ハリー・ポッターとスリザリンの代理人   作:Farben.AG

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クリックセン教授(教育心理学):皆さま。この「手記」を解釈するに従いまして、今回のスライドは教育上の観点からも興味深いものと言えます。周知のことですが。学校とは教育の場であり、子どもたちにとって一つの社会にほかなりません。その社会を子どもたちは生きているのです。そして、大多数の生徒たちというのは多かれ少なかれグループに属しています。特にイギリス魔法教育界においてはその「子供の社会」というものは顕著です。
かつきわめて興味深い。といいますのも、ホグワーツという学校はイギリスにおいて「すべて」といっても過言ではないからです。社会に出ても寮の出身がものをいうほどです。また寮による異様ともいえる結束行動などから、俗に言われる“ホグワーツモデル”の提起が始まったほどホグワーツという学校は研究対象として事欠きません。
そして、これから始まる諸問題上のキーポイントともいえます。
漠然とした内容にご不満の方はご安心を。スライドの上映の後には教育学上の発表を行いたいと思います。持ち時間30秒では伝えきれませんしね。
〈笑い〉
それでは、ピークソート教授。始めてください。
〈拍手〉


10. 飛行訓練

 最初の一週間が明けて、朝、早く起き、コーヒーを淹れていると、寮の掲示板にお知らせが張られていた。掲示板はこまめに見なさいとはホグワーツの不文法のようなもので、それに従って、寝ぼけ眼のままのダフネを迎え、コーヒーを勧めながら、掲示板を見た。よろしくないニュースだった。

 

『今週木曜日より、グリフィンドール寮と合同で飛行訓練を行います』 

 

 箒を使うのか。まいったことだ。体を動かすことは好きではない。嫌いだ。

 それに、箒というものは(魔法使いの家系にはあるまじきことだが)一度として使ったことがないので、一般の方々と変わらない気持だった。ちなみに、飛行機訓練についてはジョン・スチュアートも同様の様子だ。彼はクリケットのほうが好きだし、そもそも、クィディッチなどというわけのわからないスポーツは、生まれついてからなじみがないのも手伝って、遠巻きにしてみている。友人のポートランドもその様子(そういえば最近は丸くなった)。

 ポートランドを交えて、スチュアートとしばしそういったことで談笑した。

 議題は無論。箒について。

 そもそもの問題として、高いところは嫌いで、空から落下するということを常に恐れていたというのも大きい。空中を飛ぶなど飛行機で十分に事足りる。あるいはヘリコプターでも。なぜ箒が必要なのかね?

 とは私たちの結論だ。

 まあ、いくら話していてもこぼれたミルクを嘆くわけにはいかない。やや沈んだ気持ちで月曜日の魔法史のレポートをカバンに入れ、飛行訓練の旨を予定表に書き入れる。

 そして、平常通り、何も見なかったようにして、明日提出するレポートに手直しを加えるころ、それぞれの部屋から同級生たちが出てきては、掲示板を見て喝采を挙げた。誰もが喜び、このことを待ち望んでいたかのような喝采だった(私を含む幾人かは望んでいない)。

 

 この興奮の中心人物はマルフォイで、待っていましたとばかりに自分が箒をいかにうまく扱えるかということを饒舌に語った。すごいと思ってよく聞いていると、ヘリコプターをかろうじて避けたという内容に及んだので、途端、私の頭の中でこの話は残念な脚色の入ったものだということになった。ヘリコプターはすさまじい音を立て、風圧を発生させるのだ。それに気づかずかろうじて避けたということは、つまり彼は飛行中に何か耳あて(それも遮蔽性が高いもの)をしているか、よほど上の空だったということで、どうにか説明できるがあまりにも無理がある。

 

 第一に、すぐ近くまでやってきたにもかかわらず、気が付かないとは普段の敏感な彼らしくもない。鈍い相方二方ですら、後ろからすさまじい風が吹けば振り返る前に逃げようとするだろう。

 さてさて、本来ならば、飛行中のマルフォイは風圧にあてられて、バランスを失って落下する。結果的に――ひき肉になる……よくて骨を壊して人間リンゴになって原形をとどめることでしょうな。両親はさぞ嘆くだろう(朝から相当グロテスクなことを考えてはいるが)。私は書類をまとめながら暗い笑いを浮かべた。

