「箒星の話をするとしよう」
錬金術師の家系に生まれた少女が聖杯戦争に巻き込まれる、その序章のみとなります


※Fate/Grand Orderのネタバレを一部含みます
※色々と都合のいい平行世界で人間として生活しているラヴィニアがアビーを召喚して聖杯戦争に挑む、そんな感じのお話が書きたかったけど色々理由があって続きを書く予定が無いのでひとまずプロローグだけ短編として放出、そんな話です

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箒星の聖杯

 熱い、と感じている暇は無かった。痛い、とも悲しいとも、理不尽だとも感じている暇も無い。

 

 だが。今の彼女に、それら全てを振り捨てて走れ、というには無理がある話である。

 燃え盛る屋敷。その中で伏せ、ただ炭に、灰になるのを待つだけの、つい数十分ほど前までは言葉を交わしていた愛しい人達の亡骸。それを背に、彼女は涙を拭う事もせずひた走る。

 

 なんで。走りながら、彼女はただひたすらそれを繰り返していた。

 全ての始まりは、たったの数時間前。

 

 彼女は、平凡な、能力面ではこれと言って特別語る事の無い錬金術師の一族の一人娘であった。

 魔術回路の質が特別いいわけでもなく、量が多いわけでもなく。一族の悲願というものは魔術師相応にあったが、大きな行動を起こす予定はまだ無く。

 

 異端として追いやられた彼女の一族がここ、日本のとある地方都市に腰を下ろしてから、8年が経っていた。

 この街で、『聖杯戦争』が行われると祖父から聞いたのは、数ヶ月前の事。

 

 聖杯戦争。その力を最大限にまで高めれば、根源への到達さえ不可能では無いとされる万能の願望機、聖杯を巡り繰り広げられる魔術師による、あるいはそれ以外も含んで行われる競争。

 その中でも、かつて有力な魔術師の家系の当主達が作り出した聖杯の流れを汲むものでは、『サーヴァント』と呼ばれる、人類史に刻まれた英雄や概念といった記録を霊体として呼び出した、最上位の使い魔を伴って行われる。

 

 この町に持ち込まれた聖杯がどこを起源とし、どのようなものであるのかは不明である。かつて存在した、今はもう既に解体された最初の聖杯と呼べるもの、それが直接的に関係あるのか。それとも、その術式を劣化模倣したものなのか。それさえわかっていない。

 

 というのも、彼女の一族はあまりこの聖杯戦争に関して乗り気ではなかった。

 何故ならば、彼女の一族の大望、悲願は多くの魔術師が目指す根源とは別の場所にあったからだ。

 

 それを表現する事は難しいが、こことは違う全くの外宇宙、とでも言えばいいのだろうか。

 無論、莫大な魔力リソースとして使う事もできる聖杯を用いれば、それに大きく近づく事も可能であろう。

 

 だが、それを他の多くの魔術師達と争って勝ち取る事ができると考えるほど、彼女の一族は自信を持ってはいなかったし、事実そこまでの能力は無く、聖杯戦争を勝ち抜く為の周到な準備も無い。

 

 家は霊地に建ってはいたもののそれはそこまで良質なものではなく、聖杯戦争で事を有利に進めるためには必須とも言える強力なサーヴァントを狙って召喚するための触媒も用意してはいなかった。

 

 ……という事情で、この聖杯戦争において彼女の一族が選んだのは、『静観』。

 せっかく再び根を張る事ができたこの地を、危険があるからなどと離れるなどもっての外。

 それに、魔術師として、根源に至る事ができるほどの魔術儀式に興味が無いなどとは口が裂けても言えない。

 

 勿論、一族の決定に逆らう理由も逆らう事もできない少女はそれに従い、普段通りの日常を続ける事となった。聖杯戦争による副次的な被害、参加者が行うかもしれない魂食いなどへの対抗策は準備しつつも。

 

 そして今日この日。いよいよその開始が近づいて来た、夕方の事だった。

 彼女の右手の甲に、歪んだ門のような意匠の、3つに分かれた赤の紋様が浮かんできたのだ。

 

 『令呪』と呼ばれる、聖杯戦争を共に戦う協力者、サーヴァントへの絶対命令権。

 これが現れた、それは即ち。

 

 

