ハリー・ポッターとスリザリンの代理人   作:Farben.AG

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マクシミリアーノ・エレンツォ(魔法風俗史研究)・マックス・プランク研究所・研究員
  2049年・アグリッパ博士あての手紙

『実に奇妙なことなのですが、ホグワーツ時代における「彼」の写真はあまりにも少ないものです。なおかつ現存する写真の多くはピントがあいまいであったり、写りが悪かったりします。しかし、幸いなことに”テオドール”氏の提供による貴重な写りの良い写真があります。それらを鑑みますに。「彼」の顔つきはあまりにも平凡な人物であります。また、一切の事物においてこと、優れている様子はないと(確かにいくつかの才能はありますが、努力によるものです)結論付けるを得ません。
 さて、今回、博士のご依頼でしたあの10月付のMagunussenの手記に、もしくは「彼」そのほか大勢の人物が引き合いに出す、例の物品でございますが、2049年の現在に至るまで、どうも行方不明と見えます。1999年までは存在していたそうですが、その後はあれの足跡が見えません。ですので、あれはなくなったということでしょう。ご存知の通り、残響に満ちた世界にあの品もまた消えてしまったと見えます。敬具』
 アグリッパ博士は手紙を読み終えるといつも通り、葉巻に火をつけて外を見た。
 ミラノはすでに秋に差し掛かっていた。街路樹が色とりどりの葉を落とし、別荘帰りの若者たちが遊んでいるのが見えた。「彼」もああであったのか?
 2000年以降「彼」の足跡はつかめない。そうアグリッパ博士は思った。
 葉巻の煙がベランダを通り、外へと出ていく。やがて、紫煙はゆっくりと空気に溶けていく「彼」もきっとあのように…


14. 二人のアウグストゥス

 知は力である。古来よりバビロニアをはじめ多くの王朝、帝国は知識を占有することによって、ハンニバルを、ユダヤ人を打ち破り捕囚することまでやってのけた。それ故、今まで私は知識を占有することに重きを置いてきた。

 だが、知識の欠乏は常に助けを必要とするものを生み出す。思えば、共に学ぶということほど面白いこともないし、それによって得る友やライバルほど代えがたいものもない。

 最悪なこともある。この点数制度の染み付いた学校では、知の欠乏によって減点される人物を、足を引っ張るとして、間引き、下手をすればいじめを引き起こすということがある(実際、レイブンクローでは常態化しているし、ほかの寮とて例外ではない)。

 点数によって人を図る。あまりにも多くの問題点を抱えているではないか。そして、ご存知の通り、これもこの学校のカリキュラム化されたようなものとなっている。改革が必要だが、だれもメスを入れてはいない。

 

 さて、こうした点数制度の下において、私は確信している。理解できぬゆえに、前に進めないものをあざ笑う連中は付けを払う。でも、その付けを支払うのは遠い先だ。それまでずっと、光が見えないままそういった人々は虐げられたまま。才能を持つにもかかわらずにだ。

 

 例えば、魔法薬学で常にしくじりかけては事故を起こしかけるネビル・ロングボトムを筆頭に常に間違いを犯すがその一方で特定の分野もしくは冷静になる時間さえ与えられるのであれば、すさまじい才能を発揮する人々を私は知っている。

 

 私は繋がろう。そういった人々とともに。寮を超えて、互いに同じ考えをもって歩んでいこうではないか。その考えに従って行動するのであれば、スリザリン寮のオルドヌング〈戒律的結〉は極めて、邪魔な存在であったし、マーカス・フリントからなる〈純血派閥〉はほかの寮と仲良くするスリザリン生を虐げる傾向にあった。すさまじい派閥闘争は言うまでもない。

 もし、この手記を読む者がいるのならばあえて問おうではないか。

 これでいいのであろうか?と。

 

 〈団結あるところに勝利あり〉 (Ubi concordia, ibi victoria)

 