 

 しかし、こうしたことを突っ込むのであれば、別の人間の話もまたうそになる。あるいは素晴らしい死に方を遂げることになる。というのもだが、別にこうした話はなにもマルフォイに限った話ではないからだ。

 例えばセルウィンはあまりにも高いところへと飛翔し、結果的に気流に巻き込まれたと語ったし(推論通りならば、彼の氷漬けが落下する)、クラウンは田舎の上空を飛び回って、警察に追いかけられたという話をした(それならば、彼は厳重注意を受けているだろう)。

 脚色をすることほど面白いものはない。人はこうしたことで自分の想像力を発揮するからだ。さて、最後に面白い例をあげようではないか。

 

 もっとも脚色に富んだ話はザビニのもので、南アフリカに行った際に現地軍と戦闘になり、母とともに、銃弾の中を箒で飛んで逃げ延びたという、映画そのものの話をした。必死に逃げ延びてボツワナ共和国(アフリカのユートピア)に逃げ延びたというところで話は終わり、皆が拍手したが。そんな話を私は信じる気持ちはさらさらなかったし、もう、箒の「ほ」の字も聞きたくないので、マグヌセンとワトソンが現れたのをいいことに、ダフネとともに、すぐにその場から脱出した。7時ちょうどまで勉強をして、カバンを整えていると、こうした喧騒とは無縁に本を一人読み、カバンを持っている背の高い人物―― セオドール・ノットがいることに気が付いた。

 セオドール・ノット。ルームメイトだが、よくしゃべる同室二人組(マルフォイとティッロ)とは対照的な人物。私の隣のベッドに寝ている人物、落ち着いた物腰でどことなく影のある様子をしている。喜怒哀楽を現すことはめったにない。魔法薬学や変身術といった時間に私に次いで成功を収める人物で、加点対象であり、優秀なのは間違いないのだが、常に黙っている。なので、ルームメイトとなって早一週間、口をきいたことがない。

 一つ確かなことは、分析するにしたがって、彼には深い何かがあるということだろうか。

 ここからは個人的な仮説だが、ノット自身はそこから逃げるようにしてかもしくは克服するために、あえて孤独であり続けようとしている。もともと人が好きではないかという話だが。

 能力についていえば、魔法の腕前やその能力も天性のものだ。私はコツコツと積み重ねるのに対して、彼は天賦の才によってそれを成し遂げる。聖28族ノット家の出身までは知っているが、なかなか興味深い人物だ。実に面白い。

 

 飛行訓練よりもセオドール・ノットについての調べたほうが、おもしろそうだと考えて、朝食の席上で私はマグヌセンと、こうしたことを話し合った。そして、月曜日の授業を始まっていく。魔法史の退屈さの後に、フリットウィック教授による魔法の実践、マクゴナガル教授による『変身術』について教えられることをへて、火曜日、水曜日と三つの夜をまたいで木曜日へ。

 

 急遽のカリキュラムの変更ということが、スリザリン寮にグリフィンドール寮に期待に満ちた緊張感が満ち溢れる。朝食の席の時点で多くの1年生たちが青ざめた顔、興奮した顔で話し合っていた。ちなみに、私は青ざめているほう。方や、ダフネはパーキンソンとともに好きなクィディッチチームについてずっと話している。

 一方、隣のノットはずっと話さず黙々とベーコンエッグを食べていた。私も習って、私の右隣りで暗い顔をしているスチュアートと無言のエールを送りあって黙って食事した。そんな私に話しかけるものが。顔をあげるとフェルプスが私の隣に割って入っていた。神妙な顔つきで。

 

「今日の授業は厄日のようになる可能性がある。気を付けておけ」

 そうフェルプスが私に言った。

 

「厄日?」

 私は怪訝な顔をした。

 

「そう。だから、教科書の23ページ、呪文学概説を開いて。そう、この項目だ。その項目は、重大だ。今日の昼までにはマスターするように。あとで教える」

 彼の言ったページにはやや高度な呪文が記されていた。ああ、アクセントのせいで使いづらい呪文か。

 その日の昼食の際にフェルプスはこの呪文のやり方についていくつかの注意を与えた。庭で2,3回ほど対象物に向かって、実践してみる。結果を見て、満足そうにフレデリック(いつの間にかいた)とフェルプスはうなずく。

