ハリー・ポッターとスリザリンの代理人   作:Farben.AG

2 / 20
司会:では、休憩をはさみました後に、本題となる1991年~1992年の前半期の内容を発表いたします。この人物の人間性がこの記録において妙実に現れていることでありましょう。
では、壇上にご注目を。
オットー・フリーヒェンバッハ教授です。
〈拍手〉
フリーヒェンバッハ:ああ、どうも、ありがとうございます。記録の発表に際しましては、各学会チームとともに、この人物の書いている「手記」の解釈には古典的要素が多数あるため時間を要しましたが、これより発表いたしますのは、完全版の1991年における記録です。

なお、マイクロフィルムにおける記録もとられておりますため、この学会終了後に公開する所存です。
では、ドイツ国内の物語をこれより公開する所存です。
〈拍手〉
では、ピークソート博士。スライドの上映を。


0.2 わが心よ、心せよ

『はじめに言葉があった』とはよく言ったものである。留学の前に言語の壁がまず立ちはだかった。よくわからない専門用語、独特の言い回し(例えば、簡単な例では ~a kind of =実はドイツ語では状況によって変わるのだ )には苦労したという一言では足りない努力を強いられた。しかし、まあやがては慣れるものである。発音の独特さを除いてしばらくして習得した。続いて招待状が10歳の頃到着。国費留学生活の幕が上がった。

 

 一般にイギリスにおいては入学の2か月前には招待状が届くことになるが、ドイツ、ポーランド等の非英語世界の人々は勝手が異なり、一年前にはこれが届くことになっていた。というのも、言語環境というものが違うため事前講習を受ける必要が我々「少数者」にはあったのだ。各留学生にしばしみられるおぼつかないアクセントの英語の手直しにおいてオックスフォードで学び、まだまだ統一のしがらみやシュタージ云々で混乱しているドイツに私は帰国した。そして、外務省経由でイギリス留学においての必要品のリストを受け取り、学芸用品をそろえることとなった。

 

 イギリスにおいてはマダム・マルキンの洋服店、オリバンダーなる老人の経営する杖の店で入学における用品をそろえるとのことであった。ただ、杖のほうは10歳の誕生日のころに、すでに杖をもらっていた。祖父が私にどこかからか見つけてくれてきたものであった。

 

 特徴は一言でいえば、長く、黒い杖。イチイで作られた(それは間違いがない)黒い杖。同封されていた書簡には以下の通り。

 

 材質 イチイ 芯は不明

 黒い 39cmと長い やや重みのある杖 忠誠心が強い 彫刻は無し 柄無し 

 

 との触れ込みである。 

 極めて妙な杖だった。材質が元から黒ずんでいるのか、どうなのかはわからない。だが、色は黒漆を塗ったかのように黒い。そして妙なツヤがある。一度、自宅にある日本製の漆塗りの器を見たことがあるが、あのような黒さだった。だから、漆塗りなのかと祖父に尋ねた。だが、祖父は間違いなく、何ら加工(ペインティングのことを示す)は杖の外観には施されていない。と断言した。そのような装飾は杖の性能を貶めることになるからだと。だとすれば、この黒さは何なのか。それはわからない。祖父が言うには、“約束された杖”(しかし、何が約束されたのか)だということだ。

 

 はじめて、この杖を見たときには不気味さを感じた。ずっと、とらえて離さない強力さを感じた。そして、恐る恐る握ってみた。すると、不思議な温かさと心細さが消えていく頼もしさが包み込んだ。これだ。私はこれを望んでいたのだ。そんな充足感に満たされ、途方もなく幸福な気持を味わった。そして、理解する。

     “これは私の杖なのだ” と。強く。

 祖父はそんな私を見てこう言った。

 

「君に間違いはないわけだ。よくぞ、選ばれた」

 

 と。何かを知っている口ぶりだった。しかし、いつも通りの口ぶりでもある。彼は最近まで telexen “テレックスを送る”。という動詞を telefonieren “電話する”といい間違えていたにもかかわらず、知ったような口ぶりで、秘書に書類を渡すとき必ずこう言っていた。

 

「Telefonier diesen Wortlaut. この文面を“電話してくれ”」

 

 慣れた部下は誰も、彼のミスを訂正せず、テレックスとして送信したのだ。約30年にわたってこのミスを続けてきたのだから、間違いとは恐ろしい。

 

 もっと恐ろしいのは、こうした単語は知らないのに、彼がドイツ・グリンゴッツの頭取だったことだが。さすがに、まずいと思ったので最近私が訂正した。ミスを認めたときでも、顔は無表情のままだった。「そうか」といった時も、いつも通りの知ったような口ぶりだから、あてにならない。これはいつも通りの反応として受け取ってもいいだろう。何はともあれ、杖を手に入れた。それもなかなか頼もしそうな相棒を。

