ハリー・ポッターとスリザリンの代理人   作:Farben.AG

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賢く生きたものは平生なまま死ぬことであろう

フリーヒェンバッハ博士:
ご存じのとおりでありますが、20世紀においては様々な貴族がなお息をしている状態でありました。ドイツでは「彼」を含めた古くから爵位を持つもの、ユンカーなどの地主層。イタリアにおいてはローマを取り囲むコロンナ家をはじめとする聖職者たちの貴族、フランスはナポレオン以後も息をする旧支配層。そして、イギリスの(この手記においてもいみじくも登場する)アッパークラスやアッパーミドル。
とくにイギリスは21世紀の折り返しとなった今でもある程度支配層によるクラス分けが顕著です。
この手記が示すのはまさにプルーストの描いた(malen)あの小説、『失われた時を求めて』に登場する旧支配層の存在に等しい社会を物語っています。振り返るのであれば、これはまさに、歴史という法廷に提出されるべき書類なのです。
〈拍手〉
それでは、発表に移ります。
〈拍手〉



16. ことば、言葉

10月に入り季節は秋を通り過ぎようとしていた。謎解きが広がったことを除けば何もおかしなことは起きていない。そういったわけで昼食の席ではダフネとシルヴィア・レイン、ウンベルトあとマルフォイなどが私とともに固まってしきりに今日の勉強を話し合っている。

つまりは(私を除いて)そうそうたる顔ぶれということになる。

 

「今日の授業はどういったものになると思う?」

「わかりません。マクゴナガル教授の進み具合からでは予測できないです。それに、予習がようやく追いついているのが現状かと」

 

肩をすくめながら、ウンベルトに答える。

 

実際その通りで、予想だにしないスピードで授業は進んでいた。当初、スリザリン内では物事は比較的楽観的に、つまりはどうにかなるという余裕があったが、10月に入って以降、一気に加速した。

「今のところ、追いついてどうにか得点を稼いでいる」

 

そういったわけで、勉強会の開催は刻下の急務と化していた。

 

「そして、参ったことに、ほかの寮には僕らを凌駕するのが何人かいる。事実上、拮抗している」

こうつぶやくのはノットだった。私たちは同意を示して頷いた。

「実際のところは押され気味だね」

こうつぶやくのはダフネ。

 

 

「グレンジャーだったか?」

そういうのはマルフォイ。腕を組んでいる。こうしているときの彼は、大体何かをひらめいて演説をぶつと相場が決まっている。

「彼女はいつも図書館で予習をしている。それはわかるね?そして周知のとおり、一番の難敵だ。参ったことにマグル生まれにもかかわらず、グリフィンドールの大半の得点は(一年においては)彼女が稼いでいて、噂ではすでに二年生の領域まで入ったそうだ。考えられるか?僕らが正対しているのは魔法使いの子ではない。マグル生まれだ。これほどの危機はそうそうないだろう。つまりは……」

 

私の周りにいるスリザリン生たちはマルフォイの演説に聞き入っている。そんな中にあって私はレンズの端にハーマイオニー・グレンジャーがしかめっ面をしながらネビル・ロングボトムと『薬草図鑑』をにらんで何事かを言い合っているのを見た。

 

「……とにかくだ。マグルがこれ以上僕たち純血の上にあってみろ、僕たちスリザリンの名折れだ。おまけに彼女はグリフィンドールだ。意地でも負けるわけにはいかない。クラッブとゴイルはこっちで勉強を教えるから、君たちはどうにかして、学びを増やしてくれ。アドルフ」

「はい?」

「手段を択ばずに勉強をスリザリンのみんなに教えて、寮杯を近づけてくれ」

 

「わかりました。しかし、クィディッチはどうなのです。シーカーになることをこの前期待していたはずでは」

とたん彼はバツが悪そうな顔になった。

「ポッターは選ばれた。まあ、仕方ないだろう。でも、僕は……」

 

 

 

「駄目だったんだよね。お疲れさん」

レインがそうマルフォイに言い放った。傷口に塩を塗る発言だったらしくマルフォイはぎろりとレインの黒目をにらみつけた。

「仕方ないだろう!相手は二年生なんだぞ」

 

 

「知ってるよ」

そう彼女は言って紅茶を口に含んだ。

 

「確かに。確かに、学年の中でも君は優れていたよ。でも相手が悪い。ルース(ルース・カウル)が君を遮ってあっという間にスニッチを取った」

これはベアトリーチェの声。目に見えてマルフォイは肩をすくめた。

 