「なかなか上手だね。これならば大丈夫そうだ。では、行ってきたまえ」

 

 フェルプスはカバンを持つようにと言う。私はカバンを持つ。

「再来週は安全だが、それまでにはこの呪文を使うことになる」

 

 そうフレデリックが言った。どういった意味だろうと首をかしげつつ、教室に移動する。そして、ため息をつく。『闇の魔術に対する防衛学』。困ったことに、クィレル教授は、たびたびヒスと吃音を起こし、ニンニクの嫌な臭いを振りまいて授業を行った。

 私は臭いが鼻をつくなどして気分が悪くなったり、不気味さと窮屈さを感じたりして、すっかり参ってしまった。顔に出ていたのだろう。ダフネから「大丈夫?」と聞かれた。

 

 授業が終了すると、続いては救いに近い教科となった『妖精の魔法』を受ける。フリットウィック教授はいつも通り親切で熱心だ。今日も面白い。

 

 話はそれるが、スリザリンの時間割においては、必ず『防衛学』の後には『妖精の魔法』や『薬草学』といった2つの教科が配置されている。そして前述の2つの教科は、いずれも、教授たちが面白く人気の高い教科になっている。

 これは、ことによると、このクィレル教授において受けた精神的な被害や疲れを振り切るためにあるのではないのだろうかと、時として考える。

 

 というのもだが『薬草学』のスプラウト教授はどの寮にも、ほぼ同率で得点を入れるようにするフェアな精神で人気があった。最初の授業において各寮の生徒でペアを作らせて、レイブンクロー、スリザリンのどちらにも各々同じ点数を与えられるようにしていたことが、いい例だろう。しかも、ミスをしてもうまく改善する方法を与えて、こうしたミスをした生徒をうまくフォローできるように教えていた。間違えたところで根にも持たない。

 

 一方で、クィレル教授はフェアでもなんでもなかった。恐ろしく狭量な人物で、めったに得点を与えなかったし、この前質問したノットを指名して教科書を読ませては読み方が悪いとして減点した(それも3点も)。ティッロのもされかかり、私も危うい状態に追い込まれた。いずれもターバンと教授の経歴について質問した者だ。

 あのターバンには何かあるのかね?それとも、経歴だろうか。

 

 対して、今受けているフリットウィック教授は狭量な精神持ち主ではなく、ミスして当たり前という人物だ。それに、教えるのがうまい(スプラウト教授と似通うところがある)。

 実際、実践の苦手なポートランドにイメージをうまく教えて成功させては1点与えて、彼女の成長を促している。ポートランドの呪文が成功するころにはスリザリンの全員がこの呪文を扱えるようになっていた。終了の合図とともに、いったん寮に戻って、そののちに校庭へと歩いていく。

 

「そういえば、アドルフ」

 道すがら、マルフォイが話しかけてきた。私が何ですと応じると彼はあきれた様子で私の左手を指さした。

 思わずあっと叫んだ。黒革の書類カバンをずっと持っていたのだ。さっき寮に戻ったときにその大半は皆荷物を自室に置いていったが、私はずっとカバンを持ったままだったのだ。

「それはどこに置くのだい?きっと邪魔になるぞ」

 

「ああ、いつも通りの癖でもってきてしまいました」

 冷静に考えてみるのであればカバンを持っていない日などなかったな。眠ること、シャワーに入ることといったこと以外常に黒カバンを持って歩いている。

 

「君とそのカバンはまるで兄弟のように近いのだね」

 彼の言葉は当たっているのかもしれない。実際、私が授業のある日において、カバンを離したことなどこの学校に入っていこう一回もないのだから。

 

「そうかもしれませんね」

 肩をすくめて答える。その様子をノットが少しばかり笑みを浮かべているのがレンズの隅に映って見えた。だが、すぐに真顔に戻る。

 

 セオドール・ノット。あまり感情を表に出さない人物。父親は高齢の人物でやもめ。元死喰い人を父に持つ。とはマグヌセンが席上で渡してくれていたファイルに記載されていた(あのファイルはいったいどこからやってきたのかは不明だが)。

