睦月が最初に感じた違和感は、噛まれているのに痛みを感じなかったことだった。
それどころか、後ろにぐいぐいっと引っ張られている気がしたので、後ろを見てみると、なんと犬達が睦月の上着を、裾を、ズボンを、服のあらゆるところに噛みついて、一緒になって後ろへ引っ張ってくれていたのだ。
「……え?」
思わず一瞬呆ける睦月だったが、犬達が目で「早く引っ張れ!」と訴えている気がした。
「……よし。
みんな、一気に行くぞ!」
『がう!!』
「せーの、よいしょぉぉぉ!!!」
沢山の犬達が一緒に踏ん張り、引いてくれていることにより、先ほどまでと違ってしっかりと踏ん張ることができるため、大津の身体が一気に持ち上がっていく。
そして、
大津の手が縁のところまで上がると、
「こうちゃん、ありがとう。
もう大丈夫だ!」
そう言って彼は両手で縁を掴むと、自力でよじ登ってみせた。
「やっ「喜ぶのは後だ!」…た?」
「急げ!
床が崩れぞ!」
「…へ?」
『わふ?』
犬達と睦月が同時に下を見ると、ピシッ、ピシッ、っと音を立てながら、床にヒビが走り始めていた。
「…は、走れぇぇぇぇ!!!」
『ワンワンワンワンワンワン!!』
全員が全力で走りだすと、後を追う様に亀裂が走り、端の方から崩れ始めてきた。
亀裂が徐々に迫ってきてたが、ギリギリで全員が安全なところまで駆け抜けることができた。
「ふぅ~、危なかったぁ~。」
「本当にな。」
『わふ。』
息を切らしながら安堵のため息を吐いていると、前の方からクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。
「……なんだよ。」
「いや、ごめん、ごめん。
凄い奴だな~、思っていたら、ついね。」
「凄い?」
「ああ、正直なところ、大津はもう駄目だと思った。
君が言っていることも、ただの絵空事だと思っていたよ。
でも方法はなんであれ、君は自身が言ったことを成したんだ。
そのことを僕は素直に凄いと思う。」
「……ん、そうか。」
神無月の率直な言葉に、睦月が少し照れながら頬を掻いていると、
「……ぜだ。」
『ん?』
「なぜ、そいつらは貴様を助けたのだ!!
そもそも、そいつらの支配がなぜ解けている!」
「なぜ支配が解けたかなんて、そんなの簡単だ。」
「ん?わかるのか、お前?」
「当然!
理由は勿論、俺の熱い心に感化され、自力で支配を解い『それはない。』…全員でハモるなぁぁ!!」
敵味方全員から同時にツッコまれるという、世にも珍しい状況に叫び声を上げる睦月だったが、
「そんなことで解けるほど、やわな支配ではないわ!!」
ーゴスッー
「悪いけど、僕もそう思うよ。」
ーバスッー
「というかお前、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えたよな。」
ーボコッー
「あ、あれ?
お、おかしいな?
もしかして、…四面、…楚歌?
お、俺の味方は、…ど、どこへ行ったんだ?」
言葉のボディーブローにふらつく睦月を、
『クゥ~ン。』
と悲しそうな声を上げながら、犬達は見上げていた。
閑話休題
「彼らがお前の支配から逃れた理由は、僕がさっき仕掛けた技、【散々漆憑思】のおかげだ。
あの技は、人を操る邪悪な存在や思想を祓う浄化の技でね。
彼らを救う為に使わせてもらったよ。」
「へ~~、そ~~なんだ~。」
そう言いながら唇を尖らす睦月に、大津はため息を一つ吐いた。
「……こうちゃん、ここで不貞腐れるなよ。
そもそも、お前がふざけて答えたのが悪いんだろ?」
「……悪かったな。
真面目に答えて、これで。」
「…………それは~、………なんていうか~、………………ごめん。」
「……別に良いさ。
俺が間違っていたんだ「まあ、もっとも。」…し?」
「……あくまでも、この技でできるのは邪悪な存在や思考を祓うだけであり、彼らが君を助けたのは彼ら自身の意思だ。
そう考えると、君の熱い心に感化された。っていうのは、あながち外れてないかもしれないね?」
どこか楽しそうに語る神無月の言葉に、睦月が呆けていると、
『わん!!』
と犬達が一斉に吠えてきたので下を向くと、彼らは嬉しそうな表情をしながら、パタパタとしっぽを振っていた。
「……そっ…か、ありがとうな、みんな。」
そう言って近くにいた犬の頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目をつぶりながら、睦月に撫でられていた。
すると、
「……ん?」
クイクイと反対側から引かれている気がして、そっちを見ると、一匹が自分も自分もと言わんばかりに裾を噛み、睦月を見ながらクイクイと引っ張っていた。
そうなると、他の犬達も自分も自分もと言わんばかりに服を噛んで引っ張ったり、ジャレついてくる。
「お、おいおい、待ってくれよ!?」
「……モテモテだな、こうちゃん。」
「茶化すなよ。
ああもう、わかったから。
ちゃんと撫でやるから、ちょっと待ってくれって。」
そう言いながら、一匹一匹の頭を律儀にしっかりと撫で始める睦月だったが、
ーピシャンー
と鞭の音が聞こえ、そちらを見ると、ドマーが怒りの形相でこちらを見ていた。
「…貴様ら、随分と楽しそうだが、よもや私のことを忘れてはおるまいな?」
『あ、すまん、忘れてた。』
「きぃさぁまぁらぁぁぁ!!」
「待ちなよ、お前の相手は僕だろ?
