「船酔い」の宣言を受けてから、もう一年が過ぎ去った。イイネ准将はサカズキ中将付きを外れて、自分の戦艦を持ち順調に出世街道を走っているらしい。誰かの噂によると、上層部の方はもうそろそろ少将へと、昇進させる動きが起こり始めたらしい。後は箔付けに大きな仕事をこなしてもらって……ということなので、年内には少将への昇進が決まるらしい。
俺はというと、二つ階級を上げ曹長になっている。船酔いで航海中はまともに立つこともできない俺が、たった一年で二つも階級を上げられたのは、伍長の仕事内容と新たな戦闘方法を確立させられたことにある。伍長は小隊長のような立場であり、一等兵やら二等兵やらを使う中間管理職的な階級である。つまり、俺自身が積極的に動く必要がないということで、ほぼ直立姿勢でしかいられない俺でも仕事になったのである。そしてもう一つの戦闘方法とは、月歩で船から浮かび能力で圧倒するというハメ技的な姑息な戦い方である。白兵戦以外では、もっぱらこの方法である。こうして月歩を必然的に使い続けた結果、俺の月歩は中将階級の人と比べられるくらい綺麗である。かなり小さな動きですむようになり、まるで何もせず浮いているように見えるし、体力の消耗もだいぶ少なくなった。
海兵たちとも大分馴染んだ。その結果、「トビ」なる愛称までつけてもらった。トビラマという名前は長いので戦闘中など、呼びづらかったらしい。(ぐるぐるの仮面を作るべきか悩んだが、誰も理解してくれないのは分かっているので、理性を働かしてやめておいた。)「トビ」の愛称が徐々に浸透して行くにしたがって、サカズキ中将とイイネ准将までもが呼び始めたのにはびっくりした。
帰還。
その報告が俺たちに伝えられたのは、この戦艦が出航してから一週間ほどのことであった。サカズキ中将は普段帰還命令が出てもお最低でも二週間は巡洋を続ける人だった。だから、これはマリンフォードで何か合ったに違いないと、何の情報網も持たない俺たち海兵は結論付けた。そしてそれは確かであると、誰もが理解していた。というのも帰還の命令を出してからのサカズキ中将の顔は、悪鬼そのものであったし(何も知らぬ一般人なら悪逆非道な海賊に間違われたとしても、誰も抗議しないどころか納得してしまいそうである。)海賊とおぼしき船影を遠くに見つければ、即座に大噴火で沈めてしまう。伝令がその報告をするよりも先に、である。普段のサカズキ中将であれば、部下を育てる為に極力自分から手出しをすることは無い。(海賊が三億を超えているような場合はまた別だが……)それは、階級が上がりやすいこの船だから、できるだけたくさんの経験を積ませてやりたいという、中将の親心からなのだそうだ。その中将がここまでなるのには相応の訳がある、ということである。
胸騒ぎがする。嫌な想像が頭を巡るし、どこと無くそれが事実であると思ってしまっている自分がいる。いや、客観的に見るならばそれは確実なのかも知れない。漠然とした不安が、黒く重い雲のように、俺に圧し掛かるかのように……。
行きは一週間かけた道のりを、たったの二日で引き返したのは、中将の必死さと中将の部下の本気を表していた。
そんな超特急で帰港した俺たちを出迎えたのは異様な集団だった。誰一人として、海軍のコート、制服を身に着けている者がおらず、全員が黒いスーツを身に纏っている。その集団の中から一人のちょび髭を生やした男が歩み出てきた。
「これはこれは、お早いお帰りですなぁ、サカズキ中将殿。ささ、早くこちらへ降りてきていただけるかな?」
いけ好かない奴だった。ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、目には嘲りの色が浮かんでいる。声音から中将を馬鹿にする響きも感じ取れる。慇懃な言葉とは裏腹に、どこまでも中将を馬鹿にしていた。
俺が一歩前に出て奴に怒鳴りつけようとするのと、サカズキ中将が俺の腕を掴むのは同時であった。
「わしに、世界政府の高官様が何の御用じゃ?」
その言葉に俺はハッとする。この世界でスーツを集団で着用するものなんてそうそういない。それこそ、世界政府くらいのもだろう。
中将の顔は陰になっていてよく見えなかったが、その声が明らかに怒気を含んでいるのは分かった。
世界政府、イイネ准将の昇進、大きな仕事、中将の怒り、緊急帰還命令。俺の中でいくつかのピースが少しずつはまっていく……。サァーッと血の気が引いていくのが分かる。