 そういったことを話し合っているうちに校庭につく。マルフォイはここに置くといいといって、カバンを校庭の隅においてくれた。

 開始3分前にはスリザリン生全員が、箒の並べられた芝生の上に整列する。どんな箒を使うのだろう?そう思って下に目を落とす。

 箒を見た瞬間、私は硬直した。シューティングスター……冗談だろう?いや、本物だ。事故ばかり起こすことで有名な箒。日刊預言者新聞の報道を思い出す。『箒は10月に更新する・・・。』

 今は9月。そうか、まだ更新されていないのか。では、誰か事故を起こすな。ダフネもマルフォイもこの状況を見て顔をしかめた。実によろしくない。

 

 グリフィンドールのほうも一斉に整列する。少しばかり動揺しているグレンジャーとロングボトムが見えた。今日の朝食の席で図書館から借りだしてきた箒の乗り方について論じた本をロングボトムとともにしきりに話し合っていたのを思い出す。彼女は必死になってロジックで箒を解釈しようとしていた。残念なことに論理によって解決というのは、スポーツの世界にはほぼ不可能だ。特に箒というセンスの問われる場所では無駄になる。だが、彼女の性を考えれば、そうしないとだめなのだろう。彼女は理屈によって物事を解決するのを好むのだから。彼女がなぜレイブンクローではないのかとはよく聞いたが本当だ。常に図書館にいる彼女のことを考えるとどうも、彼女は頭脳的なものが好きで体育的なものなどは無理だろう。

 そう物思いに浸っていると、マダム・フーチ講師がやってきた。白髪を短くカットし、タカのように黄色い目という風貌で、見るからに論理というよりも体によるものを大切にするタイプ。つまりは典型的な体育教師だった。

 それは正しい。

 

「何をぼやぼやしているのですか!みんな箒のそばに立って!」

 慌てて私たちは箒のそばに立つ。おんぼろの箒を前にして「箒」が何たるかを知るスリザリン生、グリフィンドール生たちは複雑な表情を浮かべた。私はこのシューティングスターの悪名はかねてから聞いていたので一つも愉快ではなかった。誰かが事故を起こすな。

 

「右手を箒の上に突き出して―― 『上がれ』という!」

 私たちは言われたとおりに箒に向かって上がれと言った。マルフォイは成功した。ノットは箒がジタバタするのを眺めた。ダフネは……箒がピクリとも動かない。私の箒はジタバタしていたが、私はゆっくりと語りかけるようにして2,3回ほど箒に向かって上がれと声をかけた。箒はゆっくりとだが私の手に収まった。一方で周りに目をやると、案の定苦戦している。あと一週間は耐え忍ぶべきか。

 ふと、ロングボトムが心配になったので彼のほうを見ていると震える声で何度も語り掛けていた。地面を離れたくないという気持ちが、見えるようなものだった。仕方がない。この箒は人を選ぶ。それも、恐れを持つものは必ずつかむことができないように、小ばかにする性格を持っている。なんとまあろくでもない箒だろうか。これは騒がれてしかるべきだったな。

 そうこう思っているとマダム・フーチは箒の端から滑り落ちない方法を実践して見せた。次に箒を持っていた生徒たち(上がることができなかった人々もこれを持つことになった)の箒の持ち方を見分した。

 

「握りが甘い!」

 といわれたのはザビニ。マルフォイのほうはずっと間違った握り方をしていたと指摘され、しぶしぶ握りを直した。私のほうは手首の持ち方を指摘された。このまま持って飛ぶと、手首は永遠に私の体からおさらばするらしい。ゾッとしつつもグリフィンドールのほうを見ると、マルフォイが持ち方を指摘されたときに笑っていたウィーズリーが、握りが緩いと突っ込まれているところだった。人を笑えば、あなたも笑われることであろう。

 

「さあ、私が笛をふいたら地面を強く蹴って下さい。箒はぐらつかないように抑え――」

 私は焦りながらも箒をしっかりと持った。大丈夫だろう。

 

