エボルトが消滅して翌日。
かこは花束を持ってある場所へと向かっていた。
それも、黒い服を着て。
金丈コーポレーションは、金丈を失ったことにより壊滅した。
だが、それで路頭に迷う社員は少なかった。
金丈の洗脳が解けたことにより、正常に戻った社員はすぐさま別の仕事場を探して再就職したからだ。
だが、それでも洗脳されていた時の記憶が残ってるため、自分たちがやってきたことに嘆いたりしていたが。
当然、路頭に迷う者もいた。
その社員たちはその罪悪感や仕事を失った喪失感で立ち直れるかどうか定かではない。
中には家族に支えられながら、家事を手伝ったり学業から出直して資格を取ろうとしている者もいる。
今回パトレンジャーのやったことは、多くの社員の仕事先を奪ったことだ。
しかし、結果的に社員たちに様々な道を示すきっかけになった。
そして、かこはたどり着いた。
かこが見つめる先は、焼け落ちて原型を留めていない廃墟だった。
そこは、生前のかこが、家族と共に過ごした図書館だった。
かこは、手に持った花束を、廃墟の入り口に置き、手を合わせた。
「…お父さん、お母さん。
あのね、私…、ううん、私たちは、仇を取ったよ。
私自身と二人の仇を。
転生先でできた、大切な人達と一緒に。
確かに、あの人を逮捕とか、更生はできなかったけど、勝つことができたんだ…」
天国にいる親に言うようにつぶやくが、少しだけかこの体は震えて、頬に涙が伝っていた。
「お父さんと、お母さんは…、私がこんなことしてるの、許してくれるかな…?
…でもね、これが今の私にできることでも、あるの。
だから、だから、ね…?
そこで、見守っていてね、お父さん、お母さん…!」
そう言い終わると、かこはポロポロと溢れていた涙をぬぐった。
「ここにいたんですか、かこさん…」
「…?」
ふと、背後から声が聞こえたので、かこは振り返った。
「ティアナさん…」
「交番でバンさんから、かこさんが、あの件を終えたので、そのことを墓参りで両親に報告しに行ったと聞いたので。
…この焼け跡は、両親の墓標の代わりですか?」
「…はい。
調べてみたら、両親も私の墓も、ないんです。
あの人が、そうさせたようです。
それに、私の両親は私の目の前で処刑された時に、氷になって粉々に砕けてしまって、後で処分されたんです…。
私の遺体も、この図書館と一緒に焼かれてしまって、それも処分されたんです」
「…!」
「でも、例え遺骨がなくても、ここは私と両親が一緒に暮らした、思い出の場所でもあるんです。
だから、私にとっては、ここはその墓標の代わりなんです」
「…そうですか」
「ティアナさん?」
ティアナは焼け跡に近づき、その場に屈み手を合わせる。
「…」
「…」
ティアナはしばらく手を合わせて、終わった後でかこに声を掛けた。
「…かこさんも、家族を殺されてしまったんですね」
「…はい。
そう言えば、ティアナさんにも、お兄さんがいたんですよね」
「えぇ…、すでに死んでますが」
「確か、任務中に敵対していた魔導士と戦って、亡くなったと聞いてます。
そのことがきっかけで、ティアナさんは魔導士になったんですよね」
「そう、ですね…。
まぁ、それだけじゃ、ないんですけど」
「…」
かこはそれを聞いて、それからはあまり追究しようとしなかった。
人の死は、そう軽い物でもないのだから。
それにこれ以上聞くと、ティアナを傷つけるのではと思ったからだ。
「…私の場合、悔しかったんです」
「…ティアナさん?」
ティアナは、話を続ける。
その目には悲しみに彩られ、空を眺めてるようだった。
「兄さんが死んで、ひとりぼっちになって、えらい人に、兄さんのこと馬鹿にされて、悔しかったんです」
「…」
「だから、絶対に見返してやるって、そう思って、努力したんです」
「…それが、魔導士になったきっかけ、ですか?」
「そうですね。
結局、私は兄さんのような適正はなかったので、兄さんの役職には就けませんでしたが」
ティアナはあははと、頭を掻きながら笑った。
「…お互い、大変ですよね」
「そうですね…。
…!」
その瞬間、廃墟の焼け跡の残がいから、何かが光るのが見えた。
「今、何か光りましたね」
「何でしょうか…?
…あ!」
「かこさん?」
かこは廃墟から何かを見つけたのか、残がいの中へと足を踏み入れる。
「確か、この辺りに…。
あった!」
かこは煤で服が汚れるのを気にせず、残がいの中からある物を取り出した。
それはかことかこの両親が写った、図書館の看板を背景にした写真が縁に収まってるものだった。
保護するためのガラスは割れてしまっているが、中の写真は無傷だった。
「これは、写真、ですね」
「はい…。
ここに写ってるの、私と私の両親、です。
それと、この図書館の看板の名前、生前名乗っていた苗字なんです」
ティアナはかこに言われて、写真の看板を見る。
そこには『夏ノ森図書館』と書かれていた看板が写っていた。
かこはティアナがそれを見た後で、どこか懐かしむように言った。
「…夏ノ森かこ。
これが生前に私が名乗っていた名前です」
「…良い名前ですね。
でも、何で今はその名前を名乗らないのですか?」
「私たちパトレンジャーは転生者です。
…つまり一度死んでるので、もう生前の人間ではないからです。
それに、むやみに生前の名前を名乗って、騒ぎを起こさないため、っていうところがあります。
とは言っても、私もバン隊長もアストルフォちゃんも、苗字を名乗らないようにしてるだけですが」
「そ、そうなんですか…。
そろそろ帰りますか?」
「それも、そうですね…。
…じゃあ、行ってくるね、お父さん、お母さん」
かこは写真を持って、廃墟に名残惜しそうに言ってから、ティアナと一緒にその場を立ち去ろうとした。
その時だった。
『行くのは良いが、気を付けて行けよ、かこ』
『行ってらっしゃい、かこ…』
「…!」
かこは廃墟から声が聞こえたので振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
そして、かこはふと、空を見上げた。
その先には、二人の男女が空へと昇っているのが見えた。
よく見ると、体は透けていた。
だが、二人を見たかこは、涙を流しながら空に向かって叫んだ。
「お父さん、お母さん…っ!
私、これからも、頑張るから!
皆と一緒に、頑張っていくから!
だから、元気でね…っ!!」
かこの言葉が聞こえたのか、二人はまるで安心したかのように笑い、空へと昇って消えていった。
しばらく空を見上げた後、かこは涙を拭い、ティアナの方へと向いた。
そこには悲しみや不安などはなかった。
そこには、どこかしら勇気に満ちているようだった。
「…ティアナさん、帰りましょう。
バン隊長たちがいる、交番へ…!」
「…えぇ、帰りましょうか!」
そうして、二人は今度こそ、その場を後にした。
かこはもう立ち止まらない。
両親が、行ってらっしゃいと言ったから。
共に進む人たちがいるから。
仮に立ち止まってしまうことがあっても、かこにはバンたちやなのは、ティアナたちが支えてくれるのだから。
故に、立ち止まることはない。
かこの生前の名前について、設定に追加しておきます。