約束は守らないとですね。
では、どうぞ。
無音の気合いと共に睦月は駆け出すと、一気に任された二人の人狼の内の一人の懐に入り込んだ。
「ぬぉぉ!?」
勢いよく降り下ろされた手を紙一重で避けると、おもいっきり踏み込んで、相手の横っ面に一撃をいれた。
が、
「っ!!」
巧い具合にカウンターが決まったにも関わらず、逆に睦月が顔をしかめながら離れた。
「……大丈夫か?」
「ああ、蚊に刺されたかと思ったよ。」
そう言いながら殴られた人狼は、ニヤリと笑いながら睦月を眺めた。
「あれだけの大見得を切ったから、どれだけやれるかと思えば、所詮はこの程度か。」
そう言いながら男は、殴られたところを数回撫でた後、
「……次は、……我々の番だ!!」
そう言って横にいたもう一人と共に一気に駆け出し、睦月に襲いかかってきた。
縦に、横に、袈裟に、あらゆる角度から襲ってくる一撃を、睦月は黙々と避け続ける。
「ぬぅぅ…、っ!
うおぉぉぉ!!」
攻撃が当たらず、次第に苛つき始めた男だったが、突然叫びながら腕をおもいっきり広げ、睦月に抱きつく様に飛びかかってきた。
睦月はそれをバックステップで避けるが、その次の瞬間!
「うおぉぉぉ!」
男の後ろにいた片割れが男の左側を駆け抜け、全てを薙ぎ払うかの様な勢いで左腕をおもいっきり振ってきたのだ。
当たればただでは済まない勢いのそれに対し、睦月はその場で跳ねると、迫り来る左腕に向けてドロップキックを放った。
当然勢いと力の差で睦月の蹴りは押され、弾き飛ばされてしまうが、睦月は素早く体勢を整えながら手を伸ばして地面に触れた。
僅かに勢いが殺された腕を支点にして、睦月は体を半回転しながら着地したが、完全に勢いが殺されなかったため、土煙を立てながら少し滑ることになった。
だが滑り続ける間、体勢が崩れることは一切なく、真っ直ぐ相手を睨み続けていた。
その視線の先には、先程まで戦っていた二人の他にもう一人、第十位と言われていた男が、暗く濁った目を爛々に輝かせながらこちらを睨みつけていた。
もしあの時、あの攻撃を今回の様に対処せず、しゃがんで避けたり、後ろに下がって避けていたら、今頃は十位の爪の餌食になっていた可能性が高かった。
「……ふん、運が良い奴だ。」
男達もそれがわかっていたからか、忌々しそうにそう呟いていた。
「………運、か。
ま、それがあんたらの限界か。」
「……なにが言いたい?」
「別に?
それよりも、これで終わりなのか?
来るなら、さっさとこいよ。」
「…こぉぉんのぉぉ、減らず口がぁぁぁ!」
その言葉と共に三人の人狼は睦月に飛びかかって来るが、どの攻撃も睦月は紙一重で避け続けていく。
「むぅおぉぉぉぉぉ!」
なかなか当たらぬ事に苛ついた一人が大振りの一撃を放つが、睦月はそれを数歩下がって避ける。
男達は睦月を追う様に駆け出すが、それと同時に睦月も駆け出し、その距離を一気に縮めた。
彼の予想外の行動に動揺した男達の頭は数瞬真っ白になり、そのせいで動きも僅かに鈍ってしまう。
その僅かな隙を彼は見逃さなかった。
硬直している目の前の男とその横にいた十位の間を疾風の様にすり抜け、奥にいた片割れの男に肉薄する。
すり抜ける際に男に耳に辺りに掌底を、十位の男には鼻の穴に向けてスプレーを噴射しながら駆け抜け、片割れの男の懐に入り込む。
だが、男の方もただぼーっとはしていなかった。
「おぉぉぉぉ!」
動揺から素早く立ち直った彼は、雄叫びを上げながら睦月に向かって爪を降り下ろした。
だが、睦月はそれをなんでもない様に避け、懐からなにかを取り出すと、無防備に空いた口に放り込みながら下顎に手を添え、強く踏み込んで突き上げる様に掌底を撃ち抜き、強制的に口の中の物を噛み潰させた。
口の中でそれが噛み潰されるのを手のひら越しに感じながら、素早く三人から距離をとると、
「うごぉぉぉぉぉ!?」
耳に掌底を食らった男は耳を押さえ、
「がはぁぁぁぁぁ!?」
鼻にスプレーを噴射された男は、鼻元を押さえながら息を吐き、
「げぇぇぇぇぇぇ!?」
顎に掌底を喰らった男は必死になにかを吐こうとして、三者三様の悶え方をしながらのたうち回っていた。
「き、貴様ぁぁぁぁ!
我々になにをしたぁぁぁぁ!?」
「ん?
なにって、お前には鼓膜破りを、鼻を押さえている奴にはアンモニアを吹き掛け、今吐いている奴には玉ねぎ半玉を噛み潰させただけだが?」
「なあ!?」
それがなにか?と言わんばかりに眉をしかめる睦月に、男は完全に絶句してしまう。
「ふ、ふざけるなぁぁ!!
なんてことしやがるんだぁぁぁ!!」
「なんてこと?
どういうことだ?」
「こんな時にふざけるな!!
嗅覚や耳の良い我々に、強烈な刺激臭を嗅がせたり、我々にとって毒にも等しい玉ねぎを食べさせるなど、どれだけ酷いことをしているのかわかっているのか、貴様はぁぁぁぁ!!」
「わかっているさ、だからやったんだろ?」
「な、な?なぁ!?」
「相手の武器となるところを、相手の弱点を狙うのは普通のことだろ?
