ハリー・ポッターとスリザリンの代理人   作:Farben.AG

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午後1時 会場
エレイン・モア教授(史学):パネルにご注目を。これこそ、純血という一種の病根を作り出した主張の一端であります。
パネル: 純血こそ、我々が自然の貴族足りえる最大の証拠である。常なる純血を維持してこそ、我々魔法族は永遠に、自然の貴族足り得る。
『神の御業を見よ。 誰が、神の曲げたものを直せるというのだ?』
コヘレト  7:31
われらの「血」こそ『神の御業』にほかならぬ。
「血」を侮辱することはすなわち、母なる自然あるいは神のへの冒涜に他ならない。
クローヴィス・ノット (12世紀・ベネディクトゥス会修道僧・魔法使い)
〈笑い声〉

エレイン・モア教授: 純血主義は神の加護を受けていると信じる者も大勢いたのです。そして、彼の主張は純血をマニュフェスト・デステニーに仕立て上げたといえるでしょう。

これを踏まえたうえで発表を始めます。
〈拍手〉



11. 二つの夜 前編 

 アドルフ・フォン・ピュックラーの手記より

 最近のことだが、このスリザリン寮で気が付いたことがある。

 それは、座る場所だ。私たち1年生に親身に接する監督生たちやマグヌセン、フレデリックたちは常に同じ場所にいる。この前、机を出したマクヴェイもそうだが、一般に言う「親切な人」は必ずといっていいほど、暖炉から離れた場所にいる。一方で、暖炉のそばや比較的快適な場所にいることが多いのが、私はかかわりがないが、マルフォイがよく話しているフリントとその取り巻きたちだ(なお、顔ぶれは常に同じ)。そして、この二組と言うべきなのだろうか、彼ら彼女らは決して交わることはない。セルウィンから聞いた話では、「壁」があるかのように接しあっている。

 

 例えば、アドラーに対してフリントの一派に属するナタリー・サーストンが課題のことを話していた時、アドラーは対応する際にダフネやポートランドに見せる親切さなどなく、まるで事務官のように必要事項のみを教えていた(そして、一刻もこの場から逃れたいという雰囲気を隠そうともしなかった)。顔も普段の冷静さと優しさが同居したものではなく、冷淡さと計算高さが表れた顔である。そして、教えられるサーストンも嫌悪と冷たさの混じった顔で彼女の説明を聞いている。セルウィンの言うとおりだった。「壁」がある。見ているこちらが嫌悪したくなるほどの、蛇たちの絡み合いであり、闘争だった。これが、先週の火曜日の夜に見た光景。ホグワーツ到着から三日目から早くも私は闘争の一端を目撃する羽目になった。

 

 そして、先週の日曜日。フェルプスたちが『合言葉』を決めるために話し合いをしていたのを私は偶然見た。話し合いではアドラー、フレデリックなどがいた。それぞれ、『合言葉』は星座にすべきかそれとも、植物の名前にするかを話していた。フェルプスは『カルス・アミクス』(親友)を押していたが、ラテン語などわかるわけがなかろうと、さんざん酷評されお流れになった。結局アドラーの押す『菩提樹』に決められたが、ここで邪魔が入った。普段はフリントと行動しているオリバー・ゴールドプラムが『合言葉』に待ったをかけたのだ。スリザリンらしくないと。彼にいわくスリザリンとは、魔法という神の御業を最も使いこなせる寮だ。だから改称しろとのことだった。さらには暖炉に座っていたスリザリン生たちもやってきてアドラー、フェルプス、フレデリックを囲んだ。

 

 私はここで、この場からすぐに抜け出したのでその後のことはわからないが、今週の合言葉がそれを妙実に物語っていた。

 

「純血は永遠なり」

 

 つまり、合言葉は変えられたのだ。

 夕食が終わった今、フェルプスはそう唱えて、生徒たちを先導しながら、寮の中へと入っていく。こうして、初となる飛行訓練が終了した日が終わりを迎えるが、まだ時間はある。

