ハリー・ポッターとスリザリンの代理人 作:Farben.AG
1. ドイツ⇔ダイアゴン横町
4時間後 ロンドン
空港も案の定大勢の人間であふれかえっていた。空港内はミュンヒェンとあまり変わらない。近代的な白い内装に清潔な空港独特の巨大なガラス窓、飛び交う様々な国の言葉。しかし、すでに飛び交っている言語はその大半は放送を含めて英語である。掲示板も、標識も、警官の制服も、不愛想な受付も、荷物に麻薬が入っていると絡んできた輩も(錯乱呪文をかけてやった)すべてが英語を話し、英語で表示されている。そして、本当に外国に来たのだと理解する。こうして、尾を引く東方問題や内戦などなど様々な意味で凍り付く欧州から、無縁のかつての世界の中心、イギリスへと私は降り立った。果たしてどのような生活が待っているのだろう。
トランクを受け取って、まっさきにドイツ大使館へ向かった。
ドイツ大使館には二つの入り口がある。
一つは一般人のためのよく英国首相、外相と会談している大使館。もう一つのほうはイギリスに渡航した魔法使い、あるいは魔女等の邦人を保護し、イギリス魔法省と渡り合う魔法使いのためのドイツ魔法大使館が存在しているのだ。
ドイツ魔法大使館に入るには、入国の前に特殊な印章の押された紙をもらい、それを大使館内に設置された受付前の郵便受けにこの通行証を投函すると、景色は一転して、ドイツ魔法大使館の受付が姿を現す。まず、受付はゴブリンが主として勤めている、そこに要件とパスポートを渡す形で、留学生たちは大使に謁見することになっていた。
「おはようございます。まずはパスポートを拝見。失礼。どうも」
ゴブリンの受付にパスポートを提示する。それをくまなく確認し、魔法大使館の印章を押す。そして、入館証を手渡す。私に渡すのと入れ替わりで、別のゴブリンが私に礼をして、案内をする旨を伝えた。
「オイゲン・ヒメルスフッフと申します。事務手続きが完了しましたので、アドルフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウス殿。大使執務室までお送りいたします」
ヒメルスフッフに先導される形で廊下を歩いていく。途中、廊下をすれ違う職員たちは全員が、フィールドグレーに白シャツ、黒ネクタイ、銀モールの階級章を付けた軍隊のような恰好をしている。やがて、大使執務室へと入る。迎えてくれたのは、やや小太りで身長の高いドイツ魔法大使のゴットフリート・フォン・ホーエンハイムだった。(あのパラケルススの子孫だというのが当時のドイツ魔法政界のもっぱらの噂だった)
まず、軽く挨拶をしたのちに、すぐに本題に入った。まず、イギリス留学における諸注意そしてドイツ本国からの書類、テロや強盗に遭った際の非常時の避難場所である。
続いて、発行済みの書類と形式上必要な書類が提出され、次に銀行口座の照会が行われた、イングランド・グリンゴッツ本店からドイツ支店における両替済みの金貨、銀貨、銅貨を確認。続いて一般の大使に会っての、『一般留学生アドルフ・フォン・ピュックラー』の銀行口座、滞在ビザ(巡業のごとく、行ったり来たりを繰り返した)等の手続きを踏んで、イングランド・ベアリング銀行の口座に確かに留学費用がポンドで入っていることと、保証人の紹介、パスポートの提示を行った。
この手続きが終わったのち、大使館から渡航組の待機しているダイアゴン横町のパブに行けとの紙を受け取る。紙に書いてあった英語は特徴的で声に出した。
「“
フォン・ホーエンハイムの隣に立っているフリッツ・レンベルト3等書記官が応対する。
「そうです。フォン・ピュックラー=ブルクハウス殿。その場所におけまして、留学生たちが集められています。今から、大使館付きのしもべ妖精に案内させます。パヴァロ」
レンベルトの言葉とともに、喪装のように見えるホテルの給仕のような燕尾服(ドイツ大使館ではこれがしもべ妖精の制服として採用されていた)を付けた大使館付きのしもべ妖精が姿を現す。パヴァロなる妖精は一礼した。
「フォン・ピュックラー=ブルクハウス様ですね?漏れ鍋までご案内いたします。つかまって」
トランクをもって、しもべ妖精のそばに立つ。パチンというはじけるような音がするかと思えば、私の目の前にはバーが出現していた。
すごい、あっという間だ。
呆然としていると、パヴァロは咳払いをして、ドイツ大使館の書簡を渡した。
「フォン・ピュックラー=ブルクハウス様。念のため、周囲についての注意等を記した地図をお渡ししておきます。また、何らかの非常時が生じた場合はここまで連絡を。電話でもしくはふくろう便で」
「電話?」
ふくろう便のみではないところがいかにもドイツ的だった。
「イギリス魔法省は電話の傍受はしておりませんので」
検閲はするのか。そう思っていると、パヴァロは再び一礼し、では、これで。というと、再びパチンと音がして消えた。
