「隊…長殿………?」
赤をまとってゆらりと立つソレは、紛れもなく守沢千秋そのものの形をしていた。
「なん、なんすか…なにか話してくださいよ…いつもうるさいくらい話しかけてくるのに…」
こちらを見ているのにどこも見てはおらず、長いまつげの奥の瞳は虚ろに揺れている。
「なんか変ッス…隊長はいつも変っスけどこんな嫌な感じじゃないッスよ」
鉄虎は2人をかばうように1歩前に出る。すると、何も映していない目がぺたりと細められ、口を歪ませた。それはまるで薄く笑っているかのよう。千秋の太陽のような笑顔とは程遠い、背筋に虫が這うような気持ちの悪い笑顔だった。
「何者かは知らないッスけど、隊長の顔で…!そんな顔をす」
ゴンッと鈍い音が響いた。激昂する鉄虎の振り上げた拳より先に、後ろに隠れていたはずの翠がソレの頬に向けて腕を振り抜いていた。
「あぁ…!い、一応隊長殿の身体の可能性もあるでござるよ!?」
「いいよ…1回殴りたかったし…いつも勝手に1人で抱え込んで俺たちには」
「翠くん!?下がるッス!」
横に倒れていたソレは、あの気持ち悪い笑みのまま小さくケタケタケタケタと震えだした。関節が曲がるはずのない方向に膝が曲がり、とても人とは思えない立ち方をして、ケタケタケタケタと顔を揺らしながら、ブンっと腕を振る。
間一髪、鉄虎に引っ張られた翠の鼻を指先がかすめる。
「…あっぶな……」
「大丈夫でござるか!?」
「無事ッスね、ひとまずアレをどうにかしないと…」
「拙者、あれの正体が分かったでござるよ!たぶん隊長殿に言われて調べていたモノでござる」
黄昏時に魅入られた者は、その身の自由を奪われる。純粋な魂を持つものに惹かれるようで、小さな子供がよく被害に合うため、正義の味方としては見過ごせないと忍に頼んで調べていたらしい。魅入られた者は、目は虚ろに、表情は歪み、人間とはかけ離れた動きをしながらゆらりゆらりと仲間を探してさまよう。そして純粋な魂を持つものを見つけた時、ケタケタケタケタと鳴きだすのだ。ゆえにケタケタ、そう呼ばれる都市伝説のような存在だった。
ゲホッゴホッ…喉が熱く乾いて咳き込み、思わず目が覚める。ここは…あぁ、また俺は倒れたのか。見慣れた保健室の天井が熱に浮かされた視界で歪む。とにかく1度、水を…と、ふらつく体をなんとか起こし、メガネを探しているとカーテンが開いた。
「あ、佐賀美せん……」
カーテンを開けたのは俺だった。違う、俺はメガネをかけていただけで、カーテンには指一本触れていない。そこにいるのはもう1人の守沢千秋だった。
あんなに憧れた流星レッドのユニット衣装を着こなして、お手本のような笑顔でこちらを見ている。
「起きたか、水を飲みたいだろう。用意しておいたぞ!」
水を飲みながら、もう1人のオレをこっそり眺める。背筋はピンと伸び、ハキハキと淀みない口調で話していたオレは、俺と同じ顔でさっきと同じ綺麗な笑顔のままそこにいる。
「お、おまえは…えっと、俺、なのか…?」
「そうだな!そうとも言うだろう。水はもういいのか?もう少し必要なら入れてくるが」
「あぁ、ありがとう。だいぶ落ち着いた。そうか、お前は俺、なのか…」
「どうしたどうした!なにか悩み事があるなら、オレが相談に乗るぞ!」
笑顔を崩さないまま、オレは俺に顔を近づける。俺は思わず少し体を引く。目の前の同じ顔に、いや同じ顔でありながら俺にはできない綺麗な笑顔からつい目線をそらしてしまう。
「い、いや、悩み事とかじゃない。ただ、あの、俺はずっと、お前のようになりたかったんだ」
目の前に何故オレがいるのかはわからない。ただ目の前のオレは、病気で寝ているだけの俺がずっと目指していた憧れのオレなのだということだけはわかっていた。
「ふむ、オレのようになりたいと。お前はオレなのにか?」
「そうだ。人を助けるはずのヒーローが、風邪で寝込んで思い通りにならない現実に泣いているなんて、いつまで経っても小さい頃と変わらないじゃないか」
頭がフラフラする。また熱が上がったのだろう。喉はカラカラに乾き、ヒューと小さな音が漏れる。そうだ。こんなはずじゃなかった。俺がなりたかったのは、俺がなりたかったヒーローは…。
「大丈夫だ!いい方法がある」
目の前のオレは貼り付けたような笑みを浮かべたまま、俺の肩に手を置いて言った。
「お前が死ねばいいんだ」
「な、にを…言って」
「お前が憧れたヒーローならもうオレがなっている!そうだろう?身体の弱いお前に何が出来る。健康なのはもちろん、強く正しく常に笑顔を忘れない、そんなみんなが憧れるヒーローにオレはなれる。だから安心して死ぬといいぞ」
どこから取り出したのか、その手には包丁があって、俺はそれを震える手で受け取っていた。
「大丈夫!怖いならオレが一緒に殺してやる。安心してほしい。お前の夢はオレが叶えよう!」
目の前のオレはやっぱり綺麗な、それはそれは綺麗な笑顔のまま俺に優しく包丁を掴ませる。そうだ、この憧れのオレとて、俺なのだ。ならば、俺がいなくなってしまえば、そうだ、俺がいなくなってしまえばおれがヒーローになれる…?