 これほどスリザリンを端的に表した言葉はそうそうない。団結による一種のファランクスを私たちは編成し、これまで多くの寮との戦いを―― そう、それはまるでスパルタの数少ない重装歩兵たちがアケメネス朝の大軍と必死に戦ったように―― 制してきた。だが、もうそれもここまでにしたほうがよかろうという話だ。というのもだが、先ほど例に挙げた仲間内だけで結束していたスパルタは、世界の覇者とはなるが、結局小国に過ぎず、その狭い視野の故にあっという間に滅び去った。

 

 ひるがえって、スリザリンはどうだろうか。強力な身分社会を代表する貴族出身者の多さに加え、団結によって長年にわたる寮杯の獲得は実に常勝不敗の王者の貫禄すら感じさせるほどだ。だが、その実態はいかがであろうか。内部には徹底した純血の考えがある。さらには人の持つ個性というものを半ば自動的に排除し、古い純血思想をすり込もうとする機能をこの寮は備えている。さらに外見を気にするあまり、優雅にふるまわせるまではいいのだが、そのやり口は画一した商品を製造するかのような工場と化している。

 

 その結果はいかに?

 確かにスリザリンは賢くなった。優雅である。徹底した団結による勝利を目指すまでの存在となった。しかし、その実、中身はすっかり痩せている。思想を食い物にし、見栄を張った結果、戦いこそ制することができるようにはなったが、実態はスパルタのごとく強力な個性などない貧弱な寮(あるいはポリス)となったのであった。残ったのは異常な排他主義という最も唾棄すべきものだった。それはまさに、奴隷たちの反乱ばかりを気にしすぎて排他主義を進歩させたスパルタのように。

 

 さて、さらにおまけがある。こうしたものに拍車をかける存在についてだ。

 例えば、私は知識の友つまりは学友を必要としているが、それを阻むのはなにもスリザリンの結束精神ばかりではない。そう、ほかの寮もまた等しく敵なのだ。あまりにも卑近な例では、グリフィンドール寮のロナルド・ウィーズリーも目の上のたんこぶともいえた。いたって簡単な理由で、彼が病的なまでのスリザリン嫌いであるゆえだ。まだ、この学校に来てからは二週間もたっていないが何かと突っかかってくるので覚えている。

(しかし、考えてみればずいぶんと示唆的な表現ともいえる。スリザリンの対応元素は水であり、グリフィンドールは炎。もともと仲が悪くなるのは必然だったのかもしれない)

 

 さらに参ったことに、これからたっぷりと思い知らされることになるのだが、ほかの寮にもこうしたウィーズリー的存在はあったのだった。そんな訳で、当面の問題ではこうした人々とどのように接するか、あるいは回避するのかが重大な焦点といえた。

 結束を妨げるものはほかにもあるが、具体的にはスリザリンの素晴らしき先人たちが作って下さった、ほかの寮との軋轢と憎しみのおかげで我が寮はいい嫌われ者だ。我々は貴族だが、パリのようにつるし上げられるのはごめんだ。それ以前にともに貴族は平民と(スリザリン生を納得させるのであれば)手を取り、ローマ帝国のごとき繁栄を享受すべきだ。皇帝なき平和な子供の世界を作るべきなのだ。災厄が過ぎ去り、スリザリンは再三にわたっていわれのない中傷、差別を受けたり、助長、成長させてきたりした。そして、今や内部には派閥が跋扈している。はるばるドーヴァーを超えてきたドイツ人がイギリス人の争いごとに幕を下ろす手助けができれば幸いなことだ。イギリスの混乱に幕を下ろしたのはハノーヴァー人だったが、プロイセン人(貴族としてはプロイセン)がこの喜劇に幕を下ろしたところで何ら問題はあるまい。

 喜劇は終わりだ。拍手を。(フィニータ・ラ・コメディア) 

 

 私が“あらまほしき友”を求めるというのであれば。早急に改善すべきだろう。それに、私は今後、4つの寮における協調は、この先の見えぬイギリス魔法界においては、何においても重要であると考えていた。そもそもの話だが四人の創設者たちは親友だったのだから。仲良くなるのは実に道理に合っているではないか。単純ながらも当然のことだ。

