脳筋にはなりたくない   作:スーも

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馬鹿でかい虚と藍染連戦という怒涛のデスゲームを切り抜けた俺は、休む間もなく通常出勤した。前者はそもそも心象風景の話で挙句に飛雷神が封印し、後者は九尾が暴れまわったおかげで俺の勝利条件を果たせたということで、人任せもいいところであるが目をそこは瞑っておいて欲しい。

 

きちんと十二番隊に顔を出さないと不自然なので、温泉効能と回道を使って見た目の傷は完璧に治療した。そして休む間もなく出勤である。目の下のくまを隠せている気がしないが爽やかさだけは失わないよう普段通りを心がけて隊舎へと向かった。

責任者が消えたことで、局員の一人が心労を負っているとすれば疲れは見えて当然であるし、いい感じに周囲は誤解してくれるだろう。

 

「何という事だネ!?無事な試料とそれ以外を早急に分けたまえ!今日から私が技術開発局局長だヨ、さあ命令に従ってもらおうか。」

案の定研究室がずたぼろなのを見て涅マユリが頭を抱えて叫んでいる。俺を指差し命じてきた、言われる前からそうしているので安心してほしい。隊長も副隊長も失踪した直後だ、通常通りの業務は不可能であったが原因不明でぼろぼろになった十二番隊隊舎やその付近の復旧のため、俺は局員の一人として働いた。

 

原因不明ということになっているが、技術開発局の惨状はだいたい俺のせいであるので多少の罪悪感はあるが、俺が暴走する原因を作り出したのも他の何もかも全て藍染のせいなので仕方がない。涅マユリの実験器具の一部が強烈な振動でパーになっていてまた絶叫している。

 

技術開発局の資金獲得、まあ科研費みたいなものを調達するのは大体俺の仕事であったので俺も叫びだしそうである。またややこしい書類揃えて、美辞麗句を書き連ねなければならない、損害は局全体の6割という所だ。涅特注の実験器具一つにいくらかかると思ってんだ、自分で自分の仕事を増やしてしまった……いやそれもこれも全て藍染のせいである。

 

 

 

 

 

「あの、十二番隊の方にこれを渡すようにと藍染副隊長に頼まれて来ました。」

「………」

 

───今は名前さえ聞きたくない、例のあの人は早速十二番隊から探ることにしたようだ。混乱に乗じてという所だろうか、早急すぎやしないか?

 

今は総員で作業中である、その男の発言はそこまで大きな声ではなかったが誰かしらの耳には入ったはずだ。しかし誰も反応しない、おかしい。そのまま何も聞かなかったふりをし周囲と同じく無視を決め込んだ。

見知らぬ男がその発言を終え一拍ほど置いた後、涅マユリがその男に向かって発した言葉に耳を疑った。

 

「藍染副隊長、いやもう副隊長ではなくなるのかネ?何の用だ、見ての通り私は忙しいんだヨ」

「」

「結構だ。もうここは私の研究室だ、関係者以外には立ち入られたくもないのでネ。」

「」

 

察するに周囲には涅マユリと藍染が会話をしているように見えているらしい。俺には謎の男が突っ立って藍染の指示通り預かりものを渡そうとし、すげなく断られているようにしか見えない。

 

──あの野郎早速カマかけに来やがった!!!!!

これが鏡花水月の能力か、気が狂いそうだ。周囲の行動と目に見える現状がちぐはぐすぎて、自分一人別世界に立たされているような気すらしてくる。

鏡花水月にかかっていない人間と催眠下の周囲との違いが浮き彫りになるのも当然だ。早速、事を仕掛けてくるのもうなずける、正直想像以上の効果であった。これなら鏡花水月にかかっていない人間をあぶりだすなんて簡単だろう。

 

 

足音が聞こえてくる、相手が自分より圧倒的な強者であることを自覚せざるを得ない重く強い霊圧と共にこちらへと近づいてくる。

足音は二つ、歩幅が異なるようだ。体格が小さい者も来ている、どうやら市丸も一緒らしい。

 

────普段通り、いつも通り、この霊圧に反応するな、少しでも霊圧を出せば昨晩消えた男が俺だとばれる、藍染の名に過剰反応をしてはいけない。俺は人当たりのいい藍染副隊長と人嫌いの涅マユリの会話に巻き込まれたくなくて淡々と作業を進める技術開発局の一局員だ。

 

「波風さん、お久しぶりですわ。」

「!!」

背後から刀の柄で小突かれた。わざと目立たせるような真似をするなんて一体どういうつもりだ。市丸の存在について気づいていないフリをした方が良かったのではないのか?こちらとしては藍染の目の前で取り繕える自信なんてひとかけらも無い。

