わたしたち二人は女子高生。年頃の女子らしい話題で昼休みを過ごすのも当然のこと。
「ねえアール、もし彼氏ができてさ、髪は短い方が好きだって言われたらどうする?」
アールもわたしも長髪にカテゴライズされる女子高生である。
少なくともわたしは、別に大変な苦労をして絶対の信念のもとに伸ばしたというわけでもないけれど、ばっさり切るとなるとそんなわたしにもやっぱり躊躇いがある。もったいない気がしてしまう。
「切る」
「え、そんな何の迷いもなく……? 髪への愛着とかはないの?」
「無いよそんなの。え、ベールは切らないの?」
「いや、切るかもしれないけど……いやでも……うーん……」
迷いどころだ。相手の要望すべてに合わせては奴隷もいいところだけど、自分の意志をすべて押し通してはまるでわがままな子どもだ。受け入れるべきこととそうでないことの線引きが難しい。
「なんかさ、せっかく伸ばしたのに切っちゃったらもったいない気がしない?」
「しない。引っ張ればまた伸びるし」
アールが自分の髪を乱暴に引っ張ると、巻取り式の髪の毛があらかじめ頭皮に収納されていたかのように、シュルシュルと髪が伸びていった。
「うぇえええ!? な、なにそれどうなってんの、タネがわからない!」
「いや、タネは日ごろ摂取している栄養だけど……。あれ、言ってなかったっけ? 私の髪は引っ張れば伸びるよ」
入学してすぐに仲良くなった友達の、うっかり聞かされていなかった衝撃の事実を知る。
「え、嘘でしょ。手品なんでしょ?」
「じゃあ引っ張ってみなよ」
言われた通りに引っ張ってみる。常識通り、伸びない。
「伸びないけど」
「もっと力いっぱい」
「い、痛くないの……?」
「うん」
思い切り引っ張ってみる。抜くつもりで。
「痛い!」
「えぇ!?」
理不尽な罪悪感がわたしを襲う。
「あれ、おかしいな。伸びなかったことなんてないんだけど……」
試しにアールがもう一度自分で引っ張ると、今度は伸びた。
「あ、あの、アール? ちなみに自分以外の人に引っ張らせて髪を伸ばしたことは?」
「そういえばないかも」
「……ちょっとわたしの髪、引っ張ってみて」
えいっ、とアールがなんの躊躇いもなくわたしの髪をそれなりに強い力で引っ張った。すると痛みもなく頭が引っ張られる感覚もなく、ただ調子の良い巻き尺を引っ張り出した時のような、シュルシュルとした爽快さで髪が伸びていった。
「ぎゃあああああ」
「うわああああああ」
二人して驚く。教室にいる人たちが数名こっちを見るけれど、彼ら彼女らは別にわたしたち二人の髪の長さを詳しく記憶しているわけでもないので、髪をいじりあっている女子に興味は無いとばかりにすぐ視線を外してくれた。
まさか髪を引っ張るだけで伸ばす謎の能力を持った人類がクラスメイトだったなんて、誰も気付きもしないどころか考えもしないだろう。もっと大胆に髪を引っ張り伸ばして見せるか、自分が引っ張られるでもしない限りは。
「ちょ、ちょっとアール。あんた実はとんでもない存在なんじゃ……。もしや宇宙人?」
「いや、地球の日本で生まれ育った両親から生まれた地球人」
そりゃそうだろうけど。
「じゃあ今のはなに、人間技じゃなかったよ」
「わかんない。でも私、天才みたい」
そんな次元の話じゃない、エスパーの類だよ。……とは思うけれど、万が一友達が超能力を研究する怪しい集団に連れていかれてしまっても困るので、ここは一つ「天才」の一言で片づけておくことにする。
「そうみたいだね」
「うん、ありがとうベール、おかげで気付けたよ。私、将来はこの才能を生かしてハゲから金を巻き上げる!」
友人の金に対する黒い欲望が見えた。ついでにハゲの頭も黒くするのだから悪ではないのだろうけど。
ただ、そんなことをすればいよいよ超能力研究所とかそういうところに連れていかれてしまう恐れがある。そんな施設や団体が本当にあるのかは知らないけど、何にせよ止めるべきだ。
「いや、アール……? 普通に勉強して普通に働こう……?」
「やだ、そんなの全部無駄だもん必要ないもん。私は将来ハゲを救済するから勉強も就活もしなくていいの」
「そんな……。そんな、ユーチューバーになるから宿題しなくてもいいって言う、クソガキみたいなこと言わないでよ!」
正直言ってアールの身に危険が及ぶこともさることながら、普通に友達だけ楽ちんな高校生活と今後の人生を歩んでいくのが気に入らなかった。
深く考えて言ったことではなかったけど、そのハッとしたような表情から察するに、アールの心には何か響いたらしい。
「そうか、そうだよねベール! ごめん、私が間違ってた……! これからもちゃんと勉強して、あとなんかいろいろ真っ当に生きていくよ!」
「それでこそわたしの友達だ!」
別に自分の友達に「こうであってほしい、ああであってほしい」みたいな望みはないけれど、なんだかアールが盛り上がっているので空気を読んでテンションを合わせておく。友達が謎の能力を見せびらかして生きることは思いとどまってくれたのでよかった。
……けれどそれはそれとして、休み時間も残りわずかとなって、わたしは人並みに午後の授業が面倒である。あー、帰りたい。せめて自習にならないかな。
その日帰ってから、アールがlineを飛ばしてきた。文面は以下の通り。
「どっちにしろダメだった。私には1を100にすることはできても、0を1にすることはできないんだ」
たしかに午後の授業を担当していた教師を見ても明らかなように、ハゲの人にはそもそも引っ張る部分がなかった。