side3人称
12月に入ってからの週末、織斑家では秋人が新聞を読み、春奈が台所で食器を洗っている。この年、織斑家の子ども達がIS学園に入学してからは彼らも寮生活が基本であり、帰ってくるのも連休と夏休みや冬休みぐらいになっていた...はずだった。春奈の隣にはマドカが家事の手伝いをしており、大樹の姿が庭にあった。
「なんで、雑草抜きをこの時期に。」(大樹)
柏葉大樹、人生初の罰によるお手伝いである織斑邸の庭の雑草抜きをしていた。
ことの発端は2か月前に遡る。学生であれば誰もが避けては通れない三者面談の時期になっていた。ただ、IS学園の1年生である大樹たちには前期の成績とこれまでの学校生活における様子を担任が保護者に話す程度である。さして、聞かれてまずいことは無い大樹たちには特段問題は無かった。そう、三者面談を行うということ自体は問題は無かった。
「どうして、連絡のプリントを出さなかったの。」(春奈)
それを知らせるプリントを大樹が隠していたこと以外は。これ自体は大樹が小学生だったころからずっとである。特に、大樹は親子関係の行事や相談の連絡のプリントを隠す、処分するという行動を何度も繰り返していた。始まりは小学校3年生。中学生の2回ほどは不登校気味だったということと最後の進路相談もあって自分から隠したということは無かったのだが小学校の時から数えるその回数は実に5回である。その5度目が高校生になってから最初の面談であり、とうとう春奈の堪忍袋の緒が切れたのだった。
「いや、それは。」(大樹)
「忘れたとか、間違って捨てたって言うのはもう通用しないわよ。」(春奈)
これが判明した日は久しぶりの帰宅でもあった。その日に、それが判明してしまった。ただ、一夏もマドカもその連絡はしっかりとしており、春奈から千冬へ確認もしていたので隠したところですぐに判明することでもあったのだが。
時間は現在へと戻る。織斑邸へと訪ねてきたのは正則であった。手には袋を下げており、織斑邸のインターホンを鳴らそうとした時だった。庭の方に視線を移すと大樹の姿があったのだ。
「え、大樹?」(正則)
「あ、正則兄ちゃん。おはよう。」(大樹)
「いや、おはようって。何やってんの?」(正則)
「草むしり。」(大樹)
「なんで。」(正則)
「いや、罰。」(大樹)
「へ?」(正則)
正則からすれば大樹が何の罰を受けているのかが分からなかった。そんな正則に状況を説明するのではなく大樹はそのまま草むしりの続きを始めるのだった。
「で、何があったんですか?」(正則)
「ん~、まあ親子喧嘩、かな。」(秋人)
「誰とですか?秋人さん、なわけないか。」(正則)
家の中へ入った正則は秋人の部屋で持ってきた袋を渡し、大樹の草むしりの理由を聞いていた。
「この間、三者面談があって。それのことで春奈とケンカに。」(秋人)
「ああ、大樹がまたその関係のプリントを隠したりしたんですね。」(正則)
「それが、高校生になってもやって。それにとうとう春奈の堪忍袋の緒が切れて。」(秋人)
「ああ、なるほどなるほど。でも、流石に雑草抜きって。お説教で終わりじゃないですか。」(正則)
「うん、お説教で終わってるはずだったんけどね。まあ、その、大樹が。」(秋人)
秋人の話を聞いた時、正則があの大樹が!?と驚いた。
「いや、それは。」(大樹)
「何か言いたいことがあるならちゃんと言いなさい。」(春奈)
「迷惑かけたくないし。」(大樹)
この時の大樹の一言が言うなれば火種、着火剤であった。
「何ですって。」(春奈)
この時に明らかに春奈の表情が変わったのだ。それに気づかない大樹では無いし、この場に居たマドカ、一夏、秋人も明らかに大樹が春奈の逆鱗に触れたことが分かったのだ。
「迷惑をかけたくないですって。何を言っているの!!」(春奈)
基本的には春奈は織斑家においては子どもたちを叱ることが多く、そのどれもが教え諭すようなものである。その春奈が怒りをあらわにしたのだ。
「...。」(大樹)
無言で庭の草をむしっている大樹はとにかく草をむしっていく。その手際は良いとは言えず、スコップも使って雑草を抜いていく。ただ、それでも丁寧にやろうとしているらしく、スコップを器用に使って根っこを残さないように気を付けてやっている。
「大樹。そこまでにしたら。」(春奈)
その時にリビングの窓を開けて春奈が大樹に声を掛けた。
「いや、これがなんとけ抜けそうだからこいつを抜いたら辞める。」(大樹)
