仮面ライダーハッカー   作:六界の魔術師

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DISK13 自由と責任

「……うーん、まだかな?」

チラチラと扉の方を見ながら、馬奈美は自分の仕事を続けていた。

といっても、どうして扉の方へ気がいってしまうので何度かミスをしかけており、先ほども壺を落としかけて割りそうになっていた。

もう一度扉を見て、まだ開かない扉にため息を一つ吐いて、別の場所へ行こうとした、その時だった。

カチャっという音と共に、扉が開く音が響く。

その音を聞き、彼女は喜び勇んで扉へ駆けていく。

もし彼女に犬のしっぽがあれば、間違いなく大きく振っているにちがいない。

とはいえ、自分のそういう感情を出すのは恥ずかしいため、おくびにも出さず、平素を装うようにしていた。

まあ、周りにはバレバレではあるが、そこは敢えてつっこんではいけない。

やがて、白い膜から二つの影が浮かび、二人が出てきた。

「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ!?」

お辞儀し、顔を上げた瞬間に目に入った睦月の様子に、平素を装うことも忘れて叫んでしまった。

まあ、上着は破れ、幽鬼の様に真っ白な顔をしていれば、叫び声の一つは出るというものである。

「…ふぅ、ただいま。」

「あ、お帰りなさいませ、じゃなくて。

どうしたんだい、いったい?」

「…………睦月の両親が殺された。」

「……!そんな。」

「亥澄はまだ向こうで調べたいことがあるって言って、向こうにい「…でだ。」…ん?」

「え?」

睦月がなにかを呟いた様な気がして、二人が彼を見た、その瞬間、神無月は強い衝撃を受けた。

 

 

 

 

「ただいま戻り…!?」

亥澄が扉をくぐり抜け、目に入った場面に目を開くのを見ながら、今日は珍しいものが良く見れるものだ。と、場違いなことを僕は考えていた。

ちなみに、どんな場面かというと、僕が睦月に胸ぐらを掴まれ、浮かび上がらせている場面である。

うん、何気に力あるんだね、君は。

直ぐに僕を助けるために駆け寄ろうとする亥澄を、僕は手で静止した。

ちなみに、馬奈美には既に静止をかけている。

二人が止まるのを確認して、僕は睦月に視線を戻した。

彼の目は黒い怒りの炎に燃え、僕のことを睨んでいた。

「…なんで、なんで俺をあんな所に誘ったんだ!!

お前が、お前が誘わなければ、俺はあんな所へ行かなかったんだ!!」

そう言いながら彼は、僕を掴む手に力を込める。

「なんで、なんでだぁぁぁ!

答えろぉぉぉぉぉ!!」

叫ぶ度に力が込められ、若干苦しくなってきた。

ちなみに、彼がこの質問をしたのは、これで三回目である。

怒りで我を忘れ、大分錯乱しているようだ。

……身に覚えがあり過ぎて、他人事に思えないかな。

とはいえ、そろそろ苦しいし、止めてあげようかな?