 

 私は勉強机に教材を広げて少しばかり予習してみる。『魔法史』においてローマ帝国がいかに魔法をとらえていたのかを説明する文章だった。ガリア戦記の一節から引用しているような文章もあった。

 

『ガリアは三つに分かれている。それと同様に、魔法の形態もまたゲルマン人、ローマ・ギリシア人、ケルト人は異なっている。特にギリシア人の中でもハルポニウスとその一族は『言語』による魔法を……』

 

『……分かれている』 その瞬間、「壁」の正体を見た気がした。

 そう、分かれている。

 明らかに、このスリザリン寮は二つの派閥らしきものに分かれている。それもあまりにも相いれない人々に。そして変えることのできない根源的なもの「血」を中心にして対立しあっている。

 

 そして、なぜフェルプスが『気を付けるのだ』と言ったのかということに。あれほど、ポートランドが、スチュワートを純血と言い張れと言ったのか答えを得ることができた。

 

 この派閥闘争のゆえだ。たぶん、この闘争は長いこと続いているのだろう。そして、ここスリザリンにはこの「血」をめぐる戦いにおいて間違いなく「純血」の人々が幅を利かせている。それに対するのはたぶんフェルプスやアドラー、フレデリックをはじめとした純血ながらも血筋には頓着しない人々とそれを支持する半純血の一派だろうが、いかんせん多勢に無勢だ。スリザリンに一般人生まれが入るなどめったにないのだから。いや、めったというよりも決してないのだろう。

 

 ところがだ、明らかなマグル生まれが一人いるのを私は知っている。

 

 ジョン・アルフレッド・スチュワート

 

 フレデリカ・ポートランドの親友。今ならわかる。彼女は必死に私に頼み込んできたのだろう。スチュワートを守るためにだ。

 

 ポートランドの頼み事は鮮明に覚えている。

 

 私は水曜日の夜を思い出す。魔法史のヌミディア王ユグルタの謀略渦巻く世界は水曜日の談話室へと姿を変える。

 

「組み分け」が終わって間もない水曜日の夜のころ(なお、授業は火曜日の総まとめだった)、ポートランドが私のいる部屋を訪ねてきた。彼女は非常に神妙そうな顔つきをしていた(もともと神経質そうな様子だが輪をかけてひどい様子だった)。

 突然の訪問に私は驚いていたが談話室に来てほしいとの彼女の頼みを聞いた(有無を言わせない様子だったのもある)。

 談話室は閑散としていた。人一人いない状態だった。大半が勉強机ないしは眠りについたからだろう。それでも、一時は万事だ。念のため、談話室の普段から人気のない場所に座った。リラックスさせるために、備え付けの紅茶を彼女に渡し、自分も口をつけた。

 

「それで、お話とは何なのですかな?」

 ソーサーにゆっくりとカップを置いて彼女の眼を見据えて聞く。時刻は8時。談話室には私たちを除いてだれもいない。

 

「……ジョン・スチュワートをご存知ですか?」

 そう彼女は言った。言葉をよく選ぶようにして。

 

「ええ。今のところまじめに頑張っている人物といったところですか。彼がどうかしたのですか?」

 

 私は彼の頑張り屋のことを強調し何らおかしいところがないことを伝えた。その形で、スチュワートに関するたわいもない話を四、五回ほどする。探り合いのように私は言葉の端々に彼女の性格の特徴を見つけるための言葉を混ぜ、彼女は私が信用に足る人物なのかを見極める言葉を混ぜた。たとえば『豊かな幸運の泉』の一節をポートランドは持ち出した。この劇は純血主義者ならば唾棄すべきものとみているので、性格をあぶりだすのにはこれほどぴったりなものもない。

 

 私は信用すべきかどうなのかをいくつか鎌をかけて話してみた。そうやって20分近くを費やし、ようやく互いを信用に足る相手だとして認めあい、話を始めた。

 