 

 そうこじつけつつも、非公式ながらも、そのちょっとした一歩としても、一種の超党派ともいえる何らかのクラブの編成は刻下の急務であり、早急に編成すべきともいえた。互いに助け合って学ぼうではないか。

 まったく、つながりは必要なのだ。誰もが、つながりを求めているはずなのだ。そういったものを助け、結束しようではないか。哀れなるものを地より立たせるのだ。

 

 結束は我々を強くし、より一層強化させる。

 

 しかし、しょせん頭の中で勝手に机上の空論を私は論じているだけに過ぎない。いくら熱くなったとはいえども考えるのは簡単で行うことはあまりにも難しいのだ。果たしてどうやって一歩を踏み出すべきなのか。教科書に書き込みを終えてかれこれ一時間、悩んで腕を組んで座っていると、私の肩をたたく者がいたので振り返った。マグヌセンが面白そうな顔で私を見ていた。

 

「お悩みとお見受けする。何事かな?アドルフ」

 

 私は自分の計画を話した。勉強会を開きたいということ。メンバーは寮に関係なく存在するということ。そして、しがらみにとらわれない寮の垣根を超えたメンバーがほしいことを伝えた。マグヌセンは相変わらず笑みを浮かべたままで話を聞いていた。

 

「それで、どこで開くのかね?その勉強クラブのようなものは」

 

 私は固まる。考えていなかった。

「図書室などいかがでしょうか……?」

「マダム・ピンスにどやされるのがおちだぞ」

 

「ああ、では……」

「では?」

「わかりません」

 

 気まずい空気が流れた。

 

 時計は土曜日の午前10時を指している。マグヌセンは視点を変えて時計を見た。

 

「心配するな。アドルフ。物事はゆっくりと考えることと、その準備が必要だ。私に一つ、考えがある。いい時間だ」

 

 

「教えるべき時が来たのかもしれない…。来たまえ。君に見せたいものがある」

 

 そうマグヌセンはついてくるように言った。ついていくにあたっては私の部屋に張られているラテン語の詩句を覚えよとのことだった。疑問に思いつつもメモを取って向かう。

 

 扉、通路、階段を歩き回り、8階へと行く。ここで彼は歩みを止める。

 

「何かイメージしてみてくれアドルフ。何か『必要なもの』をつかみうるイメージを」

 

 私は考える。十分に広く、机があり、いくつかの資材や学用品で満ち溢れた部屋を。秘密の書架のような存在を。本の楽園を考えてみる。あるいは思いをはせてみる。

 

 その瞬間である。

 

 それまで何もなかった曲がり角に扉が現れた。重厚そうな黒い木製の扉だった。マグヌセンは実に面白いという顔で扉のほうへと歩んでいく。

 

「入るぞ」

 私はあっけにとられる。

 

「危険はないのですか?」

 未知のものへの恐怖という感情が勝って思わずそう尋ねる。

 

 マグヌセンは面食らった顔をした。そして笑みを浮かべる。

 

「あるわけなかろう。あの扉の向こうには、君が、私が望む部屋がある」

 

 そういってマグヌセンは扉を開ける。扉の中にはイメージした通りの書き物机、いす、ペン、大鍋、暖炉、薬品のための棚(いずれも多くの材料で埋め尽くされていた)が置かれていた。

 あっけにとられているとマグヌセンは面白いという表情を浮かべる。

 

「紹介しよう。学生たちの避難所にしてすばらしい隠れ家『必要の部屋』だ。そして……」

 

 彼は奥まった場所に置かれたタイプライターが並ぶ机に私を先導する。

「そして、これがスリザリン生にのみ許された変わった魔法道具だ」

 

「これが……ですか?」

 一見何の変哲もないタイプライターに見えた。タイプライターはフラクトゥールで打てるフォントになっており、インクはすでにセットされていた。それを見つめる私を後目に彼は羊皮紙をセットする。手入れを続けながら彼は言う。

