見つかってしまったのは、俺が迂闊に空にいたから、なら地上を這っていけばいい。
ピーサードのいる位置は気配で分かっているので、見ていなくても相手の視線が届かない距離が把握できる。
伏せて張って進みながら、周囲にある草や枝を紐でかき集めて、黒い鎧の色を緑で覆い隠す。
闇に紛れることは簡単な黒でも、光の園の明るさでは逆に目立ってしまうからだ。
もはや擬態とも呼べる程、落ち葉を鎧に貼り付けた姿は、蓑虫にも似ていた。
滑稽な姿だったが、恥ずかしい思いをするだけのリスクを負った甲斐あって、ピーサードには見つからずに、遠くまで行くことが出来た。
慈悲な気配まであと数キロ、俺は紫色の炎で鎧を覆い、鎧に貼り付けた葉を燃やして消し去る。
もとの黒い光沢を取り戻した鎧は、若干薄汚れていたが、防御力には差し支えない筈だ。
近くに怨念の悲しみを纏った気配…ドツクゾーンの奴らの気配は感じられない。
ダークファイブという奴らは、別の場所を護っているのかもしれない。
「この先に、俺の護るべき人がいる」
前方に木が一本もない開けた場所が現れた、丘だったそこはどす黒い雲で空を覆われ、闇の園と言うべき空間になっている。
辺りには真っ黒な霧が立ちこめ、フィルターのように丘の頂上を見えなくしていた。
だが、気配でわかる丘には2人いる。
悲しみを背負う者、そして悲しみを与えるものだ。
後者の実力は纏う怨念の悲しみと、自身から出る悲しい執念から理解することが出来た。
「まずいな」
唾を飲み込んで、見えない丘の頂上を仰ぎ見る。
ダークファイブと名乗ったピーサードの実力が1とすれば、この丘の頂上から感じられる気配は100。
「ジャァクキング…か」
プリズムストーンを狙い、自らを不老不死にならんとしたドツクゾーンの親玉が、今此処にいる。
「くそっ、気配だけでも逃げたくなりそうだ」
俺から出た悲しい感情が形になった鎧は、言わば同じ悲しみの感情の影響を受けやすい。
自分よりも強大な感情に鎧が押しつぶされそうになっている。
身体が鎧に圧縮されて息苦しく、冷や汗が額から流れ落ちる。
「…悲しい気持ちが足りないから、俺は護ることが出来ないのなら、やることは決まっている」
俺は目を閉じて集中力を高める。
想い出す、無理矢理でも構わない、心の奥底から最早忘れかけた悲しい思い出を。
両親に殴られた、産まれてこなければ良いと罵られた、家から追い出されて雨に濡れた。
学校では、砂を食べさせられた、石をぶつけられた、先生はそんな俺を無視して関わらないようにした。
鉛筆の針を刺された事もあった、靴に画鋲を入れられた事もあった、階段で突き飛ばされもした。
「ああ、悲しいな、本当に悲しい」
自分の顔は見えないが、目から流れる水滴は赤いのだろう。
一つ嫌な思い出を頭に浮かべる度に鎧はより頑丈に厚く、毒々しく形を変えていった。
西洋騎士の鎧のようだった細く動きやすそうだった姿から、鎧というのも疑わしい、柔軟な姿へと。
鎧に絶対ある繋部分を埋め尽くしていく変化に対応して、背からは蝙蝠のような翼が広がり、顔部分がトカゲの顔のように三角形へと変化する。
骨盤より少し上の位置から、太い紐が伸びて歪な棘を生やした。
手や足は指がナイフのように尖った爪へと代わり、ふれたものを簡単に二つに裂けるだろう。
「カナジイイイイイイ」
辛うじて人の形を残した竜は、自分の感情の赴くまま空へと、丘の頂上へと翼を広げ飛び立った。
感情を吸い上げてくれていた鎧の機能も、無限に浮かぶ感情を吸いきれないようだ。
漂う霧よりも黒いオーラを纏わせた鎧は、軋む事無く丘へと着実に進んでいく。
「ガアアアアアア!」
溢れるエネルギーを発散させるため、意味もなく吼えると、ジャァクキングから出されただろう霧は、弾け飛び変わりに俺から出たオーラがあたりに漂う。
頂上までの道が晴れ、二つの人影が見える。
俺は迷い無く、その片方、明らかに加害者の感情が漂う方へと紫色の炎の固まりを投擲した。