人によっては気分を害する可能性がありますので、読む時は自己責任の上でお願いします。
そんなどたばたがありつつも、和やかな雰囲気で時間は流れ、時刻はもう10時30分になるところだった。
「ん、もうこんな時間か。」
「本当だ、時間が経つのはあっという間だね。」
「まったくだ。
さてと、あんまり長くいると迷惑になるし、明日も学校だから、そろそろ帰るよ。
って、どうやって出れば良いんだ?ここ?」
『え?』
「へ?」
俺の言葉に、信じられないものを見る物を見る様に、全員が目を見開きながら、俺の方を見る。
あれ?
俺今変なこと言ったか?
「神無月様。」
「なんだ、亥澄。」
「侵入する際、睦月様にちゃんと説明されましたか?」
「……危険しかないところだとは、きちんと伝えたぞ。」
『~~~っ!』
神無月の言葉に文月さんや亥澄さんまでもが、しかめっ面をする。
だから、なにが不味いんだって!
「……睦月様。」
「はい?」
「あなた様は今日相手にしたのはどのような組織かはご存じで?」
「…?世界を裏から支配する、悪の秘密結社。である。
と、研究所内で教えてもらったけど?」
その言葉に二人は頭を抱え始めた。
だから、なにが不味いだよ!!
「……君は、本当にわかっていなかったのかい?」
遂には神無月まで顔をしかめ始めた。
だから…!
「……睦月。」
「……なんだよ。」
「君は本当にわかっていないのかい?」
「……なにが言いたいんだ?」
言葉の一つ、一つを強めに言いながら、神無月は真っ直ぐ俺を見つめる。
その目に俺は言葉を繋げなくなり、押し黙ってしまう。
「もう一度聞くよ、睦月。
君は本当にわかってないかい?
本当はわかっているんだろ?
わかっているけど、心がそれを否定している。
違うかい?」
「それは……。」
神無月の真っ直ぐな目を見れなくなり、俺は目を反らしてしまった。
それは俺がずっと目を反らしていた可能性。
でも、あり得ないだろ?
顔を見られた、或いは撮られたかもしれないとはいえ、それだけで個人の特定なんて…。
「……君がなにを考えているのかは、なんとなくわかるから一応言っておく。
君自身言っていただろ?
奴らは裏から支配をしている、と。
君も持っている端末を使ってね。
そして、その端末からは、様々な情報が奴らのデータベースに送られている。
どこでなにを買い、誰と会ったか?というプライベートなことから、血液型、性格、病気などの個人情報。
そして、その個人情報の中には当然…。」
「……顔写真も含まれる、か。」
「ああ、その通りだ。
それは、つまり…。」
「……俺の身元は割れている可能性が高い。ってことか。」
俺はそう言いながら空を仰いだ。
そして、自分の迂闊さを呪った。
相手を知らずに行動することの危険さを知っていたはずなのに、自分のとった行動はそういうことを一切無視するものだった。
「………とりあえず、君はしばらく…。」
神無月が言葉を繋げようとした、その時だった。
ーぶるぶる、ぶるぶるー
どこからか、振動音が聞こえた。
「ん?」
「……すまん、俺の携帯だ。」
そう言いながら、俺はポケットから携帯を取り出す。
そういえば、マナーにしていたっけか。
変なところがしっかりしていた自分に苦笑しつつ、神無月に出ていいか?と目で確認すると、彼は静かに頷いたので、俺は電話に出た。。
「…もしもし?」
『もしもし!?』
「母さん?久しぶりだな。どうした『好子!?好子なの!?』……なんだよ、唐突に?
俺以外に出る奴がいるわけ無いじゃん。」
『なにかあったの!?なにか事件に巻き込まれなかった!?』
うん、なんともタイムリーな話題を振ってくる人だな、おい。
……しかし、
「いきなりどうしたんだよ?
なんか虫の知らせがあったのか?」
『違うわよ!!今警察から電話があって、あなたに電話を直ぐ掛けなさいって!』
「……警察から?」
それを聞いた時、俺は妙な胸騒ぎを覚え、母になにかを伝えようとした、その時だった。
『ーガシャーンー
ーガタガタゴトゴトドカッー』
突然電話の向こうから、ガラスが割れる音と、なにかが崩れ落ちた音が聞こえた。
『!?』
『お父さ~ん!?、どうかしたの!?』
母さんが声を上げ訪ねるが、しばらく待っても返事はない。
『お父さ~ん!?お父さ~ん!?
