―太宰治『雌に就いて』―
「比企谷くんって今好きな人いるのかな」
「......は?」
通りに面したオシャレなカフェ。ショーウィンドウみたいなガラスから陽が差し込んで、隣の席に座る人物――陽乃さんを優しく照らす。
本屋に来たはずの俺がなぜここにいるのか。
エンカウントしてしまったからである。主人公が最初のポ○モンを選ぶ前にディアルガに遭遇してしまったようなものだ。武器を持っておらず抵抗することさえもできなんだ。
ああ、こんなことなら小町の忠告を聞いて交通安全のお守り持ってくるんだった。言うならば事故。この人に会うのは俺の人生のレール上での事故。警察さん早く事故処理してください……。
スマホを片手に、陽乃さんは間延びした声を漏らす。ついでに体を伸ばして周りの男たちの視線も集める。嫉妬の視線が俺に集まるYO!
「だって比企谷くんったらいつもいつも雪乃ちゃんに興味無さそーなんだもん、恋愛的に」
「いやべつにそんなことはないような」
「ガハマちゃんの方が好きなの?」
「違います」
「えーじゃあだれ......私?」
「なんでそうなるんだよ......」
陽乃さんはクスクス笑うが俺からすればまったく笑えない。一刻も早く去らなければいけないような気がするのだ。言うならばシックスセンスが反応している。何もこれは中学生がかかる病を卒業できていないからという訳では無い。もちろん三十歳まで卒業せず魔法使いになる可能性が高いからでもない。
陽乃さんの質問に辟易しながらコーヒーを飲んでぐっとテーブルに寄りかかった。いつ言い出そうか、そもそも日曜なのに、と恨みがましい視線を送る。しかし捉えたのは陽乃さんではなくて、後ろを歩くJK。
――これはまずい。
総武の制服にピンクのカーディガン。セミロングで綺麗に整えられた艶やかな髪。大きくていたずらっぽそうな瞳。
そして何よりのビッチ感。
......完全にいろはちゃんだねあれ。
ぐわんっと光のような速さで視線を戻す。ていうかなんであの子制服なの。生徒会? やっぱりいろはすって帰りに友達とス○バとか行っちゃうゆるふわ系ビッチなの?
「ねえ、聞いてる?」
「......聞いてます聞いてます」
「君の好きな人は一色ちゃんかな?」
「ふぁっ?!」
はっと手で口を塞ぐ。しかし時すでにお寿司。店内中の視線が一箇所に集まってくる。
「気づいてたのかよ......」
「やっぱり一色ちゃんが好きなのかあ」
「いやそっちじゃねえ」
――バレてんだろうなあ......。
諦め半分で、ゆっくり視線を彷徨わせる。捉えたのは当然、にこにこと笑みを浮かべながらこちらに向かってくる一色いろはである。
「せんぱーい、何やってるんですかあ?」
甘い声を散らして営業スマイル。これが笑顔で他人を地獄に突き落とすゆるふわ系ビッチの怖いところだ。周りの男の視線突き刺さってるんだもん......。
「別になんもやってない」
「ハルさん先輩に何やってるんですかあ?」
「いやそれ意味おかしいよね? ていうかどっちかっていうとやられてるの俺だからね?」
「比企谷くん、そんな大声でやるとかやらないとか......恥ずかしい」
なに演技してんだこいつは......。傍から見たら修羅場じゃねえか。証拠に静かでエレガント(笑)な雰囲気がざわつき始めてますね。
「とりあえず移動しようぜ?」
「わかりました。関係のもつれは解かなければいけませんしね」
「ちょ、ちょっと? いろはちゃん? そういう他人様に誤解を生むような発言はやめてね」
「いろはちゃんなんて気安く呼ばないでください。これからはいろはって呼んでください」
「どさくさに紛れてなに提案してんだ。呼ぶわけないだろ。ほらさっさと行くぞ」
店員さんは白い目で見てくるし、なによりあの足組んで、白衣でスーツ着こんでる人やばい。数珠持って般若心経唱え始めてる。
陽乃さんもどこか頬をふわりと赤く染めて、視線をテーブルに向けたまま動かない。
「ほら行きますよ雪ノ下さん」
いつまでも立ち上がらない陽乃さんの手首を掴んで引く。
すると、不安げな目で、まるで獣でも見るかのように見上げてくる。
「......心の準備はできてるからね?」
✕ ✕ ✕
千葉駅エリアからモノレールと電車を乗り継いで、先輩に手首を引かれるままに私たちは閑静な住宅街に入っていく。時々身震いするほどに冷えきった風が吹いて、私は先輩の腕に巻き付くようにして暖をとっていた。
南西にしばらく歩くと、先輩は一軒の住宅の前で立ち止まった。
先輩は私たちの手首から手を離して、まっすぐ目の前の住宅に人差し指を向ける。
そして一言呟いた。
「ハウス」
「......なめてるのかな? 比企谷くん」
ハルさん先輩のあまりの威圧の高さに、私がびっくりした。先輩でさえも怯んでいるようだった。
「え、いやほら家は英語でハウス......」
何とか先輩は取り繕おうとするけど、もう遅いみたい。ハルさん先輩の目が一瞬光りました。これはお話するまでもないかもですね。
ハルさん先輩の目は調教師のような慈悲深い、けれども厳しそうなそんな目になった。
「ああ、僕をハウスに入れてくださいって意味ね。ひいては監禁して一日三食、生きている意味を持たせるために家事をさせてってことかー。私としたことが比企谷くんの言葉を額面通りに受け取っちゃった」
「いや......犯罪じゃないすか......。ん? 待てよ? この人のことだし栄養管理万全な上に専業主夫になれるんじゃ......」
先輩は深く考える姿勢に入ってしまった。うん確かにハルさん先輩ならできそう......。って、ちょっと! なんでそんな話になるの!
