脳筋にはなりたくない   作:スーも

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飛雷神を使っていろいろと検証したところ、斬った場所に飛ぶ能力というよりも正確に言えば、斬った場所と斬魄刀本体、もしくは斬った場所と斬った場所を繋ぐ能力であった。

応用できる技として、口寄せの術のように本体がある方へ何かを呼ぶ、取り寄せる事も可能である。つまり四代目が使っていた飛雷神の術と口寄せの術のどちらも斬魄刀の能力で可能ということだ。

 

本体と斬った場所を繋ぐことはそう難しくはないのだが、本体から遠く離れてしまった斬った場所と、場所を繋ぐことは非常に難しかった。

霊圧のコントロールが困難で場所がずれたり、飛ばす対象の範囲を誤ったりそもそも発動できなかったりと結果はさんざんだったので、実戦で使えるものではないだろう。

 

あとは近距離で確実なダメージをたたき込める方法を完成させるだけで、俺の戦闘スタイルはかなり洗練されたものとなるはずだ。そうすれば脳筋を封印できるかもしれない。

掌に霊圧を集中させ、それを乱回転させ水風船を割れるようになったので、ゴムボールで特訓する。そう、螺旋丸の練習である。

飛雷神と螺旋丸の組み合わせは実のところかなり良い。一瞬で敵の近くへ移動し圧倒的な攻撃力を至近距離からたたき込むという無慈悲な技だ。

 

「修業は進んでおるかの」

「!夜一さん、お久しぶりです。」

「斬魄刀を使えるようになったと喜助から聞いたぞ。どれ」

 

瞬間、夜一さんの体がぶれて見えた。構えようとしたが間に合わず、夜一さんの足がもろに腹に入り地面に顔から滑り込む。

 

「やはりのお。今のままでは宝の持ち腐れじゃ。目も体も速さに追いついておらん。この程度の不意打ちに対応できんとは」

「ごほっ……そうですね、まずは速さに慣れないと」

 

でもいきなり蹴るのは酷くないですか。その言葉を飲み込んで、咳込みながら返事をする。言っていることは至極まともなので文句の言いようもない。

 

それからというもの夜一さんとの特訓する頻度が多くなった、俺が満身創痍でぼろ雑巾のようになって部屋に倒れこむのもそれに比例した。

スパルタ教育のおかげか忍っぽい戦い方は割と形になってきたようである。感謝の気持ちでいっぱいではあるのが、強いて言えばもう少しいい思い出が欲しかった。

殴られ蹴られ、温泉に入るのは俺だけ。服を脱ぐ音が聞こえてきたので、夜一さんが入ってくるのかと期待して待っていたら入ってきたのはテッサイさんだった時は正直、髭全部抜いてやろうかと思った。

 

夜一さんにあれだけ虐められていたのにほぼラッキースケベ事件がなかったことについて俺はキレていいと思う、少年誌の主人公ばかりずるくないか。太ももが顔に当たるっていうことはあったが足で首を絞められ、柔らかさを感じる前にすぐに意識を失ったのでノーカンで。

 

 

 

────

 

 

 

髭に使えない鬼道は才能が無いので諦めろと遠まわしに言われ、下駄帽子に螺旋丸に興味を持たれたりあーだこーだと議論を交わし論破され、夜一さんにぶっ飛ばされ続ける辛い毎日を過ごしたおかげか、以前より精神的にも肉体的にも強くなれた。

 

結局俺は自分が浮くであろうことが確定している霊術院には入らず、直で隠密機動、というより二番隊に入ることになった。俺の能力は使用がバレてしまうと一発で裁判行きなので能力使用をそこまで重要視されないであろうし、他の隊より馴れ合いが少ない隠密機動はとてもありがたい。下っ端なので事務作業や尸魂界の見回りの仕事がメインで、更木に居たころなんかより充実した毎日が送れていた。

 

ある日のことだ、任務として3人という少人数部隊で尸魂界の端を哨戒している時であった。特に虚が出現しやすいという地域でもないのに虚が出たらしく、2人は虚討伐に向かい、あと1人が報告へと向かうこととなった。

俺は初の虚戦ということで現場に残るように言われ、虚の霊圧がする方へと向かった。小部隊の隊長が虚と戦っている間、援護するように言われていたが何もできず呆然と突っ立ってその様子を見てしまった。

 

 

 

尸魂界に来て初対面である虚、あの日の光景がフラッシュバックする。遠くに見える友人宅、うす暗い道、点滅する電灯、仮面の化け物、白い光、千切れた鎖。ふざけるな、死にたくない、こんな化け物に殺されてたまるか。

 

血だ、小隊長の肩が噛みつかれ血が舞った。叫び声が上がる、この光景に見覚えがあるような気がする。

 

 

仮面の化け物と血、その赤を流したのは俺だった。即死の傷ではない、爪を振り下ろされ腕をかすった程度のものだ。第三者視点で見ているみたいだ、倒れ行く自分と目が合う。その目は決して死にゆく虚ろなものではない、誰よりも生きようとしている人間の目であった。俺は俺自身に手を伸ばすが届かない、白い光に呑まれる中、最後まで見えたその目は生き残りたいということを強く、強く訴えかけているように感じた。

