赤髪のトビラマ   作:千村碧

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第九話

 あれからいつもの日常を過ごした。一般人としての生を過ごすことができるのは、この一週間が最後になる。これからは海軍の一員として、「悪」と戦わなければいけない。そんな悩みを打ち消す為に、一生懸命に鍛錬に取り組めば一週間はあっという間に過ぎ去った。

 

 そして昨日、海軍本部より辞令が下った。俺が伍長として乗る船は、「徹底的な正義」を掲げるサカズキ中将の船だった。イイネ准将からチラッと聞いた話によると、基本的に海軍本部のまわりを巡回する大将の船よりも、サカズキ中将の船に乗って戦闘経験を積んで、実績をたくさん挙げることで早く昇進してもらいたいという思いがあるらしい。というのも、近年中将・大将の高齢化が進んでいるらしく、代えの戦力を早く用意する。それが上層部の認識らしい。

 ただ、肝心のサカズキ中将は今回の船には乗っていないらしい。その代わり、イイネ准将が艦長として乗艦し、指揮を執る予定らしい。イイネ准将も俺と同じように、上層部の期待の星でそろそろ少将へ推薦がされるらしく、そのための実績作りでもあるそうだ。

 

「今回この船の艦長となったイイネ准将である!諸君らの働きに期待する、イイネ?次に、今回よりしばらくこの船で働くトビラマ伍長よりあいさつ!」

 

 改めて見てもでかい軍艦に乗り込むと、すぐに召集がかかりイイネ准将の挨拶が始まった。今回新たに、この船に乗り込むのは俺しかいなかった。まぁ、いきなり上級将官の船に乗り込むことなどそうそうありえず、配置換えの時期でもない今の時期では仕方の無いことである。

 

「えー、トビラマ伍長です。まだ船に不慣れなところもありますので、先輩方に色々と教えてもらいたいと思います。よろしくお願いします。」

 

 とりあえず丁寧に挨拶をする。というのも、やはりサカズキ中将の孫であることを知る者が多いこの船、「親の七光り」と必要以上にいじめられる可能性もあるからである。第一印象で可愛い後輩とでも思わせておけば、かなり効果的であるはずだ。まぁ、一等兵や同格の伍長の一部の方々には効果ないと思うけど……。

 ここに集まっている海兵の中で、俺より若い海兵など一人もおらず、俺の次に若いと思われる人(外見での判断)は18くらいのようである。けれども俺よりも低い階級の人は大勢存在している。

 海軍と云う場所は案外シビアで、実力が無ければどれだけ長く海軍に在籍していようとも、階級が上がることは原則ありえない。(たまに、事務能力が評価されて、階級が上がる場合がある。その場合、海軍の軍人ではなくなり、海軍一級事務みたいな肩書きになる。)この世界は努力をすればそれに見合った結果が返ってくることが多い。だがそれも、絶対ではない。どれだけ修練しようとも、その結果が確実に実るとはいえないのだ。だから、上を目指しながらも心の何処かで諦めてしまっている人間からすれば、わずか十歳にして伍長の俺へ妬み嫉みをぶつけてくることは考えられないことではない。

 

 しかし、反応は上々とはいえないまでも、スムーズに受け入れられたようだった。この船に乗る海兵のほとんどがにこやかに受け入れてくれたという事実は、正しくその上官であるサカズキ中将が優秀であるという事実に直結するのだろう。(後日、聞いた話なのだが、他の中将の船の中でもサカズキ中将の船はエリートを輩出する船として有名で、サカズキ中将の信念の下海賊を補足しては殲滅するこの船は、乗れば実力と実績評価が上がるから他人に嫉妬する必要も暇も無いのだそうだ。)まぁ、こんな身内褒めはこのくらいにして、と。

 

 航海である!しかも、海兵として初の航海!テンションはうなぎのぼりどころじゃなくて、直角に昇っていっていた……

 

 

