買い物を済ませて一度家に戻り、荷物を冷蔵庫にしまうと、12時をまわっていることに気がついた。
朝ご飯をたこ焼きで済ませてしまったので、昼はきちんと食べようと、俺はダイニングへと向かう。
そこで味噌汁とサンマの塩焼きを作って食べてから、急いでベローネ学院へと走ったのだった。
美墨と違い、あの優等生な雰囲気を漂わせる雪城は、きっと約束通り下校時刻に待っているだろう。
ベローネ学院の正確な下校時刻はわからないが、だいたい午後の3時から4時の間だと思う。
自転車も車も持っていないので、今から家を出ればゆっくり歩いても1時頃には学院に付くという算段だった。
2時間以上も待つのかと言われれば、そうだと言わざるを得ない。
俺は人に待たされるのも嫌いだが、人を待たしてしまうこともまた嫌いなのだ。
5分早く来たから等と相手が予定よりも早い時間で待っている予想も含め、俺は絶対に人を待たすことのない位の早い時間帯で家を出る。
扉に鍵をかけて、アパートの廊下へ繰り出すといやな気配がした。
怨念が渦巻いた見るのも辛い悲しみ。
「これは、ドツクゾーン…」
恐れていたことが現実になってしまったようだ。
一度、悲しさを解るようになった者なら、二度と忘れないドロドロした気配、忘れるはずもない奴の気配だ。
「ピーサード」
歌舞伎の化粧に似た格好をした、傲慢な性格のダークファイブの一人。
俺が姿を隠して、隠密という選択をとらざるを得なかった門番は、この世界へとやってきている。
今はまだ、風に乗ってうっすらとしかしていない気配だが、妖精を見つければ直ぐにでも牙をむくだろう。
奴の性格は気配でわかる、妖精を見つけた後に何をするかわかったものではない…
不穏な空気のする方角はこの近くにある遊園地から漂っている、多分だが人の出入りが多い場所で妖精を探しているのだろう。
「これは、放課後を待っていられないな…」
選択肢は二つある。
雪城と合流し妖精を確保するか、始めにピーサードを叩いておくか。
「後者は駄目だ、接触すれば俺が妖精を探していることを…手がかりを見つけたことを万が一にも感づかれる訳には行かない」
結論は出た、俺は階段を下りずにもう一度自分の部屋に入り、ベランダから外へ飛び降りた。
「悲しい…」
呟くと同時に背中にコウモリのような翼が形成され、落ちていく身体が減速し、宙に浮かぶ。
「どうも翼を出すだけなら、鎧を纏う必要は無いみたいだな」
もちろん鎧の特性である、空中を踏むという能力は使うことが出来ない。
だが、雪城と妖精の身柄を確保すると決めた以上、ピーサードとの激突も考えて体力を温存しなくてはならないからだ。
悲しい事を考えるのは、精神力を疲弊させるため鎧を常に出していると疲れてしまう。
光の園の時は考えもしなかったが、鎧を出しっぱなしにしていた俺は、無駄にエネルギーを浪費してしまっていたのかもしれない。
現に、翼のみを選んで出すことも出来、その使用悲しみエネルギーは鎧の半分にも満たないのだ。
一般の人に見つかると騒ぎになるので高度を上げて、雲の上を飛ぶことにした。
「…気のせいかこれ使い勝手が良くなってないか?」
翼も鎧も、使えば使うほど自分の意志でスムーズに動くようになっていった、ジャァクキングの時に使った紫色の炎も初めて出したときに比べ操りやすかった。
まるで新しい身体になじんでいくように、鎧や翼は洗練されていく、その事が少し怖かった。
「あれがベローネ学院か、想像してたよりもかなり大きめで、綺麗な所だな」
雲から出てベローネ学院の屋上に着地した俺は、翼を消滅させて後者の中へ入る。
時刻は昼休みに入っていたらしく、中学生の男や女が勢い良く教室から飛び出していく光景があった。
着ている服がポロシャツと眺めのズボンなので、俺のような人間がいても何も怪しまれることはなかった。
生徒も先生も俺のことを奇妙に思いはするものの、直ぐに気にしなくなってしまう。
だがいつ不法侵入がばれるとも限らないので、俺は中学生の教室から漏れる雪城の気配を探って廊下を歩く。
2年生の教室にさしかかったとき、雪城のものだと思われる嬉しそうな気配を感じられた。
