脳筋にはなりたくない   作:スーも

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「嫌だ!!!やめろ!!!!!」

 

正体不明の男はそう言ったが、許しを請うにはもう遅い、実験は既に始まっていた。実験を行った霊力の低い死神や流魂街の者とは異なる反応であったので、藍染はデータを取るため様子を見た。

最初は何も起きず意識を失ったように体が動かなくなった。そのまま魂魄が虚化に耐えきれず霊圧を完全に遮断する外套を残して消えるだろう、呆気ない終わりだと予測された。

しかし、その後すぐに様子が変化した。黒い外套のせいで霊圧の変化を感じられないが、全身真っ黒だった男は虚化していき、パキンと腕のあたりから何かが壊れた音がした。

 

───グオオオオオ!!!!!!!

月を仰ぐ獣の咆哮が空へと響く。

狐の面の様な物が顔に現れ、徐々に全身が白く変化していった。藍染が発動していた縛道が音を立て崩れそうになっている。鋭い爪を与えられたその男は吠えながら動きを封じる縛道を解こうともがき、全身が虚化したと同時に終には戒めから解き放たれた。

 

「面白い、失敗作とは言え他と魂魄の反応の仕方が異なるようだ。少し君に興味を持てたよ。」

男は随所に狐のような特徴を持つ虚へと変化していきながらも人の形を保っている、中途半端な姿であった。叫ぶのをやめ、藍染の方を向いた。地に手をつき、獣が襲い掛かるような姿勢を取った。

 

「見るに耐えない姿だ、それ相応の振舞いを身に付けることを勧めよう。獣は獣らしく地に這いつくばっておくといい。───破道の九十 黒棺」

虚化した白黒の男は襲い掛かろうと地を蹴った、その勢いで纏っていた外套が脱げ、辛うじて首元で体に留まっているという状態になる。藍染の一手の方が早く、男は重力の渦の中再び地へと伏すこととなった。

 

男の外套が剥がれたことで、冷たく、重々しい、しかし荒れ狂うような霊圧を藍染は感じた。言うなれば理性などは期待できない破壊衝動に狂ったケダモノ、獣と呼ぶには高尚に過ぎよう。

 

───グルルオオオオオオオオ!!!!

 

「耳障りだ。その口を…………!!!」

男はまた叫びながら暴れようとするが、身体が思うように動かないようであった。そのまま黒棺で押し潰してしまおうと藍染が更に霊圧を込めようとした、その時であった。

 

男の口の前に霊圧が集まっていき、丸い塊が出来ていく。霊圧の高さから見るに詠唱破棄した断空では防げないと考えた藍染は、自らに向かって放たれたそれを瞬歩で避けた。

黒棺の術中でも曲がる事なく一直線に向かってきたそれに、藍染は少し驚いような様子を見せた。

 

「今のは虚閃……いや、それとは似て非なる物か。」

霊圧の集まり方やそれを打ち出す方法、圧縮密度、それらは全て虚閃とは異なっていた。浦原喜助でなかったのは残念だが、代わりにいい実験体に巡り会えたようだと藍染は考えた。

 

 

─────

 

 

「俺の心象風景とは言え、現世で住んでいた街をこうも破壊されると胸糞悪いな。」

暴れ狂う化け狐を見ながらそう思う。早速近づき螺旋丸を打ち込んで見たのだが、よけい激昂させただけで、やはりと言うべきか暴走は全く止まらなかった。

その後尻尾の一振りで遠くまで飛ばされ、アパートの壁へと打ち付けられた。

 

身体についたコンクリの破片や埃をはたきながら飛雷神に問うてみる。身体の其処彼処の傷は放置だ。

「あの、全くあれを倒せるビジョンも御せるビジョンも見えないんですがどうすればいいんですかね?落ち着かせるのはもっと無理。」

──君の一部だろ、あれは。そんな投げやりだと乗っ取られて御仕舞いだよ!それと封印はオレの得意分野だ、力になれると思う。

 

「よっし、封印の方向でいこう!」

───ん!それじゃあまたあの神社の方に誘導してくれ、ただ今のままじゃ封印されてはくれないと思うけどね!