隣でウンベルトがそうそうといった顔をしている。いわく神業というべきもので、あのマルフォイをして、瞬く間に遮って取ったそうだ(歴代でも数えるほどの業だとか)。私は見るべきだったのかもしれないが、いかんせん機会がない。

 

 

「ポッターができたら僕もできる、そんな気がしていたよ」

そういったわけで彼はすっかりとしおれている。

 

「偉大なる幻想だったね」

とダフネ。みんな揃って傷に塩を塗る。私は調整すべきだ。

 

 

「まあまあ、スリザリンにはとりあえず、初の女性シーカーの誕生ではないですか。祝うべきでしょう。それに、ドラコ、君には私が思いますにほかにも才能があるはずです」

「そうだといいんだけど」

そういってゴブレットに入った水を彼はあおった。私は時計を見る。まだ一時間はある。大体食事の一時間、休みに一時間といった配分になっている。

 

「そうですよ。ビーターなんかいかがです?」

私はああいったスポーツはよく知らないのだが、とりあえず知っている役柄を彼に振ってみる。

 

「それもありかもな。でも、シーカーにはまだ望みがある」

 

 

おや?なぜだ。確かカウルは二年生で若手のはずだ。そんな彼女がなぜ来年シーカーではなくなるというのだ。

「なぜです?」

 

妙な気がしていた。どことなくいやなものが広がっていた。

「シーカーは確かにカウルだが彼女は二軍さ。それに次があるかもわからない」

 

 

独特の空気に包まれる。この感じは大体……。

「アドルフ、ここは何寮だ?」

そういうのは先ほどまで黙っていたスチュワートだった。彼が話すこと、それは一つの意味を指す。

 

 

「スリザリン」

「そういうことです。多分、ルースは『血』に何らかの問題があった。そうでしょう?」

とポートランド。マルフォイはうれしさとすまなさを抱えた様子で頷いた。

「ルースは混血だった。しかもスクイブと。これはスリザリンの体面にはふさわしくはないという理由で二軍に終わったそうだ」

 

 

「えっ」

「どうしたアドルフ?」

「ああ、いいえ」

「言えよ。君の意見のほうが大体あっている」

そう、ノットが言う。

 

 

「では、私が思うに、それはスリザリン的に見てもフェアな話ではない。勝つためならば私たちは手段を選ぶべきではないというのに、そんな理由でおろすのですか?」

 

マルフォイが唇に指をあてる(ここだけの話というサインだ)。

「フリントの横やりさ。あいつが認めないといった」

「たかがリーダーでは?」

 

「たかがリーダー、されでも“リーダー”(指導者)だ」

大広間のほうで取り巻きに囲まれたフリントがちらりとだが見えた。パッと見た限りは善良そうに見えるが、あれが(ダフネに曰く)大間違いなのだそうだ。

 

“彼は馬鹿です。しかし、とても頭が切れる。ただし、たくらみだけだ・・・。ですので、典型的なスリザリン生かつ私が最も憎んでやまない人間ですよ”

 

ポートランドが最初の夜にそう言っていたのを思い出す。

さて、話を元に戻すとしよう。

 

「気をつけろ。あいつは知っての通り『派閥』のトップだ。前任は誰かが情報を漏らしたせいで今はいないがね」

そうノットが言った。その前任者は絶対にマグヌセンのタイプライターか何かによって飛ばされたと思う。視界の隅には黒革のファイルをフェルプス、ワトソンとともに眺めるマグヌセンが写っていた。相も変わらず水面に浮かび上がってきたサメのような顔をしている。多分、狡猾なサメのようにして何人もその牙(情報によるゆすり)にかけて来たのだろう。そう物思いに浸っている間も話は続く。

 

 

「不平等でも『血』はあの小男には重要なのだよ。『血』、『血』……まったく。ほかにやるべきことがあるだろうに」

ちなみにフリントは大柄なほうだ。

 

 

 

「たかが『血』だと?セオ、まさかマルフォイ家に対する侮辱か?」

「まっさか。君の家柄と『血』は尊重するが。僕はあいつの『血』は尊重しない。それだけのことだ」

二人は奇妙な笑みを浮かべて(多分ああいった笑みを、仮面のような笑みとでもいうのだろうが)。互いを見つめあった。

 

 

「いずれにしてもだけどあまりよくない状況だね。そうでしょ、ダフネ?」

「そうね。レイン」

「サテュリコン並みに腐敗しきった奴隷主人がなんと多いことか。才能をこうしたことで埋めるとは」

ウンベルトがそうつぶやく。レインがダフネとの話し合いで高潮したらしく思わずこう叫んだ。

 

