バカとテストと召喚獣~オレと兄さんとFクラス~ 作:アカツキ
カチッ カチッ
時計の針の音が聞こえる。同じ音のはずなのに心無しか昨日よりも大きく聞こえる気がした。
「明久。今更ジタバタするな。補充のテストも全て受けたし、写真も回した。やるべきことは全てやったのだから、あとは何も考えずに戦うだけだ」
部屋の隅で目を瞑っていた雄二が兄さんの様子に気がついて声を掛けていた。
「D・E・Fクラスは昨日に続いて全員参加のようじゃ。あとはA・B・Cクラスが協力してくれるかどうか、じゃな」
今日は点数補充の為のテストがあった為に根回しに行けず、写真を回した結果がどうなっているのかが分からないらしい。
「…………今日こそ借りを返す」
密かに闘志を燃やすムッツリーニ。昼間の補充テストの時には凄い勢いで問題を解いていたそうだし。
「ふふん。今日はしっかりと拉致されてないよ」
そしてオレは、珍しく作戦会議に参加していた。
「作戦開始も近い。最後の打ち合わせを始めるぞ」
瞑っていた目を開けた雄二は兄さんの前にやってきて、秀吉とムッツリーニも集まる。
「俺たちがいるのは三階だから、三階・二階・一階・女子風呂前の四ヵ所を突破しないと目的地には辿りつけない」
部屋の割り振りは三階にE・Fクラス、二階にC・Dクラス、一階にA・Bクラスといった形になっている。オレたちのいる場所は女子風呂から一番遠い。
「三階の敵はE・Fクラスの仲間が抑えてくれる。二階の敵はDクラスが抑えてくれる手筈になってはいるが……」
「Dクラスだけだと少々厳しいじゃろうな」
教師側も各クラスの生徒の強さに応じて戦力を配置してる。Cクラス抜きでの二階突破は厳しいだろう。
「でも、ここまできたらやるしかないよ」
「勿論そのつもりだ。それで、二階を突破すると──」
「…………高橋先生」
「そうだ。学年主任の高橋女史が率いる一階教師陣だ。恐らくここには翔子や姫路、工藤愛子もいるだろう」
「なるほど。絶対通る場所に最強の布陣というわけだね」
学年主任に学力上位一桁の女子達。こりゃ、突破するのは一苦労だ。
「明久とムッツリーニを通す一瞬の隙は俺が作る。だが、高橋女史や翔子たちをそのまま足止めするのは不可能だと思ってくれ」
「じゃが、足止めできねば……」
「ああ。明久とムッツリーニは前後を挟まれて終わりだ。作戦は失敗。俺は翔子に残りの人生を奪われ、明久は変態として生きていくことになる」
なぜだろう。作戦に成功したとしても失敗したとしても現状と変わりないような……。
「作戦が失敗しても大して現状と変わらん気がするのじゃが……?」
同感だ。
「とにかく、高橋女史は根性でなんとかするしかない。A・Bクラスが協力してくれたら勝機は充分にあるんだが」
「ふむ。Aクラスはともかく、Bクラスは大丈夫じゃろ。きちんと全員が、特に代表格が女に興味を持っておるからの。あの写真が効くはずじゃ」
「あははっ。秀吉の言い方だとAクラスの男子代表格は女の子に興味がないみたいだよ?」
「「「「…………」」」」
兄さんの台詞にオレたちは気まずそうに目を逸らす。
「そこまで行ったらあとはお前たちの仕事だ。わかっているな?」
「…………大島先生を倒す」
「そして僕は鉄人、だね?」
まぁ、不確定要素が多いが……
「…………大丈夫。きっとうまくいく」
「うん」
「ああ」
「当然だな」
「じゃな」
この五人が力を合わせれば何でもできる……そんな気がする。
――ピピッ
どこかで電子音が聞こえた。これは八時を告げる時報。戦闘開始の
「……よし。てめぇら、気合は入っているか!」
「「「「おうっ!」」」」
「女子も教師も、AクラスもFクラスも関係ねぇ!男の底力、とくと見せてやろうじゃねぇか!」
「「「「おうっ!」」」」
「これがラストチャンスだ!俺たちこのメンバーから始まったこの騒ぎ、勝利で幕を閉じる以外の結果はありえねぇ!」
