ハリー・ポッターとスリザリンの代理人 作:Farben.AG
スライドをごらんの後にはチームの諸君らに大きな拍手を。
日刊預言者新聞。たぶんドイツにおけるヴァルプルギス新聞と双璧をなすイギリスの新聞。一面に出ていたのは、『魔法省・高級官僚の贈収賄疑惑』というマグルの新聞でもにぎわせているような内容だった。新聞によると魔法大臣、コーネリウス・ファッジを筆頭に、バグマン(新聞によると大物)などの大物官僚たちがゴブリンの銀行を中心に何万ガリオンもの金貨が不正に動いているというのだ。ここまでは精緻を極めている分析が行われている。
ところが二面からは、イギリスに留学する前に問題となり、既に処理された『ホグワーツの箒問題』となっていた。
この問題はマダム・フーチなる人物が1年生を教育するに当たって使用する箒を、きわめて危険な、古い箒のままにしていたことを理事会から非難されたという一件である。(もっとも、一週間後彼女の授業を私たちは受けることになったが)。
当初、イギリスで最も権威のある学校ということもあって、大きな問題として提議されたが、理事会等の調整の結果、今年の10月1日には最新の安全な箒に更新されるという旨で合意に達して事態は1か月前には収束した。
はずなのだが……。まだ騒いでいる。
もう過ぎ去ったことではないか?だが、新聞はやたらこれを書き立てている。
三面は知らない人物の不倫疑惑、四面~六面はややまともだが当の昔に起きたことへの責任追及とのこと。最終面も近くなってくるとどうでもよろしい“ほれ薬”などの、建設性のない魔法薬の薬効についての書き立てと、目を疑いたくなるような内容のオンパレード。いつからイギリス魔法界の優良新聞は
「おや、アドルフ。日刊預言者新聞は気に入ったかい?」
ワトソンが私を見ていた。
「その様子だとそうでもないようだ。昔は、なかなかいい記事を書いていたのだが、もはや過ぎ去ったこととなってしまったようだな」
珍しく彼にしては饒舌だ。グレーの眼が私を見ている。
「何かご存じなので?」
彼は薄笑いを浮かべた。
「いや、まあ、知り合いが働いていてね」
言い終わるとすぐに私にチョコレートを一つ分けてくれた。
「この記事からもすでに君は察したと思うがね、ジャーナリズムの低下は度し難いほどだ。七面を見たまえ。あの生き残った男の子のみに、力点を置いていてばかりではいけない。それにだ、この記事を書いたのはマグル出身の記者だ。マグルの目線で書く。ああ、念のため言っておくと、『魔法』という世界になじみがあまりないという意味使っただけだが」
ワトソンはそう言って記事の作成者を示した。リータ・スキータ……。よく見ると、不倫疑惑等のゴシップ系はこの記者が主として編集しているようだ。一般人、いわゆるマグルのほうでは受けるだろうが、それにだいぶこの人物はページを割いている。
「この記者は劣悪かつとんだ欠損精神の持ち主でね、今言った“マグル出身の目線”ということも、この記者の手にかかれば、大方「純血主義者」だの「差別主義者」のレッテルを張られるのがおちになる。最大の欠陥というのは、こうした記者の存在ではない。偏向報道、金銭主義に『一流新聞社』が力点を割くようになったことだ。その意義はわかるか?」
「ジャーナリズムの低下ですか?あるいは新聞というものが読まれなくなりつつあるということか……」
ここでワトソンはそう言ったことではないと右手を挙げて否定を示した。
「それはあくまでも表面的な事象に過ぎない。根幹に目を当てよ」
ない頭を私は絞って考えてみた。偏向報道は読者を集めるためという点では金銭主義と同様だ。片足で立てば、もう一方の足を失う……。
「“信頼”の欠如ですか?」
「その通りだ。まさに、君の言ったとおりだ。新聞というものの本来の役目はある種の欠損を含んでいても、事実をつたえるものだ。そして、それを「信頼」という名のもとに私たちは新聞を買う。だが、こうして偏った視線と読者を集めるためになれば、購読者たちの間にある種の「あきらめ」や「不安」が生じる。これが大多数を占めるようになれば、新聞はただの紙切れになる。もはや、誰もその勧告あるいは知らせに注意を示すものはいない」
