脳筋にはなりたくない   作:スーも

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目標、いのちをだいじに



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日々を退屈に生きていた。平々凡々な毎日に飽き飽きし、何か面白いものでもないかと思いつつも新しいことを始めるには億劫。世の人々の大多数は思っていることであろう。

何か面白い事はないか、そう考えつつ、コンビニで買った缶ビール片手に友人の家へと向かう。月曜なのでジャンプも白いビニールの中に入っている。レポートを終わらせることを予定し集まるのだが、一人暮らしの大学生が酒を片手に集まって勉強するわけがない。飲みたいがための体のいい口実である。

 

朝のニュースで今夜は皆既月食だと言っていた。いつもならもう少し明るいはずの通り道が嫌に暗い、最近見たホラー映画の影響か少しだけ怖くなった。足早に道を急ぐと友人の家が遠くに見えてきた、カーテンが閉められてはいるが中が明るいことは分かる。先に飲み始めているのだろう。ほっとしながら、ちかちかと点いたり消えたりしている電灯の横を通り過ぎようとする。その時だった。電灯が明るく点いた瞬間、白い大きな何かが目の前に居て自分に襲い掛かってきた。突然のことで一歩も動くことが出来ず、そこから記憶が全くない。

 

 

────

 

 

気が付くと長蛇の列に並んでいた。周囲の人間たちはなぜか古めかしいが、決して上等とは言えないであろうぼろ布の着物を着ている。自分も同じような服を着ていた、自分の体を見渡すと、身に覚えがないのに右手に明朝体の無機質な字で『no.3507 NRT H.manager,4 N.B.』と書かれている紙の切れ端を持っていた。そこから先はなくなっていて何が書かれていたのかも分からない。

 

何が何やらさっぱりで混乱していたのだが、流されやすい事なかれ主義の日本人である俺は、とりあえず順番がもうすぐ来そうな列に並んだまま待っていた。

「次、北流魂街80地区更木だ。そこの扉から向かえ」

俺や周りの人間が着ているものより上等な黒い着物をきて刀を佩いている男に告げられた。

「は…ルコンガイ?ざらき…」

俺はそれを聞いて真っ青になった。早く行けと急かされ背中を押され、雑木林に着く。一人でしばらく呆然と立ちつくし考え込んだことで理解した。ここはソウル・ソサエティ、自分はおそらく虚に襲われてここに居る。あの黒い着物は死覇装で佩刀していたものは斬魄刀だ。この世界で最も治安の悪い場所が、俺が送られてきた更木地区。目の前の雑木林には血に濡れた刀や斧、傷だらけの死体が転がっていた。

 

平凡な日々に飽きていたとはいえども、ヨハネスブルクより危険な場所に身一つで放りだされてしまった、こんなのはこれっぽっちも望んでいない。冷や汗がにじみ出てくるが、こうしてはいられない。目の前の惨状とむせ返るような鉄の臭いに吐き気がする。虚に襲われ呆然とし何もできなかったあの事態を繰り返したくはない。震える手を叱咤しながら、切られた傷が多く失血死したことがうかがえる亡骸に突き刺さった刀を抜く。

錆はこびりついているし、欠けているが転がっている他の武器は自分で振り回せそうにない。刀を失敬したあと、死体やその周囲の状況を調べることにした。情報がなければ生きていけない、何もせずに死ぬのだけは御免だ。口を手で押さえながら、横たわる男たちの着物を調べていく。

 

刀が刺さっていた男の胸元には、銅銭が紐にくくられて入っていたので失敬する。その横で倒れている、殴られすぎたのだろう顔が原型を留めていない男は、おそらくここに送られてきたばかりの人間だ。比較的着ているものが劣化していない。

刀を奪って反撃したのはいいが相打ちになったのだろう、ここまで考えてぞっとした。一刻でもここに送られてくるのが早かったらこうなっていたのは俺だ、最悪だけは回避したにせよ、とにかく生きるすべを身に着けなくてはならない。俺は人の通った痕跡のある道の脇を、道から見えないように慎重に歩いて行った。

 

文明を求めて歩いていくにつれ、最悪なことに気づいてしまった。喉も乾くし、腹も減ってきたのである。食べなくても生きていける体であれば、最悪ここでも生きていける可能性があったのに、殺しあいが日常茶飯事みたいなこの地区で物資調達が必須事項となった。スーパーハードモード突入である。

 

霊力なんてものいらなかったのに最悪だ、確認してみたが体力も腕力も現代社会スペックのままである俺は、筋トレと体力作りから始めなければならないだろう。伸びしろが主人公のオレンジ頭くんレベルだといいなと遠い目になった。

 

原作ではソウル・ソサエティでも、病弱な人間や病で死ぬ人間がいたはずだ。ある程度清潔を心がけておかないと、疫病や感染症の危険もあるだろう。霊体だというのに衣食住どれも妥協できないとか最悪である。死神になるのも一手だが、なり方が分からないし、そもそも自分の霊力とやらがそこまで強いと期待できなかった、虚に襲われる直前までそれを見ることも感じることもできなかったのだから。

 

空腹に悩まされつつも人の喧騒が感じられるところまでたどり着いた。どうやら視力だけはかなり良くなったみたいで、木に隠れたまま人々の様子をうかがうことができた。あばら家が立っているが、歩いている人間は屈強な男たちばかりだ。