「そう言うところって秋人君に似てるわね。」(春奈)
「ん?」(大樹)
「良いから、それが終わったらすぐに入るのよ。」(春奈)
「...うん。」(大樹)
side大樹
「俺は他人でしょ。」(大樹)
あの時、口に出た言葉だった。いつもだったら冗談めかして言う言葉が、いつもなら本気じゃないってことを相手に思わせるように言う言葉が、この時は、この時は俺の中で本当の気持と一緒に出てしまった。
「ずっと、俺だけが他人だった。この家に居て良い人間じゃなかっただろ。」(大樹)
「居て良い、それを決めるのは他の人じゃないでしょ。他人だからって迷惑をかけちゃいけないなんて理由がないでしょ!まして、10年も一緒に居る大樹がただの他人だなんて私達がそう考えるなんて思うの!!」(春奈)
「他人だろ!!」(大樹)
怒りと共に出た言葉に帰って来たのは平手打ちだった。
「あなたのことを他人だなんて、私は一度も思ったことは無いわよ!!あなたは誰が何と言おうと私と秋人君の子どもよ!千冬の弟で、一夏と万夏の兄妹!血のつながりが無くたってあなたは私の子よ!」(春奈)
その言葉を聞いて、どれだけ春奈さんが、小母さんが俺のことを考えてくれていたのかよく分かる。でも、それが分かっているからこそ、俺はこれまでのことが申し訳なかった。
「だから、だよ。そう思ってくれるから。そう思っているのを分かっているから、いつも。」(大樹)
「大樹。」(一夏)
side秋人
「その日に、初めて自分の思いを全部話したんだ。」(秋人)
「それは、すごい日でしたね。」(正則)
自分を押し殺していた大樹が初めて自分の中にあった思いを吐き出した。それは、近くに居た僕たちですら本当の形を分かっていなかった。
「そうか。大樹、かなりため込んでたか。」(正則)
「正則君から見ても、かい。」(秋人)
「俺から見ると、暗い奴でしたから。でも、まあ。らしいっちゃらしいじゃないですか。こっちの優しさを分かっていて、それで申し訳ないっていうのは。」(正則)
そう。大樹は僕たちの思いを分かっていた、それが何か裏があるわけではない僕たちの思いが良心から来るものだということを大樹はしっかりと分かっていた。
「だからこそ、僕も春奈さんもやられたよ。」(秋人)
「自分たちの思いが大樹を苦しめていた、ていうわけでは無いと思いますけど。」(正則)
「でも、重荷になっていた。それがこたえたよ。」(秋人)
大樹にとっては僕たちの思いは重荷になっていた。それを聞いた時はかなりショックだった。
side3人称
「なら、私達の思いは何なのよ!あなたにとってそれが苦しいものなら、私達は、私から大樹にやってあげられることなんてないじゃない!」(春奈)
人を助けることはその人がこれから先を生きていくうえで何かしらの支えや気づきになることがある。だが、大樹はそれが相手に負担になっていると思い、そのことを申し訳なく思っている。大樹の思いを知って、春奈も自身の思いを言う。春奈の表情を見た大樹は悲痛な表情となって家を飛び出してしまう。
「おい、大樹!」(一夏)
「待って!!」(マドカ)
飛び出した大樹を一夏とマドカが追いかける。家に春奈と秋人が残される。
「愛理。」(秋人)
子どもたちが居なくなったことで秋人=切嗣は本名で春奈=愛理に声を掛けた。
「私達の所為で、そんなに苦しい思いをしていたなんて。」(春奈)
「愛理の所為じゃないよ。」(秋人=切嗣)
「分かってる。それでも。」(春奈=愛理)
「行かないのかい。」(切嗣)
「どう大樹と向き合えば良いの。」(愛理)
「家族、だろ。大樹も、僕たちの子どもだから。それに大樹のことを頼むって言った玲人さんと優菜さんに約束されただろ。どこまで行っても家族なら向き合い方を考える必要は無いよ。」(切嗣)
「切嗣。」(愛理)
「迎えに行こう。」(切嗣)
「はあ、はあ、はあ、はあ、あああああ!!」(大樹)
「大樹、止まれ!」(一夏)
「一夏兄さん、もう無理矢理止めないと!」(マドカ)
一方、大樹は叫びながら夜の町を走っていた。行き場のない激しい感情のままに走り続ける大樹。大樹を追う一夏とマドカも声を掛けるが大樹が止まる気配はない。走り続けて走り続けて走り続けて走り続けて、何時までも続きそうだったその時間も大樹に限界が来て終わった。
「はあ、はあ、はあ、はあ。」(大樹)
大樹が止まった場所は偶然にも幼少期を過ごし、忌まわしい記憶が残る家だった。