パブ全体を見回して、小汚いという印象を受ける。客はまばらで隅に固まって何かを話すローブを付けた魔法使い、魔女たち、一人つつましく飲む老人がいる。カウンターの中央部でグラスを磨くのがマスターだろう。マスターと思しき人物に声をかける。
「失礼、留学組が泊まっている場所は?申し遅れました。このようなものです」
ドイツ大使館の留学渡航許可証を見せる。店主は納得した顔をする。
「ああ、ドイツからか。宿屋は二階。ようこそ」
二階に重い荷物をもって、上がる。そして、決められた部屋へと入っていく。割り当てられた部屋にはすでに別の客がいるようで、トランクがいくつか置いてあった。やがてその持ち主の一人がやってくる。痩せていて長身の男性だった。歳はいくつぐらいだろう。大方12くらいだろうか。彼は私の姿を認めると握手をした。覚えはないのだがどこかで会った気がする。ああ、そうだ。試験会場であった人物だ。彼はヴィルヘルム・シュナイダーと名乗った。ベルリン出身とのことだ。
「フォン・ピュックラー=ブルクハウスと申します。ミュンヒェン出身です」
「ああ、そうか。だから君のアクセントはちょっと違うんだな」
相手は納得したように話した。私の発音について出身が分かったからだ。
これも言うべきかもしれない。北ドイツ出身のシュナイダーと比べて、比較的南ドイツの私の話し方は明瞭に発音する。まあ、私の発音はあまり南部方言のようにはなっていない。しかし、比較的はっきりと発音する。方言もいくつか知っているが、相手に合わせてドイツ語を変える。だから、よく言われる言葉の違い。ジャガイモもカルトッフェンと発音するし、der Erdapfel (エルトアップフェル)と南ドイツ語で話さない。そうしないとそもそも通じないからだが。
ちょっと脱線すると、ドイツ語においてのジャガイモに関しての言い方として、個人的には“大地のリンゴ”という原義を持ち、フランス語の la pomme de terre (ア・ポム・ド・テーレ)に似ているエルトアップフェルのほうが好きだが。
まあ、いい。目の前の人物も自己紹介をした。私も返そう。
「とりあえず改めて自己紹介をすると、ヴィルヘルム・ヨハネス・シュナイダーだ。君のほうもフルネームで言ってみてくれないか?ファーストネームをまだ聞いていないし」
私はやや苦笑して答えた。
「いいですが、あきれないでくださいよ。アドルフ・ゴットロープ・アウグストゥス・グラーフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウスです」
やや面食らった様子をシュナイダーは見せた。
「長い名前だな」
彼はそう言った。
知っているし、理解している。私の名前は長い。
アドルフ・ゴットロープ・アウグストゥス・グラーフ《伯爵》・フォン・ピュックラー=ブルクハウス
しかし、正確に言うのであれば、私の名前というのは“アドルフ・ゴットロープ”までであり、そこから後の名前
“アウグストゥス・(グラーフ)・フォン・ピュックラー=ブルクハウス”
はピュックラー=ブルクハウス家の魔法使いならば家長は全員が受け継ぐ名前だ。実際、父の名前は
コンラート・フリードリヒ ・“アウグストゥス・グラーフ・フォン・ピュックラー=ブルクハウス”
だったし、祖父も一緒でヴィルヘルム・コンラートまでが名前だ。ちなみに女性のときは女性形のアウグスタ。
“アウグストゥス・(グラーフ)・フォン・ピュックラー=ブルクハウス”
というのはいわば一種のファミリーネームみたいなのものなのだといえばわかりやすいか。称号、屋号みたいなものだ。正直、自分でも面倒なくらい長い名前だと思っている。現在、伯爵位を示すグラーフを持つものはハルツ家の当主となった私とバイエルン家の祖父だけだが、もし、私が死ねば妹が伯爵位をつぐことになる。まあ、どうでもいい話だ。
ひとまず、シュナイダーに挨拶をかわし、ひとまず、イギリスの散策に乗り出した。まず、漏れ鍋からダイアゴン横町を回って、オリバンダーの杖の店やマダム・マルキンの洋服店を見た。見るだけで入りはしなかったが。大勢の人が通りを常に行きかっており、お買い得だと叫ぶ商人たち。そして、あれが高いだのこれは安いだのという婦人たちや紳士のぼやきも聞こえていた。
ロンドンにおいてはしばらく「漏れ鍋」を中心に歩き回った。当然食事もここで摂った。店の料理は比較的うまいものもあったが、典型的なイギリス料理もあった。イギリス人たちが自虐的に歌うほどの料理なだけはある。一般の店において食べたものは少なくとも魔法界よりは悪い、いや、圧倒的に食品としての存在すら疑いを持ちたくなる。例えば、あるパブ(昼に行った。夜は入れない)ソーセージはパン粉がほとんどで味もしない。「漏れ鍋」ではしょっぱすぎて閉口するシチュー、ロンドンのさるレストランでは(古本屋をめぐっていて食事をとった)ねっとりとして生臭いウナギゼリー、塩加減が明らかにおかしいスープなどなど、ここに書ききれないくらいひどい味わいの食品もある。あるとき、仲の良くなった年配の魔法使いに対して、なぜここまで味に頓着しないのかとレストラン(正確には昼のパブだが)に来ていた紳士方に聞いてみたことがある。