「先輩! 私だって! ほらっ......そのっ......養えますよ!」
「マジか......養ってもらおっかな......ってあぶね、美人局にひっかかるところだった」
親父にあれだけ言われてたのに、とか何とか呟きながら、先輩は流れに乗って帰ろうとする。
だから思いっきり襟を引っ張る。
「くっ......」
「比企谷くん気持ち悪い声出してないでここがどこか説明してくれる?」
ハルさん先輩が私と先輩の間に入って、そしてその長い腕を組んで、尋問の姿勢に入る。本当にこれはすごい。
まさに抜群のプロポーション。そうとしか言いようがないんだもん。美人さん、美脚、腕はなんて言うのかな。美腕? そしてサラサラのセミロング。......ここだけは私とキャラかぶってますね。
きっと男が寄ってたかっているに違いない。
「ああ、ここは......」
私は偶然、その答えを知っていた。答えというのはつまりここがどこかということ。見なれた駅、見なれた住宅、見なれた道路。
私は結論から入る。
「......先輩、ここ私の家ですよね」
「......ああそうだな」
「色々聞きたいことはあるんですけど」
「......なんだ」
「なんで私の家知ってるんですかね」
私はスマホを手にして先輩に問う。すると先輩は私の顔の前で手をさっと払って否定する。
「わかったわかった教えるからその打った番号を消しなさい」
「打った番号? もしかして警察かな? 比企谷くんやっぱり......」
「違いますよ、......前一色が風邪で休んだ時に由比ヶ浜とここまでお見舞いに来たんすけどやっぱり風邪で弱ってるところに俺が入るとさらに悪化するかと思って......」
うがあーっ! あの時先輩いたんですかっ!
そんな表情は決して出さず、ふと先輩が来たら、と想像してみる。
うーん......先輩の言う通りですね。確実に悪化します。主に熱が。
「わかりました、まあ仕方ないんでどうぞ」
そう言いながら、私は玄関のドアを開ける。今日はお仕事でパパもママもいない。夜が怖いとかいえばきっと先輩は……。
――あとはハルさん先輩さえ......っ!
✕ ✕ ✕
「紅茶でいいですかー?」
一色ちゃんはグイグイと背伸びをして、キッチンの上の棚からコーヒーカップを取り出す。
......うーん、あざといなあ。
なにがあざといって、わざわざ背伸びをしながら聞いてくることはもちろんだけど、彼女の服装。ブレザーを脱ぎ、でも決して着替えることはせず、スカートとブラウスは着たまま。
それはつまり制服の上にエプロンをしている状態で、所謂、制服エプロンである。
端的に言って可愛い。あざといけど。あざといけど。あざとすぎるけど。
「あ、ああ、頼む......」
ちょっとー? なんで一色ちゃんと目合わせないのかなー?
「私も紅茶で大丈夫」
「はいはーい、いろはちゃん頑張っちゃいますよー!」
おーっ! と一人で手を突き上げる。
「あざとい」
「むーっ、あざとくないです!」
いや、あざといから......。
ふと気づいた。てかこの子、比企谷くんにモーションかけてない?
