大津と梅沢の決着編です。
「あの馬鹿、周りにもっと注意を払えよな。
……いや、今のは梅沢の方が良く反応した、というべきか。」
大津の膝を頭に受けながらも、彼の左背に両膝を叩き込む梅沢を見ながら、睦月は口惜しそうに見つめていた。
「……なあ、睦月?」
「ん?なんだ?」
「今なにが起きたんだ?
さっき言っていたミスって、いったいなんなんだ?」
「……あとで解説はきちんとしてやる。
だから取り敢えず、今はあの二人に集中した方が良い。
多分、次の攻防で決着がつくぞ。
……いや、決着をつけないと不味い、が正しいか。」
「……どういうことだ?」
「二人共、そこそこダメージを受けている上、体力的にもそろそろ限界に近いはずだ。
荒い呼吸を繰り返しているのが、何よりの証拠。
更に、互いに血をけっこう流しているしな。
特にしょうちゃんの流した量は、そろそろ危険な域に達しているはずだから、ちょっとヤバいかもしれないな。」
「なら、やっぱり大津が不利なのか?」
「まあな、だが一方的ってわけでもない。
梅沢はたしかに血はそこまで流していないけど、時々動きが鈍くなる時がある。
恐らくどこかを痛めているか、あるいは折れているな。」
「そうなのか?」
「ああ、多分しょうちゃんが組伏せられていたところから抜け出した時と、今さっきの攻防でな。
少なくとも、先ほどの掌底であばらが何本かイッているのは間違いないだろう。
そんなわけで、互いに限界な状態だから、次の攻防で全てを出しきってくるはずだ。」
「……えっと、それで結局どっちが優位なんだ?」
「だから、梅沢だって言ってんだろ?
そもそも、地力はあいつの方が上なんだ。
良いとこ五分五分ってところだな。」
「…そんな。」
「とはいえ、勝ち筋が無くなたわけではないから、攻め方さえ間違えなければ、まだ勝機はある。」
「……なあ、本当に勝機はあるんだよな?
僕には勝ち筋ってやつが見えないから、不安でしょうがないんだが。」
「ん?
ああ、安心しろ、勝ち筋自体は俺にも見えてないから。」
「……おい、ちょっと待て。
今なんて言った?」
「ん?
なんてって、勝ち筋自体は俺にも見えない。か?」
「ああ、それだ!
どういうことだ!
勝ち筋は見えてんじゃなかったのかよ!?」
「ああ、それな、あくまでも俺ならそうする、ってだけで、あいつができるかまではわからん。」
「……おい、勝機も勝算もあるんじゃなかったのかよ!?
あれは嘘だったのか!?」
「そんなわけあるかよ。
勝機も勝算なかったらやらせんし、なにより命を賭けるかよ。」
「……た、たしかに。」
「勝機も勝算も感じたから、やらせてんだ。
命をかけるに値することだと思ったから、俺の命を全賭してんだ!
伊達や酔狂で賭けたとでも思ってんのか!?」
「そうだと感じたんだが、違ったのか?
そもそも、相手の戦力を把握していないのに、戦わせること自体が相当無謀な賭だと思うんだが?」
「………ま、まあ、一応しょうちゃんの戦力は把握していたからな、いけると思ったんだ。
ほら、孔子もこう言っている。
【彼を知らず、己を知れば一勝一負】と。」
「だが、それでも半分の確率で負けるんだよな?
下手したら詰んでいたんだぞ?
勝負を賭けるには、ちょっとキツい数字じゃないか?」
「……ほ、ほら、俺、直感を信じる方だからさ、行ける!ってびびって感じ「根拠のない自信ほど、怖いものはないぞ?」……あ!
ほ、ほら、あいつらが動きだしたぞ!
目を離すなよ?」
そう言いながら目を逸らす睦月に、神無月はジト目を向けるが、やがてため息を一つ吐いて目を前に向ける。
「……さっきの言葉、信じて良いんだな?」
「ん?どれのことだ?」
「勝機も勝算もあるって言葉だよ。」
「ああ、それに関しては大丈夫。
さっき自分でも確認し、今の二人の攻防を見て確信できたから、間違いないよ。」
「……どれのことだ?」
「内緒だ。
……あとはあいつがそれに気付き、実行できるか、否か、だな。」
睦月がそう言った瞬間に腰を低くし始めた二人を、睦月達は祈る様な気持ちで見つめていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」
荒い呼吸を繰り返しつつ、俺は同じように荒い呼吸を繰り返す梅沢を睨み続けながら、自分の身体の状態を確認していた。
不幸中の幸いにと言うべきか、痛みや深い傷はあるものの骨は折れた様子はなく、動くことには支障はない様だった。
だが、激しく動いた分、血が大分抜けてしまったせいか、若干頭がぼーっし始めてきた。
…えーっと、血ってどのくらい抜けたら不味いんだっけか?