 

「未来あるものがああいった馬鹿な考え、ごときに翻弄されるのはどうかと思うよ。スリザリンは自分で自分の首を絞めている!」

その瞬間、マグヌセンがこちらをぎろりとにらみつけた。ワトソンは静かにしろと目線を送ってきた。私たちの周りに視線が集中する。特にハッフルパフから。

 

「自殺願望があるに違いないね」

ベアトリーチェがそう言ったことに周りはうなずく。一方でねめつけるようにしてテーブルの端(純血派閥は大体そこにいる)から痛いほどの視線が飛んでくる。

 

「あるいはそういったインペリオにかけられたに相違ない」

そうウンベルトが言う。

ところで、私はこういったことを言うべきなのかためらわれるが、とにかくいうべきだろう。

「ああ、インペリアルが何かはさておいて」

「インペリオ。相手を服従させる呪文だ。それくらい知っているだろう?」

 

そんな呪文があるのか。メモを取っておこう。いや、それはさておこう。すさまじい数の目線がこちらに集中している。ウンベルトはそれに気づいたらしい。ベアトリーチェと、レインとダフネを小突く(ちなみにノットとマルフォイはどこかに消えていた)。四人は咳払いをすると、カバンをまとめてどこかへ行きえた。

時間とともにあのことが忘れられんことを。

 

私はたいしてこの会話には介入しなかった(もっとも火をつけたのは私だが)。そんなわけで、フクロウ便が今週のドイツ紙を落としていくまで、ずっと座って紅茶を楽しんでいた。視線が引く中、ロイターを読んでみる。「ロイター・魔法界通信(原題Reuters in Zauberwelt)」の一面には新会社のロゴが踊っていた。

 

「ドイツ第三帝国再び」から始まっていた。なんとも大げさな。

 

世界最大の化学会社誕生

“ドイツと反発するヨーロッパ”

8月下旬よりバイエルン製薬、ヘッセン化学、BASFの旧IGファルベン系列の各企業陣営は折衝を重ねていたが、9月12日の時点で合併することに合意した。社名はIGケミー〈利益共同体化学株式会社〉とし、経営陣営は各種要職に就く。本部はフランクフルトア・アム・マイン。

資本金は6900億ドル(8000億ファルツマルク)。従業員は20万人。

これは最盛期のIGファルベンをしのぐ巨大な資本金であり、すでに調整段階に入ったECにおいてもその巨大性及び越境力は度外視されている。アメリカにおいてはマクーザの管理下にある企業を次々と買収し、イギリスにおいては魔法界、人間界を含めて多くの強力な企業(製紙会社、製薬会社、新聞社(!)などなど……)を合併、買収しており、10月付でブッシュ大統領はIGケミーの存在は合衆国のロビイストを凌ぐとして、警戒するように呼び掛けた。サッチャー首相は紛れもないカルテルの寡占であるとしてケミーに厳重注意を行ったが、現在魔法界を含め大々的な買収を実施しており、事実上の注意は無効化されている。

アメリカ魔法議会は10月付でIGケミーに対する魔法製品に対して輸入、輸出を禁止する旨の通達を行った。これに乗じる形でイギリス魔法省はIGケミーの製品に50%の関税をかける旨をドイツ産業省に通達した。対してIGケミーは反発を強めており、貿易戦争に発展することが予想される。

一方、ドイツ国内でもIGケミーを不安視する声が上がってはいるが、不況にあえぐヨーロッパにおける希望としてこの企業の誕生を歓迎する声も上がっている。

 

(中略)

数々の問題が上がっているIGケミーであるが、今回特に問題視されているのはその企業の大きさではなく、その経営陣にあるとされる。現在IGケミーの経営陣はバイエルン製薬、BASF、ヘッセン化学はすべて、ナチスドイツ時代の巨大企業IGファルベンの経営陣が占めており、第三帝国の再来であるとしてヨーロッパ内に緊張が高まっている。現在イスラエル魔法省はIGケミーにおける経営陣営の中には引き渡しを免れたSS(親衛隊)関係者が多くおり、「アイヒマン脱獄事件」に関与した多くのドイツ人がいるとし、ヨーロッパはおろか世界に君臨する化け物の誕生であるとして警戒を強めている。

10. 27.1991. Reuters in Zauberwelt.

