赤髪のトビラマ   作:千村碧

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今回は、前回処刑されたイイネの過去編となっています。残酷な描写や胸糞悪い描写も多いので、苦手な方は読まれないほうが良いかもしれません。
読まなくても本編には変わりありません。


第十一話 イイネ外伝

目の前のセンゴク元帥の腕が振り下ろされた。ここで僕の命の余命は後数瞬、といったところだろう。そうやって自分の死を自覚すると、生まれてからの記憶が駆け抜けるように流れていく。「ああ、これが走馬灯か」思考速度が速くなっているのだろう、落ちてくるギロチンの綱の擦れる音がゆっくりと聞こえている……。

 

 

 

 

 

 その記憶は、まだ僕が東の海で父さんと母さんと幸せに暮らしていた頃。僕の父さんは、東の海のとある町で自警団の団長を任されていた。普段は小さな道場で少ない門下生を相手に指導しているか、自分自身を鍛えているかという真面目な父さんはこの町の人ではない。その昔、自身の考案した体術を世に広めようと、海賊の下っ端をしていたそうだ。ところが、補給にきたこの町で母さんを見初めて、海賊からサッパリ足を洗って道場を開いたのだそうだ。

 そんな余所者の父さんがこの町で自警団の団長を任されたのは、何も町民に頼まれたからではなく、この町で一番強いからでもない。元とはいえ、海賊であった自分のせいで、自分の妻や息子が町の人から疎まれないように、大海賊時代という無法の時代の中でも特に命の危険のある自警団の団長を買って出ることで、町の一員として認めてもらおうとしていたのだ。それは成功し、僕らは町の一員になることができた。しかしそれからしばらくして、父さんは、町の多くの人とともに殺された。「偉大なる航路」から命からがら逃れてきた父さんの元海賊仲間の手によって……。

 それからは地獄だった。お店に行けば何も売ってもらえないだけではない、品物に触ろうものならば泥棒扱いされ叩きのめされる。道を歩けば白い目で見られ、何も知らないような幼い子にも石を投げつけられる。

 そんな僕が、町を救ってくれた寮のある海軍に入隊したのは当然のことだったと思う。ある程度父さんの道場で鍛えていたとはいえ、護身用の武術、しかも我流の体術は武術としての完成度が低かった。今主流の武術とは使う筋肉が違うこともあって、入隊してからのしばらくは訓練についていけるように訓練の後に自主練習をしては泥のように眠るという毎日だった。そうして僕が海軍に入隊して訓練にようやくついていけるようになった頃、僕の元へ訃報が届いた。家に火が点けられ、母さんが死んだのだと言う。しかも母さんは、その家の中で縛られていて身動きも取れないままその身を焼かれたのだそうだ。僕に手紙を送ってくれた海軍支部の人が町の人に聞いた話によると、それをしたのは名も知らぬ海賊だったそうだ(後で知ったことだがこのとき、海軍支部に海賊が出たという話はなく、父が死に、僕のいなくなった後、人妻とは思えない母にしつこく言い寄る町の人がいたのだそうだ。)

 

 

 

 

 

 それからはがむしゃらに努力した。海賊は「悪」だから、徹底的に懲らしめた。どんな悪も懲らしめることが出来るように鍛錬で一切手を抜くようなことはしなかった。父の未完成の我流の武術は、他の多くの武術を学び、それらと重ね合わせていくことで、一つの理想形を見ることが出来た。今はまだ理想でしかないが、無能力者の僕が能力者の「悪」を懲らしめていく為には、その理想に到達し超えるしかない。一度だけ見た四皇の一人「赤髪」は僕と同じ能力者でありながら、その戦闘能力は下手な能力者を軽く超越していた。海軍で言うのなら「英雄」であろうか?彼も無能力者でありながら、戦闘能力において自然系悪魔の実の能力者である三大将に匹敵すると伝え聞いている。僕も頑張らなくては……。

 

 

 

 

 

 身も心も未だに震えている。これは武者震いだ、歓喜から来る震えだ。海軍支部の視察に来ていた海軍本部サカズキ中将にスカウトされ、明日には僕はサカズキ中将直轄の部下になるのだ。サカズキ中将は僕の目指す徹底的正義を体現した人であり、その掲げる正義に相応しく次期大将と目される人である。いつかいつかと、本部へ行き悪逆非道の海賊たちを懲らしめようという思いは持っていたが、媚びることの上手くない僕は上司に嫌われ、上手く出世のチャンスを掴むことができないでいた。実力で言えば、僕はここの支部の誰にも負けるとは思わなかったが、任される海賊が数百万程度では、いくら捕縛しようとも所詮は弱い犬が吠えているだけになってしまう。それでも僕は諦めなかった。町の人のために命を懸けた父のせいで僕と母が辛い目にあったのは、「偉大なる航路」落ちの海賊に殺されるほど父が弱かったからだ。母が何者かに無残にも殺されたのは、無駄にプライドだけが高く父が死に、僕がいなくなっても誰に頼ることもなく立ち続けたからで、自分自身を護ることも出来ないほど弱かったからだ。この世界の一番の価値はお金でも愛でも家族の絆でもない、強さだ、力だ。何に縋ることもなく立ち続けられる強さだ、どんな妨害をも物ともしない強さだ。