 

「アドルフ。君は覚えているかね。ノットについての情報が記載されたファイルを。あるいはウィーズリーについてのファイルを」

 黒革にフラクトゥールで詳細に記載されたファイルを思い出す。

 

「もちろんです。ひょっとしてこのタイプライターが関係しているのですか?」

 我が意を得たという顔をマグヌセンはする。

 

「その通りだ。知識はすなわち支配だ。使い方は君の寝室に飾られたラテン語の詩句をまず入力する。こんな風に」

 

 マグヌセンは、まず手本として、紙をタイプライターにセットして〈命ある限り希望あり〉とラテン語で打ち込む。パチンパチンという軽快な音ともにアルファベットが意味を持っていく。打ち終わると、タイプライターは勝手に動いてマグヌセンの打った詩句を消した。

 

 代わりに紙にはこう現れる。

『名前を入れてください』と。

 

「そうだな……では、シルヴィア・レインと」

 

 Silvia Rain とタイプライターに記載される。そして、ピリオドの部分を押す。それが合図だったようだ。タイプライターは勝手に文字を打ち始めた。

 

「紙が足りなくなったら普通のタイプライターと同じようにセットしてくれ」

 

 そう話している間にもタイプライターは高速で文字を打ち込む。やがて終わる。打ち終わった紙に黒い表紙が勝手につけられ、フラクトゥールでシルヴィア・レインと打ち込まれたファイルができる。マグヌセンは私にそれを見せた。レインについての趣味、癖、性別、家族から始まる彼女の基本情報が入っていた。

 

「知は支配に直結するとはよく言ったものだと思う。このタイプライターにほしい情報を打ち込めば勝手にタイピングしてくれる。これは私たちの秘密だ。そして、君に引き継ごうと思う。なぜという顔だな。簡単なことだ。代々引き継いでくれとの要望が―― あるのだ」

 

 モロッコ革のファイルを手渡した。ファイルの中にはこのタイプライターに関する詳しい説明が乗っていた。『正しきものにこのタイプライターを託す』と始まっており手引きなどが記されていた。

 

「では、君もやってみたまえ。自分の部屋にある詩句を打ち込んで」

 

 私もやってみる。〈光の中に、私は光を見出すことであろう〉と。そして、タイプライターにアンソニー・ゴールドスタインと打ち込む。タイピングが始まる。

 

「これは……素晴らしいが恐ろしい道具ですね」

 思わず本心を口にする。

「ああ、そうだ。君が言っている通りだ。このタイプライターは情報を与えてくれるが、使い方によっては恐ろしいものになる。例えば……これがいいかな」

 

 そういってマグヌセンはタイプライターの隣に置かれた書架にびっちりと詰められたファイルの中から、一つのファイルを抜き出す。

 

 S/ミリア・ローソンと記載されていた。確か、先週の勉強会にいた二年生だった。

「みたまえ」

 そう言って、マグヌセンの細い指はローソンの血統と系譜を示す。血統はマグル生まれとある。

 

「例えば、ローソンは純血ではない。見てわかる通りマグル生まれだ。もし、この情報を私がむやみに口にすればその恐ろしさはわかるだろう?」

 顔には笑みが張り付いているようになっていたが、目はまるで笑っていない。

 

「スリザリンでは「純血」は絶対条件だからだ。だが、君はわかると思うが、ぱっと見ではわからないし、本人が口を割らない限り、そんなプライバシーの範囲まではわからない。ところが、このタイプライターはありとあらゆるものを明らかにしてしまう。つまりこういったこともね」

 

 そういってもう一つのファイルを見せる。H/エドワード・ウォードと記載されている。

 

「時はあらゆる傷を治すとは君たちのことわざだったはずだ。忘れたいことは忘れる。辛いことや悲しいことも人は忘れていく。そして、良いことのみが私たちに残される。しかし、このタイプライターはそういった傷をえぐりだす」

