次の話で漸く怪人、ライダーが参上します。
「……どこまで行くんだろうか?
っていうか、バレてないよな、俺。」
尾行を始めて約10分。
未だに大通りをテクテクと歩き続ける青年に、俺は若干の不安が過り始めた。
尾行なんて初めてで、これの追い方で良いのか正直自信がない。
どうしたものかと、考え始めた時、青年は道を曲がり、別の道に入っていった。
「ようやく進路変更か。
しかしこの道、なんか見覚えがある気がするな~。」
辺りを見渡しながらそんなことを呟きつつ、青年の尾行を続ける。
それから2~3分くらい歩いただろうか、俺の視界に見覚えのある建物が見えてきた。
「あれは……近代文化博物館?道理で見覚えがある道だと思ったよ。」
そう呟きながらも、青年との距離に気をつかいつつ、尾行を続ける。
ちなみに余談だが、俺達の行き帰りは、彼とは別の道を使っている。
大通りの方は判りやすい道筋だが、大きく遠回りをすることになるので、何度か来たことがある人は、大抵距離の短い裏ルートを使って来るのだ。
閑話休題。
青年の跡を追って道なりに進み、遂に博物館の入り口の前までたどり着いた。
どうするのか見ていると、彼は入り口に入らず、博物館を壁に沿って歩き始めた。
しばらく待ち、彼が角近くまで行くのを見届けると、素早くなるべく無音で角まで駆けて行く。
そして、角から向こう側を覗きこみ、
「……。」
「……。」
同じくこちらを覗き込もうとした青年と、しばらく顔を至近距離で見つめ合い、
「……。」
「……。」
お互いになにもなかったように顔を引っ込めた。
しかしあの青年、何気にイケメンだったな。
理性的な感じだったが、ああいうのってクール系っていうのかね?
まあ、何はともあれ、
「……さて、帰るとする「ちょっと待て。」…だよね~。」
ひきつった笑みを浮かべながら後ろを振り返ると、先程まで跡を追っていた青年が、俺の肩を掴みながらそこにいた。
「僕の跡を追っていたみたいだけど、僕になにか用かい?」
青年の顔はニコニコと良い笑顔を浮かべながら聞いてくるが、目がまるっきり笑っていない。
メッチャ睨んでる。
いや、俺も逆の立場なら、多分似た表情をしてただろうけど。
「……いや~、俺実は男好きでね、カッコいいお兄さんを見つけたから、つぃたたたたたたた!
ごめんなさい!ごめんなさい!冗談だから!冗談だから!だから、ツボを押すのは止めてくれぇぇぇ!」
あまりの痛みに悶えながら懇願する俺に、青年は冷ややかな目をしながら、力を緩めた。
「あ゛ぁ゛~、痛かった。」
「……まず一つ、僕の質問に答えろ。」
「あ゛ぁ゛、了解。
とりあえず、痛くはしないで。」
「安心しろ。
ちゃんと答えれば、痛くはしない。
…君はクラッカーか?」
「…………はい?」
クラッカーって、あれか?
お祝い事の時に使う、あれか?
いや、だったらクラッカーか?なんて聞かないよな~?
そんなことを困惑しながら考え、答えに困っていると、
「ふ~、その反応を見ると、違うみたいだね。」
そう言いながら、青年は肩の力を少しぬいた。
「ならば、なおのこと気になるな。
なぜ、僕をつけて来た?」
まあ、そうなるはな~。
正直に話しても良いが、隙間の無いはずの所から出てくる様な怪人物に、それをするのはあまりにも危険過ぎな気がする。
ならそもそも追うな!っていう話だが、まあ、そこは気にするな。っていう感じだな、うん。
でも、嘘や冗談が通じそうじゃ無いしな~。
っと、思考を巡回させていると、青年は軽くため息をつき、目を細めた。
どうしたのかと思った、その瞬間。
-ゾワッ-
覗きこまれてる様な、そんな妙な悪寒が走り、咄嗟に青年の手を弾いた。
弾かれた青年は驚きの表情を一瞬するが、
「へぇー。」
直ぐに興味深い物を見るかの様に、笑みを浮かべながら目を細める。
そんな青年に警戒しつつ、俺は直ぐに逃げられる様に構えた。
「……ねえ、もう1つ別の質問して良いかい?」
「…なんだ?」
「なんで僕の手を弾いたんだ?」