 

大げさではなかった。本当に巨大なコンツェルンの誕生だ。あいまいな顔をしつつ次の教室に行く。なんにせよ、今度から面接が始まるのだからほっておくとしよう。国際情勢よりも、私のプランのほうが重要だ。

 

10月27日日曜日 時刻は午後九時となっていた。

 

寝静まった中談話室には見知った顔が一人暖炉にあたっていた。ダフネ・グリーングラス。まさか、彼女が最初とはついている。もっとも差別的ではない人物の一人だ。

「こんばんわ。問題を解かれましたか」

 

そう、挨拶を投げかけると、彼女は嬉しそうに答える。

 

「ええ」

「難しかったですか?」

「そこそこね。最後の文章からアルファベットを抜き出して単語にするのには時間はかかったけども。うまくいきましたよ」

 

そう柔らかく彼女は答える。

この答えは私にとっては驚きだった。極めて能力がある人物だ。間違いなく、今後とも重大な存在たる。私は自分のちょっとしたたくらみを伝えることにする。

 

「あまりにも子供らしい理由なのですが、ここ最近私は勉強するうえで、大勢の人々と一緒に静かに勉強したいのです。その、ゆっくりとした時の中で互いに教えあうという勉強会を通して、成長していきたいのです。私はそう思うのです。そして、ここからが本題なのですが、このホグワーツ内においてスリザリンは優雅です。そして、第一等の寮なのかもしれない。しかし、その実中身は(聡いきみならばわかる通り)やせ細り、狼たちが互いを食い合っている。このままではいつか、自滅すること必至です。それを少しでも先送りに、あわよくばなくしてしまうためにこの勉強会を通して、各僚の生徒たちとつながるべきなのかもしれません。それによって小さいながらもつながりを作っていき、ホグワーツにおいて少しばかりのやさしさと優雅さを持った本当の貴族の寮にしたいのです」

 

結論から言えば、彼女自身は快くこれを承諾した。もともと、気質としてはハッフルパフなのだから不思議ではないといえば、不思議ではないのだが。彼女は初めてのメンバーとなった。

 

ひとまず、彼女に拍手を送るとしよう。

 

さて、翌日、私は彼女に対してサインを求める。形式的なことだが、これもまた重要なことだ。ありがちな行動をいかにも特殊なこういった行動で正当化するのだから。特別な気分に浸れるではないか。私は会釈をして、大広間から教室へと移動する。

その日のことで、さらに付け加えるのであれば、さらに仲間が増えた。

 

寮に戻ると、セオドール・ノットが暖炉にあたりながら本を読んでいた。私は挨拶をして、自室へ戻ろうとした。すると彼は私を呼び止めた。

 

「なんでしょうか?」

 

やや深刻そうな、しかし、期待に満ちた目をしている。彼は小声で私に話しかけてきた。

「奇妙なポスターが掲示された」

 

ひどく落ち着いた声で彼はそう言った。

「ええ」

当たり障りなく私はそう答える。

 

 

「そして、それはどうも君が作ったか依頼したみたいだ。そうだろう?」

 

私は思わず目を見開いた。眼鏡のつるがその反動で後ろにぐいと下がった。表情が乏しい(常に英語を使うということに対する緊張感だと思っている)私の顔が動いたことによって、彼はぎょっとしたようだった。ひとまず平静を装うとしよう。

おちついて、さあ。

 

「さあ?どうでしょうねえ」

物事は言葉を選んで話すべきだ。言葉というものはうつろ気なのにその実非常に力がある。私たち二人の間に独特の間が生まれる。私は彼の顔を見つめた。

 

――しばらく、二人は黙ったままだった。お互いにどちらが話すべきなのかわかりかねていたに違いない。やがて、アドルフは口を開いた――

 

「しかし、本当に解いたとするのであれば―― 君には覚悟が必要となりうることでしょう。今日、ポスターに在ったとおりに行動なさいますか?」

 

彼の眼はしばらく泳いでいたが、やがて、意を決したようである。

今夜、ここに残ろう。そんな意志が感じられる。実によろしい(va bene!)