だからこそ、もし、何かが起きたときに新聞が「真実」を初めて口にしても、誰も耳を貸さない。それ故にだ―― とワトソンは続ける。
「『真実』を口にする信用を取り戻すためにも、報道はより公平性を求められるということだ。「演出」をなるべく排除させなければならない」
ここでリータ・スキータの記事を改めて指でトントンとたたいた。
「それ故に、イエロージャーナリズムの存在はその大きな妨げになる。アドルフ。私は一種の確信をもっていっているのだよ。間違いなく、今の報道体制はおかしい。まともなソースもなく、ネタもない。そして、本当に都合が悪いのであれば、その記事を消してしまう。なかったことにしてしまうのだ。この恐ろしさは今の君に分かるかね」
「いいえ。しかし、記事を消してしまうというのはできないはずでは?」
「簡単なことだ。あまりにも。もし、MOM〈イギリス魔法省〉がこの醜聞記事を消すようにと求めるのであれば……」
そう言ってワトソンは一面を示した。どなっている魔法官僚たちが映し出されている。
「さる人物例えばそうだな、絶大な財界に影響力を持つゴブリン、もしくは……」
ここで彼はちらりとマルフォイやパーキンソンなどの聖28族のクラスメートたちが普段座る席を見た。
「もともと巨大なコネクションを持つ名家がこれに文句を付けようものならば、そいつらはスポンサーだ。だから、今まであったこともすべてなかったことにするだろうな。お詫び広告か、別のスキャンダルを見つけて。ネタ元の不明瞭な記事を平気で載せるのだ。それくらい朝飯前だろう。知識を悪用する記者もいることだしな。下らん。君たちの言葉ではこうした連中をシャーデンフロイデ〈欠損した喜び〉というのだろう?
そう言って食事の席にあったココアに口をつける。私は黙って新聞を見つめていた。彼も黙ったままだった。そして、もう一度、口を開いた。
「さて、おしゃべりはこのくらいにしておこう」
それっきり彼は黙ったままだった。そして、いつもと変わらずに書類を見比べていた。やがて、広場に人が集まってくる。初めに親友のマグヌセンが話しかけた。
「おや、珍しくよくしゃべっていたじゃないか」
あの様子をどこからか見ていたのだろう。
「たまにはね」
マグヌセンがいつも通りワトソンのそばに座り、生徒たちが大勢やってくる。食事が始まった。
聖28族、スポンサー、財界人。そんな言葉が頭にちらつく。
「次の時間は何だね。ノット」
セオドール・ノットはマグヌセンの言葉に反応して時間割を無言で見せた。彼は比較的無表情だ。
「ああ、天文学だ。いい学問だ。星を見ることによってこの俗世を離れることができる。占い学の教授よりもまともな学問だ。頑張ってくれ」
その教授はひょっとしてトレロニー女史か?
「次は天文学だな。星は美しいぞ」
フレデリックがそう言う。
「始まったぞ。また勉強狂いの演説が。無視したまえよ」
あきれた様子でフェルプスがそう言う。それに反応したフレデリックはじっと睨みつけていたが、どうも報復に打って出ることにしたらしい。
「ああ、監督生殿。偉大なる我らがフェルプス殿。あなたおっしゃいましたよねえ、愛しの方が消えたときに、一晩中泣きはらした挙句に、勉強こそ我が恋人と宣言なさった。さて、どこに、一体どこに私との違いがあるのか?」
フレデリックが面白そうに続ける。
「まあ、これは置いておいても、エミリーは今いずこか?失恋の痛みお察しします」
フェルプスの顔がさっと紅潮した。
「黙れフレデリック。生ける屍の水薬を君に飲ませてやろうか?紅茶か?かぼちゃジュースか?オレンジジュースかコーヒーか?どっちか混ぜてほしい奴を選べよ。安心しろOWLが終わるころに医務室に運んでやる。え?」
これは効果てきめんだった。フレデリックは黙り込んだ。
エミリーって誰?そうポートランドが言うと2年生のナタリア・マクノートンがレイブンクローの前までいた美人の女子だと伝えた。なお、詳細は話し終える前に、フェルプスがマクノートンをにらみつけ、マクノートンはフェルプスとエミリー・ポットのなれそめを語るにとどまった。