 

 ウォードの項目には悲惨を極める彼の一族が詳しく載せられていた。

 

 H/ エドワード・ウォード

 

 旧姓 ベーラ(姓)・ラーコツィ(名)

 

 出生 ハンガリー・ブダペスト

 

「ウォードではなく、ベーラ?それにハンガリー?」

「まあ続きを読みたまえ」

 彼は落ち着いて続けた。

 

 続きは長いがまとめるとこのようになる。エドワード・ウォードこと、ベーラ・ラーコツィはブダペストに生まれた。一族は完全な一般人で後発的な魔法を使えるようになった部類に該当する。父親は〈党〉に属する人物で外務省に努める官僚だった。母親も熱狂的な共産主義者で長きにわたって〈党〉を支持していた。ところが、何がどうであったかは謎だが(そういったことまではタイプされていないのだ)。一族はハンガリー・共産党から粛清対象に指定されてしまった。粛清ともなれば彼の一族は全員処刑されてしまう。決死の逃避行があったことは想像に難くない。ともかく、ベーラが4歳のころにはイギリス政府は亡命を受け入れ一族は名前をウォードに改めた。

 そして、今はホグワーツの4年生。つまりはマグヌセンの同輩に相当する。

 

「さて、ご覧の通りだ。ここまで個人のことを暴き立ててしまう道具なのだ。なお、ファイルに振られているH、S、G、Rは各寮の頭文字だ」

 ああ、そういう意味なのか。

「つまり彼はハッフルパフということに」

「そういうことだ」

 

 あっそうだった。と彼は言ってオールバックの頭を抱えた。頭痛ですか?と聞くと。「いや違うよ」と言った。何回か目が空を泳いだのちに彼は答えた。

 

「君は賢い。君はすでに気が付いていることだろうが、私が君にこの部屋を教えたのは君を見込んでのことだ。むろん、ここまでならばわかるだろう。次に、私が求めるのは君のクラブの持つ〈秘匿性〉だ。知っての通り、このタイプライターが心無い連中に渡れば絶対によからぬことが起きるし、この部屋もまた、心あるものに渡らねば、先達に申し訳が立たない。だから、秘密を守るのだ。そう言った人間を集めてくれ」

 ああ、それは実に重要だ。

 

「わかりました。では、面接のようなものでも取り付けますか?」

「それで頼む。君にもまたアウグストゥスの名前があるのだから、彼のように、まあ、ゆっくりと急ぐのだ」

 

 そう言って彼は黒いファイルを書架に戻す。そして、もう一つの棚から、いすを取り出して、使い込まれたポットとカップを取り出す。

「まあ、座って。お茶でもいかがかね?」

 

 彼はそう言ってポットを杖で小突いた。ポットは少し震え、湯気を立てた。湯気からはベルガモットの香りがした。

 

「これは、あそこの……棚からとったものだ」

 彼は私から右隣りの棚を指さした(今、私たちは棚に四方から囲まれている)。棚には湯気を出し続ける大鍋や、何らかの生物から切り取ったもの(赤い)が山と積まれており、ぞっとしない見てくれをしていた。そこから二段目の部分まで梯子がかかり、今、私たちの目の前にあるホーローのポットとコペンハーゲン磁器らしきセットがたくさん置かれている。なお、右隣りには透明の瓶が置かれ、何らかの生き物が詰め込まれ、瓶の中でゆっくりと動いていた。その隣には白い湯気を吐き出し続けている黒い鍋が置かれている。

 

 そして、私の前にある紅茶の入ったカップも同じものだった。あの鍋の薬品の湯気が付いていないか不安になる。

 

「この紅茶は大丈夫なので?」

「私はこれをここ二年間、この部屋を見つけてからずっと使っているが、今のところおかしくなったことはない」

 