「「「「当然だっ!」」」」
「強化合宿第四夜・最終決戦、
「「「「よっしゃあ──っ!!」」」」
強化合宿四日目二〇〇〇時。今、覗きを巡る最後の勝負が始まろうとしていた。
作戦は概ね順調とも言えた。Cクラス、Bクラスの男子の皆も手伝ってくれたこともあってか僕ら五人は地下へと続く階段の前まで来ることに成功した。しかし、予想以上の壁の堅さにAクラスの男子がいない現状。Bクラスの男子だけでは到底突破できるものでは無かった。そして今……
「明久君。おとなしく降参して下さい」
Bクラス代表の根本君をも一撃で葬り去るような霧島さんと姫路さんの召喚獣と本人がゆっくりと、雄二と僕を追い詰める。
『もうこれ以上は無理だ……。姫路に霧島に高橋先生なんて、勝てるわけがない』
『だいたい、姫路と霧島が入っていないのなら覗く価値がないじゃないか』
残されたBクラス男子の弱音が聞こえてきた。
「諦めちゃダメだっ!ここにいないってことは、木下優子さんや美波がお風呂に入っているはず!覗く価値は充分にあるっ!」
そんな僕の鼓舞を見て、秀吉が少し驚いた表情で尋ねる。
「明久。なぜここまで圧倒的に不利な状況にありながら諦めないのじゃ?お主は《観察処分者》じゃ。痛みのフィードバックもある。そこまでして写真を取り戻そうとして、苦しい思いをする必要はないじゃろう?」
その程度では今更お主の評価は変わらぬはずじゃ、と続けて言葉を切った。
秀吉の疑問はもっともだ。でも――
「――秀吉。そうじゃないんだよ」
「そうじゃ、ない?」
秀吉は間違っている。僕の行動原理はその程度のものじゃない。
「確かに最初は写真を取り戻すつもりだった。真犯人を捕まえて、覗きの疑いを晴らすつもりだたった。……でも、こうして仲間が増えて、その仲間たちを失いながらも前に進んで、初めて僕は気がついたんだ」
「明久。お主、何を言って…」
そう僕はようやく気付いたんだ……たった一つの目的を。貫くべき僕の信念を――!
「――たとえ許されない行為であろうとも、自分の気持ちは偽れない。正直に言おう。今、僕は――純粋に欲望の為に女子風呂を覗きたいっ!」
「お主はどこまでバカなんじゃ!?」
もう脅迫なんて関係ない!真犯人なんかどうでもいい!ただ僕はあの写真に写っていた女の子たちのいる理想郷を目指して進むだけなんだ!
「明久君。そこまでして、私じゃなくて美波ちゃんのお風呂を覗きたいんですね……!もう許しません!覗きは、いけないことなんですからねっ!」
姫路さんが召喚獣に突撃の指示を出す。
「世間のルールなんて関係ない!誰にどう思われようと、僕は僕の気持ちに、正直に生きる!」
召喚獣を喚び、姫路さんを迎え撃つ構えをとる。
するとその時、
『よく言った、吉井明久君っ!』
どこかで聞いたことのある声が廊下に響き渡った。
「だ、誰ですかっ!?」
気勢を削がれた形になり、召喚獣の動きを止めて声の主を探す姫路さん。
「待たせたね、吉井君。君の正直な気持ち、確かにこの僕が聞き届けた」
「久保君っ!来てくれたんだね!」
「到着が遅れてしまってすまない。踏ん切りがつかず、準備しながらもずっと迷っていたんだが……さっきの君の言葉を聞いて決心がついたよ」
「決心がついたって、それじゃあ……!」
「ああ。今この時より、Aクラス男子総勢二十四名が吉井明久の覗きに力を貸そう!クラスの皆、聞こえているな?全員召喚を開始して吉井明久を援護するんだ!」
『『『おおおーーっ!』』』
「お主らは何を言っておるんじゃ!?全員正気を保つのじゃ!」
「ありがとう久保君!君たちの勇気に心から感謝するよ!」
ついにAクラスが仲間になった。これで文月学園第二学年男子全員が参戦したことになる。……あれ?誰か参加していない気がするけど……ともかく!こんなに嬉しいことは無い!