「こんな形の、はあ、はあ、人生を、はあ、望んだ覚えは、ない、のに。ただ、一夏たちを遠くでも見ていられれば良かったのに。」(大樹)
家を見て言う言葉は本心であった。大樹自身はヒーローになることも世界の全てを手にしようとも、ましてや一夏の立場を奪おうなどと思ったことは微塵もなかった。ただ、物語でしか触れれなかった一夏たちのことを一友人として見ていられるだけで良かったのだ。そこに仮面ライダーとして戦うことは一切なく、精々が自分の興味のある分野の動物などの自然、遺跡などの考古学の世界に進みたいとずっと考えていたのだ。それが、前世で両親から戦極ドライバーを渡され、インベスの存在を知り、戦うことになっただけである。
「こんな形の人生、望んでないんだよ。」(大樹)
いつの間にか両目から涙が流れていた。今でも幸せだと思えるようなことがやっと出始めた。それでも、それが望んだ形かと聞かれれば大樹は違うと答えるだろう。必要だったからこそ、望んだわけではないが戦うことになっただけ。持ち前の正義感からそうしなければならないと思っただけ。
「なんで、なんだよ。ただ、ただ。」(大樹)
家の扉の前に立ち、大樹は涙を流して拳を叩く。
side大樹
「はあ、やっと抜けた。」(大樹)
あれから20分くらい格闘してやっときれいに根っこが取れた。こうやらないとなんかやった気がしなくて気になるからな。というか、流石に辞めるか。抜いた雑草をゴミ袋の中に入れて口を縛る。段々と寒くなるからあとは放っておいて良いだろう。
「大ちゃん、お茶が入ったから中に入ろう。」(マドカ)
「ああ、今行くよ。」(大樹)
雑草でいっぱいになったゴミ袋を物置の中に入れて家の中に入る。いや、本当にこの時期に雑草抜きをするのって。罰とはいえ、意味があったのかね。
「おう、お疲れ。」(正則)
「え、帰ってなかったの。」(大樹)
リビングに入ったら、なぜか正則兄ちゃんもいた。いや、なんでいんの。
「なんで居るんだって顔してるよ。」(秋人)
「いや、用事が終わったら帰るもんだって思ってたから。」(大樹)
「お茶していって、言ったのよ。大樹、顔に土が付いているから落としてきた方が良いわよ。」(春奈)
「え、マジ?」(大樹)
鏡を見ると確かに土が着いてた。
「あ、ホントだ。」(大樹)
「早く洗ってきなさい。」(春奈)
「は~い。」(大樹)
俺はそう言われ洗面所へと向かう。
side3人称
「っ。フッ。はあ。あぐっ。ぐう。」(大樹)
「大樹!」(一夏)
「大ちゃん!」(マドカ)
家の扉の前で座り込み、嗚咽を漏らす大樹を見つけた一夏とマドカ。
「おい、大樹。大丈夫か。」(一夏)
「ふう!ふう!はあ、はあ、えぐぅ。」(大樹)
「大ちゃん。」(マドカ)
一夏は大樹に声を掛け、マドカは大樹の肩を抱く。それに大樹は止まらない嗚咽を漏らすだけで返答はしなかった。そこに家から探しに来た秋人と春奈も加わり、一同は家へ戻った。
side大樹
家に戻った後は俺はとにかくここまでの10年間で思っていたことを全て話した。俺の両親、兄貴、今までに胸の内に抑え込んでいたものを全て吐き出した。正直、ちゃんと話したとは言えない。途中から涙を流しながら、泣きながら話していて、言葉にならないものもあった。はっきり言って小さい子供のように俺は泣きながら話した。それを皆はただ黙って聞いてくれていた。俺の言っていることを否定するわけでもなく、ただ何も言わずに聞いてくれた。俺が全部を話し終えると、小父さんが
「ありがとう、全部話してくれて。」(秋人)
と言ったところで皆を見たら、皆同じ表情だった。それが拒絶とかじゃなくて俺のことを家族としてそれでも受け入れるものだって分かると小さい時以来に大声で泣いてしまった。その俺を小母さんは抱きしめてごめんねと言いながら頭をなぜていた。それもあって余計に涙が止まらなかった。
「はあ、すっきり。」(大樹)
洗面所で土を流して、なおかつ草むしりでかいた汗も流した。俺は同年代の子どもと比べるとかなり歪な成長をしてきたと思う。それがIS学園に入学した今年でやっとまともなスタートラインに立ったと思う。だからこそ、前の世界と違って、焦らずに行こうと思う。少しずつでも俺のことを受け入れてくれたこの家族に恩返しができるように。
今回はまあ親子喧嘩回ですね。大樹のキャラであればこんな感じでは無いかと思いながら書きました。それでは、次回。