 

現実の俺がどうなってるかは分からないが、絶賛暴走中だろう。もうこうなったら脳みそ筋肉通り越して、脳みそすっからかんレベルで暴れて回っていることを願う。どうか藍染相手に生き延びといてくれ。

 

九尾と対話をするのは封印した後だ、虚化を任意で操る術は現世に逃亡した一行に聞けばいい。今はとにかく一刻でも惜しい、そう易々と封印はされてくれ無いようなので、ダメージを入れるべく気合いを入れ直し九尾と向き合った。

 

問題はスケールの違いだ、螺旋丸を当てた所でどうにもならなかった。俺の螺旋丸が発展途中にある事もあるだろうが、何か他にダメージを入れる方法はないのか。

 

「!!」

 

九尾の様子を見ていたら口の前で超圧縮した禍々しい霊圧の塊を作り此方に飛ばしてきた、瞬時にその塊に切っ先を向けた飛雷神を発動させ、九尾にその塊がぶつかるように、別のマーキングの点へと空間を繋げ飛ばす。

塊は思惑通り九尾に直撃した。しかし期待していたよりはダメージが入っていない。相手の攻撃をそのままぶつかるのはいいアイディアだと思ったのだが。

 

───鬼道では無理だ、俺の霊圧は馬鹿高い訳ではない。忍術を模した鬼道でも同様だろう、大技の開発は成功していない。尾獣玉以上の威力なんて以ての外だ、残るは本来は対虚用の武器である斬魄刀で斬る事くらいしか思い付かないが……

 

ある事を思い付いて斬魄刀に霊圧を集めてみる、イメージは風だ。風を放つ鬼道を詠唱する際に、込めるような霊圧を纏わせる。

とにかく相手を斬る事だけを考えた、より鋭くより硬く、その状態を維持したまま、マーキング済みのクナイを逆の手で九尾の頭上へと投げ、そこへ飛んだ。

 

上から一気に下へと振り下ろす、ザシュッと音がし、血潮が飛んだ。

切り落とす事は不可能だったが、急所であろう首へのダメージは入ったようだ。

 

「螺旋丸!!!」

その勢いのまま九尾の顔周りをくるっと一周し、続けて目へ螺旋丸を叩き込んだ。

やはりその瞳に理性は宿っていなかった。飛雷神の言う通り崩玉のせいで暴走しているのだろう。

 

額へと乗り、そのまま挑発するように笑みを浮かべ見下ろす。此処までの巨体を運んだ事などないが、距離はそれ程ない。そのまましゃがみ込みマーキングを施した。

 

「距離およそ500m、一気に飛んでやる!!!!」

霊圧がごっそりと持っていかれる感覚がした。白く光った後に見える景色が変わっていた。社も鳥居も粉々になってしまった神社の上へと飛べたようである、成功だ。

 

「お疲れ様、あとは任せてもらっていいよ。」

刀から人型へと変わった飛雷神が何やら印のような物を結んでいる。倒れた九尾の上に乗り、手を付けた飛雷神を中心に黒い文字のような物が放射線状に蠢く。

そのまま光って、目が眩んだ瞬きのうちに社が元に戻った。しかし社の目の前の鳥居は以前あった物より小さく弱々しい感じがした。

 

「なぁ、もしかしてこれって藍染に崩玉を使って何かされる前に俺の中にいた?」

崩玉によって虚化した、というより崩玉をキッカケに虚が現れた、という感じがしたのでそう飛雷神に聞いた。

 

「ああ、居たよ。オレよりも先にね。」

「斬魄刀より先にか…………。それは分かった、それで此処に封印してたってことか?分かりやすいけど何でこんなとこに。」

「ん!此処にした理由は君の中の『封印』ってイメージが一番強い場所だったから。あと一つ強い所はあったけど、君の狭いワンルームの部屋の小さな押入れに封印する気にはなれなかったな。」