「あなたを呼び出した時点からお分かりのことと思いますが、いうまでもなくこのお話は秘密で。それと要求もあります」

 彼女は非常にかしこまった様子で話を始めた。

 

「ジョン・スチュワートです。彼にあったのはまだ私が幼いころでした。公園で遊んでいたとき……」

 

 思い出から物語は始まる。

 始まりはどうということはない、単純な出会いだった。彼女の家、つまりはポートランド子爵家とスチュワート=ベアリング家が合同で何らかの商談をしていたときに、スチュワートとポートランドは偶然にも公園で遊んでいたところ、出会い友人となったのだ。

 

 彼女は自分が魔法族であるということは隠して彼と話をした(当たり前か)。そして、話すうちにスチュワートと自分の類似点に気が付いた。

 “孤独である”

 ということ。二人は孤独だった。よく、作家たちが上流階級を描くとき孤独な登場人物を大勢描くが(例えばサマセット・モームの短編のように)、それは決して誇張ではないのだ。フレデリカ・ポートランドは両親とも魔法使いであり、父は魔法使いでありながらもイギリス議会に勤務する議員で家にはいなかった。母も純血でありながらも英国魔法省に勤務する官僚だった。それも外交ポスト。

 

 両親とも常に書類と格闘しているような仕事だ。必然的に彼女の幼少期は暗いものだった。屋敷しもべとだけしか触れ合うこともなかった。外の世界は常に不安だったので親に連れられてしか見ることはなかった。本とだけ過ごしている世界が一番幸せだった。

 

 ジョン・スチュワートも一緒だった。両親は英国貴族ではないが、名家に属するスチュワート=ベアリング家の生まれ。生粋の銀行家一族。常に金融取引や投資などで忙しく、彼にかまうのは家庭教師もしくは使用人だけだった。さて、ここで私には疑問が芽生えたので聞いてみる。

 

「ああ、話を止めてしまって申し訳ありませんが、スチュワート=ベアリング家はひょっとして、イングランド=ベアリング銀行を経営している一族?」

 

「そうです」

 彼女は冷静にそう答えた。

 

 おお、なんということだ。私の大使館用口座がある銀行か。では、丁重に扱わないと。そして、話を続けるように促す。

 

 時計が9時を示す中、フレデリカ・ポートランドは昔の話を続ける。饒舌に、冷静に。

「孤独」という共通点、両親がいても死んだも同然なほどの存在の欠如。公園で空を眺めていたときに、スチュワートが話しかけてきた。ポートランドは星を見ようといった。しばらくして、二人は星を眺めながら星座のことを話した。うお座、かに座、みずがめ座、さそり座そして英雄の名を関するペルセウス座。星はちりばめられている(constellation)。薄紫色の空に銀、金が光り輝く空を見ながら、その美しさを話した。やがて、手ずから二人は自分の家族のことを話した。そして互いがとても似ているということに気が付いた。ほどなくして時間が来たので、二人は別れた。名残惜しさを残しつつ、ポートランドは北へ。スチュワートは南へと歩いていく。

 

 その後も商談のたびに何回も二人は会うようになった。今度は友人として。互いのファーストネームで呼び合うようになった。フレデリカ、ジョンといったように。

 

 これほどまでに似ているものと友人にならない選択肢があろうか。

 

 8歳のころ、彼と彼女は個人的に出会うことができるようになった。一人で行動することがたやすくなったのもあるが、もっと大きな理由もあった。

 ポートランドの屋敷とスチュワートの屋敷はチェルシー・ヴィコント・ポートランド通りに置かれており、常日頃から(存在さえわかれば)触れることができるということだった。二人が隣人だということに気が付くのはそう時間はかからなかった(注意をすればスチュワートが屋敷の外を、制服をつけて歩いているのにポートランドは気が付いただろうし、スチュワートもしかりだった)。互いの存在が分かれば、二人を止めるものなど誰もいなかった。やがて、時を経るにしたがって、友人から二人は親友となった。

 