「……それから少し前かがみになってすぎに降りてきてください。笛を吹いたら。それでは 1 2‐」

 さて、と不安になりながらも持ち方を確認して周りを見る。カウントダウンがなんとなく遠くに聞こえた。すると悲鳴が聞こえた。グリフィンドールのほうからだった。

 箒を取り落としてハッと見ると、ロングボトムが空へと舞い上がっていくのが見えた。おそらくは、緊張しすぎるがあまりに慌てて地面をけってしまったのだろう。

 

「こら!戻ってきなさい!」

 マダム・フーチの大声が響くが、彼女は何ら対処しようとはしていなかった。私は杖を取り出した。たぶん呪文はこのために教えられたのだ。

 ロングボトムの上昇はそのまま6m、7m……ついには12mへと到達した。まずい。死ぬぞ。私は箒を置いて、ロングボトムの飛んでいく庭園へと走っていった。やがて、ロングボトムは(たぶん限界だったのだろう)ゆっくりと、空から落ちてきた。

 私はゆっくりと息を吸って呪文を唱えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

 

 ロングボトムの体はゆっくりと減速し、地面に降り立った。すべてはこの時のための呪文だったのか。

 

「大丈夫ですか?」

 彼は目を白黒させていたが、大丈夫だと私に言った。私は彼の肩を持つようにしてマダム・フーチのもとへと連れて行った。

「医務室へ。念のために」

 

 マダム・フーチはうなずくと。周りに向かって言った。

「これからこの子を医務室へ連れて行きます。その間誰も動いてはなりません。箒もそのままで。さもなくばクィディッチの『ク』の字も言う前にこの学校から退学させます。それと、アドルフ・フォン・ピュックラーの行動をたたえてスリザリンに20点」

 

 そう言ってフーチ講師はロングボトムとともに医務室へと向かっていった。大丈夫だろうと思ってスリザリンのほうに戻る。戻る途中、ガラスの球が落ちているのに気が付いた。これは、なんだろう?ああ、そうだ。ロングボトムの持っていた思い出し玉か。

 私は思い出し玉をローブに入れようとした。あとで渡すつもりだったのだ。

 途端おい!と怒鳴りつけられる。びっくりして顔をあげるとウィーズリーが私をにらみつけていた。

 

「それを返せ!」

 それ……?ああ、思い出し玉か。一瞬だが思考がフリーズした。はじめて怒鳴りつけられたのだ。

 

「え……ああ。しかし、私はこれを医務室に届けようと思って拾ったのですが」

 

「嘘をつくな。そう言ってどっかに捨てるんだろう。スリザリンはそう言ったことが好きだってよく聞くぞ。尻尾を出したらどうだ。この根暗スリザリン!」

 

 明らかに敵意のこもった言い方と目つきだ。思わずカチンときたので私も応対した(じゃあ、君はジンジャーだ とは思ったが言わない)。

 

「私がそんなことするわけがないでしょう?第一、理由がない。あるならば言ってみなさい。スリザリン生以外の証拠でね」

 

 彼は無い知恵を絞って言い返そうとしていた。私はそれを静かに見守っていた。そして考えてみる。私は彼に何かしただろうかと。いや、ないな。そして、なぜ憎むだろうと考え、一つの結論に達した。彼は純粋だ。それは言うべくもない。そして、彼の持つ敵意もまた、純粋な敵意なのだ。

 純粋な敵意は最も恐るべき敵意だ。

「ミスター・ウィーズリー。思い違いをしておられる。私はこの思い出し玉を返します。お約束しましょう」

 

「嘘をつけ!」

 その瞬間だっただろうか。その言葉の真意をとらえたのは。驚くべきことに、彼は私の言動には何ら注意を払わなかった。ただ純粋にスリザリンであるだけで、私を憎しみの対象に選んだのだ。

 

「落ち着きなさい」

 

「返せ!」

 彼はとびかかった、突然のことに驚いて、私はもんどりをうって倒れた。周りから驚く声が聞こえた。思い出し玉は芝生の上をゆっくりと転がって、マルフォイのもとに行きついた。

 

「アドルフの言う通りだ。これは彼が返す。ウィーズリー。少しは言動を慎んだらどうだい?」

 