こうして、彼の恥ずかしい恋愛喜劇は、なかったことにされ、彼の徹底した火種消しと磔の呪い(おい、ちょっと待て、それは違法だぞ)をかけるぞという脅し文句の前に我々は沈黙した。黙り込んだ私たちに対してアドラーが何かしらの面白い話題をゴシップ好きの2年生ワルター・フリードマンに振って、いつも通りの光景へと戻っていく。周りもにぎやかさを取り戻していく。
私も時に周りに混ざって会話をしながら、夕食のエンドウ豆のスープとマッシュポテトと牛肉のゼリー寄せをとってゆっくりと食べた。
公平性がより強くジャーナリズムに求められる。それから数年後、私は深くその言葉を考えさせられることになる。
その日の夜、私たちは天文学を受講すべく外へと向かった。天文塔には教授が一人、紅茶を飲んで座っていたが私たちを見ると挨拶をした。
「初めまして皆様。オーロラ・シニストラと申します。天文学へようこそ。今日は寒いことと思います」
ええ、左様で教授。極めて寒い。私はローブに珍しくセーターをつけて臨んでいたし、女子学生たちはスカートに入り込む寒風の影響で寒そうにしている。(幸いにして丈の長いスカートであり、さらにローブもあるのであまりひどい様子ではなかったが)全員がものの2分で寒さに震えていた。
最悪なことへの救いとしては、空は月が明るく輝いている。絶好の観測日和だ。私たちは寒さにやられながらも観測を始めた。すると、不思議なことに、寒さや眠気も吹き飛んでいくようだった。なんと星が美しいことか。そして知らないことが多いことか。
ダフネとマルフォイも同じ気持ちらしい。メモを詳細に取りながら質問していた。相方、クラッブとゴイル、パーキンソンは眠っている。ノットは黙って観測を続けている。眠気と好奇心を持つものが大勢いる中、授業は真夜中の12時まで続いた。課題は観測できた星についてのレポートだったので、眠る前の午前1時に書き終えて就寝した。その時間までノットは見た星がいかに美しいかをとうとうと語っていた。そのくせ手は動いているのだからさすがというべきか。
「つまりね……」
「あいつ、あんなにおしゃべりだったか?」
マルフォイがやや驚いた様子でノットを見ながらそうつぶやく。甚だ同感である――Astronomica colit astra〈天文学は星を見守る〉。しかし、星を見つめすぎれば、そのとりこだ。まさかとは思うが、
土曜日になった。
とりあえず、最初の一週間は何事もなく終了した。
6時30分に起きてコーヒーを飲んだ。その後は日記をつけ、復習をするために、カバンに荷物を詰め、OWLがどうのこうの言っているフェルプスとフレデリックとともにコーヒーを飲んだのちに、フレデリックと一緒に朝食をとるために広間へ向かった。ダフネは珍しく起きてこなかった。彼女を見たのは広間の椅子に座ったころにフェルプスに率いられた各学年の生徒たちとともにだった。レインとポートランドとともに話している。いつもとは違って、リラックスできているようだ。常に緊張せずに穏やかに勉強に彼女は取り組むということを考えるのであれば、あれが自然な彼女の姿なのかもしれない。
朝食も無事に終え、授業はなかったので図書館へ行った。
たぶん、ロングボトムもいるはず。彼が約束を覚えていればだが。
まあ、それは神か、亡き両親のみが知る。いなかったとしても仕方はあるまい。私はそう思って図書館の自習のための部屋へと向かった。自習室はあまり人がいなかった。この部屋は、もとは写本室だったのだろう。写本のための設備が二三点ある。例えば空気がこもる構造になっているが、これは写本もしくは書簡が変質しないようにされる設備だ。
まあ、ほかにもいくつか、床に残った金粉などもある。見まわして、席に着こうとすると、肩をたたかれたので振り返った。
新品のローブ、少しおどおどしている様子、グリフィンドールの所属を指し示す、赤の入ったローブに赤と金のネクタイ。