 当然だろう。あれほど似通った境遇に二人はいたのだから。そして、二人はよく遊んだ。公園で、庭園で、あるいは、ロンドンの通りという通りを二人で歩き回り、夜遅くに使用人からきつく怒られたこともあった。二人は一緒だった。11歳までは。

 11歳。それは期せずして二人を分けるような事態に発展しかねなかった。つまり、ポートランドは魔女たる資格を有しているが、友人のスチュワートはそうではない可能性が高かったのだ。

 

 

 

「なぜです?」

 私は冷め切った紅茶のカップを持って彼女を見た。彼女は溜息を吐いてこういった。

 

「彼はマグル生まれだからです」

 彼女は言いにくそうにそういった。スリザリンに生粋のマグル生まれというのはまずい話だった。私はここにきて呼び出された理由をどことなく理解した。

 

 

 

 話を元に戻すとしましょう。そうポートランドは言った。

 スチュワートの両親はマグルだ。それも魔法とはおおよそ関係のない世界の。それゆえ彼はホグワーツに来る可能性は限りなくゼロに近いことだった。ポートランドはそれでもいいと思った。というのもだが、イギリス魔法界は歪んでいるからだ。

 絶対的な純血主義、それと相いれない自称“穏健な人々”互いは互いを憎しみ合い、理解しあうことはない。そんな場所に、特にホグワーツのような場所に来れば右派(純血主義)と左派のすさまじい闘争に巻き込まれる。それに、4寮の仲の悪さは折り紙付きだ。特に、スリザリンとグリフィンドールは決して相いれない世界だ。最悪なことは、互いを正義として譲らない。そんな場所で心の弱い親友が傷つかないはずがあろうか。

 

 だから、魔法界のことなど知らずに生きて、そのまま触れ合って、ともに歩んでいきたかった。本当の友人ならば、友人が傷つかないことを願うものだから。それは一種の友情です。と彼女は言った。

 

「ところがです。彼の誕生日の日に彼は速達便で送られた一枚の封を見つけました」

 

 その時の目には明らかな憂いが見て取れた。

 それはホグワーツからの招待だった。ポートランドにスチュワートは嬉々とした様子で見せたが、彼女は喜ぶ気などなかった。彼もまたつらい世界へと足を運ぶことになるのだ。

 

 そこまで言って彼女は紅茶を飲みほした。カップを置く音が嫌に響いた気がした。彼女は静かに置いたはずなのに。

 

 列車での話を彼女はした。

 一緒に駅に行き、コンパートメントでは二人してどの寮に行こうかといったたわいもないことを話し合っていた。賢さのレイブンクローであるか勇気のグリフィンドール、温和なハッフルパフもしくは狡猾なるスリザリンかといったことだった。やがて、列車はホグワーツに到着する。

 二人は降りた。歩いた。森を抜け、学校の中を、大広間を。周りとは対照的に、黙って、ゆっくりと。

 

「そして、組み分けになりました。私は彼がハッフルパフに組み分けされるのを願っていました。私がP列の人間でなければ、ポートランドでなければ彼はハッフルパフに行ったはずです。性格的にも勤勉な点も明らかに彼はハッフルパフだ。でも、私のほうが順番では明らかに先でした。組み分けの時、私は真の友を得ることを望んだ。帽子は最初レイブンクローを勧めましたが私のその願いを聞くと、スリザリンを叫んだ。スチュワートは私を追うようにしてスリザリンに入った。私は喜びましたが、同時にこらえきれない感情に襲われた」

 

 この先、彼をどうやって支えていけばいいのだろう。彼は純血ではない。進む道はあまりにも険しい。そう言ったことを彼女はよどみなく、饒舌に話した。堰を切ったように。やがて、彼女は口を閉じる。少しばかり、沈黙が訪れる。私のほうから尋ねてみる。

 

「つらかったのでは?」

 彼女はゆっくりとうなずいた。顔はやや上気し、陶磁器のような肌には赤みがさしていた。

 