それとも、僕には勝てない。っと観念したかい?」
「なにを!?」
睦月達の間に割り込む様に入りながら言った睦月の言葉に、更に顔を赤くするドマー。
そんな二人を見ながら、睦月は一つため息を吐いた。
「……それはそうと神無月、なんで約束を破ったんだ?」
「…なんのことだい?」
「俺達を気にせず、必ず決める。って約束しただろう?
なぜ、やらなかったんだ?」
「……確かに僕は必ず決める。とは言ったけど、あのタイミングで倒すとは一言も言っていないし、必要だと思ったからやったんだ。
現に、僕が彼らを助けたおかげで、君も大津も助かっただろ?
それで良いじゃないか。」
「…それに関しては感謝しているよ、ありがとう。
だけど、そのせいでせっかくのチャンスをふいにしてしまったんだぞ?
どっちの方を優先すべきかなんて、お前ならわかるはずだろ?
なのになんでだ?」
「……睦月、君は一つ勘違いをしている。」
「…勘違い?」
「ああ、僕にとって君や彼らを救うことは、あいつを倒すことと同じくらいに大事な事なのさ。
目の前にいる人を、助けを求めている人を救えないようでは、なにも護れないからね。
それに、君だって言っただろ?
あんな偽筋程度、隙をつかなくても堂々と真っ正面から打ち倒してみせるさ。」
「なんだとぉぉぉ!!!」
「何度でも言ってやるよ。
弱い者を操り、人を傷つけることを楽しむお前みたいな奴に、僕は絶対に負けない。
負けてはならないんだ!
なぜなら僕は、弱きを護り、悪をくじく戦士、仮面ライダーだからだ!!
いくぞ、ドマー!
これで決着をつけてやる!!」
「ほざくな、小僧がぁ!!」
そう叫びながらドマーは鞭を振るが、神無月は全てを見切り、一気に間合いを詰める。
そして、鞭を持つ左手に右足で蹴りを一撃を入れ、蹴った手を踏み台にして左回転に跳び、跳び後ろ回し蹴りをドマーの左肘に入れた。
ーメキッー
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
鈍い音と共に、ドマーの左腕は本来ならあり得ない方向に曲がり、彼は自分の肘を抑えながら叫び声を上げっていた。
「……お、おのれ、貴さ「今のは…。」…ぬぅ?」
「今のはお前に操られ、望まぬことをやらされていた犬達の分だ。」
「なにをごちゃごちゃと!
ぬぅおぉぉぉぉぉぉ!!!」
ドマーが叫びながら右腕にぎりぎりと力を込め続けると、どんどん左腕が萎み、代わりに右腕が先ほどの倍近い大きさになっていく。
筋肉で大きくなったその姿は、とてもアンバランスな上に奇妙で、睦月達は眉をしかめていたが、ドマーは気にせずに高笑いをし始めた。
「ふははははははは!
これならどうだ!
覚悟し「御託は良いよ、来いよ。」…ろぉぉぉぉぉ!!」
強く踏み込み、降り下ろされるように襲いくる拳に対し、神無月も強く踏み込みながら炎を纏った右の拳を真っ正面からぶつけた。
ぶつかりあった瞬間、
ードォゴンー
という凄い音を響かせながら地面は揺れ、勢いに押されて神無月の足元が僅かに陥没する。
『神無月!!』
「ふははははははは!!
