ? だからきっと、これまで色んな怪奇現象と戦ってきたとかさ! ありそうじゃん!」

「な、なるほど! 不思議なことに慣れてるのはそういう……!」

「さくら、梅。想像するのはかまへんけど、思い込みはいかんで? そういうんは、ちゃうかった時恥ずかしいからな~」

 

 真剣に語り合う俺と姉さんにケロ吉が余計な茶々を入れるので少しムッとする。

 

「わかってるって。だからこれは予想の一つ! けど、ないとは限らないじゃん! 魔法だってあるし、ケロ吉みたいな珍妙生物だっているんだから」

「珍妙とはなんや珍妙とは!」

「ケロ吉を珍妙って言わなかったら何を珍妙って言うんだよ」

「なんやて~!?」

「ま、まあまあケロちゃん」

 

 いきり立つケロ吉をなだめる姉さんを見て、少し熱くなりすぎたと咳ばらいをひとつ。

 いけない、いけない。せっかく熱が下がったのに、興奮してまた発熱なんてことになったら目も当てられない。

 

「……とにかく! 色々予想してみてさ、あとは"裏付け"をとるんだ。そうすればいずれ観月先生が危険か危険じゃないか、真実が見えてくるってわけ!」

 

 人差し指を立てたポーズを握りこぶしに変えて熱く宣言すると、姉さんがどこか微笑ましそうな視線を向けてきた。

 

「すごい。なんだか梅くん、探偵みたいだね」

「そ、そうかな? えへへ……」

 

 探偵か~。へへ……いいかも。かっこいい。

 

「でも調べるって、どうやって?」

「えっと、定番として聞き込み調査とか? 神社の近くに住んでる人とかに……。あと観月先生、すごく余裕を感じただろ? だから真偽はともかく聞けば何かしら教えてくれるんじゃないかな~、とは思ってる。はぐらかされる可能性のが高そうだけど」

「本人に聞くんか?」

「うん。李は気をつけろって言うけどさ、もしあの先生に何かあったとしても、少なくとも学校の中で聞けば危険なことはない気がする」

「まあ人目の多いところで力使えんゆうのは、わいらもむこうさんも一緒やろうからな。特に先生には"先生"って立場があるわけやし」

「そうそう。だから授業の事で質問しがてら、こう……いい感じに探りを」

「梅」

「うん?」

「その言い方やと、どう聞き出すかはまだ決まってへんのやな?」

 

 ぎくっ

 

「図星か。まあいい感じに~なんてふわっふわしたこと言うてたからそうやと思っとったけど~」

「う、うるさいやい! 臨機応変に対応するってやつだよ!」

 

 ケロ吉に痛いところを突かれたけど、いいんだよ。おおかまな方針だけ決めておいて、具体的なことはあとから詰めていけば! この間見た探偵ドラマでも言ってたぞ! 頭の中だけで考えていても仕方がない。まず起こすべきは行動だって!

 ……まあそれを言った主人公は、すぐに冷静なブレインである相棒にたしなめられていたけど。

 

 だけど俺の胸には響いたし、結果として主人公の少し無茶ともいえる行動が道を開いた。よって俺の方針は間違ってはないと思う。ところどころ甘いのは認めるけど。

 

 そこでふと思い至る。

 

(……李に怒られたりは、しないよな? いやいやいや。なんで俺があいつに怒られるかもって気にしなきゃいけないんだよ)

 

 月峰神社からの帰り際、李は再び姉さんに「気をつけろ」と警告してきた。数度にわたって念を押すとなると、李にはそこまで気にかかる何かがあるのだろう。

 俺と姉さんは先生に不思議な雰囲気こそ感じても、警戒心はまったく湧いてこないんだけどな。むしろ姉さんは観月先生の事をとても好ましく思っているようだ。

 もちろん向ける感情の種類は違うだろうけど、月城さんと居る時に似た雰囲気なんだよな姉さん。……これもある意味、一目惚れ?

 

(なんてな)

 

「……観月歌帆先生、かぁ」

「梅くん。考え込むのもいいけど、今日は早く寝るんだよ?」

「はぁい」

 

 むむむっと考え込んでいると、ぽすぽすと姉さんに頭を撫でられた。どうも久しぶりに熱を出したからか、今日は姉さんもケロ吉もいつもより心配性な気がする。

 俺としても姉さんに心配をかけるのは本意でないため、その日は大人しく早く寝た。

 

 

 

 …………そのことを後悔したのは、翌日の朝である。

 

 

 

「ええええええ!?」

 

 朝、すっきり目が覚めた俺にもたらされた情報。それを聞いた俺の嘆きの声が、木之本家に響き渡った。

 

 思いがけず大きな声が出てしまったので兄貴や親父に変に思われやしないかと、はっとなって口を押さえたけど今さらだ。こほんと咳ばらいをし、俺は朝早くから部屋を訪ねて来た姉さんとケロ吉をジト目で見る。

 