 一方の私はゆっくりと起き上がり、ただただ恐ろしさを感じた。寮が違うだけでこれほどの物言いを許すのかということに。そして周りは止めないのだろうか。一方で思い出し玉の一件は進展を見せていた。マルフォイがロングボトムの不注意さを指摘して、思い出し玉を「バカ玉」と言ってのけた。バカ玉、確かに無くしたものが何なのかわからない点ではあたっている。

 一方でロングボトムのことを馬鹿にしたととらえたポッターは返せと命令口調で言った。対してマルフォイも渡すと言って譲らず、売り言葉に買い言葉。口げんかに発展した。

「やめなさい。二人とも」

 

 パールヴァーティ(もっぱらパーバティと呼ばれていたが)・パチルが二人を止めに入ろうとする。

 

「へー。英雄様の肩を持つのねえ。偉そうにパーバティ」

 

「パンジー。やめなさい」

 黙っていたレインがそう言った。それにパーキンソンは過剰に反応した(ルームメイトだったのも大きかったのかもしれない)。

「あら。シルヴィア。あなたスリザリンの癖にグリフィンドールの肩を持つっていうの?」

 

「そうじゃないわ。こんなバカげたことすぐに終わりにしなさい」

 

「バカげたことですって!どこがよ!」

 キーキー声で彼女はまくし立てた。対して終始冷静なレイン。ややたれ気味の目でパーキンソンをにらみつける。パーキンソンは一瞬ひるんだ。

 

 レインは大きな溜息を吐いた。

「まったく。周りを見なさい。パンジー。紛争ですよ!」

 

 レインの言う通りだった。あちらこちらで口げんかが起きていた。紛争はグリフィンドール対スリザリンといった構図だ。すべては思い出し玉という一個の玉を私が拾ったためだろうか。ああ、種をまいたのは私か。まずいことになった。

 

 そして、もっとまずいことになった。ポッターとの言い合いに激高したマルフォイが箒に乗ってひらりと空へと飛びあがったのだ。あまりにも自然な動きに何ら私は違和感を覚えなかった。

「これはアドルフに渡す。奪いたきゃ奪えよ。ポッター」

 

「それを渡せ!」

 そう言ってポッターも箒に乗ろうとする。慌ててグレンジャーが止めに入る。

「ダメ!ハリー。私たちが迷惑するし、退学になるわよ」

 

 よくぞ言った。あとで折檻にあうのは私たちだ。私はため息をついて、ローブから芝生の草をはらって、ポッターたちに近づこうとした。そもそもの原因を作った私は、こうした事態を刈り取るべき義務がある。速足で近づこうとした。

 ところが、グレンジャーの制止の声もむなしくポッターは飛び上がってしまった。一方でポッターたちの行動をグリフィンドールのほうははやし立てている。スリザリンはマルフォイのほうを。状況を教授たちに見られたら絶対に連帯責任になるぞ。

 

「皆さん。静かになさったらいかがです?もし、この場を教授の方に見られましたら、あなた方はこれをはやし立てたとして罰則にあいますよ。フィルチさんの罰則はさぞかし愉快なものになるでしょうねえ。あるいは減点でもされたらずいぶん褒められることでしょう」

 

 この脅し文句は十分だった。誰もが口をつぐんだ。ひとまず、まいた種は刈ったが、問題は空中で騒いでいる二人をどうすべきかだろう。

 だが、まあ見事だ。なにが見事なのか。二人の箒さばきだ。特に、ポッターには目を見張るべき点がある。ポッターは確かずっと一般の家庭にいたはずだ。それにもかかわらず、ものの見事に箒を操っている。ずっと、英才教育を受けてきたマルフォイに十分に引けを取らないほどだ。開始から1分経つが、あの順応力とさばき方からは天性の何かがあることを十分に感じ取ることができた。

 

 そして、マルフォイが思い出し玉を放り投げて、落下する場所にポッターは飛んでいく。まるで燕のように。一直線に。放物線を描く球に向かって。

 そして見事にキャッチする。

 

 いやはや見事だ。これが――

 

「ハリー・ポッター……!」

 

 注意を受けるべきものでなかったのであればの話だが。

 マクゴナガル教授が眼鏡を光らせながら威厳のある足取りで歩んでくる。周りはその途端、凍り付いた。ポッターのほうはなおさらだった。というのも箒に乗っていたのはその時彼だけだったから(マルフォイはすぐに下りていた。あの速さなら、証拠も残らないだろう)。彼は恐怖の色を目に浮かべていた。