そもそも、狼男と戦うことになるかもしれないんだぞ?
それなりに用意はしておくさ。」
「……なるほど。
そしてこの結果というわけか、卑怯者め。」
「卑怯者?」
「ああ、そうとも。
己の力のみで戦わず、道具や小細工を用いて正々堂々と戦う者を陥れる。
それが卑怯者でなくて、いったいなんだという!!
これだ「なあ、」下等な生物は嫌「なあ。」るの「なあ!」…なんだ?」
「やれやれ、やっと聞いたか。」
「……人の話の途中に話しかけるな。
お里が知れるぞ。」
「そりゃ失礼。
だけど、あそこまでツッコミ所が満載なら、口も挟みたくはなるよ。」
呆れ顔でそう言う睦月は、手に持っていたスプレーをくるくると手遊びをしながら、ため息を一つ吐いた。
「ツッコミ所だと?」
「ああ。
まずあんた、俺達が今なにをしているのか、わかっているのか?」
自分の言葉に眉をしかめる男を見て、ため息を一つ吐きながら言葉を続けた。
「この戦いは、どこかの公式戦か?
順夜祭ってやつか?
それとも、エキジビションマッチってやつか?
どれも違うだろ?
俺達が今やっているのは、命を賭けあった喧嘩だ。
命のやり取りに浄も不浄もあるかよ。
それにあんた、正々堂々とか言っていたけど、あんたの言う正々堂々ってなんだ?
明らかに筋力に差がある者同士が、素手で戦うことか?
明らかに体格の違う者同士が小細工を使わず、フェアプレイで戦うことか?
もし本気でそう思って言ってんなら、お門違いにも程があるし、ふざけるなとしか言いようがない。
あんたら人狼は俺達普通の人間に比べ、肉体的には遥かに優れているんだぞ?
そんな相手に、あんたの言う様な戦い方したら、命が百個あったって足んねえよ。
それに残念ながら俺は、力がそんなに強くない方でな、そういう戦い方はできんのさ。
だからこそ、日頃磨いた技術を、溜め込んだ知識を使って戦うのさ。
この二つこそが俺の武器、それをあんたにとやかく言われる筋合いはねえよ。
そもそも、本気で正々堂々云々言うなら、まずあんたが人間の姿で戦うか、せめて一対一で戦えよ。
あれもしない、これもしない、でも言いたいことは言う。
あんた、どこぞの政治家か?」
そう言いながら呆れ顔の睦月は、盛大にため息を一つ吐いた。
「ぬぅ~、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさい!!
下等生物の分際で、人の挙げ足ばかりとりやがって!
お前ら下等生物は、俺達の言うことを聞いていれば良いんだよ!!」
「……ごめん、それ聞き飽きた。
もうちょっと違う言い回しはないのか?
……ああ、そうか、ボキャブラリーがないから、それが精一杯なんだな。
ごめん、ごめん。
それは悪いことをしたね。」
「………ろす、殺す、殺してやる!
八つ裂きのバラバラにして殺してやるぅぅぅぅぅぅ!!」
嘲る様に言う睦月に対し、男は今までの鬱憤を爆発させる様に叫んだ。
よく見ると、周りで悶えていた二人もゆっくりと立ち上がりながら、こちらを凄い形相で睨み付けていた。
「おー、おー、怖い怖い。
怖いし、相手するのも疲れてきたし、そろそろ決めますか!」
そう言いながら睦月が駆け出すと、三人も順々に駆け出した。
一気に互いの距離が縮まり、男の間合いに入ったその時だった。
突如睦月がスライディング土下座の要領で体を丸めながら、勢いよく男の足元へ滑り込んだのだ。
「ぬおぉぉぉぉ!?」
「だあぁぁぁぁ!?」
それに気づいた男は僅かに速度を緩めたが、直ぐ後ろを走っていた片割れが反応出来ずにぶつかり、押し出す様に前へ押してしまう。
そこへ勢いよく滑ってきた睦月が足にぶつかり、バランスを崩した二人は絡み合う様にして転がっていく。
一方、二人とは少し離れた場所に居たため、巻き込まれずに済んだ十位の男は、しゃがんでいる睦月を見て好機と思い、一気に詰め寄りながら左爪を振り下ろした。
それに対して睦月は特に慌てることもなく、爪を避けながら流れる様に懐に入り込むと、生助の時と同じ様な要領で絡み合っている二人に向けて投げ飛ばした。
「ぬわぁぁぁぁ!?」
『うぎゃぁぁぁぁぁ!?』
勢いよくぶつかった三人は、なお一層絡み合いながら端の方まで転がっていく。
『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!』
これは不味い、と各人手を伸ばし、爪を引っかけたりしてなんとか減速させようと奮闘し、なんとか端ギリギリで止まることができた。
止まったのを確認した三人が安堵のため息を吐いた、その瞬間!
ーど―ーーん!ー
という音と共に、激しく床が揺れていく。
何事かと三人がそっちを向くと、足を降り下ろした睦月が立っていた。
「………流、地振派。」
彼がそう言った瞬間、
―ピシッー
という音と共に亀裂が走り、それが三人の方へ向かって走りだした。
慌てて動こうとするが、絡まり合った体を上手く動かせずにわたわたとしか出来ず、そして、
―がらがらー
『うわあぁぁぁぁぁぁ!!!』
三人は悲鳴を上げながら、瓦礫と共に下へと落ちて行った。
「……ふう、やれやれ、ざっとこんなもんか。」
そう言いながらズボンに付いた土埃をパンパンと払った。
「どうやらあの三下達には、俺の相手は荷が重すぎた様だな。
…さて、神無月達は大丈夫かな?」
そう言って睦月はその場から背を向けるのだった。
次回8/16を予定しています。