これで終わ「………ぁぁぁぁ!」りぃぃぃ!?」
しかし勢いに押され、足が埋まりながらも力を込め続けた神無月の拳が、徐々にだが押し返し始め、そして遂に、
「はあ゛あ゛ぁぁぁぁぁりゃあぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
気合いと共に力を込めた神無月の拳はドマーの拳を突き破り、彼の右腕を破壊しながら拳を振り抜いた。
「…筋肉が、私の筋肉がぁぁぁぁぁ!!!」
「……これが、自分の気持ちを押し殺しながら戦った大津の分!!」
「神無月。」
「そしてこれが、睦月のご両親とぷー助の分だぁぁぁぁ!!」
そう言いながら神無月は流れるようドマーの懐に踏み込むと、左右のボディーブローから右手で強力なアッパーカットを決める。
「…ぐ、…ほっ!?」
ゆうに三メートルは浮き上がったドマーの背に、神無月はステッカーを投げて、貼り付けた。
「……そして、これが……。」
打ち上げられた勢いが落ち、背中から落ち始めるドマー。
「お前らに大事な人を奪われた睦月と僕のぉぉぉ!」
神無月は落下地点まで移動すると、腰を深く落とし、
「怒りだぁぁぁぁぁ!!!」
背中のステッカーに向け、強力なアッパーカットを打ち込んだ。
「天昇展華(てんしょうてんげ)ぇぇぇぇぇ!!」
「ぐはぁぁぁぁ!!」
太鼓を打音を鳴り響かせながら、空高く飛んでいくドマー。
その姿を三人は静かに見つめる。
「……ふぅ、疲れた。」
「お疲れ。」
「しかし、あれだけやってまだ倒せないとか、あいつ何気に凄いな。」
「筋肉の鎧様々だろうな。
…とはいえまあ、これで終わりだろうけどな。」
ドマーを見上げながら、睦月は静かにそう言った。
「ぐぬぅ。」
神無月の技でどんどん高度が上がる中、ドマーは一人呻いていた。
左腕は動かず、右腕に至っては跡形もなく破壊され、身体中も所々激しい痛みが走っていた。
だがしかし、
「…よぉぉし、まだ生きているぞぉぉぉ。」
そう言ってドマーはニヤリと笑みを浮かべた。
痛かろうが、ぼろぼろだろうが、生きていれば問題ない、なんとでもできる。
右腕は時間が掛かるだろうが、組織の技術さえあれば新しい腕を生やすか、作らせれば良い。
ここから生き延び、傷を癒したら奴らに復讐しよう。
と、そう思っていた。
「……ぬ?」
この時までは。
「なぜあれが、あそこにある!?」
そう呟くドマーの視線の先には、睦月のステッカーがくるくる回って浮いていた。
困惑している内にステッカーとの距離が近づき、その勢いのままぶつかると、
ードンー
「ぐはぁ!?」
強い打音と共に強烈な衝撃が走り、壁当てのボールの様に跳ね返ると、加速しながら落下していく。
「がはっ。
い、いったいなにが…!?」
身体を走る痛みに悶え、困惑を深めながら落ちていくと、
ードンー
「ごはっ!?」
突然背中の方から打音と共に強烈な衝撃が走り、今度はトランポリンの様に跳ね上がって、先ほどよりも更に加速して昇っていく。
「な、なにが!?」
そう言いながら顔を横にして下を見ると、下から睦月のステッカーが自分の跡を追う様に昇ってきているのが見えた。
ードンー
「がはっ!」
そんなことをしている内に上にあったステッカーのところまで昇った身体に、再びステッカーがぶつかり、先ほどより強い衝撃を感じながら再び落ちていく。
ードンー
「…ぐっ…は。」
意識が朦朧としかける中、先ほどより短い時間で下のステッカーにぶつかり、ドマーの身体は再び昇っていく。
―ドンー
「ぐはぁ!!」
ードンー
「がはっ!!
こ、これはぁ!」
ードンー
「がゃひゃぁ!?
ま、まさかぁぁぁ!?」
だんだん間隔が短くなっていく衝撃に、ドマーの顔がみるみる歪んでいく。
―ドンー
「ぐほっ!
い、いや…、」
ードンー
「だほぉ!
し、死にた…、」
ードンー
「くあぁぁぁ!
な、ない…、」
―ドンー
「いぃぃぃぃぃ!!」
最早ステッカーとドマーの身体との隙間は、上下共に数センチほどしかなく、先ほどから打音が途切れることなく響いていた。
跳ね返る度に威力は上がっていくが、腕がまともに動かせないために攻撃を防ぐことも出来ず、まともに食らい続けてたせいで彼の顔は嘆き、苦痛、絶望等の負の感情で埋め尽くされていた。
「だ、れ゛、が、だ、の゛、む゛、う゛ぅ゛ぅ゛!