「よくもまあ……そんな大それたことを……首の骨を折ったかもしれないのに――」

 

 ここはひとつ加勢しよう。ポッターだけでは気の毒だ。

「お言葉ですが。教授。なにもポッターだけが悪いのではないのです」

 

 その途端、マルフォイの顔がこわばった。安心しなさい。君のことは言わんよ。

 

「お黙りなさい。ミスター・ピュックラー=ブルクハウス」

 

「しかし、マルフォイが」

 ウィーズリーがそう付け加える。まったく、どの口がそれを言うのだね。元はといえば、君と私のいざこざではないか。君と私は罰を受けるべきだな。

 

「くどいですよ。ミスター・ウィーズリー。ポッター。さあ、一緒に来なさい」

 結局ポッターは連れていかれた。あとに残されたのは私たち。

 

「アドルフ。これで奴も退学だろうか。そうだとすると……僕はとんでもないことを」

 やったことを反省するマルフォイ。繰り返すようだが、なかなか彼も純粋なのだ。やや曲がってはいるが。

 

「いえ、そうではないでしょう。それに君が飛んでいるのも見られたはずですから。ポッターだけというのは何か引っかかります。ですから処罰ではないでしょう。現れたらいつも通り接してやるべきです。そのほうが彼のためかもしれません」

 そう言った瞬間、マルフォイの顔は明るくなった。まったく。素直な人だ。さて、飛行訓練についてだが、結局ロングボトムはケガ一つ負わなかった。それをマダム・フーチは知らせに来るとともに、私たちに今日の授業はここまでと伝えた。去り際に一言残してだが。

 

「今度やったら、間違いなく退学にさせましょう。ええ、むろんです」

 

 その言葉はがみがみとさっきまで言っていたようなものではなく、明らかに冷たさと冷静さをもって発せられ、十分に彼女は本気なのだと伝わった。実際に、目は冷たさを隠すには至らない爬虫類的な目を(そう蛇の目)をしていたからだ。私たちはハイとだけ言って解散した。

 他に何が言えよう?

 なんやかんやで寮に戻ろうとする中、マルフォイが遅れてやってきた。肩で息をしている。

「アドルフ……君の兄弟を忘れたのかい?」

 

 私は彼の右手を見た。黒カバンを持っている。左手を見た。なにもつかんでいない。私は礼を言ってカバンを受け取った。()()を忘れてはならないな。

 

 その日の夕食でフェルプスの隣に私は腰かけた。彼はすぐに私に気が付いた。

 

「飛行訓練はどうだった?」

 そう言ってリーキの入ったステーキパイを切り分けた。なにが起きているか知っている顔だ。

 

「事故が起こりそうになりました」

 ありのままに言った。

 

「そうか。なったか」

 

「ええ、呪文のおかげです。感謝します」

 それは心の底から思っている。彼らが教えてくれなかったらどうなっていたのだろう。そう思うと寒気がする。

 

「どうかね。アドルフ。確かに僕は方法を教えたが、結局使うのは君次第だったわけだ。感謝すべきなのはこちらのほうだ。君はしっかりと見極めたわけだ。すべきことを。まったく。実にいいことだ」

 そうだろうか?私はおのずと動いただけなのだが。

 

「先輩に一つ質問があります。ああいったことは常に起きているのですか?」

 

 フレデリックが面白そうに答えた。

「ああ、常に!そして、最初の飛行訓練は事故処理に追われるわけだ。まあ、来週までの辛抱だ。これで箒は来週に意地でも更新しないといけなくなったわけだ」

 

「まったくだ。買い替え時だな」

 眼鏡をふきながらフェルプスは答えた。そして、私にグラスを渡してワインのようなぶどうジュースを注いだ。蛇の紋章が刻まれたボヘミアグラスだった。

「われらが最初の善きものに」

 

 そう言ってグラスをあげた。アドラーもマクヴェイも、スリザリンの大勢がこのグラスをもって私に向かってグラスをあげていた。

「良き一人の学生に!善きスリザリンの生徒に!」

 

 私もグラスをあげた。

「乾杯!」

 何はともあれ、終わり良ければ総て良し。




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