「お気遣いいただきありがとうございます!!!」

 

封印したい物など誰しもが持っている、その場所が俺の場合たまたま押入れの奥だったという話だ。そんな所からお宝どころか九尾が飛び出てくるなんて真っ平ゴメンだ。というかあっちも我慢ならんだろう。俺の斬魄刀の英断に感謝しかない。

 

「さぁ、ここからが本番だ。もう目を覚まさないとね!」

 

 

────

 

 

藍染の持つそれ程ではないが、かなりの霊圧が込められた塊が放たれた後、男の様子がおかしかったので観察に徹した。

咆哮を上げ苦しんでいた、右手の方から徐々に虚化が解けていく。本来の腕が見えてきていた。四足歩行を止め、立ち上がって人の形へと戻っていった。

霊圧や魂魄も死神の物へと変化していった───いや、これは人間の霊圧か?──微かに感じた違和感を藍染は見逃さず対象を観察していた、人間らしき霊圧の原因は不明だが、これは初の成功例かもしれない。

 

男は最後に残った虚化の名残である仮面を片手で剥ぎながら逆の手で外套を被り直し、完全にすっぽりと真っ黒な衣服で身体の全てを覆い隠す状態に戻っていた。

 

最後まで徹底的に正体を知らせない気でいるようだ。いつまでその気でいられるかな、と再度藍染が鬼道を放とうとしていた瞬間、男の斬魄刀が光って目の前から消えた。

 

「……消えた……だと………!」

今の能力は空間に作用するもの、空間転移などの類いであると藍染は確信を抱いた。斬魄刀がそのような能力を持つのであれば、あそこまで正体を悟らせなかったのも納得がいく。

普段から隠すことに長けており、かつ盲目──盲目の演技かもしれない──の死神をあぶり出す事を藍染は決めた。浦原喜助と共に姿を消していない限り、瀞霊廷にいる筈だ、可能性としては五分五分というところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

藍染が傍観者を決め込み此方の様子を伺っている事が分かったので、虚の仮面を剥ぎつつ外套を被り自身の位置を確認する。

藍染と戦ってくれていた"俺"は研究室からかなり離れた所で暴れていてくれていたらしい、そのまま飛雷神を発動し研究室まで飛んだ。

一手遅れたらまた地面に伏すはめになっていたかもしれない。とんでもない霊圧しやがって、あの眼鏡がちょっと鬼道を使用しようとする霊圧で既に俺は敗北感でいっぱいである。

 

そのまま研究室一体を根こそぎ双極の丘の下まで転移させた。安心して疲れが押し寄せ、その場でズルズルと地面に倒れ込んでしまった。一体俺は今日だけで何回地面とキスをしたのだろう。

忘れていたが、俺は怪我人であった。手も足も腹も傷だらけで満身創痍だ、霊圧も綺麗にすっからかんである。特に藍染に抉られた腕は重症で血を止めようと二の腕を強く握る。

 

───ない。浦原に作ってもらった人間の霊圧を誤魔化す装置がない。

虚化の時に身体が変化し壊れてしまったようだ。ふざけんなゴムみたいに伸びる素材で作っとけと頭の中で浦原をボコボコにするも時間は帰ってこない。

 

藍染に俺の本来の霊圧を悟られた可能性がある。

ぞっとして背中に冷や汗が伝った。飛雷神も見られたのだ、藍染に目を付けられた可能性があり過ぎる、今回ばかりは自意識過剰じゃないだろう。

空間転移の能力、浦原喜助の関係者、虚化し自分の力で元の姿へ戻ってきた実験体───加えて変な霊圧──俺も科学者というか実験している人間の端くれだから分かる。こんな特殊例、絶対実験対象として見逃したくない。

 

何も考えたくない俺は服を脱ぎ捨て、温泉へと頭から突っ込みそのまましばらく浮いていた。

 


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