 だから僕はどんな時も自分自身を鍛え続けた。海賊王になる必要はない。必要なものは強くなりさえすればおのずと手に入る。そのためには強くなければいけないのだ。「何よりも強く」それがいつしか僕の信念で、覚悟になっていた。

 

 

 

 

 

 サカズキ中将の船に乗ることができるようになって少し経ち、サカズキ中将が僕を指名した理由が武装色の覇気の片鱗が見えたからだという理由を知ったときは、少し哀しくなったが、それからは先輩の覇気使いの海兵の方に指南してもらって、覇気を使えるように訓練を始めた。三つある覇気のうち、才能がなくては使うことの出来ない覇王色の覇気はやはりというべきか僕には備わっていなかった。残った二つのうち僕は、武装色の覇気にすごく偏っているのだそうで、見聞色の覇気を使えるようにするのはとても大変なんだそうだ。

 

 

 

 

 

 しばらくすると僕は、サカズキ中将の船を降ろされた。何か問題を起こしたわけではないが、サカズキ中将とは違った考えを持つ他の中将の方の船に出向いて、半年から一年ほど同じように仕事をして欲しいとの事だった。元帥からの辞令に異議を唱えるわけにもいかず、出向いたのは本部海兵の中でも有名な仕事をしない海兵こと、クザン中将であった。そこで学んだのは、書類仕事の効率を上げる方法と現場に最高指揮官がいない場合の指揮の仕方というある意味、サカズキ中将の下では学べないことだった。

 約束どおり一年後、とは寄港した町に海賊が出たりと中々予定通りには進まず、一年半後にサカズキ中将の船へと戻ることが出来た。クザン中将からのお詫びなのか、大佐への推薦書をクザン中将とサカズキ中将の両名からのサイン付きでもらい、すぐに辞令が出て大佐への昇進が決まった。

 

 

 

 

 それから幾年か経って、僕がサカズキ中将の副官となった頃、サカズキ中将に本部から直通でデンデン虫があり、いつもとは違う焦りイライラした様子のサカズキ中将の命令により、ワノクニ周辺の島へと行くことになった。そこは数日前に、海賊によって襲撃を受け壊滅状態になったということだった。

 そこで保護した子供は、サカズキ中将のお孫さんということだったが、その目の奥は子供には相応しくないほど暗く濁っていた。母親を殺されたらしいので、きっと復讐を考えているんだろう。僕に出来るのは彼を強く育てることだけだ。

 

 

 

 

 

 彼と過ごす時間は本当に楽しい。彼の才能には嫉妬することもあるが、それよりも彼を育てることは楽しいし、いつか強くなった彼と戦うことを考えながら鍛錬する日々は、いつも以上に充実していて、僕の鍛錬にも力が入る。まだまだ彼に負けない為にも僕は強くなくてはならない。

 

 

 

 

 

 サカズキ中将から准将への推薦が来ているということを聞いた。すでに上層部の間では内定しているということも。だから、箔付けのために簡単で名誉な仕事、つまり、天竜人の護衛任務に就かされるだろうという事も。

 

 

 

 

 

 たった一日の簡単な仕事のはずだった。シャボンディ諸島に降りてこられた天竜人様を半日ほど護衛する。逆らう者もいない簡単な仕事のはずだった。

 彼等の横暴な行動が許せるのであれば……。

 それでも我慢を続けた。手を出すわけにはいかなかった。僕を慕ってくれる弟子の為にも、尊敬する中将への恩返しの為にも。

 

 護衛対象のチャーチル聖が一人の女の前に立ち止まり、顔を上げるように声をかけた。

 

「そこの女、顔を上げるのだえ」

 

 僕ら海兵はただひたすらこの時間が何も起こらずに過ぎ去ることを願った。ほとんどの海兵は、自らの正義の為に、海軍に入ったものばっかりだ。そんな彼らがこんなクズ共を護衛し、真に護るべき市民を見殺しにしなければならないこの現状は、ストレスがたまるだけではない。自分自身が許せなくなる、自分が何のために海軍に入ったのかさえも分からなくなる。天竜人護衛任務に就いた海兵の自殺率が高いのも頷ける。

 

 顔を上げた女の顔は何の因果か僕の母にそっくりだった。顔はもちろんのこと、気位の高そうな目も、震えていながらも気丈に振舞う姿はなんともいえないほど美しかった。それは如何に醜い彼とて分かるらしい。

 

「よぉし、気に入ったぞえ。ワシの妻にしてやるえ」

 

「では、第十五夫人となります」

 

 世界政府の役人が当然のことのように、相槌を打つ。

 

「お、お待ちください!私には愛する夫がおります!どうか!どうかお見逃しください!!」

 

 母に似た女は、天竜人の恐ろしさを知らないのか、知っていながらもこの振る舞いなのかは私には分からなかったが、その対応は沸点も知力も低い彼を怒らせるのに充分であった。

 

「き、キサマ、ワシが誰か知っておるのか?!ええい!!」

 

 クズは醜く肥え太った肉体に巻かれたベルトから銃を取り出し、彼女へ発砲した。そう気付いた時には僕の身体は動いてしまっていた。鉄塊で銃弾を弾き、邪魔をしようとした世界政府の役人を拳砲で吹き飛ばす。ようやく状況を理解しようとしているクズを拳衝で眠らせた。

 

「ごめんよ、トビラマ君。すいません、サカズキ中将」

 

 そう呟きながら……。


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