……もう数分も動けないな。
この戦いの終わりが近いことを感じ、何故か一抹の寂しさを覚えながら、そんなことを考えていた俺だが、梅沢が涙を流していることに気がつき、ギョッとした。
「……あんた、なんで泣いてんだ?」
「……久しぶりに楽しかったからな。
それが終わるかと思ったら、つい、な。」
そう言って梅沢は流した涙を指で払い、僅かに微笑みを浮かべた。
「……俺が今まで本気を出した人数を覚えているか?」
「ああ、たしか四人だったけか?」
「ああ、その通りだ。
だが、実は自分で言っておいてなんだが、その表現は正しくはない。
正しくは、私が本気をだしても大丈夫だった人数、だ。」
「……どういうことだ?」
怪訝な顔をする俺に、梅沢は微笑みに悲しげな感情が混じらせながら言葉を続ける。
「……俺はな、昔から強かったんだ。
それこそ、本気で戦えば相手を必要以上に傷つけ、時には殺してしまうほどにな。
だから、本気で戦えなかった。
真狼の力が目覚めてからは、尚のこと、な。
だからこそ、こうやって本気で戦えることが、なによりも嬉しいのだ。
……だからこそ、終わってしまうことが、なにより悲しいのだ。
……わからないだろうな、この気持ちは。
……誰にも、……な。」
そう言って悲しげに顔を俯かせる梅沢を見ながら、俺はため息を一つ吐いて呟いた。
「………気色悪。」
「……なに?」
「だから、気色悪いって言ってんだよ。
あんた、悲劇のヒーローにでもなったつもりかよ?
あんたの気持ちなんて、知りたくもないし、知ろうとも思わない。
大の大人の男が、そんなことでメソメソしてんじゃねえ!
もっとしゃんとしやがれ!
このスットコドッコイ!」
「………………ぷふ、……ふ、…ふふ、ふはははははは!」
まくし立てる様に吼える俺に対し、梅沢は呆気にとられた顔をしながら数秒間瞬いていたと思ったら突然笑いだし、逆にこちらが呆気にとられてしまった。
「………おい、なにがそんなにツボにハマッたんだ、こら。」
「くくく、い、いや、すまん。
……つい、…懐かしくてな。」
「……懐かしい?」
「昔、似たこと言われただけだ。
ただそれだけのことだ、気にするな。」
「……際ですか。
…しかし、もうすぐ負けるというのに随分と余裕なんだな。」
「ふ、ここに来て、そんな強がりを言えるとはな。
その心胆は本当に評価ものだな。」
「………じゃねえよ。」
「……なに?」
「強がりなんかじゃねえ。
次の攻防で俺が勝つ、って言ってんだよ。」
「……本気で勝てると思っているのか?」
「当然。
これでも勝ち目のない勝負はしない主義でね。
あんたの穴を見つけたからな、もう負ける気はしねえ。」
「……ほう、……この俺に穴、か。
なかなか面白いことを言うじゃないか。
そこまで言うからには、よほど勝算があると見える。」
「でなければ、軽々にそんなこと言わないさ。」
「…なるほど、な。」
そう言いながら俺達は睨み合いながら、徐々に腰を落としていく。
「……ちなみに、あいつの言う、勝ち筋とやらは見えたのか?」
「ん~、どうだろうな?
