ある男が、いろいろあって気付いたら神と対峙していた。見た目や声で判断する限り、神は男性だった。
「望みを叶えてやろう」
神は体格の良い人間の男性と大差ない見てくれをしているが、地面から数十センチほど浮遊している。それによって男は目の前の存在を神と認めることができた。
「突然すぎて混乱しているが、叶えてくれるというのならぜひとも叶えていただきたい望みがある」
「言ってみろ」
男は欲望の限りをさらけ出した。
「俺のことが好きで、美人で優しくて、挙句の果てに俺を養ってくれる女性を召還してほしい。……あ、贅沢を言うなら異種族はなしで人間の女性をお願いしたい」
「その望みは、残念ながら叶えることができない」
男は、ダメ元で言ったとはいえ素直に落胆した。人間が神に抱く全能感はそう簡単に拭い去れる物ではない。
「やはりいくら神様とはいえ、こんな欲の塊を受け入れるわけにはいかないか」
「いや、そうではない。私は善でも悪でもない、ただの神だ。故に人の欲や望みを差別する気も区別する気もない。叶えられないことには、他に理由があるのだ」
それを聞いた醜いほどに欲深な男は問う。
「その理由とは……?」
聞いたところで、神に成せないことを人間が解決しようとはあまりに無謀。この男には元からこのように、己の分を弁えない部分がある。
「私は今までに、お前と同じような年代の男の望みを「百」叶えた。お前は百一人目だ。しかし私は、同じ望みを叶えることができない性質なのだ。悪いな」
「なるほど……」
一見全能らしき神の力にも制約がある。男は漫画の設定を飲み込むのと同じようにその事実を理解した。
しかしこの欲深な男が、ここで引き下がるわけもない。もっとも、同年代の同性百人の内、誰も望まなかった内容の望みを自分で抱けと言われた程度で、この神との縁をふいにする人間などそうはいないだろうが。
億単位の富を得られずとも、手ぶらで帰るよりは百円でも拾いたい。多かれ少なかれ人間はそのようなことを考え機会にすがりたがる。この男も当然例に漏れず機会にすがることにした。
「百人の願いを聞いてきた私が、今までに一度も聞いたことのない望みを、お前がほかに抱いているというのなら。私はその望みを叶えよう。そのような物は何もないというのであれば、私とお前の縁はここまでだ。どうだ、何かあるか」
「ありますとも。百人程度の欲望の網なら容易くかいくぐるような望みが、俺にはあるのですよ」
「言ってみよ」
男は深呼吸を一つしてから、得意げな顔で言った。
「一緒にカルドセプトをして遊んでくれる異性をください」
……神、沈黙。神は神であるので、多少マイナーなゲームのタイトルも知らないわけではなかった。そしてそのゲームのプレイ人口が、有名どころのタイトルと比べてなかなかに少ないことが現状であるとも理解していた。
「……ううむ」
うなる神。それを見た男は、正解を言い当てたのだと内心で跳ねて喜んだ。
「あ、可能であれば美人の人がいいです。可能であればなので、不可能ならもちろん全然いいのですけど」
ここぞとばかりにダメ元の望みを上乗せする男。神は眉間にしわを寄せたが、それは怒りやそのほかの負の感情からではなかった。本人の言った通りこの神は、いかに醜い望みでもいかに清い望みでも等しく受け入れる。そこに例外はない。
神は、目の前の男をただ気の毒に思っていただけであった。
「悪いな。その望みも、私の力で他の者がすでに叶えている」
「嘘をつけぇ!」
あまりの衝撃に男は叫ぶ。なにせこの男、今までにカルドセプトをプレイしている同年代の人間と顔を合わせたことがない。それどころか、ゲームタイトルを口にすれば「なにそれ聞いたことない」と言われるのが常であった。
「嘘ではない。無論、私の言葉を信じるかはお前の自由ではあるがな。どちらにせよ望みを叶えることはできない」
「そうか……」
男は肩を落とし、その他あらゆる表現をもってして落胆の意を表した。男のまわりにどんよりとした黒い空気が漂っていたのは、神でなくても容易に確認できたことである。
「ここまでピンポイントな望みを出してもダメだというのなら、俺にはもう何も思いつかない。心惜しいが神様、どうやら俺はあなたと巡り合えた奇跡を活かせずに、このまま縁を終えるしかないようだ」
そう言い残し、男は神に背を向けた。欲の深さと潔の良さは両立し得る物らしい。
「待て」
神は男を呼び止めた。何とはなしに振り返る男の目に、見覚えのある機械が映る。
「異性、という部分の望みは叶えられないがな。せっかくだ、一戦程度よかろう?」
3DSを持ちつつ言う神に対して、男は苦笑いで返す。
「せっかくのところを申し訳ない。今日はゲーム機を家に忘れてしまった」
男はリュックサックを背負っていたが、この神には、人間の吐いた言葉が真実であるかを確認する力がなかった。