好意があるのは知っていたけれど、こんなにあからさまだったっけ。
なんか、こう、なんていうのかな。まっすぐに気持ちを出してるのがとても、えーっと、羨ましいわけじゃないけれど、なんて言えばいいんだろう……。
そんな私の考えるところなど露知らず、注いで紅茶を零さないように、一色ちゃんは丁寧に、ティカップを持ってくる。
揺れるティカップの水面に不思議そうな顔の私が写った。なにか私に問いかけているような気がした。
それから私はゆっくり顔を上げて、一色ちゃんに視線を移した。一色ちゃんは特に居心地を悪そうにもせずきょとんと首を傾げる。
……洗練されたしぐさだなあ。
「玄関で落し物しちゃったみたいなの。見てきてもいいかな」
私がそう言うと、一色ちゃんの目が一瞬ぎらりと光った気がした。きっと、先輩と二人きりになれる! とでも思ったのだろう。普段よりも自然な笑顔が一色ちゃんから零れた。それは女の私でも胸きゅんしそうになるくらい。
「どうぞどうぞ! なんなら何時間でも探しちゃってOKです!」
一色ちゃんは両手で大きな丸マークをつくりあげる。
だから私はちょっといじわる目にすぐ戻ることを伝える。
「まあすぐ見つかると思うけどね?」
「いえいえお気になさらずなんならさっきのカフェまで探しに行って戻ってこなくても大丈夫です!」
「一色ちゃん?」
私は口元だけ笑って、その鋭い眼光を一色ちゃんに向けた。
それでも一色ちゃんは続ける。
「とりまお構いなく探してください!」
高まる興奮を抑えきれないとばかりに一色ちゃんに突き放されて、けれども仕返しをする気も起きずに玄関に向かう。するとぼそぼそと囁き声が耳に入った。
「おい一色、あんまり陽乃さんに失礼なこと言うと潰されるぞ」
ちらと横目で見ると心配そうに一色ちゃんに耳打ちをしている比企谷くんがいた。一色ちゃんの耳から頬が真っ赤に染まっている。
悪口を言われたからだけでなく、どこか体の底からふつふつと煮えたぎるような感情を覚えて、私はゆっくり振り返る。比企谷くんの顔が恐怖一色に染まった。
「……比企谷くん?」
「……すみませんでした」
「わかればよろしい」
未だ収まらぬ感情を抱えながら、土下座する比企谷くんを背に玄関に向かう。リビングから玄関に続く戸を開けると、暖房の効いていたリビングとは違い、身震いするような寒さが私を襲った。それに薄暗い。私は戸を閉じきらぬままにひょいっと振り返った。
「一色ちゃん、暗くて見えないからライト貸してくれないかな」
「スマホ使えばいいと思いますよー!」
「私いまスマホ手に持ってなくてー」
「……仕方ないですね、貸すだけですよ?」
はあ、とあからさまなため息をついて、一色ちゃんは自分の桃色のケースに覆われたスマホを運んでくる。私は私でごめーんと両手を合わせながらあざとく謝る。一色ちゃんの白い目が私に突き刺さった。…………これが女子目線だぞ!
半分だけ開いたドアのところに、一色ちゃんが手を伸ばしてスマホを渡してくる。
私は「ありがとー」なんて言いながら思いっきり引いた。
……いろはちゃんの腕を。
「……えっ?!」
ようこそこちらの世界へ! そう言わんばかりに玄関に連れ出した一色ちゃんを勢いそのままに壁に追い詰めた。腕と腕の間に挟み込む。そう、いわゆる『壁ドン』。一色ちゃんのセミロングでよく手入れされた髪の香りがふわりと漂った。眼前に可愛く整った顔が現れる。驚きなのか、目を見開いて、心做しか顔が赤い。
「スマホ持ってないなんて嘘」
私は満面の笑みを貼り付けて、事実を吐き捨てる。理解の追いつかない状況でこの表情は恐怖この上ないだろう。
「えっと、どういう……」
決して目線は落とさず、そして私からも外さない。怖がっているけれど意外と意思が強いのかもしれない。
「ちょっとお話がしたくてね」
私は誰がどう見ても、きっと不敵な笑みと口を揃えるような表情で、私よりも少し背の低い一色ちゃんを見下ろす。
「話……ですか?」
「うん、そう」
「はあ……」
呆れたようなため息だったけれど、一色ちゃんの動悸がまだ早いのが肩の揺れで見て取れた。
私は一色ちゃんの両腕の手首を掴んで、壁に押し付けた。それから私は一色ちゃんの耳元に顔を近づける。彼女の吐息が私の頬にかかった。
私はまた赤く染まった一色ちゃんの表情を見てから、にやりと笑って耳打ちをする。
「君、比企谷くんのこと好きでしょ」
ふっと上気が昇るように、一色ちゃんの頬がさらに桃色に染まった。
改行&加筆修正版。
お久しぶりです。覚えている人いますかね……。
続きを投稿する前に1話を加筆修正したいなと思いまして、修正しました。笑
あまりにお久しぶりですので次話投稿前に再度最初から読み直していただけると嬉しいです。
僕実は俺ガイル×中二病とか、八色・八オリの静かに2人の後輩は決意するというものも書いて、完結させていますので一気に読み切りたいという方ぜひ!笑