「そりゃ君。それこそ無駄というものですよ」
「何がです?」
「料理は腹が膨れてこそ存在意義がある。味なんてどうでもよろしい」
私はあきれたが、たぶんこれが一般イギリス人の料理へのとらえ方を現した典型ともいえる。実際これから友人になった多くの人物は一般人の出身であればあるほどあまり味に頓着しなかった。だが、一応、イギリスの名誉のために断っておくのであれば、それは一般に限った話で、かつもともと味などを楽しむ余裕などはないという歴史があるし、イギリス魔法界は大きな例外として評価できる。というのも、イギリス魔法界は極めて良質な料理を良質な食材で(イギリスの食材は生かせる人間あるいは、しもべ妖精が居さえすれば極めて優秀だ)作り上げていたし、それは庶民の間でも(漏れ鍋のどうしようもない一部料理は除いて)飽きさせることなくうまい食事にありつくことができた。栄養もあるし、味も実に整っている。
さて、ロンドンを中心に歩き回る中、8月のころにはそれまで人の少なかったマダム・マルキンの店も、大勢の学校入学者と思しき人々であふれかえっていたし、親子連れの人々も通りを埋め尽くす。彼ら、彼女らは期待と不安に満ちた様子で物品を購入していた。明らかに教科書を買っているものいる。ここで私は不安にとらわれた。まさか、教科書のリストは私にはまだ届いていないのではないかと。実際、それは当たっていた。領事館に公衆電話から電話を掛けると、明らかな手違いで、リストはミュンヒェンに発送されてしまったとの連絡がやってきた。ふくろうが届かなかったのはふくろうを領事館経由で届ける手はずになっていたからだそうである。後日、私はようやく教科書についてのリストを受け取った。リストには必要とされる教科書一覧と何か動物を(ここに書かれている限りで)連れてきてよいこと。箒については持ち込み禁止、そのほかの必要品(鍋などはすでにそろえた)が明記されており、リストに書かれた教科書を買うべく、本屋に私は並ぶことになった。国費で落とせるように領収書を添付してもらい、さっそく開いてみる。手始めに呪文学、次に魔法薬学といったように面白そうなものを手当たり次第に読んでみた。
その様子を同室のシュナイダーはうらやましそうに見ていた。彼はアメリカのイルヴァーモーニー魔法学校に行くことになっていたのだ。実際、私がうらやましいとも言っていた。その時の彼の目には明らかに羨望が混じっていた。
いずれにしても、入学はもうすぐだった。
「ドイツ組」はめいめいの学府への移動の準備を行っていた。隣の部屋にいたゾフィー・アウエ(この日、私は初めて彼女に出会った)、同室のヴィルヘルム・シュナイダーはアメリカへ移動する準備を行い、渡航組は入学の日を迎えつつあった。9月に始まる入学式を前に、ドイツの友人たちは8月9日にはアメリカ行きの航空機ブレーメハンザ便の航空券を購入した。
彼女たちが出発する前に私はささやかなパーティを「漏れ鍋」で行った。ケーキ店でしっかりとしたケーキを買い、何かしらのうまいものを注文し、ジュースで乾杯した。そして、8月11日にはアウエが出発した。20日にはシュナイダーが出発(パスポートが一時的に紛失して遅くなった)。こうして、9月が来る前には漏れ鍋にいたドイツ組は私を残してすべてが「改組」した。私のほうは取り立ててすることもなかったので、英語と今後行われるであろう授業の予習を行っていた。教科書を開いて読むのはいい暇つぶしにもなったし、それ以前に面白く書かれたテキストは、持ち前の知的好奇心を大いに満足させた。英語の授業という大きなハンデもあるが、どうにかうまくいくだろう。今のところ、私はついているのだから。そう思いつつ過ごし、うわさに聞くイギリスの学校名物「組分け」にも思いをはせつつ、漏れ鍋での勉強後に食べる料理にときとして舌鼓を打ち。夜にはドイツにいたころと同じように散歩した。なるべく本国と同じ生活リズムを保つことで平常心を保つのもあったし、もともと、静かな夏の夜を歩くのは好きだった。
30日の夜、私は上着をつけて、ビッグベンを歩き、肌寒さを感じながら歩いた。本で読んだことしかない景色は今、目の前に広がっていた。うまくいく、期待を持とう。
よく写真に写されているビッグベンの橋の欄干から、星空を眺めた。
もうすぐだ。うまくいきますように。
空はいつも通り暗く、澄んでいた。星明りが私を照らす。なにが起きるのだろうか。
感想、よろしくお願いします。明日から、いよいよ列車で出発です。
なお、ご要望にお応えしまして、3話まで、一応、改行を加えておきました。