 ……のだが、漫画ではあんまり詳しく描かれていなかったので甘く見ていたが、元の世界の航海よりもこちらの航海のほうが遥かに厳しい。船は基本木製だし、「偉大なる航路」付近を巡回するので、天候は数分で変化することもある。そして、もちろん風呂など無いから汗を流すのも普段は難しい。海王類が出れば休憩中の者も関係なく撃退に借り出される。もちろん、能力者の俺からすれば海王類との戦闘も海賊との戦闘(幹部や船長は手柄を求める先輩海兵や上級仕官の方々が俺が手を出す暇も無く刈ってしまうので、俺の海賊との戦闘というのは下っ端の名前など誰も知らないような戦闘員相手だけだった。だからここでは割愛させてもらう。)もほとんど問題ない。だがこの船が一ヶ月の航海を終えたとき、俺は自室で寝込んでいた。十歳児の俺の体力は過酷な海の上での生活、ゆっくりと心休まることのない環境、清潔とはいいがたい環境。それらによって、体調をみるみるうちに崩してしまい、もうすでに一週間もこの部屋から出ることはおろか、立ち上がることすらもままならない。最初は俺を馬鹿にしていた同階級の年上伍長や、一等兵たちもいつまで経っても一向によくならない俺に罪悪感みたいなものを持ち始めたらしく、最後の三日間はこの船の船員全員が俺の自室に見舞いに来るほどだった。

 

 軍艦がマリンフォードにつくと、俺はイイネ准将に抱えられてすぐさま医務室へと連れて行かれた。もちろん軍艦にも医務室はあるし、船医は常駐しているし、しっかり診療してもらった。結果は「ただの船酔い」である。ただ、この船に乗っているのは海と共に生きてきた男たちであり、もちろん船酔いがどんなものか経験で知っている。だからこそ、こんなにひどい船酔いがあるわけが無い、と船長のイイネ准将へ抗議が殺到し、ならばもうすぐ着く本部の医務室でも診療してもらおうということになったのである。

 海軍本部の中でもかなりの大きさを持つ医務室に着いた。ちょうど他の軍艦の帰港と被らなかったのか先客はいない。

 

「すまないが、この子を診てもらえるかね?」

 

 イイネ准将が声を室内にかけると、ガタッという椅子から立ち上がる音と共に、小柄な老人が現れた。海軍本部にいる医者は基本的に第一線を退いた船医が普通であり、若くても四十、五十を超えていることが多い。

 

「ふむ、そこに寝かせなさい。うん、ゆっくりな!」

 

 ゆっくりと医者が示した簡易ベッドに寝かされ、触診と問診を終えると医者は「船酔いですな」と微笑を浮かべながら頷いた。

 

「船酔い……ですか?でも、もう一週間も寝たままだったんですよ?四歳の時の航海ではこんなこと無かったのに!」

 

 准将の言葉に俺も頷く。六年ほど前の航海では、閉じ込められていたがそうでなかったら走り回れるくらいに元気だったのだから。

 

「ふむ、まぁそんなことは知らんがの。そうじゃ、見る限りだいぶひどい船酔い持ちのようじゃからな、もしかしたらこれから航海に出るたびにこんな船酔いになるかも分からんぞ。」

 

 良くも悪くも成長した、ということなんだろうか?いや、成長とはいえないか。

 しかし、これからずっとこんな船酔いと付き合っていくことになるんだろうか?それは海兵としてかなり終わっている気がする。准将もなんともいえない表情をしているのが分かる。

 

「治すことは出来ませんか?」

 

 無理と分かっていながらも、一縷の希望をかけて聞いてみた。

 

「まぁ、無理じゃのう。サイボーグにでもなるなら別じゃろうがな」

 

 そう言うと、老医者はホッホッホと愉快そうに笑いながら、奥へと引っ込んでしまった。俺を立たせ、入り口の方を指し示したまま。

 呆然と立ち尽くす俺らをその場に置き去りにして……。




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