 なんと昨日の夜、またクロウカードが出たらしい。しかも前回の(メイズ)と同じく月峰神社で。

 前に(グロウ)が居たのもあの神社だったよな? ……。こう、霊的な力がクロウカード達を惹きつけるのだろうか。いくらなんでも多いぞ。月峰神社、クロウカードのシェアハウスにされてんじゃねーか。

 

「そんな、起こしてよ! そしたら俺も行ったのに!」

「そう言うと思ったから声をかけなかったの。大丈夫! ちゃんとカードの封印はできたよ。……助けてもらったから、李くんのものになっちゃったけど」

「それはいいよ、姉さんが無事なら! ああああああ! でも俺は姉さんがピンチの時に寝こけてたっての!? なんて失態だ!」

 

 ここは魔法少年、カードキャプターを支えるキャプターサポーターとして! 気配で察して颯爽と駆けつけるとかさ! 熱は下がってたんだし無茶な事でもなかったはず。なのに全てが終わったあとで話を聞くなんて……。

 聞けば李がもつ(タイム)のカードがなければ対応は困難だったらしいから、俺が居たところで何が出来たってわけでもないんだけど。……でも、姉さんが危機な時に側に居られなかった事実が俺をへこませる。

 何が出来たわけでもない。結果を聞けばそうだけど、現場に居たらまた違っていたかもしれない。……姉さんは怒りそうだけど、姉さんの代わりにカードの効果を受けるとか。

 ちくしょう~!

 

 聞けば神社に居たカードの名は(リターン)

 過去へ戻ることが出来るという、とんでもないカードだ。

 

 (タイム)にしろ時間系のクロウカードってかなりやばくないか? ケロ吉いわくその分魔力の消費はすごいらしいが……。それにしたってすぐ身近にタイムマシン的なものがある事実を、どうもうまく飲み込めない。

 本当にクロウリードって人は凄い魔術師だったんだな。

 

 クロウカードは時を戻すために必要な魔力を、神社の御神木から得ていたらしい。罰当たりな奴である。

 (リターン)はそれでも一人過去に戻すのが限界だとかで、一人になった姉さんを狙った。そのあと姉さんは李のおかげで無事に戻ってこられたんだけど……俺を次に驚かせたのは、姉さんが過去で見たものだ。

 

 観月先生と中学生の兄貴。

 二人で仲良く夏祭りに来ていた場面を、姉さんは見たのだという。

 

「やっぱりあの二人って、知り合い?」

 

 しかも二人で夏祭りって、かなり仲が良いよな。

 

「あ、そうそう。昨日お父さんに聞いたんだけどね? 観月先生ってお兄ちゃんが中学生の頃、教育実習の先生だったらしいの!」

「え、そうなの!?」

「うん。梅くんが寝た後に話したから……そうだ! その時お父さんとケーキ食べてたんだけどね、梅くんの分は冷蔵庫にあるよ」

 

 言うの忘れてた! と、昨日大変だったろうに俺を気遣ってくれる姉さんの優しさが嬉しくて頬がにやける。慌てる姉さんも可愛いなぁ!

 

 ……けど、うーん。

 

(教育実習生と、その生徒が二人だけで夏祭り……?)

 

 何を話しているかは遠くて聞こえなかったというが、その現場自体が意味深だ。といってもそれがどう意味深なのか、俺の想像力では考えが及ばない。なんとなくむずむずするんだけど、そこに当てはめる言葉を知らないって感じ。

 まあ分からないなら分からないで、それは今考えるべきことじゃないんだろう。

 今聞いた中で大事なことは、兄貴が観月先生の事をよく知ってるって事だ! こんな身近に情報源が居たぞ。やっほい!

 だったら直接本人に突撃するのは兄貴に話を聞いた後の方がいいな。朝はそろそろ忙しい時間だから、帰ってきたら話をきこう。

 

 

 というわけでその日、学校から帰った後嬉々として兄貴に観月先生について探りを入れたんだけど。

 

 

「なにも……得られませんでした……!」

「そ、そう落ち込まずに。ね! ほら、ケーキあるよ」

「……食べる」

 

 ずぅんと影を背負って項垂れる俺に姉さんが手ずからフォークにケーキを突き刺して口へ運んでくれた。俺の姉さん、もしかしなくても幸せの化身?

 

 兄貴にさりげなさを装って観月先生のことを聞くまでは良かった。でもなんだかんだと毒にも薬にもならないような話ではぐらかされたというか……。当時の教育実習生としての観月先生は知れたけど、兄貴と仲の良かった観月歌帆さんについてはなんにも分からなかったというか。

 一応、勘が鋭い兄貴目線からでも悪い人じゃないって確証は得られたんだけど。あ、得られてるものあったわ。

 

 気になることはあるけど、兄貴から聞ける情報はこれで限界って思った方が良いのかもしれない。あとはやっぱり本人に聞くほかなさそうだ。

 

 

 

「俺のキャプターサポーター業も、まだまだだなぁ」

 

 

 ぱくりとケーキに食いつきながら、ぱっとしない自分の活躍に肩を落とす俺なのであった。

 姉さんの役に立てるキャプターサポーターになるための道のりは、未だ遠い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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