 

 学用品自体はヴィーン(ウィーン)のテオドール通り998-67・ハインリヒ書簡店で羊皮紙、ノート、インク、羽ペン等をそろえた。羽ペンに関しては最小限の使い勝手がよく、かつ安く代用のきくものを購入した。大方大半はこのシャープペンシルがもしくは万年筆が役立つことであろう。無論知っている。そのような行いは、イギリスにおいてはあまりよろしくないということを。だが、本国に愛着を持ち、かつ、ドイツを忘れないためというのであれば、今は亡き父に買ってもらったこの文房具をつかってこそ(それこそ、日本において刀は武士の魂であるという概念のように)真の留学生たる存在だ。第一、羽ペンだとよくインクを垂らすのであまり好きにはなれない。羊皮紙に関していえば極めて上等でインクがよく残るもの、それと紙でできたただのメモ用紙を購入した。羊皮紙は記録用。メモ用紙は速記用である。そのほか、ドイツ語による『魔術における用語辞典第9版』、イタリア語版『薔薇の名前』、『英語辞典・特別用語第8版』云々をもっていくこと。それと、いくつかのお小遣い。何かしらの余暇は必要だ。まるで、昔、友人たちとどこかへ遠足へ行くときのような期待を持った感覚でそうしたものを準備していた。そして、必要な品はこれにはとどまらない。鍋。それも大きな薬品を煮立てる鍋を購入すること。しかし、それらの購入についてはイギリスで買うほうが、重さ、金額等も考え負担が少ないというわけで購入は、それから数か月後になった。続いて日用品の類、替えの下着等の確保、そのほか生活用品云々。総じて一般の店でそろえた。

 

 さらにはもっと面倒なこともあった。留学生というのは毎年、決められた時に国費留学、私費留学そうでないにかかわらず、自分の持つ金額(一定の割合で)があることを証明するために、大使館に毎回口座を照会させる必要があったが、これは一般人とは異なりかなり面倒だった。この手続きに関していえば二週間くらいは魔法界の銀行、一般の銀行への書簡、出頭を行った。というのも、留学の表向きは一般のドイツ人がイギリスのパブリックスクールで7年間学ぶようになっているためだ。一般の大使館が見られるようにする口座は、ピュックラー=ブルクハウス家の冷戦時代前に存在しているスイス銀行口座からイギリスのイングランド=ベアリング銀行(3年生のころにインペリアル銀行に改称)への一般人向けの講座の開設。その陰では、グリンゴッツ魔法銀行への所定手続き云々。ドイツ・グリンゴッツ銀行とイギリス本店とのドイツ通貨ファルツ金貨(国費のマルクを換算しているのでこの時点ですでに手続きは面倒)とイギリス本店のガレオン金貨のレート交換(おりしも不祥事が相次いだイギリス魔法省のおかげでレートはかなり下がっていた)を行った。かなりの額になったので、あの時を思い返すたびに為替取引でもやっておけばよかったとも思う。まあ、過ぎ去った話だ。

 

 服はヨハネス・シュナイダー洋服店で仕立てた。出来上がったローブ、シャツは明らかに見栄えのいいもので、着るのがもったいないと子ども心に思ったほどであるほど見事だった。主人が言うことにいわく、留学へのちょっとしたプレゼントだということである。ローブは上等な黒地の布のものが2点(夏用、冬用)、シャツは襟に当時としては珍しいプラスチック製のカラーが付いたものだった。冬用のウール地の黒い外套、灰色の外套(それぞれ1点)、マフラー(紺と赤)が渡された。カバンについていえば同様の店で作ってくれた。黒革の銀行員あたりが持っていそうな大きなカバン、ペン、インクをしまう場所、書類入れといったように細かく作られた機能性を重視したかばんは軽く、持ちやすい。その後もずっと愛用し続けるだろう。眼鏡はフチなしのレンズで念のため2つもっていくことで決めた。これ自体は一般人の店で作った。もし、眼鏡がなくなれば、私は目が見えないも同然なので(なくなった時を考えるほど恐ろしい)それに備えて眼鏡を作った。

 

 続いては予習だ。入学に際しては万全の準備をなした方がいいとの祖母方の援助のもと、ある程度の呪文、教材の勉強で入学前の1年間を過ごしたのを覚えている。それらに疲れた際には好きなことを、言語世界を歩くこと、つまり、外国語を勉強することにしていた。一応この場に書き記しておくと、奇妙なことに昔から外国語はすんなりと受け入れて勉強し使いこなすことができたのである。何ら違和感など存在しないように。しかし、冷静に考えるのであれば、それはある意味で私の一族ピュックラー=ブルクハウス・イン・ハルツ家の持つ最大の特徴だったのである。

 こうしたことが終われば、ドイツでは(今やほとんどの産業である)魔法薬学を筆頭に勉強していた。毎日のようにフラスコを振ること、もしくは絶妙な加減で物事を進めることは面白いの一言に尽きた。そして、誰かに褒められるかもしれないという、淡い期待をもって出来上がった薬を見つめていたことを覚えている。

 

 諸々の準備の中、外務省からは再び書簡が5月の初めに届けられた。

 前回に引き続き、祖父はふくろうに襲われた。今回は宣告通り。

 ペトリフィカス!