……さっきから騒がしいし、なにかあったのかしら?
ちょっと見てくるから、少し待っててね。』
そう言いながら、母は受話器を本体の横に置いたのだろう。
少し音がして、歩き出す音がした。
「……駄目だ、駄目だ母さん!
戻ってきてくれ!!
母さぁぁぁぁん!!」
向こうの音にフリーズをしていた俺は、慌てて母を呼ぶが、僅かの差で届かなかったらしく、離れていく足音が聞こえる。
『お父さん?お父さん?
開けるわよ?』
その言葉と共に、カチャと扉が開く音が聞こえた、その次の瞬間、
『イヤァァァァァァァァァ゛ァ゛ァ゛!!!!!』
「母さん?母さん?どうした?なにがあった!?」
母の悲鳴と共に、なにかが崩れ落ち、そして暴れる音が電話越しに聞こえてくる。
「母さん!?母さん!!…クソッ!
すまん、神無月。
今直ぐ外へ出してくれ!」
「わかっている。
直ぐに繋げるから、少し待ってくれ。」
そう言いながら神無月は左腕のコードを扉に差し込む。
「どこだ?」
「え?」
「睦月の実家はどこだ?と、聞いている。」
「虹ヶ原2-2-3だ。」
「近場か、少し待っていろ。」
そう言うと彼は目を瞑り、黙りこんだ。
その表情は真剣そのもので、話しかけられない雰囲気を醸し出していた。
「……!あった!
ここなら繋げられる!」
「…!すまん、頼む!」
「わかった!」
そう言って左腕の機械を操作すると、扉の方からカチッと鍵が開く音がした。
「これでよし。
亥澄、すまないが一緒に来てくれ。」
「かしこまりました。」
「馬奈美は、なにかあった時のために待機をしていてくれ。」
「え…っ、かしこまりました。」
そう言いながら頭を下げる文月さんではあるが、なにか言いたさげに口をモゴモゴさせていた。
神無月にも、それが見えていたはずだが、彼は無視して扉を開けた。
開けた先の空間は真っ白で、薄い膜のようにも見えた。
そこに迷わず神無月は頭を突っ込んだ。
「…右よし、左よし、上よし!
出てきて大丈夫だよ。」
そう言って扉を抜けた彼に続いて、亥澄さん、俺の順番に外へ出た。
扉を抜けるとそこは街の裏道みたいな、静かで人通りが無さげな道だった。
そして、俺には見覚えのある景色だった。
ただ…、
「……なあ?ここ、3丁目だよな?」
「ああ、そのようだね。」
「そのようだね、じゃねえよ!
場所違うじゃねえか!」
「あれは、どこへでも繋げられるわけではない。
ど○で○ド○ではないんだぞ?」
「それなら、そうと言いやがれぇぇぇぇ!!!」
そう言いながら俺は駆け出していた。
ちなみに、ここから俺の実家まで、走って3分ぐらいかかる。
間に合わないかもしれない、そうじゃないかもしれない。
ただただ、感情が急かすままに俺は駆けていた。
「お、おい。」
「神無月様、今は追いかけるのが先決かと。」
「あ、ああ。
急ごう。」
そう言って少し遅れて二人も駆け出した。
必死に駆けていくと、段々見慣れた景色に変わっていく。
ここまで来れば、あともう少し。
あと、あの角を曲がれば実家は目の前。
俺ははやる気持ちを抑えながら、更に加速する。
角を曲がり、走り続けて漸くたどり着いた我が家。
閑静な住宅街の一角に存在し、どこにでもあるような一軒家。
俺は門を開けて入ると、ポケットから鍵束を出して家の鍵を開け、扉に手をかけた。
「あら?どうしたの?」
「どうしたの?って、あんな電話来たら誰でも急いで帰ってくるわぁぁぁ!」
「あらあら、ごめんなさいねぇ~。」
そう言いながら母は笑い、何事かと父が顔を出す。
そうだ、そうに決まってる。
あの母は、時々洒落にならない冗談をする人だ。
そんな質の悪い冗談に決まっている!!