暖炉の光に照らされた私の影はノットの影を飲み込むかのように見下ろしていた。やがて、彼がうなずくころ、影は形を変えて、ゆっくりと彼の影を飲み込み、そして一つになった。

 

 

 

談話室には光が少ない。アドルフの顔は半分が赤々と燃える炎に照らされるのに対してもう半分は完全な暗闇をまとっていた。顔に表情は浮かんでいないが、目だけは雄弁で、不気味な喜びをたたえているように見えた。加えて、同世代からは明らかに大きい長身から見下ろされるのである。どこか畏怖すべき恐怖を感じる。

 

アドルフは間違いなく、自分に似ている。なぜかはわからない。でもどこか、僕に似ているところがあるのだ。そのまま、目を彼に合わせる。青い目にずっと見つめられる。奇妙な目つきだった。果てしなく青く飲み込まれそうな深みを持った青い目(僕はこの目を彼以外に知らない)。

 

「実に素晴らしいことです。そうは思いませんか?ねえ、セオドール」

 

時折、暖炉の炎のせいでレンズが半透明になるが、その青い目を隠すには至らない。深淵を除くかのように冷静で不気味な目だった。凍てついている。なのに、とても温かい雰囲気もある。

 

ふと僕は思う。フォン・ピュックラー=ブルクハウスの目は、蛇のような目だなと。暖炉に照らされる彼の喜悦に満ちた目と、不健康に細い体つき、長身から、まるで彼は知識を得た、巨大なとぐろを巻いた蛇―― 僕には同時にそう見えた。ややたれている目でかつ細いとこはいかにも蛇のようなのだ。子供のころ、森でみたことのある水面を目指してのぼってくる蛇のような目。それに加えて、いつもは主張のないありきたりなのっぺりとした顔が相まって(そう、これでこそアドルフなのだ)アドルフ・フォン・ピュックラーはその場に存在していた。そして、僕は確信する。ああ、きっと今までの表情はこの顔に比べると本物ではないのだ。いつまでも僕は彼の目を見つめていられた。そうしなければならない気もしていた。彼もまた僕をのぞき返していた。

 

この奇妙な見つめあいはフォン・ピュックラー=ブルクハウスが時計に目を落としたところで終わった。

 

「ああ、夕食ですので行きましょう」

 

そういうと目の前の少年はカバンをもって大広間へと向かった。周りのスリザリン生たちも“もうそんな時間だったか” ”急ごう”などといって教科書をしまったり、食べ物を片付けたり、本をしまったりしている。本を自分のベッドにしまうと、大広間へと歩いて行った。

 

アドルフ・フォン・ピュックラーの視点

さて、このような形でメンバーは順調に集められた。スリザリンではすでにダフネとノットが入った。ウンベルトたちやマルフォイも時間の問題だろう。

最大の問題はこうしたクラブの会則のようなものを、いかにゆっくりとこのスリザリンに溶かし込んでいくかだ。

 

今日の日程を確認してみる。確か、今日はスネイプ教授が学会で出張だ。だから魔法薬学はない。この時間はハッフルパフのカリキュラムでは授業がない(彼らも今週は魔法薬学だった)。大方、図書館にいるのだろう。

さて、ここで私は件の人物に出会うことになる。それも最初に。

 

 

 

 

 

 

 

「僕は、君を認めないぞ」

目の前の少年は開口一番にそう言った。認めない、認めないね……。眼鏡越しに少年を観察してみる。高慢そうな性格をした白人の少年で明らかに私を見下している様子だった。

 

少し、ここに来るまでのことを整理してみよう。まず図書館にやってきた私はカバンを置いて、ハッフルパフに掲示された通りの入り組んだ場所にある写本台(今は勉強机のようなもの)に座っていた。そこに最初の客人がやってきたというわけである。少年はザカリアス・スミスと名乗り、握手を求めるこちらの手をものの見事に無視し(覚えておくがいい)、手始めに勉強会について説明しようとするこちらを遮ってまくし立てている。彼の後ろにはアジア系のハッフルパフ生とコーカソイドの少年少女が各々カバンを持って立っている(やがて、彼らは話し合っているこちらとは反対側の写本台に座った)。

こういったことは大体笑顔を顔に張り付かせて対応すればいい。仮面のような笑みを浮かべて見つめる。

 

「なぜお認めになられないのですかな?」

 

スミスは私をあざ笑うようにしてみた。

 

「決まっているだろう?君みたいなドイツ人がいや、外国人がこの英国を闊歩していることが許せない。お前たちはいつも、このイングランドからほしいものを好きなだけ奪っていく卵だ」

 

頭が締め付けられる感覚にとらえられた。最悪の形の英国紳士だ。よく目を見てみると、その目は憎悪に煮えたぎっていた。皮肉ではない― 本気だ。

 

ふと、心のうちにもてあそんでみようかという気持ちが生まれる。やってみよう。パウルを泣かせたときのように、落ち着いて、小ばかにしている少年の顔にむかって笑顔を作って見つめる。突然、表情が変わったことに彼は驚いたようだ。

よし、次だ。楽器を弾く時のように繊細に言葉を吟味して、あとは口に乗せるだけ。

 

 