「………別に深い意図があったわけじゃない。強いて言えば直感だな。」
「直感?」
「ああ、これ以上触らせていたら不味い様な、そんな気がした。」
もっと言うなら、彼を追いかけたのも直感である。
電車に乗り込んだ時も、彼を追いかけた方が良いと感じたのだ。
「もっと別の答えを期待していたのなら謝る。
すまん。」
「いや、そんなことはないさ。」
そう言いながら彼は構えを解き、さっきまでとは違う、柔らかい笑みを浮かべる。
「君は面白いな。
興味がでてきたよ。
名前を教えてくれないか?」
「……普通こういう時は、名前は自分から名乗るべきじゃないのか?」
「ふむ、そういうものか。
僕の名前は神無月 犬正、君の名前は?」「……睦月 好子だ。
変な奴だな、お前。」
「失礼だな、君には言われたくないよ。」
「……まあ、だろうな。」
苦笑しながら言う彼の態度に毒気を抜かれた俺は、ため息をつきながら構えを解いた。
「…で?改めて聞くけど、なんで僕を追いかけてきただい?」
「たまたま建物と建物の間から出てきたお前を見つけてな、なんとなく追った方が良い気がしたからだ。」
「ふむ、あれを見られていたか。
それは気になるよね。
しかし、君は直情型なんだね。
危険だとか、考えなかったのかい?」
「考えたさ。
でも、俺は直感を信じるタイプでな。
だから行動した。」
真面目な話、直感はわりと馬鹿にできないと思う。
その時の雰囲気や流れ、気配など、その場にしかわからないものを掴み、感じたものが直感の本質だと俺は思っている。
常に感覚を研ぎ澄ましている人の直感が当たりやすいのは、そういう情報を的確に掴んでいるからだと思う。
なので、直感で動くこと自体は悪いとは思わない。
まるで考えず、直感だけで行動のは問題だけどね。
閑話休題
「まあ、将来ジャーナリストになりたい。って思っている奴が、こんなことで戸惑っていたら、話にならないしな。」
「ジャーナリスト?」
「しゃべってギャグれるジャーナリスト、が俺の夢なもんでな。」
「……ギャグれる必要はないんじゃないか?」
「……よく言われる。」
夢を語るとみんな必ずと言って良いほど、ツッコムんだよな~。
なんで理解してもらえないんだろう(泣)
「…まあ、夢を見るのは自由だしな。
とりあえず良いか。
…ふむ、ジャーナリストか。」
そう言うと彼は顎に手を当てて、しばらく思案にふける。
「……ねぇ、睦月さん?」
「ん?なんだ?」
「僕はこれから、この研究所に忍び込むつもりなんだけれど、もし良ければ、このまま僕と一緒に行動してみないか?」
「……へ?」
一瞬彼がなにを言っているのか、理解出来なかった。
少しの間考え、彼の言ったことを理解したが、意味がわからなかった。
「いきなりなにを?と、考えていると思うよ。
僕もなにを言っているんだろう。って思っているし。」
「おいおい、自分でそんなツッコミを入れる様な場所なのかよ?」
「うん、危険しかない危ない場所。」
「そんなところに軽いノリで誘うな!!」
「しょうがないだろ?
君を連れて行った方が良い。って感じたんだ。
他でもない僕が、ね。
それに、君にメリットが無いわけでもない。」
「メリット?」
「……この世界の真実、見てみたくない?」
「…真…実?」
「そ、僕について来るなら、見せてあげるよ。どうする?」
そう言い彼は、笑みを浮かべながら俺を見つめる。
正直な所、胡散臭いことこの上ない。
危険であることも理解している。
それでも、
「……わかった。
ついて行こう。」
彼は嘘をついてない、一緒に行った方が良い。って感じた。
「OK。
じゃあ、さっそく行こうか。」
そう言って歩き出した彼の跡を、俺は頷きながら歩き出した。
「……ところでさ、研究所って、どこにあるの?」
彼に従って歩き出した俺だが、彼はさっきから博物館の外壁に沿って歩くだけで、辺りにはそれらしい建物は一切見えなかった。「ん?研究所?目の前にあるだろ?」
「え?どこに?」
「だから、ここだよ。」
そう言って彼は、博物館の方を指差す。
「……え?えぇぇ!?