見えた気がしなくもないけど、それはあくまでも俺視点だからな。
あいつの考えとは違うかもしれないな。
……だけど。」
「だけど?」
「……なんとなく、ほとんど一緒の様な気がする。」
「………そうか。」
そう言いながら梅沢は柔らかな、そしてどこか羨ましそうな表情で微笑みを浮かべる。
「……さあ、決着をつけようか?」
「……はい。」
そう言い合いながら俺達はやや前傾姿勢になりつつ、足に力を込めていく。
西部劇の決闘のシーンの様に、静かにだが、徐々に緊張感が高まっていくのを感じながら、細く長い息づかいを繰り返す。
俺達の緊張感に呑まれたのか、周りは誰一人身動き一つせず、息も殺して、俺達の様子を見守っていた。
そして、緊張感が最大になったその瞬間、強く地を蹴る音を二つ鳴らしながら、俺達は一気に肉薄した。
俺と梅沢の最後の攻防が始まったのだ。
梅沢の縦横無尽に繰り出される爪を掻い潜り、懐に入り込んだ大津は強く踏み込んで左腹にボディーブローを打ち込んだ。
しかし、梅沢はそれを少し下がって避けると、戻る反動を使って膝蹴りを大津の鳩尾に向けて放つ。
しかし、大津はその膝を左手で受け止め、横に払いながら自分の身体を回転させると、梅沢の顔に向けて後ろ回し蹴りを放つが、彼はそれを僅かに身を屈めて避けた。
ちなみに、二人が今放っている一撃の威力は、人に当たれば骨が一撃で粉砕され、頑丈である彼ら人狼族でさえも骨折、あるいはヒビが入るほどのものであり、避ける度に空気と肌がヒリついていくのを二人は感じ、自然と嗜虐的な笑みを浮かべていた。
一歩間違えば終わるこの危険な戦いを、二人は心の底から楽しんでいた。
願わくば、一秒でも長くこの時間が続けば良い。
鮮血を撒き散らしながら、図らずも同じ事を願う二人だったが、その願いは直ぐに潰えてしまうことになる。
ーズルッー
『!?』
恐らく、辺りに散らばった血で滑ったのだろう。
大津が足をおろした瞬間、身体の外側へ足が滑り、動きを止めてしまった。
その大き過ぎる隙を梅沢が見過ごすはずもなく、放たれる抜き手。
これで終いか。
声に出ない、出す暇すらなかった言葉が、憂いの気持ちと共に梅沢の頭に浮かぶ。
だから、
いえ、まだです!
大津の声がその言葉と共に聞こえた気がして、力強い意志が込もった大津の瞳がそれを肯定している気がして、梅沢は数瞬動揺してしまう。
その隙というには僅か過ぎるその間に、大津は握りしめた一撃を放つ。
その拳は梅沢の抜き手と正面からぶつかり、梅沢の指を破壊しながら、その手を大きく後ろへ弾き飛ばす。
梅沢は驚きで硬直しそうになるが、身体と心を無理矢理動かして左爪で襲いかかった。
それに対し大津は、左の抜き手を梅沢の手のひらに叩きこむ。
真っ直ぐぶつけた為、梅沢の手のひらを大津の指が貫通し、痛みに梅沢の顔が歪み、身体が硬直してしまったが、大津の動きはそれで止まらなかった。
「……チョキにはグーを、パーにはチョキを。」
静かにそう呟きながら右手を梅沢の顎に添え、右肘に未だに貫いたままの左腕を添えると、思い切り踏み込みながら左腕を上げる。
すると、右肘は関節の可動に従い、踏み込みと相まって凄まじい勢いで真っ直ぐ伸び、梅沢の顎も勢い良く跳ね上げた。
「ぐおぉ!?」
「……面より線で、線よりも……。」
目を白黒させながらふらつき、たたらを踏みながら数歩下がる梅沢に、大津は右腕を素早く後ろに引き、思い切り踏み込んで、
「点!!」
そう力強く言いながら右ストレートを梅沢の胸に打ち込んだ。
「ぐはっ。」
胸を拳大に陥没させるその威力に、さしもの梅沢も顔を歪ませながら後ろへ吹き飛び、片膝を着いた。
「………これで終いですか?」
身構えながら梅沢に問う大津。
「…な、舐めるなぁぁぁ!!」
それに対し、梅沢はそう叫びながら立ち上がって駆け出し、左の拳を突進の勢いを乗せて大津に放つ。
どうだ!これが第二位の力だ!
という思いと共に放たれたその一撃は、手負いであるにも関わらず、否、手負いであるからこそ力を増したそれは、今までの中で一番の速度と威力をもって大津に迫る。
ええ、流石です。
柔らかい微笑みと共に伝わる大津の想い。
だが、
「……けれど、これで終いです!」
次の瞬間に再び力強い意志が込もった表情に変わると、左足で踏み込んで左の拳底を真っ正面からぶつける。
だが、今までの中で一番の勢いの一撃に勝てるわけもなく、ぶつかった瞬間から競り負け、押し返されてしまった。
勝った。
梅沢は押し勝った瞬間、心の中でそう感じていた。
だが、その次の瞬間に、大津が自らの懐に入り込んでいると気づいたその瞬間に、それは間違いだったと気づいてしまう。
大津は掌底を放ち、それが梅沢の拳にぶつかったその瞬間、素早く右足を左足の前の方に踏み出し、ぶつけた左手で梅沢の右手を掴んだままその腕を巻き込む様にしながら身体を反転させると、睦月が大津やその他の人狼を投げ飛ばしたのと同じ要領で、梅沢を自分ごと叩きつける様に一本背負いを決めた。
「ぐはぁぁぁ!!」
自分自身の勢いと大津の力を足した速度で叩きつけられた上、大津に勢いよくのし掛かれ、さしもの梅沢も地に伏し、動けなくなってしまった。
それに対し大津は、ゆっくりとだがゴロンっと寝返りをうち、ふらつき、荒い息を吐きながらもしっかり立ち上がった。
「……たった一人で、俺を倒すとはな。
……見事だ。っというべきなのだろうな、この場合は。」
寝そべり、大津を見上げながら梅沢は、そう言ってため息を一つ吐いた。
「……一人じゃねえさ。」
「……なに?」
「……俺があんたとまともに戦うことができたのは、あいつと、好子と共に過ごしてきた数年間の中で、あいつが俺に教えてくれた色んな技術や、事柄のおかげだ。
そして、あいつの言葉があったからこそ、俺はあんたに立ち向かえた。
あいつと積み重ねてきた時があったからこそ、あんたに勝てた。
だから、今日の勝利は俺一人の力じゃねえ。
あんた達が馬鹿にした俺とあいつ、二人の勝利だ。」
力強く言い切った大津を、梅沢は少しの間無言で眺めてたかと思うと、
「………ああ、…きっとその通りなんだろうな。」
そう言いながら、ふっと柔らかく、どこか安堵した様な笑みを浮かべた。
それに対して大津もふっと笑みを浮かべると、睦月達の方へ行くために踵を返した。
「……待て。」
「ん?」
「トドメを刺さなくていいのか?