祈りにも似た想像の会話を思い浮かべながら、俺は扉を開けた。
そして、そこには、
「ぷう助ぇぇぇ!!!!」
絶望が俺を待っていた。
扉を開けてまず目に入ったのは、我が家の飼い犬である、ぷう助(ゴールデンレトリバー)が上がり口で血溜まりの中、こちらに頭を向けて倒れていた。
土間まで垂れている血の量から、もう助からないだろう。
そして、その血溜まりと近くの扉までを往復する、一種類の足跡がくっきりと残っていた。
小柄なのか、足跡の大きさの割には歩幅は小さく、その横を大小様々な血痕が飛び散っていた。
俺は靴も脱がずに上がり口に上り、真っ直ぐ部屋に向かって駆ける。
扉の前の床は血塗れで、反対側の壁も血で濡れていた。
俺は銀色の取っ手に手をかけ、扉を開けた。
開けた先はリビングで、俺がここに暮らしていた頃は、生介とゲームをしたり、父と碁や将棋を指したり、父や母の知り合いが遊びに来たり、家族でテレビやご飯を一緒に食べたりしていた。
そこは俺にとって平穏な日々を、幸せな日々を象徴する場所でもあった。
だけど、
「あ゛ぁ゛。
…に…て、」
今その場所にあったのは、首もとを血で濡らし、うつ伏せで横たわる両親と、その足元で両手を血に染め、血を滴り落としながら立っていた狼男だった。
「なにしてやがんだ、この野郎ぉぉぉぉぉ!!!!」
敵うとか、敵わないとか、そんなこと一切頭になく、ただただ目の前のそいつが憎くて、俺は無我夢中で殴りかかっていた。
基本もくそも無い、ただの大振りのテレフォンパンチ、仮面ライダーならまだしも、なんでもない俺のそれが当たるはずもなく、避けられて体を崩した俺は、勢いあまって転がってしまう。
それでも直ぐに勢いを止め、振り向き再び殴りかかろうとした。
だが、振り向いた先にはいた相手もただ立っておらず、俺に向かって一歩踏み出しながら、血で濡れた右手を下から振り上げようとしていた。
それを後ろ側に倒れることで避けようとするが、爪が服に引っ掛かり、それに引っ張られて体が浮き上がるが、奴の切れ味が良い爪と俺の自重によって服が破け、俺は背から地面に落ちてしまった。
「がふぅ!」
背中に痛みを感じながら、同時に危機感も感じていた。
あまりにも無防備な格好を相手が見逃すわけが無いと思い、素早く起き上がる。
だが、奴は白い歯を見せながら唸り声を上げて俺を一瞥した後、割れた窓から外へと飛び出し、外に飛び散ったガラスを踏み鳴らしながら逃げて行った。
それとほぼ同時に、
「睦月!!」
「睦月様!!」
神無月達が漸く追い付き、家に入って来る音がした。
ただ、今の俺にはそんなことどうでもよかった。
ふらふらと立ち上がると、俺はゆっくりと両親に近づく。
まるで見せつけるかの様にうつ伏せに寝かされた二人は、お腹の上に両手を組まれており、その表情は切ないほど穏やかで、今にも目を覚まして起き上がってきそうだった。
だけど、首の傷と出血の跡がそれを否定する。
急に体から力が抜け、俺はその場にへたりこんでしまった。
俺の両親は、殺されたのだ。
否、俺が殺した様なものだ。
俺が目を背けてきた可能性。
それは危害が自分だけでなく、周りの人に、大事な人達に及ぶ可能性。
それを省みずに行動した結果が、これである。
「あ゛、あ゛ぁ、」
『好子、美味しいお菓子があるわよ♪』
楽しい話の最中に浮かれながら俺を呼ぶことも、
『大丈夫か?好子。』
『もう、気をつけなさいよ?』
怪我をしている俺を心配そうに呼ぶことも、
『好子、ここに座りなさい。』
俺が悪いことをして怒りながら呼ぶことも、
「う゛あ゛ぁ。」
『好子、頑張ってきなさい。』
『しっかりやりなさいよ。』
励まし、送り出してくれた時の様に呼ぶことも、
『好子。』
『好子。』
優しく、時に厳しく、俺に接してくれた二人。
俺の大事な二人のいた日常。
昨日まで確かに存在したその日常は、粉々に砕かれた。
いや、俺自身が壊してしまったのだ。
「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
頭を抱えて、涙を流しながら俺は泣き叫び、自分の考えの甘さを呪った、自分の思量のなさを恨んだ、自分の無力さを嘆いた。
悪い夢なら覚めてくれ!っと、心の中で叫ぶが、残念ながらこれは現実で、目の前の惨劇は紛れもない事実だった。
睦月に遅れること、約1分。
僕達は漸く睦月宅にたどり着いていた。
「や、やっと着いた。」
「…神無月様、今度からもう少し体をお鍛えくださいませ。」
「…善処する。」
これからは戦いもあるから、本当に鍛えておいた方が良いかな?
