すみません。
「ワオォォォォォォォォォォォォォォ…」
突然遠吠えを始めた梅沢。
力強い遠吠えは途切れることなく続き、その場の空気を、地面を揺らし続けていた。
たが、彼がしていたのはそれだけではなかった。
遠吠えの途中途中で、ガコッ、ガギッといった異音も同時に響いていた。
そしてその音がなる度に、それに呼応するように彼の身体が揺れ動き、筋肉が激しく脈動をしていた。
「な、なんの音だ!?
いったいあいつに、なにが起きているんだ!?」
「……おそらくだけど、あいつの身体の関節が組変わっている音だと思う。」
「…………はぁ!?」
「言いたい気持ちはわかる。
言っている俺自身が信じられない。
だが、音と状況から鑑みると、それしか考えられないんだ。
おそらく、あいつの言う本気を出す為に最適な形に変わっているんだろう。」
「じゃ、じゃあ、あれもそうなのか?」
そう言って神無月が指差す先、未だに異音を鳴らす梅沢に、別の変化が出始めていた。
異音が鳴る度に、爪や毛、牙がにょきにょきうねうねと伸びてきたのだ。
「………ソ、ソウナンジャネエカ?」
「………ずいぶんと適当な返答だな。」
「しょうがねえだろ!
あんな反応に困るもん、どうしろってんだよ!
あの状況だって、憶測でしか説明出来んわ!!」
「むしろあれを説明できるのか!?
そっちの方が凄くないか!?」
「え?
い、いや、あれに関しては間近にわかりやすい例があったから、直ぐに思いついたけど?」
「間近にわかりやすい例??
そんなのあったか?」
「ああ、目の前に。」
「目の前、って俺!?」
「ああ、そうだ。
あくまでも憶測ではあるけど、あれはお前の今のフォームと同じことが起きているんだ。」
「これと同じこと?」
そう言い首を傾げる神無月に頷きながら、睦月は話を続けた。
「もっとわかりやすく言うと、奴は自身が望む姿へ凄まじい速度で進化、変化しているんだ。
もっとも、お前みたいに多様な変化ではなく、決まった形への変化ではあると思うけどな。」
「………あり得んのか?
それ?」
「……言っておいてなんだが、俺自身あり得んと思いたい。
なんせ、奴さんがやっていることは、色々な意味で無茶苦茶なことだからな。」
「無茶苦茶なこと?」
「ああ、本来進化や変化って物は、長い時間をかけて行われるものだ。
いや、正確にはかけなきゃならないんだ。」
「ん?どういうことだ?」
「新しい物を作る時は昔あったものを壊さなきゃならない。
つまり、変化や進化の基本はクラッシュ&ビルドなんだ。
分かりやすいのは筋肉かな?
あれも負荷をかけて一度筋肉を破壊した後、超回復で筋肉をより強くするだろ?
それと同じだ。
ちなみに、毛と爪が凄い勢いで伸びているのは、身体を作り替えるために新陳代謝を高めているからだと思う。」
「なるほど。
でも、なんで時間をかけないと駄目なんだ?」
「身体にかかる負荷が強すぎるからだ。
ほら、筋肉だって、治るまでは筋肉痛がひどいだろ?
あれの何倍も負荷がかかっていると思えば良い、」
「ああ、なるほど。
………ん?でも、俺に負荷がかかった感じはしないぞ?」
「お前の場合は着ているやつが強化されるからだと思う。
だけど、あいつは違う。
あいつが変化しているのはあいつ自身の身体だ。
だからあいつは今、強烈な痛みの中で変化していることになる。」
「……それは本当なのか?、」
「俺はあいつじゃないから、はっきりと断言は出来ないけど、多分外れていないと思う。」
「……痛そうだな。」
「痛いって次元じゃないだろうな、きっと。」
痛みを想像した二人は、顔を歪めながら腕を擦った。
「だけどそれは同時に、そこまでしなければしょうちゃんに勝てないと、あいつが認めたということでもある。」
「……それって、なんかプラス要素はあるのか?」
「…………気持ちの面だけだな。
むしろ油断しなくなった分、マイナス要素の方が多い。」
「………駄目じゃないか、それ?」
「まあな。
あとは、しょうちゃん次第だ。」
そう言いながら手に力を入れる睦月の視線の先で、遠吠えを終えた梅沢が、ゆっくりと大津の方を向いた。
「……ふぅ、待たせたな。」
「いや、そうでもないよ。」
深いため息を吐きながらこちらを向く梅沢に対し、大津はなんでもない様に緩やかに首を横に振った。
「………それがあんたが本気になった時の姿なのか?」
「正確には、狼化の更に一歩先の姿、だ。
俺達はこの姿を、真狼(しんろう)と呼んでいる。」
「……真狼。」
大津はそう呟きながら、梅沢の変化した姿を改めて見た。
もともと大きくがっちり付いていた胸や腕の筋肉がビルドアップされ、一回り大きくなっていた。
また、上体の筋肉量の増えたことによる重量の増加と下半身の関節を組み換えもあっためか、やや前傾姿勢になっているが、それを支える下半身の筋肉も肥大化し、どっしりと安定していた。
全身の毛、特に背中側の毛が長々と伸びていたかが、何故か腕の下側の毛はフリンジの様になっていて、腕から垂れ下がっていた。
伸びた爪や牙はより鋭利に尖り、あらゆる物を引き裂くものへと強化されている。
もともと強力だった力はより凶暴に。
強固だった肉の鎧はより堅牢に。
強烈なバネはより強靭に。
強いところがより剛く(つよく)なって、穴が見る限りではまるっきり見当たらない状況に、大津は苦笑を浮かべるしかなかった。
「……なぜ攻撃をしなかった?」
「……ん?」
「なぜあの時、遠吠えの最中に攻撃をしなかった?
お前ならば、あんなに隙だらけの俺を攻撃するのは容易かったはずだ。
なのに、なぜ?」
「………理由は二つ。
攻撃したところで、あまりダメージは与えられなかっただろうし、反撃を受ける可能性もあったからな。
だからやらなかったのが、一つ。」
「…もう一つは?」
「…………あんたの本気が見たかったんだ。」
「……なに?」
「我ながら、なにを考えているのか?と思うけどね。
……でも、なぜか見たいと思った。
本気のあんたと戦いたい。と、心底そう思った。
それがもう一つの理由だ!」
そう言いながら構える大津を、梅沢はなにも言わずにしばらく見ていたが、唐突にフッと笑みを浮かべた。
「………なにも聞いてないはずなのに、……なのに知らないはずなのに、……それを言うとはな。
………お前は本当に、あの人の子なんだな。」
そう呟き構える梅沢に対し、大津の頭には?が大量に浮かんでいた。
「………なにを言ってんだ?
あんたは?」
「フッ、気にする必要はない。
ただの独り言だ。」
「………随分とデカイ独り言だな?」
「ああ、その通りだな。
すまない。」
互いに軽口を言いあっているが、二人の間の緊張感は徐々に膨れ上がっていた。
「……全力で行きます!」
「こい!」
そう言葉を合図に二人は同時に駆け出し、戦いが幕を上げた。