ここが!?」
「そう、ここが。」
そう言われ、俺は博物館を改めてまじまじと見た。
確かに相当なデカさだし、無いとは言えないよな。
とはいえ、昼間いた建物の裏側で、そんな世界の真実があるなんて、ちょっと信じられないと思うところある。
…まあ、世の中絶対なんて存在しない。って、先生にもじいちゃんにも言われてるし、案外そんなもんなのかもしれん。
などと自己完結させつつ、彼の跡をついて行く。
「……あった。」
「ん?なにが?」
「研究所に入るための入り口。」
更に彼に従って歩いて数分後、彼は壁を触りながら、嬉しそうにそう言った。
彼の触っている壁を見るが、別段他の壁と変わりなく、本当なのか?と思っていると、彼はおもむろに左腕からコードを一本伸ばすと、壁に突き刺した。
そして、慣れた手つきで左腕の機械を操作すると、
-ピピッ-
という電子音と共に壁がスライドし、中に入れる様になった。
「ほら、呆けてないで行くよ。」
「お、おぉ、おう。」
その様子をポカーンっと見てた俺は、我に還ると、慌てて彼の跡をついて行った。
中に入ると、そこはいかにも研究所。的な廊下と扉だった。
某ゾンビゲームの実写版映画の研究所をイメージしてもらえば問題無い。
そんな廊下を彼はスタスタと、普通に歩いて行く。
「お、おい、俺達忍び込んでいるんだろ?
そんな普通に歩いて大丈夫なのかよ?」
「ん?ああ、問題無い。
さっき扉を開けた時にウイルスも一緒に送って、システムを乗っ取っているから、監視カメラも警備システムも作動しないよ。」
「え?あの一瞬で!?」
「ああ、あの程度なら数秒あれば十分だよ。」
事も無げに彼は言うが、それ普通に凄くないか?
そんなことを思っていたら、彼は左腕の機械をまた弄りだした。
数秒後、機械音と共に見取り図が浮かび上がってくる。
どうやらここの見取り図らしく、彼は見取り図を指差しながら場所を確認しつつ、なにかを探していた。
「……ここと、ここだな。
よし、行こう。」
その言葉と共に歩きだした彼を、俺は感心しながら跡を追った。
「えーと、……よし、ここがコントロールルームだな。」
歩きだして数分後、一つの部屋の前に立ち止まり、見取り図を確認しながら彼はそう言った。
「中に人はいないのか?」
「ん?ちょっと待ってくれないか?」
そう言うとプラグを一本伸ばし、近くにあった監視カメラに投げ刺した。
そして、左腕の機械を操作し、画像を映し出す。
「……いや、いないみたいだな。」
「いやいやいやいや、ちょっと待った!!」
「ん?どうかしたか?」
「どうかしたか?じゃねえ!
なんで指し口のない機械に突き刺さってんだよ!!」
「ああ、それのことか。
別に、さっき壁にも刺してたじゃないか?」
「……ああ、そうだったな。
あまりにも自然にやってたから、指し口があったのかと思ってたよ。」「…まあ、それも含めて中で説明するよ。」
ガクッと肩を落とす俺に、青年は抜いたプラグを扉の横の機械に突き刺し、操作しながら苦笑をしていた。
しばらくして、機械音と共に扉が開き、彼と共に中に入りこんだ。
中には、大小様々なコンピューターが並び、画面には俺にはちんぷんかんぷんな文字の羅列が並んでいた。
目の前には大画面のスクリーンがあるが、今はなにも映ってなく、真っ暗な状態だった。
俺が物珍しそうにキョロキョロ見回す横で、彼はノートパソコンを取り出すと、プラグを繋げ席に座って操作し始めた。
「…ねえ、睦月さん。」
「ん?なんだ?」
「人間。
いや、ありとあらゆる物って、なにで出来ていると思う?」
しばらく横で彼を見ていると、彼はパソコンの操作を続けながら、そんな質問を俺に投げ掛けきた。
「ん?なにって……、たんぱく質とか、鉄とか、そういう類いことか?」
「いや、もっと根本的なことで。」
「ん?ん~~、………原子、とか?」
「おしいけど、ちょっと違う。
正解は情報。
ありとあらゆる物は、原子に記載されている情報を元に構成されているんだ。
つまり、その物質の原子構造の情報があれば、全ての物質は生み出すことが可能であり、仮に情報をデータ化し、原子を電子で表現出来れば、電脳世界に具現化することも可能となる。」
「ん、まあ、理論上はそうだよな。
でも、そんなこと不可能だろ?」
「なんでそう思うんだい?」
「なぜって、例えば人間なら同じ経験をしても、受け止め方は違うだろ?
タイミングによっては、同じ人でさえ受け止め方が違ってくる。
受け止め方が違えば、後に起きたことの受け止め方や行動が違ってくる。
そんな風に変化していくわけだから、同じ人や事柄を生み出すことは、不可能じゃないか?」
「なるほど、確かに君の言う通りだね。生き物の事柄については、僕も同意見だよ。
でも、例えば見た目だけなら、あるいは服や物だけなら、真似たり、同様な物を作ることはできるよね?」
「ん、まあ極論を言えばな。
んで?