変身した方が楽そうだけど。
僕がそんなことを思いながら、荒い息を吐きつつ門をくぐり抜けた、その時だった。
ドスンっとなにかが落ちる音と共に、
「ぐふぅ!」
っていう睦月の声が聞こえた。
「睦月!!」
「睦月様!!」
ガラスを踏み鳴らす音が聞こえる中、僕達は彼の名を叫びながら彼の家に飛び込んだ。
「っ!これは。」
最初に飛び込んできた惨劇に表情を歪めつつ、僕は目の前の開いた血塗れの扉へ向かって駆けて行く。
その部屋で僕らが目にしたのは、部屋の中央辺りに寝かされている二人の死体と、幽鬼の様に真っ白な顔をした睦月だった。
彼はゆっくりと立ち上がると、夢遊病者の様にふらふらと歩きながら、部屋の中央にある二人の死体に向かって歩いていた。
恐らく、あの二人が睦月のご両親なんだろう。
やがて足元にたどり着くと、力が抜けた様にへたりこんだかと思うと、
「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」
頭を抱えながら泣き叫びだした。
「……睦月。」
その姿に重なる物があり、僕は彼になにも言えず、ただそこで立ち尽くすしかなかった。
しかし、そんなにゆっくりしている暇もなかった。
―ファンファンファンファンファンー
遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始め、それは確実にこちらへ向かっていた。
「……亥澄、僕は逃げる準備をする、睦月を頼む。」
「はっ!」
そう返事をすると、亥澄は素早く睦月に近づいていく。
その姿を見ながら、僕は壁にプラグを刺し、屋敷の扉へのリンクを始める。
「睦月様、もうすぐ警察が来ます。
早く逃げましょう。」
優しく語りかける亥澄。
だが、睦月はその言葉に対して、いやいやと首を横に振るだけだった。
その姿は、まるで幼い子供がただをこねている様にも見えた。
「睦月様!しっかりなされよ!」
そう強く言いながら肩を強めに叩き掴む亥澄に、睦月は目を大きく開きながら亥澄を見つめる。
「辛いかもしれません。
ですが、お気をしっかりお持ちくださいませ。」
その言葉に目を細め、歯を食い縛る様な表情をすると、体に力を込めて、ふらふらと立ち上がった。
破けた上着がゆらゆら揺れ、中に着ている青色のシャツが見え隠れしていた。
亥澄は睦月の肩を支えると、無言で僕を見た。
ちょうど僕の方も準備が終わり、扉を開けようとしていた。
「神無月様。」
「ん?なんだい?亥澄。」
「少し調べたいことがございます。
先に睦月様とお戻りになってくださいませ。」
「調べたいこと?」
そう言いながら、僕は怪訝な表情をした。
彼がこんなことを言うのは、僕にとって初めてだったからだ。
「はい、睦月様が正気に戻った時、必ず必要となります。
お時間はさほどかけません。
その為にどうか。」
「……わかった、頼む。」
「はっ!」
そう言って亥澄は素早く動き出した。
睦月の為、か。
出会って間もないはずなのに、こんなに肩入れをするなんて、本当に珍しいこともあるものだ。
まあ、それは僕にも言えることだけどね。
そんなことを思いながら僕は、横で傷心しきった表情の彼を肩を支え、扉をくぐり抜けた。