「親愛なるザカリアス。考え見なさい(Please consider)。 あなたの身には多くの憂いがあったはずだ」

「何が言いたい?」

 

よし、食いついた。一気にしゃべりたい衝動を抑えつつ話す。

 

「その憂いを語るためには。子供のころの話をしましょう。それが重要だ」

「子供のころだと!今は……」

 

ものの見事に、イラついた彼に対して左手を少し挙げて、制する。

「お静かに、ザカリアス。ここは図書館です。神聖なる本の世界を汚すことはたとえ、ヘルガの子供たちであっても許されない」

 

 

私は彼の相貌をとらえる。私よりは低いが比較的背は高く、金髪で鼻は上を向いている。

「なぜその必要があるか教えて差し上げましょう。子供のころというのが。我々が話せる話の種であり、なおかつあなたが部長になることができるかもしれないという最大の好機ですよ」

 

あえて無礼な言葉を選んでおく。

 

 

「じゃあ、お前が子供の頃はどうだったんだ?」

 

 

大体こういったことはそっけなく、明瞭に述べる必要がある。笑顔を作って、話す。パッと見た限り、おしゃべりをしている友人のように見えるだろう。

「両親とも官僚でしてね。何かをやらかしたようで国家保安省〈シュタージ〉に殺されましたよ。クリスマスの夜にですが、さぞかし冷たい夜であったかと」

 

一瞬、ザカリアスは色を失った。さあ、あなたの番ですよ。私は穏やかな友人のようにして、右手で“どうぞ”とサインをする。嫌味なく、優雅に、客人に、ちょっとしたものを勧めるホストのようにして。

 

「いや、すまない。この話はないことにしよう」

 

その隙を見逃すわけにはいかない。

「いいえ。あなたが選択したからには、もうこの場所から降りることができない」

 

 

それでも、ザカリアスは渋っているようだった。あるいはとっさのこと気持ちの整理がついていないようだ。もう少し、つつく必要がある。

 

「仮にも、実直なハッフルパフ生であるのならば、言われたことをしっかりと勤勉にこなすべきだ。そうは思わないのですか?」

 

プライドをあおるという古典的なやり方だ。大体のものは飛びつくはずなのだが、彼はなおも黙ったままだった。私は心の中で舌打ちをしつつ、次の手段を考える。

 

仕方がない。確か、これか。タイピングされた、黒革のファイルに書かれた要項を読み上げる。ゆっくりと、かつ耳障りではないように。

 

「『ザカリアス・スミス。住所:ロバート通112-3・魔法省管轄地。幼少期・概要・幼少期は遊んでくれる友人もほとんどおらず孤独で、父親はいたが、愛情の注ぎ方が過多で、かつめったにかまってはくれなかった。遊び相手といっても使用人ぐらいなもので、近所にいる子供たちはめったに遊ぼうとはしなかった。その理由として挙げられるのが、下記の……』」

 

「まて!」

彼は目の色を変えて、ファイルをひったくった。ファイルを一瞬見た彼はそこに書かれた彼の赤裸々に描かれた個人情報を見て、慌てふためいて、私をにらみつけた。明らかに彼の顔には焦りと怒りが広がっていた。

「なんでお前が知っているんだ?」

 

 

まったく、常なる備えとはよく言ったものだ。今持っているこのファイルは、ザカリウスにあったときに興味がわいて印刷しておいたもので、そのままカバンに入れたままにしておいたものだ。マグヌセンに感謝のほどを。

うっすらと笑みを浮かべながら(銀行員のように誠実かつ嫌みのない顔で)、応対する。

 

「いえ、たまたまこの紙に書いてありましてね。非常に興味深いではないですか。そう思いませんか?……ねえ、ザック?」

 

 

声をもう少し、おとなしくして、愛称で呼んでみる。次に、眼鏡を少しずらして、彼の目をとらえる。やや脅えが見えた。もう話すしかないという表情が浮かんだ。おそらく、いま彼はこのドイツ人に話しかけたことをなかったことにしたいのだろう。

むろん、逃げるという選択肢を与えてはならない。罵倒した相手を逃がすほど、私は寛大ではない。狭量な男なのだ。

 

「さあ、あなたの番ですよ」

 

むろん、この言葉には“もうどうあがいても逃げられない”という意味も含んでいる。彼は二、三回大きな息を吐いた。気持ちを整理したいらしく、目は何度も空を仰いだ。私は笑い出したい気持ちを抑えなければならなかった。

「はなしなさい」

 

「……とても……寂しかったよ。誰も僕の相手をしようとしてくれなかった」

 