老人や女性、子どもが見当たらない。殴り合いが始まるも、無視か囃し立てるかのどちらかの反応しかないし、誰もが武器を持っている。でかいハンマーみたいなのもあるし、正直このまま町に入っても嬲り殺される未来しか見えない。

 

食糧調達が最優先事項である、ここの人間たちの大半は食べなくても生きていけるはずだ。集落に入っても、そもそも食料がある可能性は低いだろう。幸いなことに、おそらく今の季節は春であるし、山で暮らすのが一番かもしれない。

しかし弓や縄、シャベルなどを盗まないと山では生活できない。今なら殴り合いをしている人間たちが注目を集めているしチャンスは今だと、あばら家の中へ裏から侵入した。何軒かまわって必要なものを手にした。拍子抜けするくらいうまくいってしまったが欲は出さず山へ戻ることにした。

 

 

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山登りが趣味だった俺は、幸いサバイバル知識は豊富であった。熊やイノシシに襲われないよう木の上で自身を縄で幹に括り付け寝たり、縄でウサギやイノシシが引っかかるように罠を仕掛けたりと現代じゃ考えられない生活を繰り返した。

山ごもりの生活を始めて分かったことがある。俺は最初の身体スペックこそ現代日本人男子の中の上を少し超えるくらいであったが、ぐんぐんと体力も腕力も伸びていった。幸いなことに、2m先にいるウサギが逃げないくらいには気配を隠すのだけは最初から異常にうまかったのだ。そして狩猟生活を続けるうち、気配みたいなものをなんとなく察知できるようになった。

 

しばらく狩猟生活を続けたが、冬が来てしまったら家がないと凍え死んでしまう。それまでに、対人格闘もこなし集落に下れるように強そうな男たちを遠くから観察し、見様見真似で刀を振り続けていた。そしていよいよ刀を片手に集落へと足を踏み入れた、にやにやとガラの悪い男たちに囲まれる。

「おう、兄ちゃん、いいもの持ってるじゃねえか、それ置いていけよ」

「身を守る武器ですのでご容赦ください」

目を背けたら負けだ、気づかないうちに死んでしまうのだけはもう二度とごめんである。しっかりと目を合わせながら言った。それにしても、テンプレなガラの悪い男たちである、しかし何となくであるがそんなに強い相手だとは思えなかった。懸念事項であった、のちの更木剣八がいないことにほっとした。

 

「それじゃあここのルールを教えてやるよ、強いやつしか生きられねえとな!」

一斉に武器を持って襲い掛かってくる、しかし動きが遅い。野生動物、特に熊なんかよりは遥かにゆっくりだ、まずは一番近くに居た大剣を持った男に近づく、大振りな分超近距離では対応できないだろうからだ。そいつの手を引っ張って体勢を崩す、結果的に隣の男に大剣は振り下ろされ2人で共倒れを狙った。次に大槌を持った男の足を払って転ばす、最後にボスっぽい人間の懐に入り込みアッパーカット。山で半年間体を苛め抜いたおかげか、簡単に倒すことができた。

 

その集落ではそこそこ強かった男たちをのしたことで、ある意味認められたのか、恐れられたのかあばら家に住む権利だけは得た。以外とイージーモードなのかもしれないと3日ほどのほほんと暮らしていたのがフラグだった。

 

俺が倒した男たちは、他の更木地区の集落のチンピラの手下だったらしい。男たちより数倍強いやつらに襲撃された。腕や腹に傷を負ったが何とか逃げ切った俺は、痛すぎて脂汗がにじみ出る中、破傷風にならないようアルコール濃度の高い酒をかっぱらい傷口にかけ、動いているうちに内蔵が出てこないように何重にも布を巻いた。

初めて本格的に死の危険を感じた、頭の中で警報はなり続けるし、心臓の鼓動は収まらない。痛いのに涙すら出ない、ある種の高揚状態が収まらないでいた。

 

それから何度も襲撃を受け、何度も死にかけるような怪我を繰り返し、時には相手を手に掛けることもあった。相手が死なないように手加減することができるのは、一定程度実力が上である場合のみだということを知った。漫画やアニメみたいに、相手を殺さずに戦闘を終えるのは、特に荒事が日常茶飯事の更木では難しいことであった。

 

血の匂いや肉を断つ感触に吐いて、戦って、逃げて、それでも飢えれば死ぬ、反撃しなければ殺される、追いつかれれば奪われる。

なぜか分からないくらいに生きることに執着していた、生きるという生物の第一の本能には恐れ入る。現代社会で産まれ生きた倫理観や価値観は根幹にあるものの、仕方のないことだと日々を受け入れ、戦って戦って、戦って生き抜いた。

 

逃げ続けることも考えはしたのだが、すぐに追いつかれるし、逃げることで精神を削られ続けることよりも立ち向かう方が楽だった。元は知能派で性格的にも、本来罠を仕掛けたり、言いくるめたりする方が俺には向いているはずだ。しかし相次ぐ突然の襲撃や、言葉の通じないケダモノ達のせいで脳筋戦闘狂みたいな生活を強いられた。

憶していたり、泣いたり、震えたりしている暇なんてない、そんなことをしていたら一直線で死ぬだけだ。だめだ、やはり狂戦士寄りの思考回路になっている。どうやら俺のソウル・ソサエティでの人生はスーパーハードモードだったようである。

 

 

 


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