 

そうだな、俺は生き残らなくては。そして元に返るよ。

一瞬のフラッシュバックが妄想なのか記憶なのか判断がつかないが、虚との対面が俺のトラウマスイッチだったらしい。以降こんなことが無いようにしなくてはなるまい、戦闘中に棒立ちとか死を自ら誘き寄せているようなものだ。

小隊長はもう虫の息なので助けなくてはならない、虚にふっ飛ばされ意識を失っている。俺が霊圧を出し威嚇すると小隊長に止めを刺そうとした虚がこちらを振り返り、向かって来る。

無表情でクナイを投げるが、思ったよりも固かったらしい、虚の外殻にはじかれる。しかしそんなこと俺には関係ない、真上に飛んで螺旋丸を上からたたき込む、地面までえぐれ半円状の跡がついた。最後にすでにぼろぼろで虫のようにピクピクと動いていただけの虚の喉元を飛雷神で掻き斬る。

 

派手にやりすぎてしまったかもしれない、螺旋丸の痕跡が残りまくりだ。ともかくも死にかけの小隊長の治療をしなければならない、俺が呆然としていたせいで申し訳ないなと思うも、弱すぎではと考えてしまう気持ちもある。多少の心得はある回道で応急処置だけ終わらせ地面へと座り込む。

報告に行ったもう一人が呼んだ応援が近づいてくる気配がする、もう大丈夫だろう。

 

「あーー虚に対してものすごい嫌悪感が湧くから虚退治したくありませんとか言えないだろうか、無理だよな。」

事実、恐怖、嫌悪感、憎しみ、反発、ごちゃ混ぜにした感情があれには湧く。虚自体は瞬殺したが精神的に非常に疲れた。速く小隊長と俺を回収してくれ。

 

 

────

 

 

あの光景を見たことで「生き残る」という目標を再度確認できた。そこでそれを第一に置いた今後の方針を見直すことにした。死なないように強くなり、原作主人公が活躍するまでとにかく鍛え生き残り、そしてその実力を持って藍染を倒す。

 

───??

待てよ、俺が手を出さなくとも黒崎一護が藍染を倒してくれるというのは誰よりも一番俺が分かっていることではないか。ここまで強くなれたのだ、尸魂界でただ生き残る分には十分だろう。俺はなぜ強くなって藍染を倒すことに固執してしまっているんだ。

原作が始まる前に元の身体に帰る方法が見つかるかもしれない、別に藍染を倒すことなくさっさと帰ってしまえばいいのだ。

 

──いや、それでは駄目だ。元に返れない。

最後に見た俺自身のあの目が思い浮かび、頭の中に声が響く。俺は藍染に盗られた。そうだ、崩玉の材料としてあいつは死神もしくは死神と成りうる存在の魂を材料として使っていたはずだ。俺自身の魂の一部をやつに奪われた。

 

この時天女の羽衣伝説のことがふと思い浮かんだ。古今東西、別の世界に迷い込んでしまった者が帰るためには何かしらの道具が必要であったり、条件があったりする。それはただのおとぎ話だが、俺にとっての羽衣とは何なのだろうか。

ヨモツヘグイだった場合は悲惨だが、現世の高校生たちが尸魂界に侵入し食べ飲みしても帰れていたしそれはない……と信じたい。死者の国から帰るためにはその国で食べも飲みもしてはならないという話だ。その場合本当にどうしようもなくなる。

この手の話に共通するものとして、服しかり身体しかり、元の世界に帰るためには別の世界に来たときと同じ完全な形でいなければならない、ということが一つ挙げられるだろう。

 

つまりだ、何が言いたいのかというと俺の魂は完全な状態でなければならないという条件が日本に帰るために必要だったりしないだろうか。そもそも欠けてしまった魂では身体の方が拒否反応出しそうだ。

 

そうだとすれば藍染を倒すだけでなく、崩玉を壊す、もしくは俺の魂だけをそれから取り出すということが必要になってくる。このためには原作通りの流れでは足りず、俺が積極的に動き藍染から崩玉の情報を奪わないといけなくなる。

 

うん、頭の中の声───直感みたいなものがその通りだと言っている気がする。本当に命の危険に陥った時、生きたいと願いシグナルを出してくれていたのは、俺の置いてきてしまった身体だったのかもしれない。言い換えれば肉体に生来備えられている生存本能みたいなものだろう。

そうだとすれば俺は自身の身体と何らかの形で繋がっておりむこうに帰れる可能性に希望が見えてくる、気がする。

まあそもそも身体と魂とやらは完全に分離独立できるものなのかという哲学的な問がここには存在するのだが、それは考えないことにする。

 

過程に過程を重ねた話ではあるが、そのために藍染と真っ向から敵対しなくてはならないということについては今だけは現実逃避させてほしい。

遠くで夜一さんと砕蜂がはしゃいでいるのを屋根の上から見ながらそう考えた。あの空間だけめちゃくちゃいい匂いがしそうだな。あ、砕蜂が撫でられて照れてる。和む。

 

 


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