「感謝するのは僕のほうだよ。そうさ、君が言ったとおり、自分の気持ちに嘘はつけない。世間には許されない想いであっても、好きなものは好きなんだ……!」
なんだろう。寒気が一瞬した。
「お仕置きの邪魔をしないで下さい!」
「そうはいかないよ姫路さん。僕ら彼に協力すると決めたんだ。西村先生を打倒する唯一の力を、ここで失うわけにはいかない」
久保君たちAクラスの皆が僕を守るように前に立つ。今がチャンス……!
「雄二っ!」
「わかっている!明久、ムッツリーニ!階段へ向かって走れっ!」
援軍に驚いている霧島さんを抜いて、雄二が高橋先生の前に走り出た。僕とムッツリーニもそれに続く。
「まさか、Aクラスの皆まで協力するとは思いませんでしたが、問題はありません。ここは誰であろうと通しませんから――
高橋先生の召喚獣が姿を現す。でも、ここで止まるわけにはいかないんだ!
「高橋女史!悪いがここは通らせてもらうぜ!行くぞ――
雄二の掛け声を受け、白金の腕輪が起動する。その腕輪の能力は、召喚フィールドの作成。つまり――
「干渉ですか……!やってくれましたね坂本君……!」
「行けぇ、明久っ!鉄人を倒して、俺たちを理想郷に導いてくれ!」
「任せとけっ!」
異なる二種の召喚フィールドが同じ場所に展開され、双方の効果が打ち消される。今この場に召喚獣は一体もいない。そうなれば相手は生身の女の人。脇を駆け抜けることなど造作もない。
『吉井たちに続けーっ!』
「く……!吉井君と土屋君は逃がしましたが、あなたたちまで通しません!」
僕らに他の男子が続く前には、既に高橋先生が召喚獣を喚び直していた。
「流石は高橋女史。判断が早い……!」
どうやら高橋女史は自分の召喚フィールドを消したようだ。そうなると雄二の召喚フィールドが残って召喚獣が再び姿を現す。白金の腕輪は少々点数を消費する上に使用中は使用者が召喚獣を召喚できないから雄二は簡単にフィールドのON・OFFができない。つまり、この先は僕とムッツリーニだけで進むしかなさそうだ。
「ムッツリーニ。打ち合わせ通り大島先生をよろしく」
「…………了解」
他の階より若干長い階段を駆け降り、理想郷への最後の一本道へと辿りつく。
階段を振り切ったその先には雄二の予想した通り大島先生と、加えてもう一つ人影があった。
「もしかしたら、来ないんじゃないかと思ったよムッツリーニ君」
「く、工藤さん……」
これは想定外だ。この廊下はあまり広くないため、敵は先生一人だと思っていたのに。
「工藤さん。そこをどいてくれないかな。僕らは君に手出しをするつもりはないんだ」
「あれ?もうコレはいいの?」
そういって取り出したのは小型録音機。
「もうそんなものどうでもいいよ。僕らの目的は他にあるんだから」
「ふぅん……。でも、ここを通すわけにはいかないよ」
予想通りとも言うべきか説得は失敗に終わった。
「仕方ない。ムッツリーニ、援護するよ」
保健体育勝負で、この二人にムッツリーニが勝てる確率は低い。なら、点数が少ししかなくても、僕が援護に回らないと突破は難し――
「…………作戦に変更はない。ここは引き受ける」
「え?」
思わず耳を疑う。
「…………奴らには借りがある」
でも、ムッツリーニの目は本気だった。本気でこの二人に勝つつもりなんだ!
「いけるの?ムッツリーニ」
「……………当然だ」
尋ねる僕に小粋な笑みを返すムッツリーニ。コイツは自分の力を信じている。自分の力が目の前の二人に負けることはないと確信している。
それなのに、仲間の僕がコイツを信じないでどうする!
「わかったよ!ここは任せた!代わりに鉄人は僕が倒す!」
ムッツリーニを残して僕は走る。そんな僕を二人は止める気配がない。
「ムッツリーニ君に免じて、ここは通してあげる」
工藤さんのそんな台詞が聞こえる。
負けるなよムッツリーニ……!
そして、走ること少し、後少しで鉄人の守る扉が見える。と言うところで、
ヒュンッ
僕を狙いすます蹴りが飛んできた。反射的に躱し、蹴って来た相手を見ると……
「なっ!?何故ここにいるんだ……!」
それは、僕の良く知る人物だった。それと同時にここにいるとは思っていなかった人物……!
「どうして僕の邪魔をする……!答えろ!」
僕は目の前の人間に向かって問う。どうしてお前が……!何故なんだ!