「繰り返しましょう。ジョン・スチュワートはマグル生まれです」

 

 私はうなずいた。続けてと促す。

 

「スリザリンにおいてマグル生まれ、それも生粋のというのは致命的です。文字通り生死に直結する。貴重な魔法使いの卵を破壊するほどあなたは愚かではないでしょう?」

 彼女の言葉には有無を言わせない口調があった。目は宙をにらんでいた。冷静さを欠いて話していた。明らかに彼女は少しばかり理性のタガを外していた。

 

「ええ」

 と私。それで要件とは?落ち着いた声でリラックスを促しつつ、私は続ける。

 

「スチュワートを純血の一族だという証人になっていただきたい。純血の一族、スチュワート家の子息だということに」

 

 私はやや呆然とした。

 

「つまり、私が偽証をせよということですか……。いいでしょう」

 

 私は安息を与えねばならない。彼女の目にやや光がともった。長い道筋を一人で歩んで、ようやく安息を見つけた顔だった。彼女の苦悩はもはや手に取るように分かった。これを選んで正解だった。

 

「しかし、謎があります。なぜ私なのです?」

 

 緑色の目が私を突き刺す。何かを知っている顔だった。

「ヘル・フォン・ピュックラー=ブルクハウス。あなたは信用に足る人物だと私は見たからですよ。ああ、あなたがそういった言葉で納得しないのはよくわかる。しかしです。あなたは約束を守る人物であり、秘密を守る。そんな気がしたのです」

 

「つまり?」

 もしその通りならば、冷静を重んじる彼女らしくはない。彼女は、可能性に賭けた。すると、私は思う通りの人物で、望み通りの手札になった。ということだろうか。

 

「これは 一つの賭けです。そして、あなたは予想通りに駒を動かした。私は賭けに勝った」

 黒髪を止めたヘアバンドをいじりながら彼女はそう呟くようにして言った。

 やはり、彼女はめったにしない冒険をした。

 とても大きなゲームだ。

 

 というのもだが、この冒険には大きな落とし穴がある。スチュワートとポートランドの生殺与奪は私が握っているこというだ。もし、私が気に食わなかったら、いつでも二人を潰すことなどたやすい。しかし、私はその権利を行使しない。する気はない。人として、もしくはプロイセンの血統の一族としてのプライドの故だ。私がそういった人間であることを彼女は見越したのだろうか。

 

 はたから様子を眺めているとどうもそのようだ。

 

 さて、彼女の手腕は、わずか数日のうちに私を見極めたところにある。これは、賞賛すべきなのか、見事というべきか、驚くべきなのか。

 彼女は続ける。緑色の目にはすでに冷静な光が浮かんでいた。そしてやや面白さを感じる様子も。

 

 一つ、予言をしましょう。と彼女は言う。口の中で言葉を転がすようにして。人差し指をゆっくりと上げて、ゆっくりと、据わった目で。

 

「スリザリンの蛇の頭は一つではない。双頭の蛇だ。けれども、双頭のままではない。いつかは蛇の頭は一つになる。私の氏族の名誉にかけて誓いましょう。その頭は多くのものが待ち望む頭であるということを。その頭が生まれる日は、近い将来のことかもしれない。そうでないのかもしれない。しかし、その頭が一つになる日が、私の親友にふさわしい日になることを、私は願ってやまない。これで、予言は終わり。さて、その日まで私はあなたにスチュワートを託します」

 

 ゆっくりと発音して私を見る。私は答える。

 

「誓いましょう。我が氏族の名に懸けて」

 

 私は冷たくなったティーカップを置いて彼女にそう言った。ほかに何が言えよう?