 どうだろうか。遅効性なのかもしれない。とすれば、このポットはある種の爆弾と言えるだろう。私は眼鏡の隅でカップを見つめた。飲まないに越したことはない。

 一方で、マグヌセンは眼鏡を曇らせながら紅茶をゆっくりと飲んだ。彼は紅茶を飲み終えると笑みを浮かべて話を始めた。茶飲み話といったところ。

 

「アンソニー・ゴールドスタインの資料だ」

 彼はそう言って先ほどタイプされたばかりのゴールドスタインのファイルを見せた。

 

「ほう、グリンデルヴァルトの一件にかかわったアメリカに遠縁がいて、N・スキャマンダーとその遠縁が協力したのですか」

「そう。彼にはそんな親戚もいる。ユダヤ系だからその血族は多かろう」

 そして、あの巨大なネットワークも、と彼は付け加えた

 

「性格は……実に好ましいですね。それに彼は政治体制(組織)に強い関心を抱いている」

「いずれは大物だ」

 

 さて、と彼は言ってやや上機嫌で話す(顔は相変わらずポーカー・フェイスのまま)。彼はファイルの上にフラクトゥールで打たれた文字を指さした。

 

 どこからか光が差し込み、柔らかく、彼の指さす部分を照らす。聖書の一節が書かれている。

 

 “はじめに言葉があった”

 と。

 

 その続きを私は知っている。“言葉は神とともにあり、言葉は神であった。すべてのものは言葉により成り立った。言葉によらずしてならぬものはこの世に絶えてなし”

 彼は眼鏡越しに私をじっと見た。

 

「アドルフ。信仰は何だね?」

「カトリックです」

 

「つまりはキリスト教徒だということだ。では、天地創造の一節を知っているか?」

 

 いうまでもなく有名だ。

「はい。“初めに神は天と地を創造された”」

 マグヌセンの目に笑みが浮かぶ。

 

「そう。それこそ、神の御業(His handiwork)だ。ところが、君も知っての通り、私たちは神をまねてしまうことができる。魔法ではホムンクルスの製造もしくは死を克服するための学問。一般にいわく、空を飛ぶ航空機もしくは私たちを上回るほどの医学、殺戮兵器……」

 例えば、原爆のようにと彼は語った。原爆はもはや冥府の火に他ならないとは私も思う。煉獄を呼び出す道具だ。

 ここで、私は話を例のクラブに関することに挿げ替える。彼の説教めいたものも聞いてはいたいが、今はその時ではないのだ。

 

「しかし、マグヌセン。クラブのようなものは成功するでしょうか?誰かから非難されることはないでしょうか?」

「さあね。ひとまずやってみることだ。やってみたのちに見つければいい。安心したまえ、歴史がしかるべきのちにこう判断を下すことだろう。君が正しきことをなしたと」

 

「選出方法は?」

 

 その瞬間、彼の目は一瞬空を見つめた。

「新聞は好きかね?ガーディアンとかデイリー・テレグラフとか」

 私は面食らう。

 

「え?」

「ああいった新聞には政府が暗号解読を任せるプロを雇うためにしばし、パズルを載せた。君もそれに倣うといい。時代こそ違えど少なくとも、トマス・ア・ケンピスはそうした」

 彼は新聞を取り出す。難解なパズルがいくつも出ていた。

 

「偉大なる模倣者になり、その名前にある偉大な指導者のようにふるまうことを願っている」

 

 そういったわけでひとまず会話は終わる。

 

 彼は目を閉じてしまった。ひとまず、幕を下ろしたというわけだ。

 

 カール・マグヌセンの手記におけるもの

 何かが不釣り合いな少年を私はじっと見た。

 

 アドルフは全体的に、ありきたりな人物だ。確かに家柄はドイツの貴族だが、中堅の一族で最上位というわけではない(どうでもいいが、家柄だけならばレイブンクローにいるマクシム・ド・フーシェ(7年生)が上だ。ブルボン家との血縁にある)。成績は確かにいいが、努力をすれば誰でもあれくらいの成績は出せる。天才肌というわけではない。典型的な秀才だ。身長は高いがやせ細っていて不健康なのは一目瞭然。血色は悪く肌は青白い。顔立ちは中の下といったところで、分厚いフチなし眼鏡をかけ(近視と見た)、唇はやや薄い。くすんだ金髪を七三に分けている。あまりにも特徴がなく、たぶん別の寮に属しているか、私の郷土コペンハーゲンですれ違っても、気にも留めないだろう。では、いったい何がありきたりではないのか?

