姿を消した娘一人の為に大捜索が行われている頃、フラフラとした足取りで瀞霊廷を歩く一人の少女。
特に行き先など無く地図等も無い為、宛のない放浪の旅となってしまった。
大きな屋敷が立ち並ぶ壁に遮られ景色という景色も無い、ただただ白い壁が続いているだけの通り、そんな通りに桃色の花びらがはらはらと降っている一角が目に入った。
近くまで行くと桜の木が壁の向こうから見える。
憐椛は桜をもっと見たいと思い、壁沿いを歩き大きな門の前まで来たは良いが、勝手に入る事を躊躇っていた。
「そこで何をしている?」
憐椛:・・・ビクッ
門から身を乗り出して桜を見ようとしていると、突然後ろから声を掛けられ飛び上がる程ビックリする憐椛。
振り向くと、憐椛より少し年上くらいの色白で中性的な顔をした男の子?女の子?が立っていた。
「そこで何をしていると聞いている。」
「あ、えっと・・・桜が見えて・・・」
夜一と浦原以外に対しては人見知りをしてしまう憐椛は、桜が見える方をチラチラと見ながら後ずさり逃げる準備をしていた。
「桜が見たいのか?」
そう問われ、コクコクと頷くと『ついて来い』と憐椛の手首を掴んで門の中に入って行く。
(大きな建物・・・ココは誰かが住んでいる家?もし、そうなら無駄過ぎる。)
しばらく歩きながら周りをキョロキョロとしていると、突然手を引いていた子が立ち止まった。
そして、前を見ると大きな庭園に橋の架かった池、庭木、波目に整えられている白い砂。
これまで見た事のない景色に憐椛は言葉を失くし、目をキラキラとさせて眺めた。
「白哉坊ちゃま、お戻りでしたか?おや、そのお嬢さんは?」
「お茶とお茶請けをココへ。」
屋敷の奥から現れた初老の男性の質問は華麗にスルーし、代わりにお茶と茶菓子を持って来るよう促す白哉。
正直、誰かと聞かれても答えようがないのだ。
今しがた出会ったばかりの少女で名前も歳も知らない。
ただ、桜を見たそうにしている姿が何とも愛らしく、つい放っておけなかったという理由だけで庭内へ案内してしまったのだ。
そんな事、とてもじゃないが家の者には言えやしない。
「お待たせしました。」
程なく、先程の男性がお盆にお茶とお茶請けを乗せて現れ、縁側に置いて奥へと消えて行った。
「こっちへ来て、お茶でもどうだ。」
白哉が声をかけると少女は嬉しそうに振り返る。
その姿を見た白哉は目を見張った。
門の前で出会った時、この少女は俯くか桜の方をチラチラ見るくらいで、白哉からはハッキリと顔が見えていなかった。
庭内まで案内している間も、ずっと白哉が前を歩き少女は後ろに居た為、やっぱり顔を見ていなかった。
今、改めて少女の顔を見た白哉は思わず『小さな天女だ』、そう思わずには居られなかった。
透き通った白い肌に色素の薄い黄金の大きな瞳、鼻は小さいながらも筋が通っており、唇は薄く庭に咲いている桜と同じ色をしている。
髪は瞳と同じ黄金で頭の上の方で結い上げている。
お家柄、沢山の貴族達と顔を合わせる事が多い白哉だったが、今まで見て来たどの貴族娘よりも気品があり高潔さを感じた。
「ありがとうございます!」
憐椛のその言葉で白哉は現実に戻され、コホン!と咳払いをして誤魔化す。
「この近くの者か?」
そう聞かれた憐椛は、一瞬ビクリとしたが嘘をついても仕方がないと観念し俯きながら首を横に振った。
「答えたくなければ答えなくても良い。それより、余程桜が好きなのだな。」
しつこく質問されると思った憐椛は、随分とあっさり引き下がった白哉にビックリした。
見知らぬ自分を庭内に誘ってくれた上にお茶とお茶菓子まで準備してくれる優しさ、そして無理に詮索をしようとはしない寛容さに、夜一や浦原と同じ温もりを感じた。
「ん?どうした?」
呆然と立ち尽くしている憐椛に首をかしげながら尋ねる白哉。
それに対して笑顔で首を振り、お茶を手に白哉の隣に腰掛ける憐椛。
「桜は好き。ぱっ!と咲いてぱっ!と散るから・・・。枯れても無いのに綺麗なまま散るでしょう?その散り際の良さ・・・潔さが凄く好き。」
隣で聞いていた白哉は、この少女の言葉に違和感を覚えた。
自分よりも年下であろう少女は、死に急いでいるようにも聞こえる言葉を平然と口にする。
既に死を覚悟しているような・・・そんな少女の横顔を見ながら白哉は切ない気持ちになっていた。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。私は朽木白哉だ。」
会話を変えようと自分の名前を名乗った白哉だったが、名前を聞いた途端、憐椛は持っていた湯呑を落とした。
「く・・・ち・・き・・・?」
この名前には聞き覚えがあった。
家族が殺される数日前に食事処で会った二人の老人と一人の少年。
目の前に居る白哉があの時の少年だと今初めて気がついた憐椛。
あの時は相手の顔をじっくり見る余裕も無く母様に店の外に連れ出された為、少年の顔までは覚えていなかった。
少しだけ振り返って見たものの、刺すような鋭い視線を送られていた事に恐怖を感じてすぐに目を逸らした事を思い出した。
「大丈夫か?」
目を見開き小刻みに震えている憐椛を見て白哉は、濡れた膝や着物を持っていた手ぬぐいで拭いてやる。
「どうしたというのだ。」
湯呑を落としたままの状態で固まっている憐椛の顔を見ると、目を見開き、大きな瞳いっぱいに涙が浮かび、唇は何かを言おうとしているのかパクパクと小刻みに震えていた。
「どうしたのだ?しっかりしろ!」
そう言って揺さぶってみても、ただ瞳に溜まった涙が零れ落ちるだけ。
そこへ『どうかなさいましたか?』っと、先程の男性が現れ、憐椛の異変に気づいた。
「どうなさったのですか?しっかりなさって下さい。誰か!誰か、お布団の用意を!」
憐椛はそのまま意識を手放した。