それがどうしたんだ?」
「………勘の良い君なら、気付くと思ったんだけどな。
あるいは、気付いているけど、気付いていないフリをしているだけなのか?」
そう良いながら彼は、俺の方をジーっと見つめてくる。
「……イケメンに見つめらると照「今はボケるタイミングではないよ?」…。」
さっきよりも幾分かキツくなった視線を受けながら、俺は言葉を繋げられず押し黙ってしまう。
……いや、その考えが無いわけではないんだ。
頭の隅っこの方でもたげる、彼の言葉からあり得る一つの可能性。
……でも、あり得ないだろ?
…だって、
……それって、
「………あり得ないだろ、…そんな、………俺達が電子で出来ていて、この世界が電脳世界だなんて。」
「なんであり得ない、なんて言えるんだい?」
「何故って、俺はここにいるし、今生きている!
…それに、…それに!
……信じられっかよ、……いきなりそんなこと言われたって!
……信じられっかよ、……今までの行動が、……ただのプログラム通りに動いてただけだなんて。」
自分の足元が、ぐらぐらと崩れていく感覚に襲われる。
足の力が抜けそうになるので、必死に力を入れるが上手くいかない。
頭がふらつき、目眩がしそうで、頭を手で押さえて必死に考えようとしても、考えがまとまらない。
自分の信じてた物、事柄、出会ってきた人達、全部偽物だった気がして、涙が溢れて弾け出しそうだった。
いや、多分あと数秒後には泣き叫んでいたと思う。
「……あ~、どうやら、なにか勘違いしてるみたいだね。」
「……へ?」
彼の言葉に疑問符を浮かべながら彼の方を見ると、真面目な表情をした彼が、こちらを真っ直ぐ見ていた。
「僕はさっき言ったはずだ。
生物の事柄については、君の言う通りだ、と。
実際君の言う通りなんだ、例えば同じAIに同じ体験をさせたとしても、同じようになるとは限らない。
むしろ、時を追う事に違ってくるものだ。
確かに外見、器は同じかもしれない。
だけど、重要なのは中になにが入っているかだろ?
君が経験してきた物、出会ってきた人達、その一つ一つが今の君の中身を作り出しているんだ。」
「だけど、俺達はスイッチ一つで消されてしまう様な存在なんだろ?」
「それが君が勘違いしている所だ。
いいかい?
さっき僕はこう言ったはずだ、原子を電子で表現出来ることが出来たら、と。
あくまでも僕達は原子の変わりに、電子で表現されているだけなんだ。
肉体だって、遺伝子という情報によって構成されているし、なにかあれば死んでしまう。
君のいうスイッチ一つで消されてしまう存在と、なんら変わりはないのさ。」
「……っ、だけど。」
「だけども、なにも無い。
体が電子だろうと、原子だろうと関係ない。
大事なのは、なにを考え、行動し、成し遂げてきたか?だ。
そして、もう一つ君が勘違いしていることがある。
さっき君はプログラム通りに動いてきた、と言ったね?
だからこそ、君は全てが偽物だった様に感じたのだろう。
だけど、そんなことはないんだ。
さっきも言ったけど、僕達は原子が電子になっただけで、他はなんの変わりはない、そう意味では電脳も現実も違いはないんだ。
だから、君が今まで見てきたこと、感じたことは、偽物なんかじゃない。
それは君だけではない、この世界全ての者に言えることなんだ。
だから、君が出逢ってきた人も人形なんかじゃない。
君が信じてきたものは間違いなんかじゃないんだ。
……君の名前と夢はなんだ?」
「…睦月、…好子。
夢は、しゃべって、ギャグれるジャーナリストになること。」
「そのためにやってきたことは?」
「何事も、経験することが大事だ。と、尊敬する人達に言われたから、色々なバイトや企画に参加したり、色々な場所を見て回ってきた。」
「他に同じことやってた人はいるか?
同じ考えになった人はいたか?
又は、君が人から話を聞いて共感したその人と、全て同じになった人はいたか?」
「いない。
共感をしたり、されたりはしたことけど、俺の考えと全て同じ人は、誰一人いない。」
「ああ、そうだろうさ。
僕は僕でしかないし、君は君でしかない。
それ以上でも、それ以下でも、そして、それ以外でもない。
唯一無二の存在。
それが僕であり、君なんだ。
違うかい?」
「…いや、その通りだ。」
彼の言葉を俺は胸を張って答えた。
若干視界が歪んでいた様な気がしなくもないが、まあ気のせいだろう。
「……ありがとな。」
「……僕の言葉が足りなかったせいもあるからね。
気にするなよ。」
そう言って彼は、再びパソコンに向き直し、再び打ち込み始めた。