「ムフフ、大罪人の処刑をあなたが見たいというから、十日も日付を伸ばして差し上げたのですよ?しかし、弟子の処刑を生で見たいとは、サカズキ中将は良い趣味をしていらっしゃいますよ、ええ。ムフフ」
何も聞こえない、聞きたくない。
「いいから、はよう案内せんか」
中将がこちらを向く。
「トビ、お前も来んさい。」
聞きたくない言葉はどんどん俺へと流れ込んでくる。俺の意志はダムにすらなりえない。
聞きたくない、何も何も何も……。
いきなり胸倉を掴まれて上へと持ち上げられた。眼前には顔を紫色に変え、怒りを極限にまで堪えている中将がいた。
「ええか?よう聞け!!聡いお前のことだ、何が起きたのか、これから何が起ころうとしているのかお前にはわかっとるんだろう。頭のいいやつってのは、それが分かってるから逃げ道を見つけるのも簡単だろう。だが、ここで逃げ道を作ってみろ?わしはお前をここで殺しちゃる。
どんなに辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、やりきれないこと、それが目の前の道の先にあると分かっていても、逃げ出しちゃいけない時がある!それは愛しいものを失くすと分かっている時だ!!その時ばかりは、目を背けちゃいかん!!お前がその人の最期から目を逸らしちまったら、そいつの今までの全てごみくずになっちまう。お前がそいつを愛しているのなら!そいつの最期を見てその死をお前が背負ってやらにゃいけない……。お前が正義を背負うなら、例え何があったとしても……いいな?」
世界政府の高官に聞こえぬように小さくそれでありながら、乱暴に愛の込められた言葉は俺の中に暴力的に染み込んだ。決意を決めた。俺はこれから命の散る場面を多く見ることになるだろう。俺が散らせることも大いに違いない。でも躊躇も遠慮もなく、蹂躙しよう。そうして静まり返ったその場所で、散った命を背負い込もう。
だから、頷いた。俺は俺の愛するその人の最期を最初に背負い込む為に、一歩を踏み出したのだ。
俺の大事な師匠は、粗末な服を着せられて処刑台に鎖で繋がれていた。そのすぐそばには、場違いなほど豪華絢爛な物見台が置かれていた。十中八九、天竜人が座る席だろう。
「では、この私がことのあらましをご説明いたしますわ。大罪人であるイイネは、シャボンディ諸島において天竜人様の護衛任務という大変光栄な任に就きながら、天竜人様に反旗を翻し、天竜人様に手を上げたのでございます。幸い、世界政府の役人たちが迅速に沈黙させましたので、天竜人様は無傷でございました。このことに天竜人様はお怒りになられましたが、なんと慈悲深いことに、大罪人の身分の剥奪、墓を造ることの禁止、海軍で大々的に処刑することで、お許しになられると言うことでございますわ。」
目の前のガマガエルのような容姿をして、癇に障る甘ったるい媚びるような声を上げる世界政府の高官が、本当に素晴らしいことのように語った。話しながらも、こちらをチラチラと窺っていたことで、現在大変な吐き気を催している。
「これより、大罪人イイネ・グッデストの処刑を執り行う!」
処刑台の上で、海軍のセンゴク元帥が声を張り上げた。元帥が准将の近くで何か囁いているように見える。きっと「何か言い残すことは?」みたいな感じだと思う。
准将は静かに首を横に振ると、ギロチンの下に自ら首を置いた。もう覚悟は決まっていたのだろう。
元帥は一度俯き、手を振り下ろした。と、同時に、ギロチンが走る。鮮血が舞う。首はゴトリと音をたて、綺麗な断面をこちらに向けた。静かにゆっくり、息を吐き出す。
「ほれ、はようこっちへ首をもってくるんだえ~」
場違いなほど能天気な声が処刑場に響いた。天竜人である。海兵が訳も分からずといった様子で首を抱えて、天竜人の物見台の前に置いた。すると、シュルシュルと音が鳴り、天竜人が出てきた。
置かれた首を持ち上げ、下に叩き付けた!懐から銃を抜き頭に何発も発射する!弾が切れると、何度も!何度も!踏みつけた!!
その瞬間、何かが弾け……
「ヤメロォォォォォォォォォ!!!」
世界は沈黙した。
ガマガエルもいけ好かない高官も、そばにいた役人も、准将の頭を踏みつけていた天竜人も、周りを取り囲んでいた海兵も白目をむいて倒れた。
そうして、驚くセンゴク元帥と三大将、サカズキ中将の顔を見ながら、俺の意識も遠ざかっていった……。
次回は、イイネ准将が処刑に至るまでの話を考えています。外伝になるのかな?分かりませんが、なるべく早く投稿したいと思います。
読んでいただいてありがとうございました。