 彼女が、聖杯戦争の参加者に選ばれたという事を意味する。

 

 

 その時の父と祖父の焦った顔を、もう二度と会う事はできないであろうその最期に見た顔を、彼女は忘れないだろう。その直後、屋敷の侵入者を探知の魔術と門番としていたホムンクルスが知らせた。

 

 それから幾ばくも無い内に、屋敷は火に包まれ、彼女は侵入者、ローブを纏った男に追われる事となった。

 

 これが、今の彼女の逃走劇の事情である。

 

 屋敷を抜け、それを覆う森の中へ。逃げ切れるなどとは思ってはいない。次代の当主になるために修練を重ねているとはいえ、まだまだ見習いの魔術師である彼女ができる事はたかがしれていた。

 

 

「……ぁ……!」

 

 足に、鳥が齧り付く。勿論、原生の凶暴な生物というわけではなく、彼女を追う魔術師の使い魔である。

 一度足が止まってしまい、必死に体を動かしていたため意識の外へと飛んでいた疲労が急激に体に流れ出してくる。

 

「追いかけっこは終わりか?」

 

 疲労の限界で動けず、足からは血を流し這いずってでも逃げようとする彼女。魔術師の男はその腹を踏みつけ、動きを止める。

 

「何で……こんな事を……」

 

 腹を圧迫され苦悶の表情を浮かべながらも、彼女は男へと気丈に、憎しみと怒りを込めた目を向ける。

 

「決まっている。お前の『それ』と霊地を手に入れるためだ」

 

 男が指を差したのは、彼女の右手の甲にある令呪だった。なぜ僅かな時間で彼女が令呪に選ばれた事を知ったのか。そんな事は今の彼女にとってはどうでもよかった。

 

「それが……わかっていたら……譲っていたわ……!」

 

 元々彼女と一族は聖杯戦争に参加する気などなかった。この令呪も、監督役の所に行く、もしくは他の参加希望者に譲渡して手放す予定だったのだ。それなのに、目の前のこの男は。

 

「まさか、同業者の言う事を信じるとでも?」

 

 彼女は歯噛みする。ああ、そうだ。魔術師なんぞ、ひねくれていて当然だ。素直に令呪をくれてやる、と言っても、信じない人間もいるだろう。でも、これはあまりにも酷いではないか。話を聞く暇も無く襲い、命を奪おうなど。

 

「……あげる、って言っているの……」

 

 呼吸が苦しくなり、弱弱しい声で彼女は男へと右手を差し出す。

 

「ああ、全く、誇りの欠片も無い上に」

 

 彼女の右手を掴み、男はその顔を見る。整っていない、というわけではない。だが、その特徴は一般的な人間のそれとは異なっていた。

 

 色白、という言葉で表現するには不足な、病的な白さ。赤色の、白目が目立つ瞳。そして何より、額の左寄りの部分から生えた、角のような謎の物体。

 

「――醜いな。ウェイトリーの跡継ぎ、ラヴィニアとか言ったか? では、家族の元に送ってやろう」

 

 譲渡が終わり、令呪が自身の腕に移ったのを満足げに確認した後、男は彼女、ラヴィニアの首に手を伸ばす。

 話が違う、などと最初からしていない約束に対して抗議するだけの気力も無く、こうして異端なる神を求めた一族の少女の人生は、終わりを―――

 

 

―――あら、そうかしら? 私はとっても綺麗だと思うわ。だって星の妖精のようでしょう?

 

 

 男の手が止まる。脳の中に響いてくるかのような、囁くかのような声。

 どこからだ。息も絶え絶えなラヴィニアから手を離し、男は周囲を警戒する。

 

 彼は魔術師としては手練れ、と言ってもいい水準の実戦の技術を有していた。だが。

 

 突如その左足を内側から突き破り、無数の、蛸のような生物の触手が蠢く。

 

「っ――! 令呪を以て――」

 

 男は一瞬でそれの正体を推測した。通常の魔術では考え難い一撃。サーヴァント、だ。しかも、自分の今奪い取った令呪が一瞬だけ反応した。それは即ち、ラヴィニアが既に呼び出していたサーヴァントに違いない。

 自分を主とする事を良しとせずに、反抗したのだ。もしそうなら何故ラヴィニアが逃げる途中で力を借りなかったのか、そんな当然の疑問に至れるほど、余裕を失った彼は冷静では無く。