だ、ず、げ、で、ぐ、れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」
その悲痛な叫びは誰にも聞いてもらえることはなく、ドマーの身体がステッカーに完全に挟まれた瞬間、
ードォォォォォォンー
今までで一番の打音を辺りに響かせ、ドマーは炎に包まれながら身体を四散させるのだった。
ードォォォォォォンー
「……終わったみたいだな。」
「……ああ、……だな。」
轟音と共に炎が花の広がり消えていく様を、睦月達は静かにを見上げていた。
「……でも、本当に倒せて良かったな。
もし耐えられたら、ヤバかったんじゃないか?」
「それはないな。」
「なんで言い切れるんだ?」
「音撃の威力の正体が音だからさ。」
「んん?
どういうことだ?」
「音ってなんで聞こえるか知っているか?」
「え?
そんなの空気を伝わってくるんだろ?」
「もっと正確に言うなら、物体が起こした波動が空気が振動させ、その波動を聴覚を刺激する現象、だ。
つまり、音っていうのは波動であり、振動なんだ。
そして、その振動が激しく、大きくなればなるほど大きな音となり、強い衝撃となる。
雷や花火等をイメージしてもらえばわかりやすいかな?
で、その振動という衝撃が身体にぶつかった時、波となって外部だけでなく内部にも影響を与える。
太鼓を叩いているところに近寄ると、身体の中が揺れる時があるだろ?
それと同じだよ。」
「だけど、さっき僕が100発近く打ち込まれても立っていたんだぞ?
なんで今回は倒せたんだ?」
「ああ、それは前回は一方からだったからさ。
今回は両側からの攻撃だし、反射板もあったからな。
それも、返せば返すほど威力が高まるという、オマケ付きのやつな。
確かに奴は、100発は耐えられるかもしれない。
けど、さすがに何百発は無理だろうさ。」
そう言いながら睦月は、先ほどドマーが散った辺りをもう一度見上げた。
「しかし、ずいぶんとえげつない倒し方を提案したもんだな。
あれだと、なにもできなかっただろうな。」
「あいつが好きだと言った絶望に満ちた顔にしてやったんだ。
感謝してほしいぐらいだよ。」
「いやいや、見るのが好きなだけでは?」
「なら、鏡でもつけてやればよかったかな?」
そう言いながら乾いた笑いをする睦月に、怪訝な表情をする二人だったが、
「……?
…睦月、…君はなんで泣いているんだ?」
「………なんでだろうな。
せっかく、みんなの仇を討てたのに、ただただ虚しいんだ。
……切ないんだ。
……………なんで、……だろうな。」
乾いた笑いとは真逆に、睦月は両目から涙を流しながら空を見上げていた。
「……本当はわかっているからだろ?
……仇を討ったとしても、時が戻るわけではない、誰も戻ってこない。
……大事な人達とは、二度と会うことが出来ないことを。
自分のやっていることは、ただの自己満足でしかないのだと。
そして、今回自分が為したことは、自分が一番忌み嫌うことなのだと。」
大津の言葉に睦月はなにも答えず、ただ空を見上げ続けていた。
「忌み嫌うこと?」
「ああ、あいつが俺によく言っている言葉だ。
それは「そこにいかなる理由があっても、人が人を殺すことは許されないことである。ってな。」……しょうちゃん、俺のセリフを取るなよ。」
「元々は俺の言った言葉なんだから、別に良いだろ?」
そう言いながら苦笑する睦月だったが、目尻にはまだ涙が溜まっていた。
「……どんな形であれ、俺はドマーを倒すことに、殺すことに手を貸した。
例え、殺らなきゃ殺られていた状況だったとしても、それは免罪符にはならない。」
「……後悔しているのか?」
「……これは自分で決めて行動したことだからな、後悔はしてない。
しちゃいけないことなんだと思う。
とはいえ、なにも感じてないと言えば、嘘になるかな。
……それでも、あいつを倒したおかげで、自分の中で一区切りつけられた気がするんだ。
それが例え許されないことだったとしても、な。
…少し時間はかかるかもしれないけど、これで前を向ける気がするんだ。
……お前のおかげだ、神無月。
…だから、ありがとう。」
「……まあ、大したことはやったつもりはないけど、どういたしまして、って答えておこうかな?」
そう言いながらサムズアップをする神無月に、睦月も微笑みながら返した。
ドマーの倒し方については、この章を考えた時からなんとなくイメージしていたので、予定通りではあったのですが、いざ書くと、若干可哀想だったかな?っと思ったり。
ごめんな、ドマー。