「あ゛~、痛かった~。」
「だから、悪かったって言ってんだろうが。」
未だに赤く染まった右手をプラプラと振る俺を、生介は苦い表情で見ていた。
「……謝りゃ良いってもんじゃねえだろ。」
「うっ、…そりゃそうだけど…。」
「まあまあ睦月、落ち着けって。」
そう言いながら神無月が、まだまだ言い足りなさそうな俺と生介の間に入り、俺をなだめようとする。
「そうは言うけどさ~。」
「だから、もう言うなって。
無事に戻って来たんだから、それで良いじゃないか。
こっちは正直、気が気じゃなかったんだからな。」
「そこまで心配してくれていたんだな。
すまん、ありがとうな。」
「いやいや、あんなこと聞けば、誰だって不安になるさ。」
「あんなこと?」
「ああ、睦月がさっき『勝ち筋自体は俺も見えていない。』って言っていたんだ。
そんなことを聞けば、誰だって「ちょっと待て。」……ん?」
顔を歪ませながら手をピシッと前に伸ばし、神無月の言葉を止めた生介は、俺の方をジロッと睨んできた。
「おいこら、そりゃどういうことだ。」
「どういうこともなにも、そういうことだ。
ただ、一つ間違いを訂正させてもらうが、俺が見えていなかったのは、あくまでもお前の勝ち筋であり、俺自身の勝ち筋は見えていたぞ?」
「……で?」
「だから、俺は別に間違ったことは言っていない。
ただ、言葉が少々足りなかっただけだ。」
「…っ、ざっけんじゃねえぞ!てめえ!
なんだその言い訳は!」
「別に言い訳なんてしてないぞ?
ただ開き直っているだけだ。」
「なお質が悪いわ!」
しれっと言う俺に、生介は肩を怒らせながら言葉を続ける。
「そんな中途半端な状態で命を懸けさせんな!!」
「命を懸けさせろよ!
友達だろ。って言ってたじゃん。」
「ああ、言ったよ!
言いましたよ!!
だけど、これはあまりにも無謀だろうが!!
俺は命を捨てさせろとは言っていねえよ!」
「馬鹿を言うな。
勝率もそこそこだったからやらせたんであって、けして無謀じゃねえよ。」
「へ~、そうだったのか。
ちなみに、勝率はどのくらいだったんだ?」
「低くて一割、最大でも三割。」
『それのどこが高いんだよ!!』
声を揃えてツッコミを入れる二人に、俺は両の手のひらを上に向けながら肩をすくめた。
「しょうがないだろ?
その時の俺は、お前の人狼時のスペックを完全に把握しているわけじゃなかったんだから。
どうしてもそんな曖昧で低い数字になるさ。」
「そういう問題じゃ…。」
渋い表情しながら生介が言葉を続け様とした、その時。
ーヒュンー
という風切り音と共に、なにかが俺達に向かって飛んできた。
だが、それに対して俺達はそれぞれの回避行動(俺は僅かに、生介は体一つ分横に移動し、神無月はしゃがみこんだ。)をし、それをかわした後、飛んできた方へと目を向けた。
「随分と楽しそうだね。
私も混ぜてくれないかな?」
そう言って天慢寺は微笑みながら訪ねてくるが、例のごとく目は一切笑っていなかった。
……しかし、まずったな。
あいつらの相手をしてたせいで、彼女の存在をすっかり忘れていたぞ。
そのことを悟られない様にしなければ。
「………ふ~ん、私のこと、すっかり忘れていたんだ。
部隊長相手に、随分と余裕のあるんだね。」
な!?
なぜ考えていることがわかっ……、はっ!
サトリか!
彼女はサトリだったのか!?
彼女の正体に思い至り、戦慄を覚える俺だったが、
「いや、こうちゃん。
モロ顔に出てたぞ?」
「……え?」
「残念ながら本当だ。
僕が見ていても気づけるぐらいだったぞ?」
「………マ、マジか?」
「ああ。
今まで黙っていたけど、普段のお前は考えていることが、割りと顔に出やすいんだぞ?」
「……知らなかったのか?」
「し、知らなかった。」
いや、昔から隠し事はよくバレていたけど、まさかそんなわけがあったとは思わなかった。
「……というか、なんで誰も教えてあげなかったんだ?」
「……こうちゃんって、たまに洒落にならないイタズラとか仕掛けることがあってな。
大抵そんな時は悪い笑みを浮かべているんだよ。
だから、いち早く察知するために、あえて言わなかった。」
「……彼のご両親が言わなかったのも?」
「……まあ、多分似たような理由だろうな。」
「ガーン!」
お、俺って、そんなに信用されてなかったのか?
割りと地味にショックがでけえぞ、それ。
次々と語られる(自分にとって)衝撃な真実に、俺はそんなことを考えながら地に四つんばに伏した。
だが、次の瞬間には横へ跳ね飛び、その数瞬後に刺さったなにかをかわすと、連続で俺に向かって飛んでくるそれを転がってかわし続ける。
「……やれやれ、落ち込む暇すらくれませんかね。」
「はぁ?
なんで孔月がそんなことしないといけないの?
隙を見せる方が悪いんでしょ?
責任転換しないでよね!」
投擲が終わり、素早く片膝立ちになりながら軽い感じで軽口を俺に対し、彼女は心外という表情をしながら、孔雀の羽根を数本持ちながら俺を指さしてくる。
……まあ、実際その通りだから返す言葉はないんだけど、……ないんだけどさ、
「……キャラ、変わってね?」
「え?あ!
ん、ん~ん、……隙を見せた貴方が悪いんでしょ?
私に責任転換しないでもらえる?」
孔雀の羽根を扇子の様に持ちながら口元を隠して慌てて言い直す彼女に対し、俺は目線だけ神無月に移すと、彼が呆れているのが雰囲気から伝わってきた。
……なるほど、さっきのが素か。
まあなんにしても、話題を変えるチャンスは今しかないな。
そんなことを刹那の間に考えた俺は、ゆっくりと立ち上がり、手の平を上に向けて肩をすくめる。
「そう言うなよ。
こちらはそちらの面倒になりそうな案件を、どうにかしたんだ。
感謝されても良いぐらいだぞ?」
「面倒になりそうな案件?
なんのこと?」
不思議そうな表情をしながら聞き返す彼女を、俺は目を細めて見つめ返す。
……冗談やとぼけで言っている様には見えないし、先ほどまでの様子からして、恐らくそういうのは得意ではない。
かと言って、奴らの会話を聞いていた時の反応から、気づいていないとは考えられない。
……もし、これが演技だとしたら、本気で凄いんだが、どうだろうな?
「………やれやれ、ここまで読めないのは久しぶりだな。」
俺は額に右の人差し指をつけながらそうぼやき、内心困り果てていていながらも、顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。
「……まったく、なにがそんなに楽しいんだか。」
そう言いながら自分の性分に苦笑しつつ、俺は一つ博打をうってみることにした。
「あんただって気づいてんだろ?
あいつらがやろうと目論んでいることを。」
「目論んでいること?」
「ああ、そうだ。
とはいえ、まあそれは…、」
そう言って俺は一度言葉を切り、扉に目を向けると、なにかが駆け足で登ってくる音が聞こえ、それは段々大きくなっていく。
そして、
―バコーンー
と、いう扉を蹴破る音と共に、三人の人狼が屋上に姿を表した。
「やつらに語ってもらうことにしよう。」
肩をすくめながら俺は、静かにそう言い切った。
次回は1/28予定です。