「おや、ロングボトム。来てくれたのですか」
彼はおどおどしながら答えた。ちょっと周りを見回しながら。
「うん。迷って遅くなったけれども」
「そうですか、まあ座って」
私は椅子をすすめた。その前に、と彼は前置きして、私に紙袋を渡した。
あっ、そういえばダフネからもらった包みを開けていなかった。ここで私は包みのことを思い出して、微妙な表情を浮かべた。表向きはいつも通りだが。
ロングボトムは私が満足したと受け取って幸せな表情を浮かべた。
個人的にはこちらのほうが、紙袋いっぱいのお菓子よりもありがたいが。
彼は椅子に座ってカバンを出し、羽ペンを出し、インク壺を忘れたことに気が付いた。戻ろうとする彼を引き留め、私はインク壺を彼に渡した。
「使って構いませんよ。どうぞ」
彼は礼を言って、私のインク壺を使った。ゆっくりと自習室の時間は過ぎていった。1年生でいるのは私とロングボトムぐらいな……。いや、いた。もう一人のグリフィンドール生があの特徴的な栗毛はハーマイオニー・グレンジャーだろう。一人で黙々と羽ペンを動かしている。あの様子だと、予習だろうか。今彼女の目の前にある本のページ量は明らかに1年生の後期に入っているからだ。すごいなと一人で嘆息する。一方のロングボトムのほうは魔法史の羊皮紙をまとめていた。
「1240年におけるシュウィーツ魔法会議」というのがテーマだった。シュウィーツ魔法会議はスイスの名称のもとともなったシュウィーツがハプスブルク家より特許状をもらったことに起因し、帝国都市の魔法使いと神聖ローマ帝国の魔法使いのすみわけが起きるきっかけとなり、中世の魔法使いたちに国境という概念が生まれた重大な会議だ。こうしたことは面白いのだが、大方あのゴーストには完全につまらない学問にされているのだろう。
実際ロングボトムの顔は無味乾燥な内容に辟易した様子だった。
歴史は物語だが、語り部がつまらなくてはいかに面白くても、その楽しさを見せることは永劫にない。朗読をあのように棒読みにするような老人には。
そう思いながら、『魔法の薬草ときのこ千種』をめくって変わった植物についてのレポートを作る。それ以外は教科書をめくり、調べ物などをしていた。やがて、昼が近くなってきたので移動しようと促して談話のできる場所へ行った。そこで、ちょっとした昼食をとりながら、やはりちょっとした話をした。内容は差しさわりのない学校生活についてだった。
まず、私のほうからここ一週間にわたっての生活を話した。組み分けが長かったという話と『魔法史』は人を小ばかにした様子で話す教授はいけ好かない。『変身術』は難しいが、本当に魔法の神髄なのだということ。『薬草学』は単純ながらも、ためになることが多いといったところか。さて、私の役目は終わりだ。彼の番だ。
「それで、今のところいかがですか?」
彼は様々な話をしてくれた。最初は少し落ち着きのない声だったが、私は時折同調や面白く聞くそぶりを見せて、彼を安心させた。そこで、徐々に彼の人となりを分析していく。そして少しずつ、彼がどんな人なのかを見出していく。ネビル・ロングボトム。やや挙動不審ながらも、確かに優しさがあり、薬草学・魔法史などといった集中して行うもの、観察することに関してはほかの人間よりも抜きんでた才がある。落ち着いて物事を冷静に判断する時間さえあれば、この頭脳ではグレンジャーにも匹敵する可能性がある。だから私は思うのだ。誰か、導く人があれば、ゆっくりと、でも確かに成長するという素地を彼は備えている。
また、もう一つの側面を覗くことができた。私は彼とおしゃべりをしながらもそう思ってやや微笑んだ。彼とはそのあと課題以外にもいろいろなことを集中して調べてみた。彼の好きな『魔法の薬草ときのこ千種』に載っている変わった薬草がないかといったように、ホグワーツ城を夕方まで二人で歩いた。植物を見ないかと私が誘ったのだ。
途中彼は確かにその冷静な目で中庭に生えている草から肉料理に使うとこの上なく素晴らしいスパイスになるハーブを見つけ出した。
「あれはセージかもしれない。どう思う?アドルフ?」