 

後々考えると彼は非常にしおらしくなっていた。その顔を見ていると何となく嗜虐心が芽生えてより、あおってやりたくなったが、それを押さえつける。十分に面白そうだったからだ。そのまま、彼は堰を切ったように見事に語ってくれた。

無論、いくつかの重要な点は押さえ、話を聞く。例えば、ザカリアスがなぜかくも孤独で、それでも家族を愛するのか、なぜ友人を作ろうと歩み寄らなかったのか、今こう書いている時点でだいぶそそられる性格の形成過程だ。

聞き手に徹するべしだ。心の中で満面の笑みを浮かべながら、眼鏡を付け直す。

 

「あなたから、相手に歩み寄ろうとはなさらなかったので?」

「したさ!けれども、誰も相手にしてくれなかった」

 

それはそうだろう。すべてのことを皮肉ととらえるその心では、すぐに拒絶される。長年の父親からあまりかまってもらえない、もしくは過度の保護によって、彼の心は残念なことに“曲げられた”のである。

実際それから数十分ほど彼は身の丈を語って見せたが、どれもひどく独りよがりで、認められたい半面、自分をより高く見せ、威圧し(彼はその実会話が何たるかわかっていなかったのだろう)、案の定見捨てられるという画一的なパターンによるものだった。やがて、彼は泣き出した。つらい過去やそれまでの行いに対する懺悔の涙のように見えた。

 

総合したうえで私は結論を述べることにする。

 

「冷静に考えてみなさい。今まで、君はつらく周りにあたっていた。認められたかったのではないですか?しかし、その実それはいつも失敗していた。昔から、誰も君を見てくれる者はいなかった」

 

「そうだよ。誰も、誰も僕のことを見てくれなかったんだ……。苦しくて、でも抜け出せない。それに……」

 

よし、ここで私はザカリアスに慰めの言葉を与えることにするとしよう。現状は彼を「見守る」人はたくさんいるのだ。根幹に、寮の本質に目を向けるとしよう。ハッフルパフは互助の力がとても強く、勤勉でそして苦労を苦労とは思わない。つまりはザカリアスをうまく(彼と付き合うのを苦とも思わず)支える人々がいるのだ。彼は「友」を得ている可能性が非常に高い(さもなくば、ハッフルパフが機能しえない)。

すさまじい後悔と厭世に浸っている彼を持ち上げるべきだ。そして、終わりにしよう。

 

 

「ああ、親愛なるザック。落ち着いて、私をごらんなさい。そう、そうやって、息を整えて」

彼は涙による過呼吸から少しばかり落ち着きを取り戻し、私を見つめた。白い顔はやや赤みを帯びている。焦点が定まってきたのを私は確認すると、次の言葉をつなげる。

 

「しかし、今は違う。そうではありませんか?」

 

「でも、友人ができたんだよ」

 

舌は震え、言葉はまとまりをもってはいないようであったが、それでも、彼の口は喜びを語った。

「ようやく、ようやく僕は認められたんだ!」

 

その涙には喜びが宿っていた。あたかも、両親が死んだとき、懺悔室でバッハ神父が私を導いてくれた時のように。健康的な喜びの涙である。

では、指揮棒をしまうとしよう。声を整えて。ゆっくりと。

 

「でしたら、ここにいるべきではない。ハッフルパフの寮に行くべきだ。そこで、友人たちと時間を過ごすべきです。あなたには友がいる。そう、恐れることなく……」

 

言い終わらないうちに、彼は人目をはばからず泣きながら急いで、写本室を出て行った。二三人の生徒たちが彼を見たが、またすぐに作業に戻った。

ずいぶんと面白い時間だった。そう感慨に浸りつつ、課題に目を落としていると、“失礼”と声がしたので顔を上げた。

 

「さっきの会話を聞かせてもらったけど、君があのポスターを掲示したの?」

 

先ほど私に質問をした少女は金髪を三つ編みにし、面長の顔、名前は確か……。ハンナ・アボットだ。言葉遊びで覚えている。その後ろにはローブをしっかりとつけ、黒がかった茶色の髪を丁寧になでつけた少年が立っている。二人ともハッフルパフ生で同年代らしい。

聞き終えると、返事が遅くなったことを詫びて、自己紹介をする。

 

「その前に名乗らせていただいても?これはどうも。アドルフ。アドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウスと申します。ドイツから参りました」

 

最初の印象は重要だ。特にこの学校では。だから、私はゆっくりと語ることにする。それから、まずはアボットにあなたは?と質問をしてみる。

 

