美城高校歌留多部   作:こつめ

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第1話

 あぁ、これは駄目なやつだ、と思った。

  相手陣はもうラスト1枚、右下段に置かれた一字札だけしか無いのに、自陣にはまだ9枚もある。おまけについさっき、敵陣で抜けそうだった、抜かないといけなかった二字札を守られている。

 むしろよく頑張った方だよ、束差あったのをここまで粘ったんだから、なんて考えが暗記を回し疲れた頭をよぎる。

 そんな考えを振り払うように、暗記に集中する。『かく』は他の『か』札は全部出たからもう一字決まり、『よも』は『よを』がまだ出ていないから気をつけて、『たち』は……あれ、何字決まりだろう。『たか』って出たっけ?そういえばこの『なにわえ』ってもしかしてもう一字決まり?

 混乱してきたところで、下の句が詠まれ始めてしまった。分からない決まり字を考えても仕方ない、分かってる他の札を取ろう。そう決意して詠みに意識を向けたけれど。

 

『たちわかれ---』

 

 詠まれたのがついさっき狙いから外した『たち』であると認識した時にはもう札は払われていて、相手陣のラスト一枚がこちらに送られてきていた。

 ありがとうございました、と相手と読手に礼をしながら、やっぱりあれはもう一字決まりになってたのかなー、なんて考えていた。

 それが私の、最後の試合だった。

 

 最後の試合に、する筈だった。

 

  彼女に出会うまでは。

 

 

 

 

 

 4月、年度の始め、出会いの季節。1年の中できっと1番出会いの多いこのタイミングで、私も新しい出会いをする身になった。

 東京の学校に転校。

 親の仕事の都合、なんていう珍しくもない理由だ。大阪に未練がない訳ではないが、元々大学は東京の方のものを受ける予定だったので、時期が早まっただけというくらいの認識だった。

 学校の最寄り駅で乗っていた電車から降りる。快速電車は停まらない駅にしては栄えてるな、というのが下見に来た時の印象だった。

 駅からは徒歩で10分。ずっと真っ直ぐ行くだけなので迷う事もない。歩いている間、色んな事が頭をよぎった。

 友達はちゃんとできるかな。勉強はついていけるかな。

 そんなことを考えていたら、いつのまにか校門へ辿り着いていた。

 都立美城高校。

 そう書かれた校門をくぐり、玄関へ向かう。下見に来た時言われていた通り、職員室へ。

「失礼します」

 ノックをして入ると、私を待っていたらしい先生がこちらにやって来た。

「おはよう、前川さん」

「おはようございます」

「昨日はよく眠れた?」

「いえ、あまり……」

「まぁ、無理もないわよね。でもきっと大丈夫よ、みんないい子達だから。それじゃあ行きましょうか、みんな待ってるわ」

 先生に続いて教室へと向かう。その間もずっと緊張しっぱなしだった。

 教室の前に着いた。先生がドアを開けて入って行く。私もそれに続いて入り、教卓の前に立った先生の後ろに立つ。教室中の視線が飛んできているのが分かる。

「おはようございます。まずはみなさんに転校生を紹介します。それじゃあ前川さん、自己紹介を」

 先生に促され、私は一歩前に出た。

「大阪から転校してきました、前川みくです!よろしくお願いします!」

 ちょっと声が震えた気がするけど、なんとか言えた。

「はい、ありがとう。みなさん、前川さんをよろしくね。前川さん、席は1番後ろの空いているところね」

 こうして、私の新しい学校生活が始まった。

 

 

 

 転校生というのは未知の存在だ。なので最初に質問責めに遭うのは予想していた。しかし。

「みくちゃん、私の部活に入ってくれない?!」

 第一声で部活動に勧誘されるとは思ってもみなかった。突っ込みどころ満載だけど、まずは。

「ええと……。……なんて名前だっけ?」

「あ、そっか、まだ言ってなかった。私、多田李衣菜!よろしく!」

 いきなり声を掛けてきた隣の席の彼女は、元気にそう名乗った。

「うん、よろしく、李衣菜ちゃん。……じゃなくて」

 名前を知ったところで話を戻す。

「……部活?」

「そう!厳密にはまだ同好会なんだけどね!今年新入部員を増やして部にする予定なんだ!というわけで、まだ入る部活決まってないなら、どう?」

 部活かぁ。時期が時期なので考えていなかったけど、新設の部なら入ってもいいかもしれない。

 そこまで考えたところで、肝心の何部なのかを聞いていないことに気づいた。

「というか、何部なのかにゃ?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

「競技かるた部だよ!」

 

 一瞬、思考が止まった。

 競技かるた部。

 それは、大阪で私が所属していた部活だった。

 そしてそれは、もう2度と私が関わることのない筈の部活だった。

 

 

 