「……なんか、なんか言えよ!!」

「なら、言ってあげるよ。

睦月。」

彼は僕の言葉に目を一瞬見開いたけど、また直ぐに目に力が入り、僕を睨み付ける。

「睦月、君はなにか勘違いしている。」

「勘違い?」

「そう、確かに僕は君を誘った。

それは紛れもない事実だ、認めよう。

でも、あの時君には、僕の誘いを断ることも出来たはずだ。

危険な場所だとわかっているのだから、なおのことだ。

そもそも、僕みたいな得体のしれない奴の跡をつけたり、信用すること自体がおかしな話だ。

違うかい?」

「それは…。」

そう言いながら彼は、苦虫を噛んだ様な表情をして顔を横にそらした。

「誰もが選択する自由を持っている。

だけどそれは、それを選択したことに対しての責任も、その人に同時に付いてくる。

君は僕の話を聞いた時、危険を感じながらも、ついてくることを選んだ。

蜘蛛男に服従を迫られた時、君は誇りを持って死を選ぼうとした。

だからこそ、奴らと戦うことになったんだ。」

容赦なく続ける僕の言葉に、彼はどんどん頭を下げていく。その姿に少し心が痛むが、でも言わなければならない。

彼自身のために、彼がもう一度真っ直ぐ立ち上がるために。

「…君は自分で選んだんだ。

僕を信じることも、奴らと戦うことも、全部君の意思で決めたことだ。

だからこそ、君が責任を取らなければならないだ。

厳しい言い方だけど、今回のことは君の責任なんだ。」

その言葉を最後に、僕は黙って睦月を見つめた。

彼はなにも言わず、僕の胸ぐらを掴みながら、ただ俯いていた。

手からはさほど力を感じず、むしろしがみついている様にも見えた。

そのままの体制で暫く動かなかった彼だったが、最後に手に力をギュッと入れた後、ゆっくり力を抜き僕から離れていった。

「……………すまない。」

「大丈夫、気にしてないよ。」

虫の鳴くような声で謝る彼に、僕は首を横に振って答えた。

いまだに俯いたままだから、彼の表情は見えないけど、恐らく申し訳なさそうな顔をしているのだろう。

………さて、ここまでは良いとして、これをこの後どうするかなんて、なんにも考えてなかったけど、どうしよう?

内心冷や汗をかきながら、そんなことを考えていると、

「睦月様、お召し物も破れておりますし、一度お部屋に戻られてはいかがでしょうか?

睦月様からお預かりしたお召し物も、洗濯は終わっておりますので、よろしければお替えくださいませ。」

「そうだね、そうした方が良いと思うよ。」

亥澄が合いの手を入れてくれたので、本当に助かった。

流石亥澄、出来る執事は違う!

いえいえ、それほどのものでもございません。

……あれ?今なにか聞こえた気が?

「………ごめん、そうさせていただくよ。」

「ええ、それがよろしいかと。」

「え?あ、うん。

場所は大丈夫かい?」

「うん、大丈夫。

ありがとう。」

そう言い、睦月はゆっくりとした足取りで部屋に向かっていった。

「…馬奈美。

すまないけど、彼に君のハーブティーを入れてあげてくれないか?」

「あたしのですか?」

「うん、亥澄には頼みたいことがあるし、なにより君のは美味しいし、落ち着くからね。

頼めるかい?」

「ま、まあ、ご命令とあればしょうがないな、うん。

じゃあ、淹れてくる!」

そう言うと、馬奈美は小走りでキッチンへ向かっていった。

心なしか嬉しそうだったのは気のせいかな?

「褒められ、頼られたのが嬉しかったでしょう。」

「ん?いつも頼りにしているけど?」

「そう意味ではないのですが、まあ、それは置いとくとしまして、私に用とはいかがされましたかな?」

「ごめん、それ、ただの口実なんだ。

……馬奈美に、……こんな姿を、……見られたく…なかっ…た…か……。」

「神無月様!」

ふらつき、倒れかけた僕を亥澄は慌てて抱き止めた。

「ははは、…格好つかないな、…まったく。」

「そんなことはございません。

先ほどの睦月様へのことも、見事でございました。」

自嘲の笑みを浮かべる僕に、亥澄は真剣な表情でそう言った。

その言葉に、僕は目を見開きながら亥澄を見た。

「今日は本当に珍しい日だね。

亥澄が手放しに僕を褒めるなんて。」

「当然のことです。人のために己の持てる力を使い、救った者に賞賛の言葉以外、贈る言葉はございません。」

「僕は大したことはやっていないよ。

昔、僕が亥澄にやってもらったことをやっただけだ。」

「そうだとしてもです。

例え模倣だったとしても、貴方様はやりきった。

睦月様を救ったのです。」

「……僕は救えたのかな?」

「あの方は、我々が思うより強い方の様な気がします。

必ず立ち上がり、貴方様の助けとなるはずです。」

「……亥澄は彼とは会って間もないのに、随分と買っているね。」

「それは貴方様も同じだと存じます。

あの方はなんの根拠もないのに、何故か信じられる、大丈夫だと思える、そんな不思議な方です。

どうか信じてくださいませ、貴方と共に戦うと決めたあの方を。

そして、あの方と共に戦うと決めた貴方様自身を。」

「………ありがとう、亥澄。」

そう言い僕が微笑むと、亥澄もニッコリと笑いながら頷いた。

 