彼は彼の持ってきたハーブを見た。確かにセージに似た見た目をしている。
「ええ、見た目はそっくりです。失礼」
少し、つぶしてみる。芳醇な香りが立ち上る。間違いない。確かにそうだ。
その後も、パセリの亜種などといったように、中庭を歩いているだけで彼は約10種類のハーブを見つけ、かつその用法をすぐに思い出していた。
私の勘は間違っていなかった。彼の頭脳は明らかに優れている(それも植物という世界に関しては同学年では太刀打ちできないだろう)。それを見出せない人々が彼を馬鹿にするだけなのだ。
ところで、今、この様子は、はた目から見れば奇妙な光景なのかもしれない(実際に周りの注目も集めていた)。グリフィンドール生とスリザリン生が一緒に庭を歩いているのだから。でも、そんなことは、どうでもいいくらいに面白い時間を過ごすことができた。発見とそれを分かち合うものがいることほど、この世に素晴らしいことはまずない。
そうやってホグワーツ城を歩き回った。
やがて、夕闇が下りてくる。そろそろ寮に戻る時間だな。彼も時間だと気が付いたようだ。カワシヨ・シソ(薬効は保湿性を保つこと)を採取し終え、カバンにしまうと、私にさよならを言った。
「いつか変わった薬草があればぜひ見せてください。では、また今度」
私もさよならを言った。
彼は微笑んで手を振った。それでは、また今度。
あなたは、上へ歩いていく。私は下へと歩いていく。
カバンを抱えて、スリザリンの談話室へと入っていく。包みを丁寧に扱いながら、丁重に談話室の机の上に置く。
そして開ける。バターの香りと甘いにおいがする。中にはジンジャークッキーやチョコレートクッキーが入っていた。誰かの手製なのだろう。そんな気がする。
完成したレポートをファイルに入れ、紅茶を注いで飲みながら予習をしてみる。別段困ったことはない。これでいいだろう。そう思って、もらったクッキーに手を付けてみる。しっかりと練りこまれたバターの引き立てるいい香りと砂糖の程よい甘さがとてもよかった。
ああ、そうだ。包みといえば、忘れてはならない。ダフネからもらった包みを開けよう。
私は自分の部屋に行き、ロッカーを開けた。丁寧に青い布によってつくられた包みがクリーニングに欠けたシャツの隣においてある。
自習机に置き、ゆっくりと青い布をめくっていき、小さなベルベット地の箱を開ける。
魔法の柔らかい光に包まれながらも、銀色のネクタイピンが姿を現した。手に取ってみる。ひんやりとした銀独特の冷たさを帯びていた。
銀製のネクタイピンには職人技としか言いようのない見事な線を描いて曲げられていた。銀の装飾による曇りと、曇りのついていないつるつるとした銀色の線が交差している。
すばらしいの一言に尽きた。
そして、思う。まだ、これをつけるには早すぎる。それに、元はダフネのものだったのだ。本来ならば彼女の服につけておくべきものだった。彼女には資格がある。優しく、区別をしない性格だ。私はその対極にいるのだ。いつか、ふさわしいときにつけるとしよう。それまではお預けにしよう。
私はネクタイピンをもう一度布でくるみ、箱に仕舞った。
だが、もう一度考えてみた。『これを気に入りましたよ』とやはり示すべきなのかもしれない。
少し悩んだ後、私は包みをほどいた。
ダフネ・グリーングラスの視点
友人も増えた。同室のシルヴィアとは初対面だったけれどもすぐに、仲良くなった(彼女が親切で分け隔てなく接するから)。パンジーとは既知の中だったので問題はなかった。
でも、フレデリカは時間が掛かった。
フレデリカはおとなしくいつも敬語を使い、優しく、思慮深い性格。それが第一印象だった。ところが、そうでないとすぐに確信に至った。彼女は恐ろしく用心深く、人を信用することはめったにない。そのことに気が付いたのは初めての授業が終わって、夕食の席で彼女と話しているときだった。本能的に何かが頭の隅に引っかかった。