でないと、恐らく後悔することになるぞ?」
「……どういうことだ?」
「忘れたか?
これは順夜祭ではない。
ただの殺し合いだ。
俺達はこれから先、幾度となくお前や、お前の友を襲うだろう。
それを考えたら、ここで一人消しておくべきではないか?
ついでに言っておくが、俺は一度負けた程度では引き下がらんぞ?
何度でもお前達を殺しに現れるからな。
もし面倒なら、今トドメを刺しておいた方が身のためだぞ?」
「…………なるほど、たしかにあんたが言っていることは一理あるし、実際その通りなんだろうな。
だが、断る。」
「……なんでだ?」
「別に俺、殺し合いなんてやっていた覚えなんてないし、やりたいとも思わない。
なおかつ、俺はあんた達が嫌いだ。
だから、あんたの言う通りには絶対にやらない。」
「……なんだ、その子供みたいな返しは?」
「まあ、実際問題まだまだ子供だけどね。」
苦い表情を浮かべる梅沢に、大津はそう言ってペロッと舌を出した。
「……それになによりかにより、あいつは.こうちゃんはそういうのは好かないんでな。
俺もそういうことは、極力避けたいんだよ。」
「…またあいつか。
そんなにあいつが大事か?」
「ああ、大事だ。
でなけりゃ命なんか賭けねえよ。
あいつがいたから、俺は前を向いていられた。
あいつがいたからこそ、俺は俺になれたんだ。
あいつのためになら、命を賭けるのも惜しくねえんだよ。」
「………そうか、……そんなやつがいるとはな。
羨ましい限りだな。」
「そいつはどうも。
まあ、こっちだって殺られるつもりはサラサラないけどね。
誰が来たって、それこそあんたが来たって、全員返り討ちにしてやるよ。
そっちの方があんたにとっても良いだろ?」
「……どういうことだ?」
「だって、俺があんたに勝ち続けていれば、あんたは何度だって本気を出して戦えるってことだろ?
ようやくあんたの望みの相手が、本気だせる相手が見つかったんだろ?
やりあわなきゃ損じゃねえ?」
「………それ、普通お前が言う台詞ではないと思うぞ?
というか、お前は俺に勝ち続けられると思っているのか!?」
「まあ、俺一人じゃ無理だな。
……だけど、あいつとならきっと大丈夫だ。って、なぜか言える。」
胸を張りながら答える大津を、梅沢は黙って数秒見つめ、盛大なため息を一つ吐いた。
「………本当にお前らは、変わった奴らだな。」
「ん?そうかな?
……ま、いいや。
そんなわけだから、俺はトドメを刺さない。
……文句があるなら、次やって勝った時に言ってくれ。」
「…………。」
「じゃ、そういうことで。」
本日何度目かの呆気にとられた顔の梅沢を尻目に、大津は再び踵を返して睦月達の元へ歩いていく。
「…しょうちゃん!」
「…!こうちゃん!」
自分の名前を呼び、ニヤリと笑みを浮かべながら右手を挙げる睦月に、大津は嬉しそうに駆け寄り右手でハイタッチをする。
「………たく、去り際の言葉までそっくりとはな。
………本当に、……困ったもんだ。」
パーンと音が響く中、梅沢が静かに呟いた言葉は、誰の耳に届くことなく静かに消えた。
「っっっっっっっっ、……てんめぇは、加減ってもんをしやがれぇぇ!!」
「うん、ごめん。」
次回は1/1の予定です。