 

 

 

 

「……はぁ~~、俺って奴は、まったく。」

神無月達と別れた後、俺はあてがわれた部屋に入るとベッドに座り、深いため息を吐きながら項垂れていた。

着替えは確かにあった。

それも、綺麗にアイロンかけまでされている。

ここまでくると、最早恐縮するレベルだが、今はそんなことを感じることが出来るはずもなく、ただただ自己嫌悪に陥っていた。

座ってから十分ぐらい経っただろうか?

 

ーコンコンー

 

と控えめなノックと共に、

「失礼します。

睦月様、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「文月さん?

ええ、どうぞ。」

「はい、では失礼します。」

そう言って文月さんは、ポットとカップの乗ったトレーを持って、俺のいる部屋に入ってきた。

「どうかしましたか?」

「神無月様が、睦月様にハーブティーを。とのことで、お持ちいたしました。

どうぞ召し上がりください。」

そう言いながら彼女は、慣れた手つきでお茶を注ぎ、俺に差し出した。

「神無月が?」

「はい!」

俺の問いに、満面の笑顔で答え彼女。

……なんか良いことでもあったのか?

そんなことを思いながら一口飲んでみた。

「…!旨い!」

「ありがとうございます。

まだありますので、どうぞ召し上がりくださいませ。」

普通に美味しかったので、思わず口にしてしまった俺に、彼女は嬉しそうに答えた。

直ぐにカップのハーブティーを飲みきってしまった俺は、お代わりをもらい、再び口をつけた。

淹れ方が巧いのか、凄く美味しく感じる。

それにこの香りは、

「これレモンバーベナですか?」

「あら?わかるんですか?」

「昔、ハーブ専門のお店でバイトしたことがあったので。」

もっとも、違法ハーブを自宅栽培してたのを知って、速攻で辞めて、警察に通報したけどね。

飲みながら、沈んでいた気持ちが落ち着くのがわかる。

やれやれ、我ながら現金なものだ。

「……あの。」

「ん?」

「先ほどは神無月様が失礼しました。」

「へ?」

 

 

「あの、先ほどの……。」

「ん?あ、ああ、あれね。

いやいや、さっきのはどう考えても俺が悪いだろ?」

「それでも、あの人が巻き込んだのは本当ですし。

それに、あの人には悪気は無いのですが、あんな言い方は…。」

そう言って彼女は少しうつむく。

多分、彼女が言っているのは、責任について言っていた時のことだろう。

それに関しては、気にしていないんだよな~。

むしろ、

「逆に俺、あいつに感謝していますよ?

逆上して冷静でなかった俺を、あいつはしっかり受け止めてくれた。

言っていることも、あいつが正しい。

全て俺が選んだ結果だ。」

「だ、だけど……。」

「『いかなる理由があろうとも、起きた事柄は、起こした本人の責任である。』さ。」

「その言葉は?」

「俺のじいちゃんの言葉。

俺が大事にしている、人生の指針。

なのに、あの時俺は、自分の感情のままにあいつを責めてしまったんだ。

頭ではわかっていたのに、ね。

難しいもんだ。」

 