震える刃先が少しづつ心の臓に近づいていくのがわかる。お手本のような綺麗な笑顔は1mmだって崩れることはなく、このままゆっくりと殺されるのだと、そう思った。
突然、目の前のオレが吹っ飛ぶ。緑の炎がチカチカと光る。カラン、と包丁が床に落ち、その音でブワッと全身から汗が吹き出る。倒れたオレは貼り付けたような笑顔のままコキッと首を鳴らして立ち上がった。
「む、少し邪魔が入ったな。まぁいい。オレは今仲間を集めているのだ!中断してしまってすまない。早くお前の夢を叶えてやらねばな」
そう言って包丁を拾って、綺麗な綺麗な笑顔のままこちらを向いた。
「ケタケタ?あ、俺聞いたことあるかも…中学の同級生が噂してて…」
「のんびりしてる場合じゃないッスよ翠くん!アイツまた動き出したッス!忍くん、ケタケタはどうやって引きはがすか分かってるんスか?」
ソレはケタケタケタケタと気味の悪い鳴き声を響かせながら、伸ばした腕をグルンと戻した。守沢千秋の姿をしてはいるものの、相変わらず気味の悪い笑みを浮かべて人間離れした動きを繰り返している。
「拙者の調べたところによると、元に戻った被害者にはみんなうなじに黒い宝石のようなものがあったらしいござる。それを壊しさえすれば元に戻ったんだとか!」
「それを見つけて割るしかないってことッスね!」
「完全にケタケタに取り込まれていなければ、ということらしく、取り込まれてしまった被害者に関してはうなじに異常はなく、その後の情報はなかったでござるよ」
「ということは、守沢先輩がケタケタに負けてなければ大丈夫ってこと…?それなら、たぶん、大丈夫…すぐに済ませる…」
少し顔を上げて、翠はまたソレに近づくと、リーチの長い脚でぐんっと1歩踏み込み拳を振りかぶった。しかし、すんでのところで止めて、攻撃を避けつつ戻ってくる。
「どうしたんスか翠くん!」
翠は悔しそうに顔を歪めて呟いた。
「ごめん…殴ろうと思うのに、なんか、ごめん…」
ソレは明らかに守沢千秋その人ではなかった。しかし、忍の言葉を信じるとすれば、その身は守沢千秋のものであり、いくら気味の悪い動きや人間離れした動きを見せようと、傷をつければ千秋にも傷が残る可能性がある。翠はそれに気がついてしまったが故に、思いっ切り殴ることができなくなっていた。
「翠くん、謝ることないッス。それに、俺も今確認できたんスけど、ちゃんとうなじに黒い宝石みたいなのが埋め込んであったッス。ちゃんと助けられるッスよ。傷つけないようにするには、黒い石だけを殴って一発目できちんと壊すことができれば、ッスけど…」
「それなら2人とも、拙者に任せてほしいでござる!こういう時のための、忍者修行であるからして!」
「そういえば忍くん、本物のくない手に入れたんだっけ?」
「ふふん、神崎殿に特別にもらったでござるよ」
そう言うと忍はシュタタタっとソレの後ろに回り込み、狙いを定めてサッと投げた。しかし、くないはおかしな方向に曲がる腕によってあっけなく落とされる。そのまま忍の方に腕を向け、ケタケタケタケタと一層大きく鳴いたかと思えばボワッと炎が襲った。
「忍くん!」
鉄虎が咄嗟に忍を抱えて避ける。ソレはケタケタと鳴きながら縄のような赤黒い炎をゆらめかせた。
「クソッ…!」
翠は炎を避けながら、くないを拾って鉄虎に投げる。
「ナイス翠くん!忍くん、もう1回行くッスよ、俺と翠くんが邪魔させないッス!」
鉄虎は忍にくないを渡し、果敢にソレに向かっていった。忍は1度深く息を吐く。
「忍くん!黒い宝石がなんか埋まっていってる気がする!」
「早くしないとなくなっちゃいそうッス!」
「行くでござるよ!」
スっと集中して、炎を避けながら走る。さっきよりもずっと近くで、投げずに突き刺さなければきっとはじかれる。ソレの前でタンッと跳躍し炎をくぐり抜ける。
「秘技、火の輪くぐりでござる!今助けるでござるよ!隊長殿!」
そのまま一閃、ほとんど埋まりゆく黒い宝石に向けて、くないを突き刺した。
目の前で包丁を持ちながら綺麗に笑うオレを、俺は震えながら見つめる。