 

 そうだ、そう、今私は目の前に座る少年を見て、理解した。

 そう、目。目だけは別だった。時折、レンズが透けて、彼の目が現れる。瞳は青い。ただ、白みの部分は不気味に白く、青い部分は奇妙なほど透き通っていて、強力な視線を生み出していた。ここで、初めて、彼と名前について話したことを私は思い出してみる。低いがこれと言って特徴のない声でどうでもいいことを話した時のこと、彼の顔を私は可能な限り見た。その時、何らかの既視感に襲われた。どこだ?どこかでこの目を私は見たことがある。そうだ。その目はすぐ近くにある。

 その時の私の目は彼の後ろに翻るスリザリンの旗、その中でも蛇の部分を捉えていた。アドルフの目はまさに、すべてを天秤にかけるときのユースティティアの石像のような公平さを併せ持っていたが、何よりも、蛇の持つすべてを(おそらくは私たちを楽園から追い出した際も)見るような目つきなのだった。本人は気が付いてはいないだろうが。

 

 さて、私は急がずにゆっくりと目の前の少年を見つめたのちに目を閉じる。

 場所法を使って整理するとしよう。

 ゆっくりと記憶という図書館の扉を開く。きれいに並ぶ整理された記憶という本棚を通り過ぎて、その中にある書庫室へと入る。

 書庫室には雑然と並ぶ記憶が資料としてイメージされておかれている。

 資料にはダフネ、ドラコ、セオドール、パンジー、ミリセントといった聖28族に関する記憶が入り口に置かれている。あとで、正式な書架に記憶しておいておくとしよう。アドルフは…これだ。

 私は一つのファイルを取り出すことをイメージする。これは彼がこの部屋から出て行ってからじっくりと整理して読むとして、ひとまず、映写機をつけてみる。彼を遠目に見たときに記憶した写りの悪い画像をまず見てみる。それから、徐々に画像を入れ替えていく。先週の休日の風景を映写機に投影する気分で、頭の中に照射する。

 彼がネビル・ロングボトムと勉強している部分。

 

 そう、これ、この記憶(画像)は非常に重要。彼をこの部屋に招く証左の一つでもある。彼は面白いことに階級というものに頓着しない。出自がどうかも気にしない。その証拠になりえるかもしれないものだ。

 もっとも、その前からその核心に至る兆候はあった。

 

 アドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウスという人物が組み分けされてから、私は彼をしばらくの間じっと見て、いくつかの言動を精査してみた。彼の純粋な反応を見るために、フェルプスに根回しをして「浮遊呪文」を教えて、それをどう使うのかを確かめてみた。

 フレデリカ・ポートランドとジョン・スチュワートのことはだいぶ前から知っていたので彼が入学したころにアドラーをたきつけて、アドルフとポートランドを友人に仕立て上げた。まあ、ドイツに純血思想が蔓延していないことは周知に事実だし、アドラーの先輩にあたるウィルヘルミーナ・プフェッファーが事実そうだったので、アドラーは派閥が比較的大きくなるのならば。と非常に協力的な姿勢で取り組んでくれた。おかげで予想よりも早く、二人は友人になった。

 すべては私の思うがまま。実に気分がいい。

 