 

「ありがとう。言葉に尽くせないけれども、ありがとう」

 ポートランドは感極まって、涙が目に浮かんでいた。彼女はよりどころを手に入れた。私は与えた。孤独な戦いはやがて友を得ることによって、二人の戦いになる。あなたは真の友とはいかずとも、友を得るのだ。私もまた友を得る。

 

 私は握手をポートランドと交わした。

 さて、この夜、一つの誓約がもたらされた。ジョン・スチュワートは純血であると嘘をつき、私はそれを証明するという約束だ。そして、男子である私はスチュワートを守らねばならない。それも純血の一族として、扱うのだ。

 

 日曜日の組み分けの後の会話が頭を滑っていく。純血。「血」は永遠である。それが、スリザリンなのだ。とすればこうだ、彼が純血であるかどうかはこの寮では生死に直結するといっても過言ではない。ここでは、うそをつかねば彼はこの寮では生きていけない。

 

 “純血よ、永遠なれ、正統なき「血」には死を” イギリスに来る前に読んだ本に書いてあった一節を思い出す。まったく、恐ろしいことだ。あれはジョークではなかったのだ。本当だ。

 それを核として二つの頭は互いを傷つけあう。

 

 日曜日の一件を鑑みるに、双頭の頭のうち左の頭を統べるのはフェルプス、右の頭を統べるのはフリントといったところか。

 迷惑な話ではないか。

 それでも、冷静に考え見るのであれば、フリントも正しいことをしていると信じ切っていたことだろう。そのほかの人間もそうだ。いがみ合うフェルプスたちもまるで持って正しいことをしていると信じ切っていた。そして、私たち1年生はものの見事にこの政争に巻き込まれた。

 そう考えると寒気を感じる。

 私は、いや私たちはそんなことで政争などに巻き込まれたくはなかったのだ。「血」、氏族、聖なる純血。それは病根に他ならない。二つの頭が生まれ、互いに嚙み合う発端なのだ。

 まったく。私は蛇の口の一歩手前にいるわけだ。さしあたり、私は飲まれる蛙といったところか。

 

 

 

 こうして水曜日の夜は終わりを迎え、一週間後の木曜日の夜。つまりは今に至る。

 

 思い出をこうしてまとめつつも、羊皮紙の世界はユグルタ戦争に突入。混乱の真っただ中にあるラテン系統の魔法使いたちと、カルタゴ(フェニキア)系統の魔法使いたちの闘争に関するレポートを仕上げてピンでとめる。羽ペンにはもう慣れたのでゆっくりとペン先を整え書いていく。

 

 気が付くと時刻は9時ごろになっていた。そして、ノットも隣に座ってレポートを書いていた。だいぶ長丁場になっているようだったのでコーヒーを渡す。彼は礼を言ってコーヒーカップに口をつけた。私はカフェインを夜は取らないので水を飲むだけにしていた(この前は、ポートランドとりあえず落ち着かせるために紅茶を勧めたが)。

 

「アドルフ。『魔法史』のローマ帝国の『ガリアの魔法分布』はどうまとめた?アルウェルニ族はやはり加えるべきだと思うか?」

 

 ノットはカップを持ったままやおら話しかけてきた。私はしばらく悩んだ後、アレシアの戦いにはまだ入っていないので付け加えるべきではないし、そもそもアルウェルニ族の魔法形態はケルト人の魔法系統なので必要ではないと伝えた。彼はうなずくとレポートのために羽ペンを動かした。

 

「そういえばマルフォイは?」

 

 そういえばいない。ベッドには一足先に課題を終えたティッロが眠っているだけで、マルフォイのほうはカバンと寝間着(丁寧にたたまれている)があるだけだった。

 

「さあ?夕食のときにポッターたちに言い寄っているのを見ましたが」

 乾杯の後に、マルフォイが取り巻き二人と一緒にポッターたちと話しているのを見た。そのあとから思い返せばこの寮で姿を見ることはなかった。では外にいるのだろうか?