なんだろう?眠る前に頭の中で思い返してみる。すぐに見つかった。彼女は話すときに、気づかれないように、人を天秤にかける言葉を織り交ぜているのだ。翌日の朝食の席で彼女と話すときにこう言ったことに留意して、敵意がないということを私は、言葉に彼女がしたように、織り交ぜて警戒を解く努力をした。そして、出来るだけ、彼女に話しかけてみた。話題は何でもよかった。彼女が博学なのも手伝って、ラテン語(私は語感を楽しむ程度だが)や本の話をなるべく彼女とした。
本当にゆっくりとだが、彼女は警戒を解いていった。
彼女の警戒を叩き壊したのは、木曜日の『薬草学』に移動するときだった。私は思い切って自分の悩んでいることを話した。腹を割って話したということだ。端的に言えば、私の純血という思想への懐疑を打ち明けたのだ。
それはあまりにも劇的に彼女を変えた。彼女は声を低くしてだが、彼女なりの考えを私に話してくれた。「血」という概念はやはり、彼女の世界を確かに犯していたといってもいいだろう。あまりにも重い話題だったが、彼女は心の内を話してくれた。教室につくころ。彼女と私はこうしたことを話し合ったおかげでゆっくりと縮まっていった距離はあとわずかになり、金曜日の天文学の時間のころには彼女の星への見方も教えてくれるようになった。私の妹の名前が天文学に起因する名前だといったことも大きかったのだろう。わずか数日のことだが、こうして私は友人をまた一人得ることとなった。
土曜日
普段よりも私はゆっくりと起きた。同室の人は皆まだ夢の中だ。私は立ち上がって、談話室のほうにローブをつけて歩いて行った。談話室にはすでに起きている5年生たちと7年生たちがいた。
スリザリン生たちは常に早く行動する。教室に行くときも、物事を考えてまとめる時も。思考を張り巡らすときも。時間は人を待たないという原則を順守するようにして。
私は反対に立っている人間だ。何事も遅い。困ったことだ。
アドルフは対照的だった。彼は常に早く行動し、何かを考えてから行動に移す。そして、頭もいい。1年では答えられるものがほとんどいないことで有名な、スネイプ先生の質問にも平然と答えて、そして得点をもらったほどだ。
案の定、彼は典型的なスリザリン生の一人として常に行動しているようだ。
彼は朝早くから談話室には姿があって、フレデリックたちと話をしていた。朝食の席にはちらりとその姿が見えていたが、それからずっと、談話室に戻ることはなく、夕食の前に談話室に戻った。
彼はソファーに深く腰掛け、包みを持っていた。包み、入学式の時に彼にあげたネクタイピンを思い出す。ここ数日間、私は彼がシャツとネクタイの姿でいる時に、彼のネクタイを見てみることがあったが、彼は一回もつけている様子を見せなかった。気に入らなかったのだろうか。そう思うと少し残念な気がした。
でも、それはすぐに杞憂に終わった。
紅茶を彼は飲み干した後、すぐに部屋に戻った。そのあと、ローブのボタンを少しだけ外して、座った。いつもの彼らしくないと思ってよく見ると、銀色に光るネクタイピンをつけていた。
彼はネクタイピンをつけているのだ。
彼は黙ったまま書類を読んでいたが、どことなく嬉しそうな様子だった。
そして、私を見ると会釈した。
彼はどうもネクタイピンをつけるかどうか迷っていただけだったのだ。彼は大事そうにネクタイピンを見つめた後、もう一度、今度はめったに見せない笑顔で礼を言った。
「ダフネ。ありがとう」
と。「ありがとう」という言葉は、ありふれている、けれども、その時の彼の言葉はありふれてはいない、とてもいい響きを持っていた。その言葉には彼の優しさと思いやりが凝縮されたような礼の仕方だった。
彼はとても気に入ってくれたようだった。少し微笑んだ後、夕食の席へと歩いていく。私も同伴しながら、言葉をかみしめる。
ここに来てよかった。改めて実感する。
夕食やシャワー、歯磨きといった間でも私の頭にはその言葉が残っていた。
とてもいい気分だった。眠る前に少しだけ呟いてみる。
“Vixi et quem dederat cursum Fortuna peregi, et nunc magna mei sub terras ibit imago.”