そう言い自嘲の笑みを浮かべながら、俺は頭を掻いた。

昔からそうだ。

気をつけていても、どうしても感情を抑えきれない時がある。

感情を破裂させては自己嫌悪し、破裂させては自己嫌悪しの繰り返し。

特に今回は事が事だけに、罪悪感が半端ない。

「……あの、……そのさ、……そんなに気にしなくても良いんじゃないか?って、あたしは思うんだけどさ。」

「……理由は?」

言葉を急に崩した事から、恐らくメイドとしてでなく、個人的になにかを伝えたいのだと感じたので、なにも言わないで先を促した。

「えーと、……あたしもさ、あんたみたいになることがあるんだ。

…その、………本当は言いたいことがあるのに素直になれなくて、つい別の言葉を言ってしまうんだ。

やっては後悔して、やっては後悔してだったんだけどさ。

この前、ようやく言いたいことが素直に言えて、…まあ、直ぐに反発しちゃったんだけどさ。

…その、あまり考えないあたしでも少しずつ出来るようになっているんだから、もっと考えているあんたが出来ないわけがない。っと思うんだ。

……だから、……その~、」

そう言いながら彼女は、言葉を探す様に目をさ迷い始める。

それを見ていると自然と笑みが浮かび、

「……クック。」

悪いとは思いつつも、忍び笑い始めてしまった。

「……あんた、それは流石に失礼じゃないか?」

「ああ、ごめん、ごめん。

本当に良い人なんだな~、って思ったら、ついね。」

「……そんなことは「あるさ。」…っ。」

「さっきの謝罪だって、あいつのためだろ?

俺があいつを嫌わない様に、って。」

俺が笑みを浮かべながら言うと、彼女は頬を赤く染めて俯いてしまった。

なんて言うか、可愛い人だな、この人。

あいつが好きでなかったら、惚れてたかもな。

「……大丈夫、こんなにお世話になっているのに、嫌うなんて失礼なことはしないよ。

あいつを裏切る気もないですよ。」

その言葉に彼女は頬を染めたまま、コクリと頷いた。

その姿を見ながら、自分が少し明るくになっていることに気づいた。

多分、笑って少し元気が出たのだろう。

……そういえば、あの時も笑顔に救われたんだったな。

……救われぱなしだな、俺は。

自分の夢の原点を思い出し、少し懐かしい気持ちになりながら、残ったハーブティーに口をつけると、

 

 

ーぶるぶる、ぶるぶるー

 

携帯が振動音と共に震え出した。

「…こんな時間に?しかも、一体誰が?」

時刻は既に0時を回っており、かけてくる相手も心当たりがなかった。

不審に思いながら携帯を取り出すと、ディスプレイには大津 生介の字が浮かんでいたので、俺は慌てて通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『もしもし!?

好子か!?

好子なのか!?』

「俺以外でこの電話に出たら、それはそれで問題じゃねえか?」

『バカ野郎!!!!

ふざけてる場合かぁぁ!!!

お前の実家が大変なことになってんだぞ!!!』

「………知ってる。」

『……は?』

「………父さんと母さんが殺された。

……いや、俺が殺したも当然だな。」

『……おじさんとおばさんが!?

っていうか、お前なにをしたんだ!?』

「……すまん、言えない。」

『おいおい、ふざけんなよ?

ここにきて黙りとか聞かねえぞ!』

「やべぇネタを掴んじまったんだ!

話たらお前まで巻き込むことに『巻き込めよ!!』…っ!」

『…俺達友達だろ?

なら、背負わせろよ。

お前だって言ってんだろ?

友達は助け合うもんだ。って。』

「………すまん、これはそんな次元じゃねえんだ。

俺のせいで、お前まで失いたくない。」

『………そっ…か。』

「…悪い。」

『ん、いや、気にするな。』

その言葉を最後に、お互い黙ってしまった。

なにか言おうとしても、言葉が喉をつっかえて出てこなかった。

「……ありがとうな。」

『ん?』

「いや、心配してくれたんだろ?