 

「しかし、こんな時間だ。もう夜の10時だ」

 時計は夜の10時を示していた。外に出てはならない時間であるのは自明だ。フェルプスに告げるべきだろうか

 

「ひとまず待ちましょう。これから1時間過ぎてこないようだったら。教授あるいはフェルプスに告げるべきだ」

 ノットはゆっくりとうなずいた。そうやって課題を片付け、談話室に行き薄いココアを二人で飲みわからない箇所について互いに聞きあって11時を迎える。

「アドルフ。ダフネを知らない?」

 

 やや巻き舌の入った明るい英語が聞こえたので顔を上げるとベアトリーチェ・ティッロがココアの入ったマグカップを持って立っていた。こちらはマルフォイが行方不明だ。

「いいえ。彼女もいないのですか?」

 

「そうなの。そっちも誰かいないの?」

 彼女はやや驚いた顔で私たちを見つめる。マグカップからココアがこぼれそうになったので私はあわてて彼女のカップを元に戻す。手にやけどを負った。

 

「アドルフ。大丈夫?」

 慌てた様子でティッロがそういう。私はお気になさらずにと言う。

 

「エピスキー。大丈夫か?ああ、ベアトリーチェ、われらのドラコ坊ちゃんが消えているのだよ」

 そうノットが応じる。私はやけどの礼を彼に言う。

 

「ドラコが?」

 彼女は閉じ気味の目を少しばかり見開いた。驚きを伴ったとび色の目が見える。

 

「ええ、そうです。今朝の夕食の時から姿が見えない」

 やけどの治った手を見つめながら単調にそう伝える。ノットも同意してうなずく。

 

「ダフネも夕食の時から見えないよ」

 慌てた様子で彼女も言う。私たち三人は顔を見合わせる。先に口を開いたのは私だった。

 

「フェルプスに伝えるべきでしょう。監督生の部屋は?」

 

「こっちだ」

 ノットが先導する。私たちは監督生のいる部屋へと向かおうとした。

 すると、

 扉がいきなり開いた。驚いて目をやるとダフネとマルフォイが今にも倒れそうな顔で立っていた。驚く私たちを後目に、ダフネは何も言わないまま女子寮へと戻った(後をベアトリーチェ・ティッロが追いかけていったが沈黙を保ったままだった)。一方でマルフォイは驚いた顔で椅子にしばらく座り込んだ。疲れと驚きで混乱しているようだった。

「ばかげている。ばかげている……あんなものがこんな学校にいるなんて……」

 

 やがて、徐々に落ち着きを取り戻した彼は、彼はうわごとのようにそう繰り返した。“ばかげている……あまりにも”と。

 

 私とノットは顔を見合わせ何があったかを聞こうとしたが、マルフォイはただでさえ青白い顔をより一層青ざめさせた。その様子の前に声をかけるなどできはしなかった。そして、彼は紙のようになった顔のまま黙って寝室に戻ってしまった。

 

「何があったと思う?」

 カップを洗う場所においてノットが言う。

 

「さあ?しかし、あの様子だと尋ねることはよしたほうがいいかもしれない」

 パニックになる恐れがある。

 

「ひとまず、眠りましょう。物事を聞くのは平静になったころです」

 ノットもうなずいた。

 

 それにしても、何がばかげているのかは気になるところだ。明日聞くとしよう。時刻は11時30分。私はベッドに入る。

 

 眠る前に、純血とは何なのかをもう一度考えてみる。たぶん、純血への考え方はコヘレトの通りなのかもしれない。

 

『神の御業を考え見よ。誰が、神の曲げしものを直せるというのだ?』

 

 とすれば、私はこう反論しようではないか。

 

『いかに、神の御業といえども、神は自分に似せて我々を創造した。神もまた、我々の挑戦を望む。『曲げられたもの』は我々の手で直すべきである。神もまた、挑戦を欲する』

 

 挑戦をサラザール・スリザリンもまた望まれるはずだ。彼がもし生きていたのならば、私たちの挑戦をどう受け取っただろうか?想像すると面白い。さて、そろそろ本当の夜が来る。

 ランプを消す。

 暗闇があたりを包み込み、寝息と沈黙が訪れる。目を閉じる。

 こうして、私の二つの夜は幕を閉じる。

 

 








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