「どうした?憧れのオレになりたいんだろう?」
「そ、そうだ…そうだったはず…」
「ならば迷うことは無い!さぁ、胸に突き刺すだけだ。怖いのか?」
「怖い、そうだ…怖い。すごく怖い」
恐怖に震えながら、溢れ出した涙を止められずに俺は言った。
「弱虫で臆病者で泣き虫、全くヒーローにふさわしくないな!大丈夫だ!オレが来たからには安心してほしい。お前が自分で殺せないなら、オレが責任をもって殺してやろう!大丈夫、お前はただ」
そうだ、俺は弱虫で臆病者の上にすぐ泣いてしまう。こんな、こんな俺ではヒーローになれない。こんな俺は
「「死ねばいいんだ」」
涙で歪む視界で、憧れのオレを見る。綺麗な笑顔のまま俺を殺すオレを見る。これで俺はヒーローになれる…きっと憧れのヒーローに…。
目の前のオレの瞳の奥の闇にスっと吸い込まれそうになったその時、闇の中に一筋黄色の炎が光った気がした。
「違う、これは俺が求めてたヒーローじゃない」
目の前のオレが貼り付けたような綺麗な笑顔のまま首を傾げる。
「いきなりどうしたんだ?お前が求めた姿だろう、オレは」
「違う、俺はみんなを助けるヒーローになりたいんだ。誰かを殺すヒーローなんて、そんなの、違う」
「忍くん危ない!」
くないを突き刺した忍がソレに払われるのを見て翠は助けに走る。
「まだ、まだ壊しきってないでござる…!」
飛ばされながら忍は鉄虎に向かって叫んだ。突き刺した瞬間に払われたために、黒い宝石に割れ目は入ったものの壊すまでにはいかなかったのだ。
「任せてほしいッス!最後は俺が!」
そう言って鉄虎は炎を避けながらソレに近づき、少し浮き出てきた黒い宝石に向けて拳を振りかぶった。
「隊長!!!」
「弱い自分をなくすことの何がいけないんだ?お前だって嫌だろう。弱い身体を抱え、人望もなく、臆病者で空回りばかりのお前が本当にヒーローになれると思うのか?」
「わからない。わからないが、弱い俺も、俺は助けたい!それが誰であれ変わらず助ける!見殺しになんかしない!」
喉が痛い。涙で目の前はぐちゃぐちゃで、熱で足はフラフラするし、今にも咳き込みうずくまってしまいそうだった。それでも、そうだった。俺はかっこいいヒーローになりたかったのではない。
「ピンチの時も笑って、みんなを安心させる。それが俺の目指したヒーローだ!」
真っ赤な炎がその瞳に灯る。
「隊長!!!!!」
ピカッと光が広がって、目を開けるとそこには不安そうな顔をした後輩達が千秋を見つめていた。
「大丈夫でござるか!?」
「む、ここは…」
「なんで俺たちに相談してくれなかったんスか!隊長!」
「いっつもうざいぐらい絡んでくるのに…大変だったんですよ…疲れた…鬱だ…」
「そうか、お前たちが助けてくれたのだな。ありがとう!さすが俺が見込んだヒーローたちだ!!抱きしめてやろう!!」
言うやいなや3人をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
「うわ…やめてくださいよ…暑苦しい…」
「無事でよかったでござる〜2人ともすっごく心配してたでござるよ!」
「隊長はもうちょっと間単独行動禁止ッスよ!」
みんな安心したように憎まれ口を叩き合う。
貼り付けたような正しく綺麗な笑顔のオレは、確かにずっと笑っていたが、だからといって安心はできなかった。どことなく不安にさせる笑顔。そんなのはヒーローじゃない。俺の憧れなんかじゃなかったのだ。
「俺は誰も見捨てない。見捨てたくない。みんなを救ってみせる、そんなヒーローになるぞ」
「だからあんたは、また1人で突っ走るつもりっすか」
「みずくさいでござるよ隊長殿!」
「5人揃って、流星隊なんスから!」
「そういえば深海先輩どこにいるんだろ…」
「また噴水に入っていたら大変でござる!」
「俺タオル持ってくるッス!」
「大丈夫だ、ブラック!俺は常に奏汰用のタオルを用意しているのだ!よーし、みんなで学校の噴水まで競走するぞ!負けたら全員にフライドポテトを、おい!フライングだぞ!?走るのが速くなったなお前達!!俺は嬉しいぞ!!!」