だから、ありがとう。」

『いや、お前が家の近くを凄い形相で走っていたし、さっき警察が来て、お前のことを尋ねられたから、何事かと思ってな。』

あれを見てたのか、っていうか。

「警察が?」

『ああ、なんでもお前のいた形跡はあったのに、お前がいないから、重要参考人として探しているらしいぞ?』

「そうなのか。

まあ、現場から逃げたのは本当だからな。

追われてもしょうがないかな。」

『おいおい、マジで逃げてたのかよ。

って、まさか、本当はお前が犯「冗談でも怒るぞ。」…だな、すまん。』

俺の言葉に、ばつが悪そうに生介は返した。

まあ、疑われる様なことをした俺が悪いんだけどな。

『だけど、逃げるのはやっぱり不味いって。』

「……まあな。」

『……なあ、今どこにいるんだ?』

「あ~、……今外だな。

ただ、二人が死んでいるところを見て、気が動転してな、滅茶苦茶に走ったから、今どこにいるかわからん。

なんでだ?」

「……今から会えないか?」

「…?この時間にか?」

『ああ、そうだ。

お前がどんな厄ネタを拾ったかはわからんが、このままで良いはずがない。

俺も一緒に行ってやるから、警察へ行こうぜ?』

「……警察、か。」

生介の言葉に、俺は少し考える。

普通に考えれば、あいつの言っていることが正しい。

ただ、俺はこの世界の事実を知った。

それに母さんとの会話から、下手したら警察もあてにならない状況だ。

おいそれとは行動はできない。

「…少し、考えさせてくれないか?」

『ん、わかった。』

「すまんな、心配かけて。」

『まったくだ、心配ばっかりかけやがって。』

ため息を吐きながら言う彼に、俺は苦笑するしかなかった。

「朝の電車といい、二人のことといい、ひどい目に会う日だよ。」

まあ、両親のことは自分の罪なのだが。

『そうなのか?

あ、そういえば、今日珍しく青いシャツを着てただろ?

そのせいじゃねえか?』

「ああ、そういえば色々あって着てたな。」

そう言いながら自分の今着ている青いシャツに目をやる。

確かに基本的に着ないもんな。

げん担ぎではないが、これのせい……はないな。

そんなアホなことを考えながら横に目をやり、

「え?」

畳まれた服を見て、硬直した。

『…?どうした?』

 

「あ、いやいや、気にしないでくれ。

………でも、そうだな。

このままでいるのは不味いよな。」

『まあ、間違いなくな。』

「………わかった、会おう。

一緒に来てくれるか?」

『!ああ、わかった!

良いぜ、一緒に行こう。』

「ただ、心落ち着かせたいし、戻るまでに時間がかかると思うから、少し時間をくれないか?」

『わかった、じゃあ一時に宮野坂の坂の下で待ち合わせしないか?』

「ああ、そうしよう。」

『じゃ、また。』

「ああ、後程な。」

そう言って電話を切ると、横で聞いていた文月さんが、俺のことをジッーっと睨んでいた。

「……あの、怖いんですが。」

「……あんた警察に行くのか?

あの人を裏切って。」

そう言いながら、殺気まで漏らす始末。

「……行かないよ。」

「でも、今行くって!」

「会って確かめなければならないことができたんだ。

だから、会う約束をしただけだ。」

「確かめたいこと?」

「ああ。

さて、ゆっくりしている暇はねえな!」

そう言って俺は上着とシャツを脱ぎ、ベルトに手をかけ、

「わわわわわわ!!

ばばばば馬鹿!!

あたしがまだいるだろ!!」

そう言って彼女は頬を真っ赤に染めながら、部屋から出て行った。

「あ~、すっかり忘れてたな。」

心の中で謝罪しながら、折り畳まれた朝着ていたシャツに袖を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分とゆっくりだな。」

「まあ、すぐにと言っても、本当にすぐに立ち直る訳では……。」

「彼じゃない、馬奈美の方だ。」

「ああ、そういえばそうですね。」

「ハーブティーを入れるだけで、なんでこんなに時間がかかっているんだ?」

そう言いながら僕は、すぐにでも睦月の部屋に行きたい自分を抑える。

理由?