 と声が聞こえた。外に出ると、祖父が石化呪文を使って、ふくろうを固めていたところだった。硬直化したふくろうから手紙をむしり取り意気揚々と家の中に入って、あきれる私に手紙を渡した。ふくろうを撃退したぐらいで張り切る祖父も祖父だが、ドイツ魔法内務省はもう少し、おとなしいふくろうを飼うべきではないのかね。

 

御多分に漏れず、その後のドイツ出身の新入生たちも異口同音にふくろうが獰猛だったと述べている。

 

 まずは石化してしまったふくろうを玄関先に置いた後で、書簡を開封する。

 

発 イギリス大使館・ベルリン ミュンヒェン経由

ベルリン ドイツ・外務省 魔法外務省 検印

 

 親愛なるアドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウス殿。このたびにおけるホグワーツ魔法学校に入学されましたことを心より歓迎いたします。第87回ドイツ・イギリス親善留学プログラムにおいては貴殿の学力のみならず、人格、すべての向上を意図したものであり、貴殿が将来、イギリスとドイツの橋渡しになりうるためのプログラムです。ぜひとも、貴殿の才能をいかんなく発揮していただきたい。

 なお、新学期につきましては9月1日に始まります。そのため、7月31日必着でふくろう便に貴殿のサインと返事を同封し、外務省経由でイギリスへお送りください。

草々

署名

駐ドイツ魔法大使 トーマス・パーシー・ワトソン

ドイツ外務省 魔法外務次官 オットー・ヴァルトハイム

 

 7月31日までに私はタイプライターで返事を打ち、署名をした。

 

7月24日 ミュンヒェン ザールガッセ通り

親愛と尊敬の情を持ちまして、ホグワーツ魔法学校への入学を申請いたします。

署名 アドルフ・v・ピュックラー・B

     

宛先 ミュンヒェン・イギリス領事館 から ホグワーツ魔法学校

 

 こうした、手続き、入学用品をそろえたのち、私はドイツのミュンヒェン空港からイギリスへ移動した。というのもだが、当時、“姿くらまし”をしようにも大戦下において、《イギリス魔法界》の作ったいわば「壁」はあまりにも強固で、越えられなかった。さらには、より単純な理由で、不可能でもあった。私にはそのような力はなかったのだ。さらには、イギリスとヨーロッパ圏はドーバーを通して遮られており、そのため航空機のほうで海外学生の大半は移動を余儀なくされていたからである。

 

 空港は混雑していた。カバンとリュックサックを持ち、シュナイダーで仕立てた外套(ややぶかぶか)をつけて、航空機に乗った。航空機内も同じく混雑していた。私は窓際に押しつぶされるようにして外を眺めていた。

 

「本日はブレーメハンザ航空をご利用いただきましてありがとうございます。本機はイギリス・ロンドン空港へ出発します。しばらくの間、快適な旅をお過ごしください」

 アナウンスとともに、航空機のエンジン音が聞こえてくる。地鳴りのような音は徐々に大きくなる。やがて、地面が動き始める。まもなく出発だ。陽の光が翼に反射する。一瞬だが、ドイツに残してきた家族、友人が頭をかすめる。航空機は翼に陽の光を当てながら、窓の外には地面がものすごいスピードで目の前をかすめていく光景が映っている。飛行機はついに大空へと吸い上げられていった。体がやや押されるような感覚にとらわれる。そして、それがおさまるころ、外を見ると、窓の外にはどこまでも続く雲の海、時折見える街並み、森が見えていた。きれいだなと思う。そして、本当に理解する。私はこれから一人で生きていかねばならないということに。

 

 航空機内は賑やかになっていた。近くでは、香りの強い煙草を吹かすもの、持ち込んだ酒を飲むものであふれている。子供が泣きだしたのであやすもの。英語、ドイツ語、フランス語が機内に飛び交う。あれほどまでに長く準備した期間に対して、わずか数時間程度で目的地へと到着する。不安と期待が再び渦巻く中、心を静めて、うまくいきますようにと私はそう願った。

 

 航空機の外はとてもきれいだった。

 

 空はどこまでも青く、不気味なくらい澄み渡っていた。翼は淡く金色の陽の光を反射していた。

 




いよいよ、イギリスに出発します。
2月6日 読みにくい個所を一部修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。