と。
そんなわけで、二つの夜をまたいで、日が昇る。新しい日が始まる。
フリードリヒ・フェルプスの視点
四年生が終わったときは一年が終わったという達成感ではなく、これから試験だという重い気分だった。
そして、新学期前に尊敬する先輩から監督生のバッジを受け取った。寮の監督か。重責だな。そう思って、チェコを出発し、空路でロンドンへ向かい、ホグワーツに到着した。
仲間であるエミールに迎えてもらい、スリザリンの席上についた。組み分けが始まった。いつものようにそれぞれの寮に人が割り振られていく。毎回のように組み分けされる聖28族にはなるべく尊敬の情をもって接し、そうでない人物は親しげに接して圧をとるというのが監督生の責務だった。ドラコ・マルフォイには丁寧に尊敬と敬わせるように誘導する言葉で接し、セオドール・ノットには孤独を溶かすようにして接した。マグル生まれのリチャード・ベンソンには安心するようにという言葉とともに迎えた。
そこで僕はドイツ人としては一人目となる。アドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウスに出会った。彼の組み分けは難航していたのを覚えている。象徴的な組み分け困難者がいる代だなと、エミール、カールとともに話し合った。
アドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウス 背が高く、顔は青白く痩せている。度の強そうな眼鏡をかけた典型的なドイツ的エリートの風貌だった。僕は真っ先に彼と握手して、純血主義について気を付けるようにといい、寮の席につかせた。
興味深い人物だ。それが僕の最初の彼への印象だった。
勉強のことについて彼はよく質問をした。ちょっとした不安と期待をもって。僕はそれに単調に、でも好意をもって接した。
人となりに気が付くのは難しい。
彼のしぐさや言動に注意を払えば、優しい雰囲気を持っているが、それに気が付くのはめったにない。というのもだが、彼は近づきにくそうな雰囲気がその大半が占めているのだ。それに加えて、常に敬語を使う。同学年であってもだ。当然距離を感じて、総じて冷たいという印象を受ける。
さらにはあまり顔には表情が現れない。たぶんドイツ語では常にSieを使うタイプだな。やはり距離を感じるが、彼なりに相手を思いやっての行動なのだろう。
驚くべきことに、新学期が始めるころの一日目、彼はすでに予習を始めていた。すばらしいと思う。そして、打算的だが、彼は常にうまいコーヒーを持っていて、コーヒー好きの僕としてはありがたい。それに、いくら飲んでも彼は顔色一つ変えなかった。こういったところも彼の美点だ。特筆すべきよいところは彼がマグル生まれの人間と接するときにも、まるで出自を気にせずに的確に助言をし、仲良くなっていくという能力があることをウィルヘルミーナは教えてくれた。彼は相手と話すときに相手を落ち着かせ、相手を開かせくつろがせたうえで話すことができるという、天性の能力がある。こうしたことは〈穏健派〉の僕たちにとって明るい一報となった。
彼の人となりは、1年生たちからの噂話からも、ほかの寮の生徒たちの話からも分かる。聞いた話ではミスをしかけた生徒を寮にかかわりなく助けた。実にいいことだ。ほぼ毎日聞いた。それに、土曜日には、グリフィンドール生と勉強をしている様子を自習室で見ることができた。相手の意見を尊重して時折、アドヴァイスを加えていた。
ここでついに僕は確信する。エミールも同じ表情だ。アドルフ・フォン・ピュックラーは模範的な単なるスリザリン寮においての優等生ではない。助けが必要なものがいれば、彼は寮を超えて行動しようとする、優しさを持っている。
アドルフは間違いなく、期待することができる。
〈純血派閥〉を切り崩す最大の材料だ。
優しい彼は間違いなく、僕たち〈穏健派〉最大の武器に他ならない存在になりえる。いや、なる。ともかく、彼は楽しみだ。実に。
先年の努力もあって、あともう少しでハッフルパフとは仲が良くなる。だが、あともう一つの確実なものが必要だ。その確実なものたる存在こそ、アドルフたち一年生なのだ。
日曜日が終わる。新しいカリキュラムが加わる。ひとまず、一年生諸君が楽しめる教科であることを祈るとしよう。
僕はそう思いながら、寝静まった談話室の中でエミールと一緒にポスターを貼った。
まずは一歩をこうして踏み出す。
日刊預言者新聞はこの時点でイエローペーパー化している設定といたしました。監督生、フェルプスも登場です。
これをもって一週間を終了し新しい週へと入っていきます。
誤字報告ありがとうございます。