早速そこへ向かうと、雪城を囲むように数人の女子たちが共に弁当を食べていたのだ。
場違いに登場した俺に女子たちは、眉をひそめるも、雪城だけは反応が違った。
「内場さん?どうして…ここ学校ですよ?」
「へっ、なになに、ほのかの知り合い?」
意外な話題に食いつこうとする他の女子たちから、雪城の手を握って廊下に引っ張り出し正面から切り出す。
「状況が変わった、今すぐに妖精の元に案内しろ…」
「え、でも……わかりましたっ、すぐ行きますちょっと待っていてください」
俺の訴えに何か只ならぬものを感じたのか、雪城は急いで教室からカバンをもって出てくると、階段をおりようとしたのを俺は止めた。
「そっちじゃない、上に行く…」
「え…上、屋上ですか?」
不思議現象の事を全く理解していない一般人に俺の翼がどうとかを説明しても埒があかないので…
「うひゃああぁっ!?」
俺は雪城の脇に手を入れ足を持ち、手に抱くように持ち上げた、俗に言うお姫様だっこだ。
他の生徒が騒ぎ出すと面倒なので、足にだけ鎧を形成して、エネルギーを貯め一瞬で屋上へと走り込む。
「やああああああっ」
普段の雪城からは考えられない大きな悲鳴が出て、足が止まるとそこはもう空の上だった。
鎧を消滅させ、翼を展開してバランスを整え宙に浮かぶ。
腕の中で未だに状況が出来ていない雪城は、目をぐるぐると回していた。
「おい、大丈夫か?」
身体を揺すって正気に戻してみる。
「あ…私、空を飛んで」
「説明は後でする、今は妖精の関係者とでも思ってくれていたらいい。
とにかく直ぐに妖精に会いたい事情が出来た、案内してくれ指さしてくれればその方角に飛ぶ」
雲より少しだけ下に滞空しながら、ベローネ学院の上空を維持しする。
真下を見て自分が飛ぶという有り得ない現象を目の当たりにした雪城は、驚きで口が開きっぱなしになっていたが、そこは優等生しばらくすると正気を取り戻してくれた。
異常を理解するには、凝り固まった知識ではなく、柔らかい発送が大事だ。
雪城はその辺りの才能のあったのだろう、俺の説明を聞いてそれが嘘ではないと感じてくれたらしい。
落ちないようにしっかりと雪城の身体を抱き締めてから、何故か頬を赤くした彼女の指の先へと飛んでいった。
上空から飛び降りるように、斜めに下りながら指先に従い目的地に着くと、今度は俺が驚いてしまった。
「でかい…」
雪城を腕から下ろしながら呟いた言葉だった。
最近の物価が上昇した不景気の現代では、まるで見かけることのない豪邸がそこにはあったのだ。
純和風のわびさびが見事に体現されている屋敷、そこが雪城ほのかの家だという。
目をこすっても決して家は、映画のセットでもなく、張りぼてでもなかった。
「少し待っていてください、直ぐにミップルを連れてきますので…」
俺から逃げるように素早く屋敷の門を開けて家の中に入っていった雪城を待つこと10分。
再び門が歴史的な荘厳な軋みをあげて開くと、雪城が全体的に丸い携帯電話を持っていた。
どういうつもりなのか、此処に来て俺を警察に通報するという意思表示なのか。
折りたたみ式の携帯電話を雪城が開こうとすると同時に、俺は反射的にきびすを返し逃げようとしてしまった。
「ミポ~ほのか~メップルが見つかったのミポ?」
その足も途中で止まる、後ろから雪城のモノではないのんびりとした声が聞こえてきたからだ。
ミポとかいう奇妙な語尾をつける生物を俺は1人しか知らない、急いで振り向いて確認すると…
「携帯が喋ってる?」
正確には、携帯電話の画面からぬいぐるみじみた妖精の顔が出て喋っている。
人間が空を飛ぶことよりもはるかに奇妙で異常な光景だったが、雪城は笑ってそれを眺めているから慣れているのだろう。
これで繋がった、矢張りミップル…妖精はこの世界に来ていたのだ。
「護らなければ…」
小さな声で呟き自分に言い聞かせた俺は、雪城の持つ携帯電話を受け取り、画面から出た妖精に話しかけた。
「ミップル…で間違いないな?」
「ミポ?あなたは誰ミポ、ほのかに聞いたミポ?」
首を傾げる仕草は、小動物的な可愛さと相まってこの上なく愛らしい。
「いや、俺はいわば傭兵…クイーンの願によりお前たち二人を護りに来た」