 私が高校でかるた部に入ったのは、憧れからだった。

 部活動紹介で模範試合を見た。競技かるたなんてものはその時初めて知ったレベルだったけど。

 かっこいいな。

 そう思わされた。そしてその勢いだけで、入部届けを出した。

 この学校は、県内でも有数の強豪校だった。近江神宮で行われる全国高校選手権、通称『近江』にも出場経験があった。当然新入生の中にも経験者が何人もいた。初心者の私は、追いつけるように必死で練習についていった。

 その甲斐あってか、夏が終わる頃にC級、春が来る頃にはB級になれた。経験者のみんなに追いついた気がしていた。けれど、そこまでだった。

 勝てない。練習でも、大会でも。同級のみんなが大会で結果を出していく中で、私だけが取り残されていた。夏が過ぎ、秋になり、冬を越えた時には、後輩にも追い抜かれていた。自分の限界を感じていた。

 そんな折に、転校の話が決まった。転校先はかるた部の無い学校らしい。それを知って、部活動を離れることに、競争から離れることに、ほっとしている自分が居た。

 かるたとはこれまでにするつもりだった。

 

 

 

「前の学校でかるた部に入ってたって言ってたよね?だからぜひ……」

「嫌にゃ」

「え?」

「みくはもうかるたから足を洗ったの。かるたはもうやらない」

 キッパリと、そう言い切った。

「そんなぁ……。」

 落ち込む李衣菜ちゃんを見て、罪悪感を感じてしまうが仕方ない。もう決めたことだから。

「どうしても?」

「どうしてもにゃ」

「……じゃあさ!」

 突然李衣菜ちゃんが顔を上げて、こう言ってきた。

「入らなくてもいいから、私と試合して!お願い!」

 

 

 

「もうかるたなんかやらない筈だったのになぁ」

 結局あの後、押し切られてしまい試合を断れなかった。部活の勧誘を断った手前、入らなくてもいいから、と言われると弱い。

 今居るのは作法室だ。なんでも茶道部と共同で使っているらしい。今日は茶道部の活動がないので、放課後にこうして使っている。

 私が嘆いていると、準備を終えた李衣菜ちゃんが札を持って私の前に座った。

「お待たせ!それじゃあやろっか!」

 よろしくお願いします、とお互いに礼をして札を開く。札を混ぜながら李衣菜ちゃんに言う。

「……何度も言うようだけど、みくと試合しても別に楽しくないと思うよ?私はしばらく練習してないし」

「いいのいいの!これも何かの縁ってことで!」

 明るくそう言って、李衣菜ちゃんは札を並べていく。

「李衣菜ちゃんがいいならいいけど」

 私も同じように自陣を並べていく。かるたからはもう離れたつもりだったのに、身体に染み込ませた定位置は覚えていた。でも、それもこの1試合で終わりだ。

「それじゃあ暗記時間取り始めまーす」

 

 暗記時間中のルーティーンも、自然にできた。まず場全体にある札を確認してから、相手陣を覚えていく。それができたら一旦席を立って、軽くストレッチ。そして戻ってきて、もう一度全体から見直す。もう何度となく繰り返した作業だ。

「それでは時間になったので試合始めます」

 その合図で、もう取ることのない筈だった試合が始まった。

 

 

 

「「ありがとうございました」」

 ×15。

 それが結果だった。やっぱりこうなるんだ。李衣菜ちゃんは確かにかなり耳がいい。でもその分お手つきも多かった。結局、その弱さを突けない自分の実力が無いということだ。

 やっぱりこんなもんだよねー。そう言おうとして、言えなかった。李衣菜ちゃんが、怒った顔でこちらを見ていた。

「……みくちゃん」

「何にゃ。これがみくの実力だにゃ。分かったでしょ?」

「わかんないよ!」

 李衣菜ちゃんが怒鳴る。

「なんでかるたなんか、なんて言うの?本当はそんなこと思ってないじゃん!」

「何を根拠にそんな、」

 言い返そうとした私の言葉はかき消された。

「試合してればわかるよ!本当にかるたを捨てて、どうでもいいと思ってたら、もっと雑な取りになるよ。みくちゃんの取りは、全部丁寧だった。……それにさ」

 李衣菜ちゃんは、優しい口調で続けた。

「ホントは、みくちゃん自身が1番よくわかってるんじゃない?かるたが好きかどうか」

「そんなこと、」

 そんなことない、かるたなんかどうでもいい、そう言おうとした。けれど、言えなかった。だって、気づいてしまったから。

 札を取った瞬間の、あのかっこよさに近づいた瞬間の楽しさを。自分はやっぱり、捨てられていなかったことを。

「ねぇ、みくちゃん。私、今試合を取って思ったんだけどね」

 混ざり合った感情に戸惑う私に、李衣菜ちゃんが笑顔で言った。

「私、みくちゃんと近江に行きたい」

 それを見て、私は。

「私と……なんかで、近江行けると思ってるの」

「行けるとか行けないとかじゃなくて、行きたい。そう思ったんだ。……ねぇ、一緒に行こう?」

「……わかった。行こう、近江」

 もう少しだけ、青春を賭けることにした。

 

これが、一夏の青春の始まりだった。

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