 

 

「何でこんな所にって顔してはるな、まあボクは狐らしいしなあ?」

「そうですね、急に現れてからかわれるこちらの身にもなって下さい。狐につままれるのはもうこりごりなんですが……今見ての通り忙しいのですけど。」

「なんや、面白みのない人や。」

「」

「ああ、藍染さん。この人は技術開発局の雑用係や、前ボクもちょっと世話になったんですわ。」

市丸は俺をかばってくれているのか?視線が噛み合う、この流れならば……

 

「……初めまして。一方的に藍染副隊長のことは存じておりますが、きちんとご挨拶するのは初めてですね。技術開発局の研究助手兼十二番隊の十九席を務めさせていただいております波風といいます。」

そう言って、市丸が藍染と呼んでいた藍染とは似ても似つかぬ見知らぬ男へと頭を下げた。俺の斜め後ろで本物の藍染がこちらを視線を投げかけているのを感じていた。

 

「相変わらず固いなあ、波風さん。ほんならまた。」

おそらく偽の藍染が何か返事をする前にさえぎってくれたのだろう、この感じだと藍染が探りに来た本命は涅マユリだな、おそらく波風に対してはそこまで興味を抱いていない。

しかし、波風は浦原喜助と同様二番隊からこの十二番隊に移籍した死神だ、調べる必要はあったのだろう。先に市丸が声をかけてくれていて助かったのかもしれない。

 

「せめて忙しくない時にお願いしますね、今心労で倒れそうなんです。一体いくつの書類と格闘しなければならないのか」

そう言った後、溜息を吐きながら、見知らぬ男に一礼に作業に戻る。下を向きそれに没頭している様子であればそう声もかけてこないであろう。

 

───あの時、軽率に藍染の名に反応し見知らぬ男が持っていた書類を受け取っていたらどうなっていたのだろう、想像してぞっとした。

 

後になって市丸に聞いたのだが、あの時周囲に見えないようにしていたのは本物の藍染1人、周囲に市丸はそのままの姿で映っていたらしい。そういう事なのであれば、市丸の存在に気付かないフリをするのは得策ではなかった。彼のファインプレーで救われた、本当に頭が上がらない。

俺が藍染に捕まって困るのは市丸もだが、同様にというかそれ以上に俺を助けるリスクは大きかった筈だ。助けてくれた恩くらいはいつか返そうと思う。

 

藍染との探り合いは精神的に非常に疲れる。護廷十三隊に一人残って、情報収集し続けるということはずっとこのような思いをし続けなければならないということなのだろうか。いつか胃に穴が空きそうだ。

松本乱菊のため、自分ではない誰かのためにずっと藍染の下で虎視眈々と下剋上を仕掛ける機会を伺っている市丸ギンの精神構造はどうなっているのだろう。俺は絶対無理だ、胃に穴が空く程度じゃ確実にすまない。

 

それにしてもこちらはあの胡散臭い眼鏡が視界に入るだけで気分が害されるというのに、一方ヨン様は何とも元気なものだ。

実験、隊長としてのお仕事、鏡花水月、エトセトラ、と俺よりやってる事は多いはずなのに全く疲れを見せていない、いつ寝てるんだよあいつ、化け物か何か?

昨晩の実験なんて日常の内の些細な出来事でしかないということなのだろうか、こちらはまさに生死をかけた戦いであったのにその余裕を少しくらい分けてほしいものである。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

昼の業務を終え、すぐに双極の丘の下へと向かった。浦原へ届けなければならないものが大量にあるし、俺自身の資料もある、振り分けて現世へと送らなければならない。

一週間ほどろくに寝れていないせいでふらふらであったが、それらを仕分けて自身の研究室も丘の一角に作り、昨晩同様温泉の中に倒れ込んで浮いていた。もうこのまま寝れる。

 

「随分と忙しいようじゃな、喜助に渡す分はあの一帯の物かの?」

「ええ、そうです」

「では儂が持っていこう、おぬしにもあやつらの潜伏先を教えなければな。」

「お願いします…………って夜一さん!!??」

 

声のするほうを向いて見ると可愛らしい黒猫が湯につかっていた。俺はすぐさま下半身を湯の中に沈め、桶の中に置いていた布を取り腰に巻いて露天の縁に座る。なんでだ、ふつう逆だろう……

 

「十二番隊隊舎の襲撃事件の犯人は喜助ということになっておるがあれはおぬしの仕業じゃな?」

「浦原のせいになっているんですか。藍染の仕業ですよ、浦原の研究諸々を奪取しようとしたので俺がそれを邪魔しようと四苦八苦した結果です。」

「つまりおぬしの仕業じゃな、何が起きた。」

夜一さん、一体どこからその情報を仕入れたのですか、俺より耳が早いってどういう事と思わなくもないが、相手は隠密機動隊元トップだ、もはや何も言うまい。

 