 話はそれるが、スリザリンにおける私はちょうど、仕立て人といったところ。材料さえそろえば、物事をさばくのは実に簡単だ。このタイプライターと記憶さえあれば、私たちのような〈穏健派〉は数の多い〈純血派〉に公然と抗することができる。もし、あなた方が私に誰かを貶めてほしい(むろん正当なる理由が必要だが)のであれば、ぜひフクロウ便を送ってくれ。ぜひ任せてくれたまえ。ホグワーツであれば何ら心配はいらない。誰をどうしてほしいのか、その情報は記憶しているし、住所も性癖も知っている。あとは、紙に印刷して噂を振りまくなり、頭に血を上らせて暴力沙汰を起こさせるなり、なんなりすればそいつは寮から孤立する。それがもし大人ならば、日刊預言者新聞のゴシップに飢えたハゲタカどもにあることないこと書かせて精神的に参らせて、自殺に追い込んでやったってかまわない。喜んで私は被害者になろう。そして演じよう。実際そうやって純血派閥の奴は寮から孤立したし(ダームストラングに行ってしまった)、前の「闇の魔術に対する防衛学」の教授は社会的に絞め殺してやった。派閥闘争に本格的に介入するようになった2年生のころに、このタイプライターを見つけることができたのは実に幸いなことだ。

 何らかの疑問をお持ちならば、100ガリオン賭けたってかまわない。ひとまず時間をくれ。それから、潰してやろう。知は支配。知ってさえいればすべて、すべては私の掌の上だ。

 

 

 さて、ひとまず私は記憶という映写機を投影したのちに、アドルフについて思いをはせる。彼にはこの部屋を渡すだけの器量もある。タイプライターを渡してやってもいい。

 アドルフよ。君は私になることもできる。望むのであればね。

 

 君にだって聞こえたのだろう?私は覚えているぞ。君がドラコと話していたとき組み分けの歌が奇妙に聞こえたということも。ドラコは怪訝な顔をして、君は驚いていたが、心配するな。

 入学式の奇妙な歌だろう。そう、まるであれほど懐かしそうに帽子たちが口にする歌もなかった。

 

『汝はあらまほしき友を得ることなろう。いかなるつてを経ても……』

 

 私にだってそう聞こえた。それだけではない。

 私は組み分けされた時の歌をおぼえているが、あの古典的な言い方は私と君の代だけだ。私の時の歌はこんな感じだ。

 

『されども、汝は(ここ)においてすべてを知ろうぞ。それは賢者の知るべき術にあらず。されど、そは(しか)して力なり。汝が、知と力を求むるならば、この場に来たれ』

 

 君が光の中に光を見出すというのならば助けよう。

 私は記憶という図書館の扉を閉め、ゆっくりと目を開ける。

 目がくらむようなほどの光があたりを包んでいる。

 

 英国の午前が終わるころ、光があらゆるところにそそぐ。食事へ行くための支度をしているレイブンクロー生たちのいる塔には透き通った窓を通してプリズムを光が作りながら差し込む。グリフィンドールの塔には明るい後光が窓辺に座る人々にあたる。その中でネビルは植物図鑑から顔を上げて、目を細めて窓の外を眺めた。雲から光が入り込み、その周りを鳥の群れがゆっくりと飛行していた。ジャスティン・フィンチ=フレッチリーは鳩が大広間の前を飛び去るのを目撃し、セオドール・ノットは談話室の魚の群れが去るのとともに水面に反射する光が差し込む様子を、書物から顔を上げたウンベルトとともに眺めた。

 パンジーとダフネは雲間を縫って見える青空に瞬く星を見つけた。

 

 ほら、兄弟星が空に踊っている。

 

1991.10.9

1997.5.6

1998.2.6




"Der Stellvertreter" 2051. August. Heidelberg Universität

Sorbonne Universität(Paris 1 Universität); Professor Iohannes Agrippa

Im Anfang war das Wort, das Wort war bei Gott, und das Wort war Gott.

Literatur über 1991-1992
Bundesarchiv. Kanon des Hogwarts über "Ihn". 1991-1999. Nr. 445. am 3. Oktober

Copenhagen: The diary of Carl Augustus Magnussen
"About von Pückler Burghauß and whose strange idea or aptitude"
page: No.12. 344. September
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