 

 その行使しようとした命令が聞き届けられる事は無かった。何故なら。

 

「な―」

 

 彼の手から、令呪が一つ残らず消えていたのだから。

 いいや、正確に言うならば。

 

 

 彼の腕そのものが、まるで最初から無かったかのように消えていた。

 

 

――――Ygnaiih……Ygnaiih……thflthkh’ngha……

 

 

 耳に、脳に、歌のような、祈りのような何かが入り込んでくる。魔術回路が、焼けるかのような熱さを伴った直後、今度は絶対零度に晒されたかのような凍り付くような痛みを体に与えてくる。

 

 意識が、恐怖の一色に染められる。形容し難い狂気にも似た、自身が侵される感覚と、脳に無数に流し込まれる、この世の、この宇宙のものですらないイメージ。

 

 虹色の泡が、頭を、体を、手足を、体内を覆い尽くしていく。薔薇の芳香が、ああ、海が。無数の、■■が。

 

 

「ぇ……?」

 

 ラヴィニアは、目の前の光景を、ただ見ている事しか見えなかった。男の体を突如として虚空から現れた触手が絡め取り、原型を留めないほどに破砕する。何と悍ましい。だが、それと同時に、ラヴィニアの胸に去来する思い。彼女の、一族の崇める神、まるでそれを彷彿とさせるような、尊く美しい、そのような感情を覚える。その一瞬の後、虹の光に包まれ、魔術師の姿は消え去った。

 

 そして、男と入れ替わるかのように。

 

「初めまして!」

 

 穏やかな笑みを浮かべた、一人の少女が立っていた。

 銀髪のラヴィニアとは対照的な金色の髪に、ラヴィニアと同じ赤の瞳。衣服の代わりにその身を包むのは、蝶をモチーフとしたものが多数連なった装飾と、魔女を彷彿とさせる、リボンと熊のぬいぐるみで飾られた鍔広の三角帽子。

 

 手にはその身長ほどはあろうかと言う鍵が握られ、その背にはまるで後光かのように無数の鍵が収められたキーリングが浮かんでいる。

 

「サーヴァント、フォーリナー。……仲良くして、くださいな?」

 

 降臨者(フォーリナー)。それは、ラヴィニアが知識として知っていた、聖杯戦争を争うサーヴァント、英霊の一側面を切り取ったもの、クラスのどれにも該当しない。

 状況が掴めないラヴィニアに、少女はそっと手を差し伸べる。

 その姿に、ラヴィニアの記憶には無いはずの何かが微かに反応する。

 

 

「え……えぇ……」

 

 このように、家族以外に手を伸ばされるのは、いつぶりだっただろうか。

 困惑しながらも、異端の神を求める一族の最後の生き残りの少女はその手を取るのだった。

 

 

 

 

 

 かくして、運命の輪は回る。

 

 

――――――なん、っで、俺が呼びたかったのと違うんだよッ!

 

――――――いやはや、困った事になりましたなぁ

 

――――――■■■■■――! こ ん に ち は

 

 

 

 戦争は進む、されど踊らず

 

――――――決着を付けよう、黒鉄の王よ

 

――――――この国のパンケーキは違うのね! 一緒に食べましょ、ラヴィニア!

 

――――――さて、私を含めて7騎はすでに確認されているが……ならば、あの少女は何だと思うかね、主よ

 

 

 

 歪む世界、迷信からの――

 

――――――ええ……私にも……願いができたわ……

 

――――――私に挑もうというのかな、我が世界より生まれし、虚ろな少女よ

 

――――――ふふ、令呪を全部使っちゃったのね……? 

 

 

 

 

 狂気に彩られた聖杯戦争、ここに開幕。

 

 




 観覧ありがとうございました!

 設定に間違いなどありましたらご指摘いただけますと幸いです。

 一応登場するサーヴァントの設定や大まかな話の流れは決まっているのですが、設定についてそこまで詳しくないのでボロが出まくりそう、というところやそもそもアビーの宝具って映像にして文章にすると一体どんな事が起こっているのかが不明、という所から今の所断念している次第であります……

 もしかしたら連載で書き始める事もあるかもしれませんが……

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