行ったら何故か負けの様な気がするからだ。

「……ふむ、やはり男の部屋に彼女を送ったのは、間違いでしたかね?」

「………どういうことだ?」

「いえ、たとえ紳士的彼ではありますが、今は傷心の身。

それに馬奈美さんの母性がくすぐられて、深い仲に……。」

「あ、あはは、ないない、ないない。

そんなことないさ。」

「絶対にそうだと言えますか?」

「もちろん、……そんな、……うん。

……そんなこと。」

そう言いつつも想像してしまう。ベッドに腰かけ項垂れる睦月。

「………元気だしなよ?」

その横に座り手を重ねて、励ます馬奈美。

しかし、睦月は未だに首を横に振るだけだった。

「……もう、しょうがないな。」

そう言って彼女は、睦月の頭を自分の胸に押し当て抱きしめる。

突然のことに慌てる睦月。

だけど、意外とある馬奈美の胸の中であまり暴れることが出来ず、ただもがいていると、

「…大丈夫、あたしはここにいるよ。」

その言葉に動きは鈍くなり、やがてすがる様に胸に頭をつけていく。

しばらくそのままでいた二人だったが、睦月が僅かに力を入れ、馬奈美を優しくベッドに押し倒す。

だが、馬奈美も嫌がることなく、むしろ望む様に目を潤めて睦月を見つめる。

お互いになにも言わないが、ゆっくりと睦月の顔が馬奈美の顔に近づき、

 

 

 

「神無月!!」

そんな僕の妄想も、彼の大声で中断されることになった。

「…!あ、ああ、なんだ睦月。」

「お前に頼みたいことがあるんだ。」

そう言いながら、とても真剣な表情で真っ直ぐ僕を見つめる彼。

その横を、頬を赤く染める馬奈美がついてきていた。

その瞬間、先ほどの妄想が頭に浮かびリフレインする。

もしかして、馬奈美を?

そう思った瞬間、頭がカーっと赤くなり、

「だ、駄目だ!

馬奈美は僕のメイドだ!

誰かに渡す気はない!!」

気がついたら、そんなことを大声で言っていた。

その場にいた全員が一瞬ポカーンとするが、一足先に立ち直った睦月が僕の肩を叩いて一言、

「神無月、お前はなにか激しく勘違いしている。」

「……え?」

「俺は文月さんが欲しいとか、そんなこと考えてないぞ。」

「……へ?」

「……俺は友人の好きな人には手を出さん主義だ。」

困惑する僕の耳元に彼は顔を近づけ、小声で僕だけに聞こえる様にそう呟いた。

「!!??」

「おや~、どうしたのかな~?」

驚いて離れる僕に、睦月はイヤらしい笑みを浮かべながら、こちらを見ている。

くっ、さっきまでの沈んでいたんじゃなかったのか!?

「ご主人様達、どうかしたのか?」

「我々が気にしなくても大丈夫な事柄ですよ。」

不思議そうに見つめる馬奈美の横で、亥澄は楽しそうな笑みを浮かべながら、僕達のことを見つめていた。

いや、見つめてないで助けてよ。

「止めておけ、余計に引っ掻きまわされるぞ?」

読心術!?

亥澄さんのを見てたら、なんとなく覚えたよ。

ほほう、やりますな。

いや~、それほどでもないです。

僕の頭で会話をするな!!

「…随分と元気みたいだけど、もう大丈夫みたいだね。」

「まさか。」

「へ?」

「全然立ち直ってねえよ。

でも、確認しなきゃならないことが出来た。

気になることも残っている。

だから、俺はこの事件から逃げる訳にはいかないんだ。

この事件の全てを最後まで見続ける。

それが俺の果たすべき責任だ。」

「……そ…っか、わかった。

それなら、これ以上はなにも言わないよ。

その代わり、僕も一緒に見続けよう。

君をこの戦いに導いた責任をとるために。」

「…わかった、よろしくな?」

「ああ、よろしく。」

そう言いながら僕達は、強く握手を交わした。

 

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