「藍染が俺を実験体にしようとして、俺が暴走した結果ですね。」

「!自力で死神へと戻ったのか!」

「俺の斬魄刀は封印といった類も得意だそうでして、今のところ何とか戻って来れましたが、不安定のように感じます。できるだけ早く浦原には虚化の克服法を開発してもらわないと何がきっかけで俺の中から虚が出てくるか分かりません。」

「斬魄刀の力か、そうであるなら他の者には使えんな。……喜助にもそう伝えておこう。」

「ありがとうございます。ところで今日藍染の能力を目の当たりにしたのですが、やはり恐ろしい力です、戦闘時に使われたら何が起きたか分からないまま絶命という事になってもおかしくありません。」

 

そう言って今日起きた出来事についても語った、市丸の事は誤魔化しつつ周囲の様子と俺の見る景色のちぐはぐさを伝えた。

藍染側にこちらに協力してくれているスパイが居ることは、聡い夜一さんの事だ、何も言わないが察しているかもしれない。

 

「藍染と実際に対峙して、おぬしの目から奴はどう映った?」

「勝てる気がこれっぽっちもしませんね、鏡花水月の能力抜きで。そもそもあれは馬鹿じゃ使いこなせない能力でしょうが、頭も霊圧も今の尸魂界に比肩する者が居ない。俺の能力を持ってしてさえ、逃げ延びることが出来るかは賭けでした。」

「そうか、状況は想像以上に逼迫しておるようじゃの。護廷十三隊も四十六室も奴の能力の支配下、信じられるのは己のみか。波風、儂も含めすべてを疑い続けよ、油断するな、信じるな、必要とあらば周りを見捨てろ。おぬしが立ち向かうのはそういう相手じゃ。」

「……ハイ、軍団長閣下」

 

ふざけたつもりなど無いのだが、猫の爪に引っかかれた。仕方がないじゃないか、こんな状況になってしまったが俺の中の夜一さんは師匠で、恩人で、上司の、尊敬するべき人なのだ。不貞腐れたような黒猫を見て、引っかかれて痛いはずなのに何故だか笑いが込み上げてきた。

 

情に棹せば流される、か。人と関わる事など殆ど無かった更木での生活とは大違いだ。精神的にきつい事は、死神になってからの方がずっとずっと多い。まぁ更木での生活なんて思考を停止して生存本能のみで刀を振り回していたようなものだしな、まさに脳みそ筋肉生活である。

命と仲間以外の何もかもを失うと分かっている少女を見捨て、大恩を受けた人達を疑い利用し、ただ独り自分だけを信じ続けて藍染と探り合い、なんて辞めて現世へと移住したくなる。こんなに感傷的な気分になるなど俺らしくもない。

 

見失うな、俺の最終目標は自身のあるべき場所、あの退屈だった日常へと帰ることだ。それを願うのは正しく俺自身だ、俺と……おそらく現代に置いてきてしまった俺の身体は、生きのび、元に返りたい、そう思っている。

 

現世に行けば、夜一さんもテッサイさんも浦原もいる、きっと文句を言いつつも楽しかった四楓院家居候の時みたいに過ごせる。藍染だって黒崎一護が倒してくれるだろう、知識も情報もツテもある、必要以上の援護だってできる筈だ。

だけどそれでもきっと、俺は自分は異邦人であるというこの感覚を忘れられない、そして彼らは何も言わないだろうが、それを悟ってしまう。今ここで逃げてしまっては、俺はずっと、地に足を付けず、宙ぶらりんでこれから生きていく事になるだろう、それは我慢ならない。

 

「夜一さんが此処にいてくれてよかった、少しだけスッキリしました。俺は人でなしであり続けますよ、この尸魂界で藍染相手に必ず生き残ってやります。だって、生きたいと渇望するのは誰よりも俺自身なのだから。」

そして、藍染の崩玉から奪われた物を奪い返し心象風景でない、現実のあの場所へ帰る。

 

色々と吐き出せた事で藍染によって連日受けた精神的ダメージが回復した気がする。じと目で見てくる猫の頭に手を乗せた、そのまま横に動かす、黒猫は大人しく撫でられてくれていた。

先程とは違う、心からの笑みがこぼれた。やはりアニマルセラピー効果はすごいようだ。

 

 




なおこの後ハッとなって上裸で褐色美女の頭を撫でている事実に気付く模様

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