「ハンナ・アボット。ハンナと」

「では、ハンナ。もう一度ですが、初めまして。アドルフとお呼びください。スリザリンのものですが、お気になさらずに」

「こちらこそ、よろしく。君があのパズルを作ったんだね」

「なんとなくですが」

 

肩をすくめて答える。謙虚が重要だ。

 

「あなたは?」

「はじめまして、ミスター・フォン・ピュックラー=ブルクハウス。ジャスティン・フィンチ=フレッチリーと申します」

 

ああ、私と同じく二重姓の子だ。

「こちらこそ。ああ、どうぞアドルフとお呼びください。私の名前は自分でもうんざりするほど長いので」

 

むろん礼儀だ。しっかりと自分の名前にはプライドを持っている。

二人とも少し、笑みを浮かべた。よし、成功だ。ハンナ・アボットを少し観察してみる。人好きしそうな顔立ちに気品と、ほんの少しの田舎臭さを感じる人で、善良そうだ。

 

そして彼女の右隣にカバンを持っている少年は、フィンチ=フレッチリー、「タイプライター」によれば、イートン校に行く予定であった少年。そして、二重姓となると、彼の階級は相当なものだ。ただし、一番上であっても、アッパークラスだが。それを裏付ける証左を彼はすぐに示した。

「ジャスティンと呼んでください。アドルフ」

 

 

 

やわらかい声でそう言って、私と握手をするとき、彼はちらりと私のローブとネクタイに目を落とし、ほんの一瞬だけ、計算高く物事をはかりにかける、そんな色が彼の眼をよぎった。ここで私は彼の階級を察する。二つの一族の名前を保全し、なおかつ抜け目のないある種のものを見るうえでの「目」を持っているとすれば、ミドルアッパーだ。その巧妙な「目」が私にも欲しい。

 

 

 

そんなわけで、二人を椅子に座らせる。そして、少しばかり、自分の意見と彼らの心情を推し量る。それから、いくつか試す質問をしてみたり、自分の考える勉強会についての構想を嫌味なく、ただし正確に述べてみたりする。むろん、これも試金石だ。

 

アボットは私の話すことに心の底から同意あるいは疑問を呈するのをすぐに表情に出して見せた。これに対して、フィンチ=フレッチリーはめったに顔に出さず、本当にごくわずかな瞬間であるが、話を聞いているときに時折、吟味する様子が見て取れた。眼鏡の端には一瞬だけ思案し、それから相槌を打つ姿が見て取れた。

彼はとても賢く、程よく抜け目がない。まったくもって感心する限りだ。

 

だから、私は不思議に思う時がある。フィンチ=フレッチリー、あなたは、いや君はなぜ確かな目を持っていたのに、あの二人を信じていたのです?と。

しかし、これもまた彼の善良さとある程度の若さゆえの素直さを鑑みるのであれば、仕方のないことだ。

こうして、私はいくつかの収穫を得ることができた。これこそ、進歩と呼ぶべきことだ。

二人が帰った後、私はまた課題に向かう。いくつかのちょっとしたたくらみが成功した心地よい気分とともに、徐々に慣れてきた羽ペンを走らせる。

ふと気が付くと、空は濃い紫を帯びていた。星が空に瞬いている。ここで私は一つの文を思い出す。

 

狭きを通って高みへ(Ad augusta per angusta.)

 

 

移動しながら少しだけ考える。あの星々の光はとても小さい。そして、私の持つ希望や喜びもまたとても小さい。しかし、その喜びは困難を通すもので、高み(成功)へと至るには十分な存在ではある。

荷物をまとめて歩いていると、とても強い寒さを感じた。冬が近いのだ。ローブのフードをかぶって、カバンを持っている手を温めるため左手を右手で覆って歩く。きっと傍目にはこの両手を合わせる行為は祈っているように見えるだろう。

そんなわけで、敬虔な修道僧のような姿で、私は恵みを受けた食卓にグレース(祈りと祝福)(注:grace には食前の祈りと、祝福という意味がある)をささげるべく、つまりは、程よい頻度で。3MFを心がけるとしよう。正確には、できる限りの敬虔さとともに、私の実りが(Mine Fruchten mit meiner Furchtkeit)より大きな収穫をもたらすことを(wird Fruchtbarkeit)祈るとしようではないか。

 

大広間へと入る。温かさが冷え切った頬にしみ込んだ。

 




さてさて、次回は三日後の11月6日八時となります。

そして、お待たせいたしました。次に控えますは、ハロウィンであります。
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